第1話 胸を借りよう
本日より第七章を開始します。
「あのぉ、ローグさん?」
「おう、なんだマスミ?」
「俺、なんで訓練場に連れて来られたんですかね?」
「何って訓練するからに決まってんだろうがよ」
「……なんで俺なんですか?」
「そりゃあロビーにお前が居たからさ」
いや、そこに山があるからみたいに言われても……。
あ、どうも皆さんご無沙汰してます。
深見真澄です。
只今わたくし、ギルドの訓練場にて鋼鉄級冒険者のローグさんと向かい合っております。
これから彼と一戦やらなければならないようです。
どうしてこうなった……。
遠征を終え、ネーテの街へと無事に帰還した我がパーティ。
ギルドへの諸々の報告と水鳥亭への支払い―――部屋のキープ代―――を終えた後、数日の休息を挟むことにした。
そして充分に英気を養い、さあ今日からまた元気に仕事をしましょうかとギルドに顔を出したところ……。
「お、丁度良い時に来たな。ちょっと顔貸せ」
なんて台詞と共にローグさんに拉致られた。
承諾?
してる訳ねぇだろ。
何の説明もないまま訓練場に連れて来られたんだから。
「ローグさん、この際訓練に関しては甘んじて受け入れますから、せめて説明だけでもしてもらえませんかね」
流石に何の説明もなしというのは承服し兼ねる。
するとローグさんは意外にも素直に説明してくれた。
「実は白銀級への昇格試験が決まってな。それに向けて色々と準備してるところなんだよ」
ディーンも一緒だと言って、ローグさんが指差した先ではミシェルとディーンさんが一対一の模擬戦を行っている。
長槍を武器とするディーンさんは、そのリーチを生かしてミシェルを懐に入り込ませまいと立ち回り、逆にミシェルは如何にして距離を詰め、自らの間合いに持ち込むかがポイントとなっている。
見物人であるローリエとエイル、そしてヴィオネがそれぞれのパーティメンバーに声援を送っている。
……なんか見るからにあっちの模擬戦はレベル高いなぁ。
「本当に模擬戦の相手が俺でいいんですか? 言っちゃなんですけど、俺本当に弱いですよ?」
「おう。実を言うとな、マスミとは一度戦り合ってみてぇと思ってたんだよ」
そんなことは思わなくて結構……なんて言ったところで今更手遅れなんだけどさ。
ローグさんは普段から使用している両手剣と同じようなサイズの木剣を手にし、実に楽しそうに素振りをしている。
何かと世話になっているし、協力するのもやぶさかではないのだが、俺なんかにいったい何を期待しているのやら。
「頑張って下さい。マスミ様の忠実なる僕、ユフィーナ=エルエルが応援しております」
「取り敢えず色々と誤解を招きそうな発言は控えてもらえんかね」
セクトンの街での騒動を終え、なし崩し的に俺の従者として付いて来た生臭神官のユフィーが、離れた場所からブンブンと手を振っている。
その胸には精霊であるニースが宿ったスマホが大事そうに抱かれていた。
万が一にも壊れたりしたら困るので彼女に預けたのだが、ニースの姿は何処にもない。
魔力を消耗していない限りは頻繁に姿を現しているのだが、訓練場内では他の冒険者の目もあるので隠れているのだろう。
そして我が従魔である鍬形兜のレイブンくんは、ユフィーの頭上を元気に飛び回っている。
「しばらく見ない間にまぁた女増やしたのか。なんだお前、ハーレムでも目指してんのか?」
「目指してません。あと増やしたとか言わんで下さい」
色々と込み入った事情があるのです。
ちなみにローグさんの応援はトルムが担当している。
「俺じゃ不満なんすか?」
「そりゃお前、むさ苦しい野郎より女に応援してもらった方が良いに決まってるわな。マスミが羨ましいぜ」
「はぁ」
確かに容姿に関して言えば、ウチの女性陣は皆揃って見目麗しい。
……揃って中身も独特だがな。
「マスミ様の勝利のためならば、わたくし喜んで一肌お脱ぎ致しましょう。ええ、文字通りお脱ぎ致しますとも」
「脱がんでいい」
取り分けこのユフィーは、自称処女のくせに変態で性獣という最早手の付けられない存在と化している。
神官という職業の清廉なイメージをこれ程までにブチ壊す輩を俺は他に知らない。
「脱がねぇのか?」
「脱ぎません」
「脱ぎましょうか?」
「脱ぐな」
何故率先して脱ぎたがるのか。
どいつもこいつも欲望に素直すぎやしないかね?
「これから一戦やるって雰囲気じゃないね」
「まったくだよ」
苦笑いを浮かべているトルムに溜め息を返しつつ、俺は自身の得物である大振りのナイフの握りを確認した。
俺が選んだ武器は、愛用のサバイバルナイフと同じ形状の木製ナイフ。
あとは予備としての小型ナイフが一本と投擲用の投げナイフが数本ばかり。
俺だけ武器が多いとか言わないように。
主武装がナイフなのだからこれくらいは勘弁してほしい。
「おうマスミ、準備は出来たかよ?」
「ええまあ、テンション以外は」
「んなもん戦ってる内に勝手に上がるっての。トルム、審判頼むぜ」
「あいよー」
ローグさんは熟練の冒険者だ。
正面からまともにぶつかったところで俺に勝ち目などないだろう。
胸を借りることになってしまうのかもしれないが……。
「どうせだったら良いところ見せたいよな」
仲間にも先輩にも。
ナイフを逆手に握り、半身になって構えると応じるようにローグさんも木剣の柄を両手で握り、正眼に構えた。
それぞれ構えた俺達を見て、トルムが試合開始の合図を―――。
「それじゃ……始め」
―――出すと同時に俺は地面を蹴った。
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