第5話 若手パーティの奮闘劇 ~食事は静かに~
前回のお話……野営の準備中に
(ニ ゜Д゜)なんか来た
!Σ( ̄□ ̄;セ)
パチパチと小さく爆ぜる焚き火を囲み、俺達は食事を取っていた。
メニューは、ニナが捕ってきてくれた野兎の肉の串焼きとコレットが作った野草と茸のスープ。
どちらも美味い。
串焼きは軽く塩を振っただけだけど、兎肉独特の甘みもあるし、血抜きもしっかり出来てるから臭みなんかは感じない。
特にスープに関してはとても即席のものとは思えないような仕上がりだった。
作ってる途中、コレットが鍋の中にペーストっぽい茶色の塊を入れてたから、多分アレが味の決め手なんだろうな。
聞いたら「スープの素」って教えられたけど、何それ?
「金も払ってないのに、昨夜の晩飯とはえらい違いだな」
「美味しければ何の問題もない」
串焼きをガツガツと頬張るニナにそれもそうだなと返し、俺も食事を再開する。
元々コレットも料理は苦手だったらしいけど、水鳥亭の女将さんから手解きを受けたことで、少しずつ出来るようになったのだとか。
俺達にとっても有り難い話だ。そして美味い。
そんな風に食事を楽しみ、そこそこ腹も膨れてきた頃……。
「よし、それじゃ帰りましょ」
イルナはアホなことを言い出した。
「何言ってんだよ。帰る訳ねぇだろ」
「嫌よ。帰りましょうよ」
「だから帰らねぇってば。まだ依頼も終わってないのに」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あんた依頼と命とどっちが大事なのよ!?」
クワッと目を見開き、鬼気迫るような表情で帰ろう帰ろうと連呼するイルナ。
普段だったら無視するか、我儘言うなって注意するところだけど、今ばかりはそれも出来ない。
「気持ちは分かるけどね」
コレットも今のイルナには同情的だった。
ニナですら喧しさに顔を顰めてはいるものの、文句を言わずに黙っている。
「まあ、こいつ根っからの怖がりだもんなぁ」
そりゃあんなの見たらこうなるよなぁと俺は一時間程前の出来事を思い返した。
―――
――――――
「……何か来た」
頭部の猫耳を震わせたニナが森の中に向けて石を投擲する。
空中を切って進む石が森の暗闇の中へと吸い込まれ、数秒もしない内に石が何かに当たる音と鳴き声らしきものが聞こえてきた。
俺は馬車に立て掛けていた長柄鎚矛を掴み、同時にコレットも腰からナイフを引き抜いた。
「魔物か?」
「分かんないけど、何かがこっちに近付いて来てた」
じっと森の中を見据えながら、時折ピクピクと猫耳を動かすニナ。
獣人は人間よりも遥かに鋭い感覚を有している。
俺では気付けないようなことでも、ニナなら気付くことが出来る。
いったい何が出てくるんだ。
「……来た」
ニナの呟きに自然と手に力が籠もる。
出てきたのは、黒っぽいゴツゴツとした鱗と外皮で全身を覆われた四足歩行の生物。
全体的に見ると細長いけど、明らかに俺よりもデカい体躯。
反面、その胴体を支える四肢は意外と短い。
それぞれの武器を手に待ち構える俺達の前に、長い尻尾と胴体を揺らしながら現れたのは……。
「おい、アレってもしかして……」
「うん、堅皮蜥蜴だね」
その生物の正体は、今回俺達が捕まえるべき魔物―――堅皮蜥蜴だった。
ギルドで確認した資料と見た目や特徴が一致しているから、間違いないと思う。
狙っていた獲物が向こうから勝手にやって来てくれた。
本来なら手放しで喜ぶべき状況なんだけど……。
「これ、どうなってんだ?」
「ボロボロ」
と呟いたニナの言葉に無言で頷く。
ニナが言った通り、現れた堅皮蜥蜴の姿はボロボロ……全身が傷だらけだった。
丸い穴のような傷があちこちに空いており、今もその傷口から血を流し続けている。
どうやら片目も潰されているようで、空っぽの眼窩からも血が涙のように流れていた。
現れた堅皮蜥蜴は、既に瀕死の状態だった。
「なんなんだよ……ッ」
戦闘不能どころか、放っておいても死にそうな相手を前にどう対処するべきかを決めあぐねていると、堅皮蜥蜴が歩みを止めた。
残った片目で俺達のことをしばらく観察していたかと思うと、おもむろに瞼を閉ざした。
同時にガクッと首が下がり、そのまま堅皮蜥蜴は動かなくなってしまった。
警戒したまま様子を窺うが、再び動き出しそうには見えない。
どうやら完全に力尽きたみたいだ。
そのことに一先ず安堵し、構えていた長柄鎚矛を下ろして死骸に近付いてみる。
ニナとコレットも警戒を解き、俺の後ろをついてきた。
「縄張り争いでもあったのかな?」
「分かんねぇけど、何に襲われたらこんな傷が出来るんだ?」
人か、それとも他の魔物がやったのかは不明だけど、頑丈な堅皮蜥蜴の身体が穴だらけにされている。
「こんなのどう考えたって普通じゃ……ってイルナは?」
堅皮蜥蜴の死骸を観察しているのは俺、ニナ、コレットの三人だけ。イルナの姿がない。
いったい何処に行きやがったと首を巡らせれば、馬車の脇で尻餅をついているのが見えた。
「何やってんの?」
「こ、腰が抜けて……」
「……」
もう帰れよお前と言いたくなったけど、本当に帰られたら困るので―――言ったらイルナはきっと帰る―――流石に我慢した。
――――――
―――
あの後、腰が抜けて動けないイルナの介助をコレットに頼み、俺とニナは二人で堅皮蜥蜴の死骸を森の中へと運んだ。
あそこまでボロボロの状態じゃ外皮を剥いだところで高が知れているし、あのまま放置して他の魔物や獣が寄って来ても困る。
勿体ないので魔石だけは抜き取ったけど、あとは森の浅い所に死骸を放置して野営地へと戻り、食事にしたんだけど……。
「私あんなボッコボコの穴だらけになって死ぬのなんて絶対に嫌だからね!」
「そりゃ俺だって死にたくないよ」
イルナがうるさい。
まあ、コレットが言うように今すぐ帰りたいって気持ちも理解は出来る。
正直、得体の知れない何かがこの森の中に潜んでいるという事実に俺も少しだけ腰が引けていた。
命と依頼を天秤に掛けるんだったら、当然命が優先だ。
でも今回の依頼まで失敗したら、冗談抜きに明日の食事も寝床も儘ならなくなっちまう。
何より冒険者としてやっていくのなら、今後も同じような事態にブチ当たることが必ずある筈だ。
「まだ逃げるような段階じゃないから依頼は継続。明日は朝から森の中に入るぞ」
「えーっ、そんなのヤ―――」
「ヤダって言ったら叩く」
「喜んで同行しまぁす!」
ボソッと呟かれたニナの言葉にイルナが意見を翻す。
凄まじい変わり身の早さだ。
魔物も怖いがニナも怖い。ちょっとだけイルナが哀れに思えてきた。
「堅皮蜥蜴の探索と捕獲に変更はないんだよね?」
「ああ。でも単独行動は絶対なしだ」
もしも正体不明の敵―――堅皮蜥蜴を襲った張本人と出くわしてしまった場合も迂闊な行動はしない。
基本は様子見に徹するつもりだ。
「よっぽどのことがない限りは相手にしない。危険と思ったら即撤退だ。ギルドに報告して、あとの対応を任せる。安全第一。無理はしない」
そもそも俺達だけで対処可能かどうかも分かんないからな。
情報が足りていない状況で下手な判断や行動はしない。
何よりもパーティの安全が優先。
きっとマスミさんならそうする筈だ。
「ほら、さっさと食ってさっさと休むぞ。明日から忙しくなるからな」
「セント、なんだかマスミみたい」
「だね。安全第一とか特にそれっぽい」
顔を見合わせて頷き合うニナとコレット。
マスミさんのことをよく知らないイルナだけが怪訝そうに首を傾げている。
まあ、俺が何かを考える時って、基本的にマスミさんならどうするかだもんなぁ。
「あの人なら俺なんかよりもずっと良い考えが浮かんでるよ」
似ていると言われて嬉しいような気恥ずかしいような。
なんとも例え様のないこそばゆさを誤魔化すため、俺は残っていたスープを喉の奥に流し込んだ。
……もう少し冷ましてから飲めばよかった。
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