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第12話 ある日の冒険者ギルド ~涙なしでは~

前回のお話……メリーの説教

(メ ゜Д゜)ガミガミガミ

(ベ ゜Д゜)ショボーン

 ―――side:メリー―――



「ベルちゃんもいい大人なんですから、自らの言動には責任を持ってですねぇ―――」


 フカミさんとディーナさんが只ならぬ関係にあるという出任せを口にしたベルちゃんにお説教を始めてから早数分。

 言い訳を一切許すことなく、お酒の力も借りて捲し立てた結果……。


「父子家庭だったんだよ! 子供(ガキ)の頃から親父や門下生の男共に囲まれて生活してきたんだよ! そんなあたしに男女のあれやこれやなんて分かる訳ねぇだろうがよぉぉぉッ!」


 ベルちゃんが泣いてしまいました。

 それはもう号泣です。

 少し虐め過ぎたかもしれません。

 いえ、虐めてたつもりはないんですけどね。

 わたしはもう少し言動に気を付けるよう注意したかっただけで、決してベルちゃんを泣かせたかった訳ではないのですけど……まさかこんなことになるとは思いもしませんでした。

 そもそも男女のあれやこれやってなんですか?

 そんな話はしてませんよ。


「ぅぅぅ、女らしいことなんか碌にしたことないし、親父に教わったのなんて格闘術くらいしかないし、そんなあたしにいったい何をどうしろってんだよぉ……」


「いえ、何をどうさせるつもりもないんですけど」


 というか何故ベルちゃんは泣きながら自らの過去を語っているのでしょう。

 あれ、本当に何の話をしていたんでしたっけ?

 困惑しながらもベルちゃんをこのままにしてはおけないと判断したわたしは、取り敢えず彼女の頭を優しく撫でて慰めることにしました。

 よしよし、良い子良い子。


「大丈夫ですよぉ。怖くありませんよぉ。良い子だから泣き止みましょうねぇ」


「ぅぅ、ひっく……もうちょっと」


「はいはい」


 甘えん坊というよりも完全に幼児退行してますよね、これ。

 でもちょっと可愛いかもしれません。


「おーい、メリー。ベルタだけじゃなくて今日の依頼に失敗しちまったオレのことも慰めてくれよぉ」


「あ? なんだお前も頭撫でられてぇのか?」


「ったくしょうがねぇなぁ。ほーらよちよち」


 わたしとベルちゃんのやり取りを眺めていた一組の冒険者さん達がギャハハハハと下品な笑い声を上げています。

 どう見ても慰める必要なんてなさそうですね。

 どうぞ、パーティメンバー同士で好きなだけ頭を撫で合ってて下さい。


「ぅぅぅぅ、ねぇメリー。あたしこのままずっと独り身なのかなぁ? やっぱあたしみたいなガサツな女には一生彼氏なんて出来ないのかなぁ?」


「そんなことありませんよぉ。その内ベルちゃんにも素敵な彼氏さんが出来ますよぉ…………多分」


 いつの間にか、また話題が変わりましたね。

 ベルちゃんに彼氏が出来るかどうかですか。

 うーん、これ以上泣かせる訳にもいかないと思って、安易に出来るなんて言っちゃいましたけど、実際どうなんでしょう。

 いえ、悪い子ではないんですよ。

 ただ本人も言っていたように良く言えばガサツ、悪く言えば粗暴……というより物事を腕力で解決しようとする傾向がベルちゃんにはあります。

 女性としてそれは如何なものかと思うのですが、致し方ない面もあるんですよね。

 彼女、ベルタ=ブリサラの家庭環境は少し特殊です。

 幼い頃に病気で母親を亡くしたベルちゃんは、ギルド職員の養成校に入校するまで父親と二人で暮らしてきました。

 どうも彼女の父親はこの国の元軍人さんらしく、結婚を期に退役して以降は田舎の村で格闘術の道場を営んでいるそうです。

 血気盛んな村の若衆が門下として道場に通う中、当然のようにベルちゃんも交じっていました。

 血筋と言うべきなのか、父親譲りの才能もあったベルちゃんはめきめきと上達していき、門下生の中でも抜きん出た実力を持つようになったそうです。

 更には道場主の一人娘でもある彼女は門下生一同からも一目置かれる存在。割りとちやほやされて育った訳なんです。

 その結果、ベルちゃんは大きな勘違いをしてしまいました。


 ―――自分は異性にモテるのだと。


「いえ、全く人気がないとかそういう訳ではないんですけど」


「なんか言った?」


「なんでもありませんよ。はぁい、良い子良い子」


 異性に囲まれて持て囃される。

 小さい頃からそれが当たり前の環境で生活していれば、勘違いをするのも仕方がないと思うんですよね。

 きっと門下生の皆さんも道場主の娘であるベルちゃんには気を遣っていたのでしょうから、一概にベルちゃんだけが悪いとも言えないんですけど。

 兎にも角にも自分はモテると思っていたベルちゃんは、更にこうも思いました。


 ―――片田舎の道場でこれだけモテるのだから人の多い街に行けばもっとモテる筈だ、と。


 何故そんな思考に至ったとか、そういったツッコミは無しでお願いします。

 わたしだってツッコミたいのを我慢しているのです。

 成人を迎えたベルちゃんは父親の制止を振り切って都へと上りましたが、ここで大きなというより当然の誤算が。


 ―――何故誰も自分をナンパしないのだ、と。


 何故ナンパされると思っていたんだというツッコミも無しでお願いします。

 わたしも同じ気持ちです。

 何しろギルド職員になった志望動機が「冒険者の男共にチヤホヤされたい」ですからね。

 普通こんな理由では入校すら許されないのですが、どうもベルちゃんの面接を担当した教官は彼女のことを「物怖じせずに堂々と発言が出来る」とかなり好意的に捉えたようです。

 いえ、堂々としているのは間違いないんですけど、それでよろしいのですか教官?

 養成校を卒業し、念願のギルド職員になったベルちゃんはわたしと一緒にネーテのギルド支部に配属されました。


「受付嬢って冒険者の男にモテるんでしょ? 有望なの掴まえてあたしは玉の輿に乗る!」


 と宣言してから早三年。

 彼女の目論見が実現する目途は未だに立っていません。

 一応、ベルちゃんの名誉のために言っておきますけど、決して人気がない訳ではありません。

 彼女のように性別や年齢を気にせず、ざっくばらんに喋れる職員って実は貴重なので、気兼ねなく会話をすることが出来て有り難いという意見も少なからずあるんです。

 本人は自覚していませんけど、実は新人さんに一番受けが良いのはベルちゃんなのです。

 ただ残念なことに、彼女の求める有望な冒険者(こうきゅうとり)がその中に居ないだけで……。


「配属されてから半年もしない内に誰もあたしのことをナンパしなくなった。寄って来るのは守備範囲外の子供(ガキ)共ばかり。どうしてこうなった……」


「儘ならないものですねぇ」


 ちなみに配属されたばかりの新人受付嬢がナンパされるのは、何処の支部でも共通して起こる通過儀礼みたいなものです。


「ベルちゃん、今日はもう帰りましょう。明日も仕事なんですから」


 ようやく泣き止んでくれたベルちゃんを椅子から立たせようとしたら、先程下品な笑い声を上げていた冒険者さん達が「だったらオレらと呑み直そうぜ」と寄って来ました。

 少しは空気を読んでいただきたいですね。

 今は本当に絡んでほしくないんですけど。


「すみません。わたし達はもう帰りますので」


「ああ、ベルタの方は帰ってもらって構わねぇぜ。オレらが用があるのはメリーだけだからよ」


 いったい何が面白いのか、またもや彼らはギャハハハハと大声で笑い出しました。

 正直言って、とても不愉快です。

 一言注意して上げたい気分ですけど、それよりも早くこの場を離れることの方が重要です。


「彼女を送らなければいけませんので、これで失礼します」


「おいおい、んなツレねぇこと言うなよ。一緒に楽しもうや」


「いえ、本当に結構ですから。むしろこのままだと―――」


 貴方達の方が危ないですよと言い掛けた時、「……お前らもか」と静かながらも妙に重みのある声がすぐ近くから聞こえてきました。

 それと同時に冒険者さん達の笑い声もピタリと止まります。

 声の主は、椅子に座ったまま俯いていた筈のベルちゃん。

 彼女はゆっくりと顔を上げると、冷たい眼差しで冒険者さん達を睥睨しながら「お前らもあたしを無視するのか?」と呟きました。


「ベ、ベルちゃん?」


「どいつもこいつもメリーばっか。あたしのことなんざ眼中にないってか。はっ、そりゃそうだ。こんなガサツな女と呑みたがるような野郎がいる筈もないか」


 わたしの声も聞こえていないのか、ベルちゃんの口からはブツブツと自虐混じりの呟きが漏れ続けています。

 その度に瞳の焦点も合わなくなっていきます。

 どうやら手遅れだったようです。

 わたしはそっとベルちゃんの傍から離れました。

 それと同時に近くのテーブルに着いていた方々も自分達の分のお酒や食事を持って離れていきました。

 巻き込まれては堪りませんものね。

 気味悪そうにベルちゃんを見ていた冒険者さん達が「お、おい、さっきから何言ってんだ?」と恐る恐る声を掛けようとしたその時―――。


「あたしも誘えぇぇええええええッッ!!」


 ―――ベルちゃんが爆発しました。

 どうしたらそんな真似が出来るのか、ベルちゃんは椅子に座ったままの体勢から跳躍してテーブルを跳び越え、冒険者さん達に襲い掛かりました。


「キエエエエエエッッ!」


「うぉッ、ホグッ!?」


 硬く握り締められたベルちゃんの拳が一人の冒険者さんの顔面に叩き込まれました。

 元軍人である父親の薫陶を受けて育ったベルちゃんの格闘術は今日もキレッキレです。

 冒険者さんが相手でも一切容赦がありません。


「なんであたしだけ誘われないんだぁぁああああああッッ!!」


 わたしや他の受付の子達がナンパされるのを見て、不機嫌になったベルちゃんが暴れ出す。

 このギルドの一種の名物であると同時にベルちゃんがナンパをされなくなってしまった原因。

 知らぬは当人ばかり。

 彼女の名はベルタ=ブリサラ。

 受付嬢の中で最も新人冒険者さんに人気があり、最も選ぶ職種を間違えてしまったと影で言われているわたしの友人です。


「誰かあたしをナンパしてくれぇぇええええええッッ!!」


 だったら殴るのを止めなさい。

お読みいただきありがとうございます。

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