第7話 報酬の約束
前回のお話……武具店でお買い物
(ケ ゜Д゜)直しますか?
(真 ゜Д゜)お願いします
昇格試験への協力要請を受けてから早数日。
俺達はギルド前の広場に集合していた。
「それでは本日より鋼鉄級冒険者ローグ並びにディーンの昇格試験を行います。準備はよろしいですね?」
ディーナ女史の確認に対してローグさんとディーンさんは厳しい表情を浮かべながら、無言で頷きを返した。
ディーンさんはともかく、普段から饒舌なローグさんが一言も喋らないとは珍しい。
……これはかなり緊張しているな。
「二人とも緊張してるのは分かりますけど、少しは肩の力を抜いて下さい。まだ始まってませんから」
「お、おう。そうだったな」
「ん、ん」
「今からそれじゃ疲れちゃいますよ。リラックス、リラックス」
深呼吸をするように言うと二人とも素直に従ってくれた。
これで幾らかマシになったかな。
勝負事において適度な緊張感を持つのは大切だが、過度な緊張は本来の力を発揮する妨げとなってしまう。
まあ、それだけ意気込んでいるということだろう。
ディーナ女史が常と変わらぬ冷静な眼差しで「続けても構いませんか?」と訊ねてきたので、話を中断させたことを謝りつつ、どうぞどうぞと続きを促す。
「既にお伝えしている通り、今回の試験は南方の森で発生した異常事態の解決……原因の排除が目的となります」
「おう、黒鉻蜘蛛の一掃だろ」
「あるいはそれらを統率している魔物の討伐ですね。試験官はグラフさんに担当していただきますが、調査と報告の関係もありますので、現地には私も同行させていただきます」
「そいつは構わねぇが、本当に大丈夫なのかよ?」
微かに眉を顰めながらディーナ女史の身を案じるローグさん。
ディーンさんも心配そうな表情で「ん」と頷いているが、ディーナ女史は表情を変えることなく「ご心配には及びません」とはっきり告げた。
「今回のような同行も初めてという訳ではありませんし、グラフさんには私の護衛も兼ねていただいておりますので」
「ま、よろしく頼むわ」
そう言って、ディーナ女史の隣に立つグラフさんがヒラヒラと手を振ってきた。
俺が冒険者の登録をした際、試験官として模擬戦の相手を担当してくれたのも彼だった。
相変わらずうだつの上がらない中年男性にしか見えんが、アレで相当な実力者らしいから侮れん。
「グラフの旦那が試験官か。こりゃ気が抜けねぇな」
「合格したら君らも晴れて白銀級か。いやぁ、若い連中にどんどん抜かれていっちゃうなぁ」
「何言ってやがる。あんたの昇格が遅くなったのは、積極的に依頼を請けてこなかったからだろうがよ」
「んっ」
割りと親しい間柄なのか、三人とも慣れた調子で談笑している。
緊張が解れてきたようで何よりだと思っていると、ディーナ女史から「皆さんも同行されるのですか?」と訊ねられた。
ローグさん達とパーティを組んでいるヴィオネとトルムは当然として、試験には我々アラサー警備員と愉快な女性陣だけではなく、ジュナ、ミランダ、ドナートの三人組パーティも同行する。
セントの代わりにユフィーがいる点を除けば、何時ぞやの盗賊討伐と全く同じメンバーだ。
ここにディーナ女史とグラフさんを加えると合計十四人。結構な大所帯である。
「頼まれたから行くけど、そもそも余所のパーティに協力仰ぐのって大丈夫なの?」
「試験の内容にもよりますが、今回のように討伐する対象が大規模に及ぶ可能性がある場合などは問題ありません。白銀級以上の冒険者には個人の実力だけではなく、他者を指揮する統率力や判断力、外部との交渉力なども求められますから」
人脈も評価の内ですと言って、俺に意味有りげな視線を送ってくるディーナ女史。
なんだその目は。何か言いたいことでもあるのか?
俺がディーナ女史に視線の意味を問うよりも早くミシェルとローリエが間に割り込み、彼女の視線というか姿をシャットアウトした。
「何してんの?」
「目と目で語り合いそうな雰囲気だった」
「これ以上、妙なフラグを立てないで下さい」
「フラグて……」
そんな言葉を何処で覚えた……俺か。
別に俺とディーナ女史は色っぽい関係ではないのだが、説明したところで聞き入れてくれなさそうな立ち塞がりっぷりだ。
「マスミくぅん、モテモテなの~」
明らかに状況を面白がっているエイルの隣では、「流石はマスミ様でございます」と何故かユフィーが感心したように頻りに頷いていた。
今のやり取りの何処に感心する要素があったというのか。
「……過度な緊張もよくはありませんが、緊張感に欠けるのも如何なものかと思いますよ」
「いや、別にふざけてるつもりはないんだけど」
物凄く冷たい眼差しを向けてくるディーナ女史。
一応、弁明でもしようかと考えたのだが、彼女は俺の言葉を最後まで聞くこともなく「それでは森へ向かいます。各自馬車に乗って下さい」と言って、さっさとギルドが用意した幌馬車へと乗り込んでしまった。
「なんか理不尽」
人の話は最後まで聞きましょう。
ていうか俺悪くねぇだろ。
女性陣に文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、彼女らは彼女らで俺のことなどお構い無しに馬車―――俺達のは自前―――に乗り込んでいた。
「……どいつもこいつも」
なんて言うだけ無駄か。
溜め息を吐きながら馬車に乗ろうとした俺の元にトルムが小走りで寄って来た。
「どうした? もうすぐ出発だぞ」
「うん分かってる。でもその前にどうしてもお礼が言いたくて」
「お礼?」
はて、何かお礼を言われるようなことなんてしたかしらん?
理由が分からず首を傾げる俺に向けて、トルムは引き受けてくれてありがとうと頭を下げてきた。
「態々それを言いに来てくれたのか?」
「うん、多分マスミくんは気にしないだろうなって思ったんだけど、どうしても言っておきたくて」
「律儀だねぇ」
ローグさんもディーンさんも果報者だ。
こんなにも親身になってくれる仲間が傍に居る。
呼び掛けに応じてくれる者達が居る。
人と人との繋がりが希薄になりつつある現代日本では、中々考えられないことだ。
厳つい見た目に反して結構な人格者だもんなぁ、あの人達。
「感謝の言葉は全部終わってからな。んー、まあでも何かしらご褒美があった方がやる気も出るよなぁ。よし!」
トルムの鼻先にビシッと指を突き付け……。
「帰って来たら一杯奢れ。またあの酒場で一緒にブランデー呑もうぜ。今度こそ本当の祝い酒だ」
「……そんなのでいいの?」
「バカタレ。無料で美味い酒が呑めるんだぞ。これ以上の報酬があろうか」
わざとらしくニヤリと笑いながらそう告げてやると、トルムは「はは、マスミくんらしいね」と言って破顔した。
「お安い御用だよ。どうせだったら一杯と言わずにボトル一本丸ごと奢るよ。マスターに頼んでおかなきゃ」
「そこまで言われちゃ頑張るしかないねぇ」
気前の良いことを言ってくれるトルムに向けて拳を突き出すと、トルムも笑顔のまま同じように拳を突き出してきた。
「ローグさん達の試験合格のためにも」
「ついでに気持ち良く酒を呑むためにも」
―――頑張ろう。
その言葉と同時に俺達は互いの拳をコツンとぶつけ合わせた。
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