第39話 望まぬ因縁
前回のお話……巨大蛇討伐
(ミ ゜Д゜)うりゃー!
(蛇 ゜Д゜)……ガクッ
〈ロッソ・フラメール〉によって胴体から斬り離された蛇頭が音を立てて地面に落下し、僅かに遅れてミシェルも着地する。
その光景を、俺は他人事のような心地でぼんやりと眺めていた。
「マスミくん、大丈夫?」
「……ああ、うん」
傍らのエイルが心配そうに訊ねてくる声も何処か遠くに聞こえてしまう。
完全に魔力枯渇だな。
気を抜いたら意識を失ってしまいそうだ。
手足にも満足に力が入らず、撃ち終えてすぐにエアライフルも取り落としてしまった。
足を怪我したエイルに肩を貸していた筈なのに、どちらかといえば今は俺が支えてもらっている。
「エイルこそ耳、大丈夫?」
「うん、今度は撃つのが分かってたから我慢出来たの」
でもやっぱり痛いのと言って笑うエイルに俺も苦笑を返す。
ミシェルとローリエはそれぞれと剣と拳を構えたまま警戒を続けていたが、斬り落とされた蛇頭も胴体も動き出す様子はない。
いや、正確には若干痙攣しているので全く動いていない訳ではないのだが、アレは単純に筋肉が収縮しているだけだろう。
巨大蛇フェルデランスはその生命を終わらせたのだ。
「今度こそ俺達の勝ちだ」
そう告げた途端ミシェルもローリエも警戒を解き、背中から地面に倒れ込んだ。
二人はそのまま同時に「疲れたー」と言った後、地面の上で大の字になってしまった。
年頃の乙女がそれはどうかと思うけど、体裁を取り繕っている余裕すら今の彼女達にはないのだろう。
俺も二人を見習って横になりたいのが本音だが、俺の場合それをしたらもう起き上がれない可能性が大なのでやらないだけだ。
「しょうがないね、激戦だったし」
「しょうがないの~」
ようやくいつもの口調に戻ったエイルと二人で頷き合う。
これまでだって命懸けの場面は何度もあったが、今回は掛け値無しに歴代最大の窮地となった。
パーティの誰かが、あるいは全員が命を落としたとしても何もおかしくはなかった。
だがパーティ全員の力を結集し、最後まで諦めずに奮闘した結果、誰一人として犠牲にならず、あの巨大蛇に勝利することが出来た。
「まあ、誰一人として無傷な奴もいないんだけど……」
「みんな無事だったんだからぁ、それで充分なの~」
「それもそうだな」
幸い今後の人生に支障をきたすような大怪我は誰も負っていない。
そう考えると、あの恐るべき怪物を相手にしてこの程度の負傷で済んだというのはかなり幸運だったのでは……。
「いやいやいや、んな訳ないっての」
こんな怪獣大決戦みたいな事態に巻き込まれて幸運もへったくれもあるか。
というか死に掛けてる時点で、本日の運勢全員軒並み最悪だよ。
「おーいミシェル、ローリエ。動けるかー?」
いつまでもこんな倒壊現場にいたくなかったので、そろそろ移動しようかと二人に声を掛けた時……。
「まさか本当にフェルデランスを倒してしまうとは。どうやら私は皆さんのことを侮っていたようです」
二度と聞きたくなかった男の声が耳に届いた。
そういえばこいつのことをすっかり忘れてた。
「てっきりトンズラしてるもんだと思ってたよ」
「ええ、そうするつもりだったのですけどね」
少し気になることがありましてと言って、残っていた瓦礫の影から姿を現すフードの男。
その姿を視認すると同時にそれまで寝そべっていたミシェルとローリエが跳ね起きた。
応戦の構えを取る二人のことを気にした様子もなく、フードの男は何故か俺に対して「貴方は何者ですか?」と訊ねてきた。
「何者って言われてもな」
「どうにも貴方は不可解です」
どうやらこの男、離れた場所からずっと戦闘を眺めていたらしい。
当然、俺が魔力弾を撃つところも見られている。
「見たこともない不思議な銃の力なのか、それとも貴方自身の力なのかは分かりませんが、いずれにしてもあの攻撃……魔術じゃありませんよね?」
「さぁて、どうだかね」
「力だけではありません。貴方の場合はその思考も不可解だ。ゼフィル教の教義を理解し、共感しながらも真っ向から否定する。ふふ、今まで散々邪教だ狂信者だとは言われてきましたが、これは初めての経験ですよ」
「あっそ」
何が面白いのか、一人で静かにクスクスと笑い始めるフードの男。
目深に被ったフードの所為で表情は分からず、口元だけが笑みの形を作っているというのも中々奇妙な光景だな。
「俺が何者かって言ってたけど、それを知ってお前はどうするつもりな訳?」
「是非とも我らの教祖様にお会いしていただきたいのです」
「えっ、ヤダよ」
……。
…………。
「すみません。よく聞こえなかったので、もう一度言っていただけませんか?」
「ヤダ」
「そうですか、嫌ですか……ってヤダ? えっ、嘘、なんで?」
「いや、そんなに驚かれても……」
逆に何故今の流れから了承してもらえると思ったのやら。
なんかブツブツと「おかしいですね。こんな筈では……」とか呟いてるし。
ちょっと引くわ。
「一応、嫌だと仰る理由を伺ってもよろしいですか?」
「理由も何も、教祖ってことはお前らんとこの代表って意味だろ。なんで俺が如何わしい変態教団の代表と会わなきゃいけないんだよ。死んでも御免だわ」
「い、如何わしい変態教団……」
そんな絶対に頭のイカれた輩とお近付きになんてなりたくない。
俺の答えを聞いてガックリと肩を落としているフードの男に対し、「お喋りはそこまでにしろ」とミシェルが厳しい口調で言葉をぶつける。
「貴様が何を考えているかなど知りたくもないし、興味もない。だがマスミを変態教団の巣窟には連れて行かせん」
「変態は変態同士でよろしくやってて下さい。一昨日来やがれです」
「……ああ、そういえば貴方方もいましたね」
まるでミシェルとローリエの存在に今気付いたと言わんばかりの態度。
二人の表情が険しくなるのも構わず、フードの男は毒々しい暗紫色の柄を有する剣―――ロブイールの腹部を突き刺した細身の直剣を取り出すと「私も冗談でやっている訳ではありませんから」と言って剣を片手で構えた。
「実力行使という訳か」
「用があるのはそちらの方……マスミさんでしたか。彼に危害を加えるつもりはありませんので、大人しく引き渡していただけませんかね」
「つまりマスミさん以外には危害を加える気があるということですね」
「狂信者め。誰が応じるものか」
「止められますかねぇ。今の貴方方に」
そう告げた直後、フードの男の身から漏れ出した戦意が不可視の圧力となり、ミシェル達の身体を叩く。
気圧されたように二人が一歩後ずさった。
悔しいが、奴の言う通りだ。
万全の状態ならいざ知らず、フェルデランスとの戦闘を終えて消耗した今の俺達には、あの男を止められるだけの余力など残っていない。
だからといって素直に捕まり、謎教団の巣窟に連れて行かれるなんざ真っ平御免だ。
「どうする……」
「マスミくん」
不安そうなエイルの声に何も返せないまま、フードの男の動向を注視していた時、視界の端で動く小さな影の姿を捉えた。
ブゥゥゥンと耳障りな羽音を伴って素早く飛翔する影はミシェルとローリエの間を通過し、真っ直ぐフードの男の手元、剣を握っている右手に体当たりを仕掛けた。
「え……痛ッ」
余りにも予想外な攻撃にフードの男も反応が遅れる。
その右手の甲には体当たりしてきた影―――いつの間にやら飛び出していたレイヴンくんの鋭い一本角が突き刺さった。
更にレイヴンくんは角を刺したまま背中の翅を震わせ、傷口に直接振動を送り込むものだから、然しものフードの男もこれには堪らず悲鳴を上げ、剣を取り落としてしまった。
それを見た直後、俺は空間収納から単発小銃を取り出して片手で構え、今度こそ躊躇することなくフードの男に向けて発砲した。
響く銃声。本来は両手で構えるべき小銃を片手で撃った反動で銃口が跳ね上がる。
狙いが逸れたスラッグ弾はフードの男に直撃せず、右腕を掠めることしか出来なかったが……。
「ぐぁッ!?」
その傷口からは勢いよく血液が溢れ出した。
同時にレイヴンくんも角を引っこ抜いて男の手から離脱した。
本来は大型動物を撃退するために使用されるスラッグ弾を生身で喰らったのだ。
人間ならば掠めただけでも相当な負傷になる筈だ。
フードの男は傷口を左手で押さえると、大きく後ろに飛び退った。
「は、はは……本当に何処までも予想を裏切ってくれる方だ」
「グダグダとうるせぇんだよ。その傷でもまだやるつもりか?」
「……いいえ、止めておきましょう。ここは素直に引かせていただきますよ」
そう言うとフードの男は懐から一本の巻物―――魔述巻物を取り出し、片手で器用に紐を解いて眼前に広げた。
記された魔方陣が明滅し、魔力の粒子を放出し始める。
「マスミさん、貴方をお連れ出来ないのは残念ですけど、今日のところはお暇させていただきます」
「うっせ、気安く人の名前呼ぶな。さっさとどっか行け。そして二度と俺らの前に現れるな」
心の底から二度と会いたくないと思っているのだが、その意思が伝わった様子はない。
むしろ「ははは、まあそう遠慮なさらず」とか言い出す始末だ。質が悪い。
魔述巻物から発せられる光が強くなり、いよいよ記された魔術が発動すると思われたその時……。
「今更ですが自己紹介がまだでしたね。私はゼフィル教が宣教官ジェイム=ラーフ。それではマスミさん、またお会い出来る日を楽しみに待っていますよ」
「おい止めろ余計なフラグ立てんな馬鹿野郎!」
俺の必死の捲し立ては、魔述巻物から発生した強烈な閃光によって遮られた。
光が収まった後には、フードの男改めジェイム=ラーフの姿は何処にもなくなっていた。
おそらくはフェルデランスを召喚した魔述巻物と同じ転移系の魔術を使用したのだろう。
本当に便利なアイテムだ。
「……今度こそ終わりだな?」
「終わりですね」
「終わりなの~」
「お疲れさん」
確認し合うように終わり終わりと告げた後、全員で一斉に地面に寝転ぶ。
心身共に限界である。
「もう動きたくない」
「というか動けません」
「全身が痛いの~」
「……お前らはまだマシだよ。俺なんて変な奴に目ぇつけられちまったんだぞ」
ついつい恨みがましい口調になってしまったが、女性陣から返ってきたのは、頑張れーという投げやり全開な励ましだけだった。
他人事だと思いやがって……。
「教祖に会ってほしいときたか」
あの男が何故そんなことを言い出したのかは結局分からず終い。
教祖。
魔物至上主義を掲げるゼフィル教団を作り上げた張本人。
そんな危険人物と俺を会わせていったい何をしようというのか。
というかこの惨状はどう処理したらいいの?
責任取れとか言われないよな?
駄目だ。全然思考が纏まらない。
「……もうどうでもいいや」
早々に思考を放棄した俺の元にレイヴンくんが戻ってきた。
定位置の肩の上ではなく胸元にくっ付いてきたレイヴンくんの背中を撫でていると、遠くからユフィーの「皆様ご無事ですかー?」という声が聞こえてきた。
「取り敢えずあいつに治療させよう」
難しいことは元気になってから考えればいいやと結論を先送りにした俺は、身体の欲求に従って瞼を下ろし、人生初となる災害現場―――怪獣被害―――での睡眠を試みるのだった。
……ちょっと背中が痛いなぁ。
お読みいただきありがとうございます。




