第40話 そして彼らは帰路につく ~アラサー警備員と渡り鳥~
前回のお話……真澄くん、目を付けられる
(ジ ゜Д゜)ばいばーい
(真 ゜Д゜)どっか行け
「マスミくぅん、そんなに力まなくてもぉ、大丈夫だよ~?」
「うーむ、慣れてないからつい……」
隣に座ったエイルからやんわりと注意された。
その言葉に素直に従って肩や腕から力を抜き、知らず知らずの内に強く握っていた手綱を軽く握り直す。
「そんなに緊張しないで~」
「緊張してるつもりはないんだけどね。どうにも上手くいかんなぁ」
「初めてなんだからぁ、しょうがないの~」
俺は今、エイルと二人で御者席に並んで座り、彼女から馬車の操縦方法を学んでいる。
まだ始めて一時間と経っていないので、然して上達は見られないが、そんな拙い運転技術でも二頭の馬は、力強い足取りで馬車を引いてくれる。
賢い馬達だ。
「簡単そうに見えたけど、やってみると案外難しいもんだな」
「マスミくん器用だからぁ、すぐ出来るようになるの~」
「だといいけど」
自分から指導を頼んでおきながら、結局覚えられませんでしたでは恥ずかしいからな。
馬車で移動する際、御者はいつも女性陣の誰かに任せていた。
みんなは気にしなくていいよと言ってくれるものの、いつまでも甘えっぱなしはよろしくないだろうと思い立ち、こうして鋭意努力している最中なのである。
……というのは建前。
いや、馬車を操縦出来るようになりたいのは本当だけど、今このタイミングでエイルに指導をお願いしたのには理由がある。
それは御者席のすぐ後ろで……。
「止まれ。この変態神官」
「それ以上マスミさんに接近することは許しません」
「たとえ許されずとも欲するのがスレベンティーヌ正教の信徒でございます」
なんてやり取りが聞こえてくる。
御者席に座る俺の傍へにじり寄って来ようとするユフィーと、そうさせじと立ち塞がるミシェルとローリエ。
いつぞやの夜と同じような攻防―――俺は寝てたけど―――が馬車の中で繰り広げられているのだ。
こんなくだらない争いに巻き込まれるのは御免だったので、避難する意味も兼ねて現在エイルから指導を受けているのである。
『全面的に原因はマスミじゃがの』
「そこをツッコまれると何も言えん」
ニースの容赦ない一言が胸に刺さる。
そもそも何故ユフィーが俺達の馬車に同乗しているのか。
どうも巨大蛇との戦闘中にユフィーが従者として俺に仕えることを許可してしまったらしいのだが、ぶっちゃけ全然覚えていない。
そもそもあんな緊迫した状況下での発言なんて、一々覚えていられませんて。
「男らしくないぞ~」
「ほっとけ」
そんな嘘か本当かも分からない発言が原因で、ユフィーはパーティへの同行を希望。
女性陣。特にミシェルとローリエは彼女の同行を嫌がったものの、法術で治療をしてもらった借りもあり、強く拒否することも出来なかったという次第である。
「障害があると燃えて参ります。ふふふ、まるで恋のようですね。したことありませんけど」
「知らんがな」
ミシェルとローリエに羽交い絞めにされながらも微妙に嬉しそうなユフィーから目を逸らし、正面に向き直って御者に専念する。
後ろで起きていることは別世界の珍事とでも思っておこう。
魔物によるセクトン襲撃事件から数日が経ち、俺達は本来の活動拠点であるネーテの街へ帰ろうとしていた。
「ネーテに帰れるまで十日弱か。またしばらくは馬車で寝泊まりだな」
「のんびり帰るの~」
隣でエイルが言う通りにのんびり馬車を進ませながら、俺はここ数日の出来事を振り返った。
ゼフィル教団の宣教官ジェイム=ラーフが撤退し、俺達がユフィーの治療を受けている間に街の騒動は終息を迎えた。
案の定、他の場所にも魔物は出現していたようだが、そちらは街の兵士や他の冒険者達が対応に当たった。
彼らの奮闘により魔物は全て討伐することが叶ったものの、それでも少なくない死傷者が出たらしい。
せめてもの救いはフェルデランス程の大物がいなかったことだろうか。
あんな怪物に何体も出てこられたら、今頃街は壊滅していただろう。
「報酬もゲット~」
「少なかったけどな」
事態が一先ずの落ち着きを見せた後、俺達は官権から事情聴取を受けた。
もっともそれは本当に形だけのもので、然したる時間を取られることもなく終了。
その後は領主直々の労いの言葉と事件解決に協力してくれた功績として、僅かばかりの報酬が対処に当たった全冒険者に支払われた。
……僅かばかり。うん、本当に僅かばかりだった。
失礼ながら命懸けで戦った報酬がこれだけかと思ってしまったのは俺だけではない筈。
同時に仕方ないのかもしれないと思った。
人的被害や建物の倒壊。大通りの一部崩落。その他諸々。
これから復興に向けて、この街には多くの金と時間が必要になる。
本来なら俺達に報酬を支払っている余裕などなかっただろうに、セクトンの領主は街を守ってもらった恩には報いなければならないと私財を投げ打ってくれたのだ。
「あのロブイールの父親とは思えんくらい立派な人だったな」
「貰えるだけでもぉ、有り難いの~」
代わりという訳ではないが、討伐したフェルデランスの亡骸に関しては俺達の好きにして構わないと言われた。
これには女性陣も大喜び。
巨大な蛇の死骸で喜ぶ女性というのも相当シュールだが、それよりも俺はこの巨体をどうやって運べばよいのだろうかと頭を悩ませていた。
「〈顕能〉で収納出来ないのか?」
「いやいや、流石にこんなサイズは入らんだろう」
入りました。
恐るべきは我が空間収納。まさか全長30メートルオーバーの巨大蛇まで収納してしまうとは……。
この能力に収納限界ってないのか?
「役に立ってるんだから良いじゃありませんか」
「そりゃそうなんだけどね」
使う側としては気になるものなのよ。
まあ、あの頑丈な鱗や皮なんかはきっと役に立つだろうし、その他の素材も売れば結構な金額で買い取ってもらえそうだ。
素直に臨時収入を喜ぶとしよう。
ちなみに今回の騒動を引き起こしたロブイール。
未だ意識の戻らなかったあの男はさっさと官権に―――悪いのは全部こいつですと一言添えて―――引き渡してしまったので、その後どうなったのかは分からない。知りたいとも思わないけど。
如何にジェイム=ラーフに利用されていたとはいえ、あのボンクラが仕出かしたことは到底許されるものではない。
奴が今後どのような処罰を喰らうのかは不明だが、あの人格者である領主なら、たとえ相手が実の息子であろうと甘い決断を下したりはしないだろう。
そんなことより……。
「ゼフィル教ねぇ」
魔物至上主義を掲げて暗躍する教団―――ゼフィル。
何故か俺はその教団に所属する宣教官―――宣教師みたいなものかね?―――ジェイム=ラーフに目を付けられてしまった。
自分達の教団のトップに俺を会わせたいと主張するジェイム=ラーフ。
出来ればあんな頭のおかしな輩とは二度と会いたくないのだが、なんとなくそんな訳にもいかないんだろうなぁという気がする。
この世界は俺が考えている以上に縁というものが強いように感じるのだ。
良きにしろ悪しきにしろ、一度紡いでしまった縁をそう簡単に断ち切ることは出来ない。
故に俺は、俺が望まなくとも再び奴と対峙することになるかもしれない。
そうなったら俺は……。
「考えるまでもないか」
頭のイカれた謎教団の元に連れて行かれるなんて死んでも御免だ。
ならばどうする?
徹底抗戦に決まっているだろうが。
そのためには今よりも強くならなければいけない。
またフェルデランスのような怪物が出て来ないとも限らないからな。
いや、あるいはアレよりもっと強力な魔物が出てくる可能性も……。
「あー、ヤダヤダ。もっとダラダラ生きたいもんだよ。レイヴンくんもそう思うだろ?」
同意を求めて肩を見るも、そこに我が従魔の姿はなかった。
はて何処に行ったのだろうかと首を傾げていると『マスミ、後ろ後ろ』とニースが教えてくれた。
手綱を一時エイルに預けてから後ろを振り返れば、レイヴンくんは未だ取っ組み合いを続けているミシェル達の頭上を元気に飛び回っていた。
彼女達に触発されて興奮したのか、ガチガチと大顎を鳴らしている。
「どいつもこいつも元気だなぁ」
と言いつつもスマホを取り出しパシャッと一枚。
醜い争いをする女性三人とその頭上で飛び回る一匹の鍬形兜。
うーむ、変な写真。
「でもまぁ、これはこれで悪くないかもな」
苦笑いしながら胸ポケットの中にスマホを戻し、エイルに預けていた手綱を受け取る。
一頻り飛んで満足したのか、レイヴンくんも肩の上に戻って来た。
ゼフィル教団のこと以外にも〈ロッソ・フラメール〉の不可解な能力や入手したフェルデランスの死骸の使い道。
そして新たにパーティに加わった生臭神官。
考えることは山積みだが、幸いネーテに着くまで時間はたっぷりとある。
「のんびり行きますかねぇ」
肩の上でカチカチと大顎を鳴らすレイヴンくんの背中を撫でつつ、俺は殊更ゆっくりと馬車を進ませるのだった。
これにて第六章は終了となります。
お読みいただきありがとうございます。




