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第8話 若手パーティの奮闘劇 ~淑女の実力~

前回のお話……犠牲者は馬

(ニ ゜Д゜)上だー

(セ ゜Д゜)何奴?

 頭上から襲い掛かって来た黒い影。

 ニナの警告に反応して見上げた時には、既に相手は俺の目前にまで接近していた。

 防御……駄目だ。間に合わない。

 思わず目を瞑りそうになった瞬間―――。


「させません!」


 ―――真横から突っ込んできたミランダさんが黒い影に体当たりを仕掛けた。

 巨大な盾の重量を活かした強烈な突撃(チャージ)

 直撃を喰らった黒い影はあっさりと弾き飛ばされ、俺の目の前から姿を消した。


「ミランダさん!? すんま―――」


「まだです! 構えなさい!」


 思わず謝りそうになったところを叱咤され、長柄鎚矛(ロングポールメイス)を構え直す。

 ミランダさんの盾によって弾き飛ばされた襲撃者は何度か地面を跳ねるように転がった後、10メートル程離れた位置でようやく止まった。

 ダメージが有るのか無いのか、無音で身を起こすその姿は……。


「蜘蛛?」


 馬車の幌の上に身を潜め、奇襲を仕掛けてきた襲撃者の正体は、一匹の蜘蛛だった。

 蜘蛛と言っても、その大きさが尋常ではない。

 頭は比較的小さく見えるものの、袋状の腹と合わせた場合のサイズは小柄なニナやコレットの背丈を上回る程にデカい。

 今は曲げられているが、八本ある脚を広げればきっと俺の背丈すら上回るだろう。

 流石に一足飛びで襲い掛かれる距離じゃないのか、脚と同じ数だけある真っ赤な複眼でこちらをジッと見てきた。


「これって……もしかして大々蜘蛛(ヒュージスパイダー)って奴っすか?」


 大々蜘蛛(ヒュージスパイダー)とは人間大サイズの蜘蛛型の魔物であり、大蜘蛛(ラージスパイダー)の進化体だ。

 ギルドに置いてある魔物の資料にも大々蜘蛛(ヒュージスパイダー)の情報は載っており、以前に目を通したことがある。

 実物を見たことがないので確信はないけど、目の前の蜘蛛とは姿や特徴が似ているように思えた。

 ところが俺の予想はミランダさんの「おそらく違います」という言葉にあっさり否定されてしまった。


「確かに見た目は似ていますけど……」


 ミランダさんは一瞬だけ倒れている馬の死骸に視線を向けた後、「大々蜘蛛(ヒュージスパイダー)にあんな真似は出来ませんから」と告げ、手に持った鎚矛(メイス)を大きく横に振った。

 おそらくは相手の反応を窺うために振るったのだろうけど、正体不明の蜘蛛が釣られて動く様子はない。

 結構厄介な相手かもしれないなと内心で警戒を強めていると、俺とミランダさんの間を小さな影が駆け抜けた。

 ニナだ。

 獣人の脚力を存分に発揮して疾走するニナは、真っ直ぐ蜘蛛へと向かって行く。

 走りながら腰のナイフを抜き、速度を一切落とすことなく蜘蛛に斬り掛かったが、ナイフの刃が届くよりも早く蜘蛛は跳ねるように空中へ飛び上がり、ニナの攻撃を回避した。

 空中へ逃れた蜘蛛は俺とミランダさんのいる方へ放物線を描くように落ちてくる。


「舐めんなよ」


 空中の蜘蛛を迎撃するべく前に出た俺は長柄鎚矛(ロングポールメイス)を大きく振り被り、掬い上げるような一撃を見舞った。

 それに対して蜘蛛は八本の脚を重ねるように折り曲げ、腹の下を防御した。

 構うものかよ。

 まとめて叩き潰してやる。


「ッラァァアアア!」


 気合と共に振るわれた鉄塊が蜘蛛の腹を粉砕する……その予想はあっさりと覆された。

 長柄鎚矛(ロングポールメイス)が重ねられた蜘蛛の脚を殴打した瞬間、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き、硬質な手応えが両の掌に伝わってきた。

 その手応えに驚いた俺は思わず振り切るのを中止してしまい、そんな隙を突くように蜘蛛は俺の顔面目掛け、折り曲げていた脚の一本を伸ばしてきた。


「はあッ!」


 間一髪、鋭利に尖った蜘蛛の脚が俺の顔面を貫くよりも早く駆け寄って来たミランダさんが、横から蜘蛛の身体を鎚矛(メイス)で殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた蜘蛛は盾の突撃を喰らった時と同様に何度か地面を転がった後、何事もなかったかのように起き上がった。


「戦闘中ですよ。しっかりしなさい」


「す、すんません。でも……」


「正直、わたしも今の手応えに驚いています。あの魔物、相当強固な外殻に守られているようですね」


 そう。あの蜘蛛、とんでもなく身体が硬いのだ。

 武器を振れなくなる程ではないが、さっきの攻撃で僅かに手が痺れている。

 鉄と同じか、それ以上の強度を誇る外殻。

 それだけじゃない。この蜘蛛はニナの攻撃を躱す程の速さも兼ね備えているんだ。

 油断したらこっちがやられる。

 僅かな緊張と不安から柄を握る掌が汗で濡れていく。

 そんな俺の内心を読んだ訳でもないだろうが、今度は蜘蛛の方から動き出した。


「今度こそ……ッ」


「にゃあ」


 八本の脚を巧みに動かして這い進んで来る蜘蛛に対して俺は横薙ぎの一撃を放った。

 先程と同じように跳躍で躱されてしまったが、即座に反応したニナが蜘蛛を追って跳び上がる。


「空中なら身動き取れねぇだろ!」


「逃がさない」


 ニナの振るうナイフが今度こそ蜘蛛を捉えると思われた時、突如としてその姿が消えた。

 いや、消えたと錯覚してしまう程の速度で移動したんだ。

 原因はいつの間に出していたのか、奴の腹から伸びている蜘蛛の糸。

 一本の太い糸が離れた場所に立つ木の幹にくっ付いている。

 おそらくこの糸を利用して自分自身を木の方へと手繰り寄せた(・・・・・・)んだ。

 器用な真似しやがる。

 ニナも嫌そうに顔を顰めながら「メンド臭い」と呟いている。

 木の幹へ平行に着地した蜘蛛は赤い複眼をギョロリと動かし、直ぐ様次の糸を腹から噴き出した。

 勢いよく噴き出された蜘蛛の糸は森の入り口に生えている大木にまで届き、その大木のすぐ傍ではイルナが地面にへたり込んでいる。

 あいつ、まだあんな所に……!?


「イルナッ、逃げろ!」


「あぅ、こ、腰が……!」


「またかよ!?」


 いい加減にしろと怒鳴りながらイルナの元へ駆け出す。

 幾ら気に食わない奴とはいえ、今は同じパーティの仲間なんだ。

 見捨てることなんて出来ない。

 だがそんな俺を嘲笑うかのように蜘蛛は頭上を悠々と通過していく。


「くそったれぇ!」


 俺が全力で走るよりも糸を利用して移動する蜘蛛の方が何倍も速く、どんどん引き離されていく。

 放たれた矢のように宙を駆ける蜘蛛が迫り、イルナの表情が恐怖に歪む。

 槍の如き多脚が無防備なイルナを貫くと思われた瞬間、拳大の石が真横から蜘蛛の頭を直撃した。

 蜘蛛に石をぶつけたのは、離れた所で戦況を窺っていたコレット。

 投石紐(スリング)を用いた投石で蜘蛛の行動を阻んでくれたんだ。

 結果、空中で体勢を崩した蜘蛛は糸をくっ付けていた大木に激突する羽目になった。


「今の内に!」


 コレットの声にイルナがヒィヒィと四つん這いになって逃げていく。

 これで一先ずは大丈夫だろう。

 あとは蜘蛛を仕留めるだけだと意気込む俺よりも先に……。


「随分と身軽なのですね。少々面食らってしまいましたよ」


 糸を切り離し、大木の根元へ降り立った蜘蛛の前にミランダさんが立ちはだかった。

 ミランダさんは戦闘中とは思えないような穏やかな口調で「ですが……もう逃がしません」と告げると同時に、右手の鎚矛(メイス)を蜘蛛の頭に叩き付けた。

 続け様に二発、三発と何度も蜘蛛を殴り付け、その度にガンガンと派手な音が響いてくる。


「硬さに自信があるようですね。貴方ご自慢の外殻とわたしの鎚矛(メイス)、どちらが先に砕けるのか―――」


 喋りながらもミランダさんの攻撃は止まらない。

 止むことのない打擲の雨に蜘蛛の身体が徐々に沈んでいく。


「根比べといきましょう」


 渾身の力と共に振り下ろされた鉄塊が蜘蛛の身体を殴打した直後、バキッと何かが砕けるような音が聞こえた。

 見れば蜘蛛の身を覆っている外殻の一部に深い亀裂が入っていた。

 これには堪らず蜘蛛も逃げ出そうとしたが、即座に回り込まれ、盾によって元の位置にまで押し戻されてしまった。

 そして再び始まる鎚矛(メイス)による殴打。

 一発毎に蜘蛛の外殻がひしゃげ、亀裂が増えていく。

 ミランダさんは執拗なまでに蜘蛛の身体を殴り続けた。

 何度も何度も、何度も……何度も……。


「いや、もう充分なんじゃ……」


「殴り過ぎ」


 それでも攻撃が止むことはない。

 途中、蜘蛛が苦し紛れの反撃を放ってきたが、ミランダさんは盾から手を離し、伸ばされてきた蜘蛛の脚を片手で掴むと「ぬんッ」という気合いと共に半ばからへし折った。


「……って折った!?」


 脚を折られたショックでビクッと硬直する蜘蛛。

 そんな蜘蛛の頭をまたもや殴打するミランダさん。

 彼女はそのまま一切手を休めることなく、数分間蜘蛛を殴り続け―――。


「ふぅ、これだけやれば充分でしょうね」


 ―――一仕事終えたと言わんばかりの爽やかな笑顔で全く汗のかいていない額を拭った。

 その手に握られた鎚矛(メイス)には蜘蛛の肉と体液がべったりと付着している。

 そして彼女の足元では叩かれ、砕かれ、すり潰された結果、原型を留めていない蜘蛛の残骸が地面の上に広がっていた。

 正直、見てると吐きそう。

 ニナですら「おぇ」とちょっとえずいてる。


「これでわたしの依頼は完了です。皆さん、ご協力ありがとうございました」


「……あ、いえ」


 無惨に殺害された馬の死骸とその実行犯であるかつて蜘蛛であった筈の何か。

 僅か十数分の間にすっかり血生臭くなった野営地。

 そんな場所で今まさに一匹の魔物を撲殺したばかりの女性が穏やかな笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べてくる。

 ―――この人には逆らわないようにしよう。

 腹の底から込み上げてくる吐き気と密かに戦いつつ、俺は心に固く誓った。

お読みいただきありがとうございます。

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