第37話 蛇身を討て ~獣拳炸裂~
前回のお話……ミシェル復活。そしてパワーアップ
(ミ ゜Д゜)ぶった斬る!
(蛇 ゜Д゜)シャ、シャー(超怖ぇー)
「オオオオオオオオオオッッ!!」
火の粉の如き赤い煌めきを伴って振り抜かれた〈ロッソ・フラメール〉が蛇鱗を斬り裂き、その下の肉に刃を深々と突き立てる。
「まだまだぁ!」
返す刀で放たれた逆袈裟の一撃が更なる傷を蛇体へ刻み、巨大蛇の顎から悲痛な叫びが上がった。
〈ロッソ・フラメール〉によってフェルデランスの強固な蛇鱗が次々と断ち割られ、その長大な体躯に秒単位で傷が増えていく。
あれ程苦労してダメージを与えていたのが嘘のようだ。
「土壇場で覚醒とか、ウチのミシェルさんはいったい何処のバトル漫画の主人公だよ」
思わずそんな軽口を叩いてしまうくらい、今のミシェルには鬼気迫るものがあった。
たった一人の少女が剣を片手に巨大な化け物を追い詰めていく。
なんとも痛快な光景である。
戦闘中でなければ笑っていたかもしれない。
「っと、見てるだけじゃなくて俺も働かねぇと……なッ」
フェルデランスの頭部に向けてスラッグ弾を発射する。
着弾の衝撃で仰け反りはするものの、ダメージは皆無。
だがそれでも構わない。
フェルデランスの隻眼がこちらを向くよりも先にその場を移動し、同時に実包の入れ換えも行う。
再装填完了後、再び頭部に向けて発砲する。
衝撃で頭部を揺れされたフェルデランスが『ジャアアアアッ!』と苛立ったように鳴き声を上げる。
そうして俺に意識を向けた隙を突き、またもやミシェルが斬り掛かる。
先程からこれの繰り返しだ。
俺の役目はフェルデランスの注意をミシェルから逸らすこと。
チマチマと効きもしない攻撃を嫌がらせのように続けているのはそのためだ。
本当は魔力弾をぶち込んでやりたいところだが、アレはあと一発しか撃つことが出来ないので、使い所を誤る訳にはいかない。
『ジュアアアアアアアアッ!』
「ぅおっと」
フェルデランスが乱雑に尾を振り回してくるも、元々充分な距離を取り、安全圏から射撃を行っていたので危なげなく回避することが出来た。
尾による攻撃を躱されたフェルデランスが直接噛み付いてやろうと俺に向かって首を伸ばそうとしたが、それよりもミシェルが接近する方が早かった。
肩口からぶつかるように胴体へと肉迫したミシェルは、〈ロッソ・フラメール〉の切っ先を蛇鱗へと突き刺し、そこから更に刃を深く押し込んだ。
根元近くまで巨大蛇の胴体に埋まる剣身。
苦しげに蛇体を捩るフェルデランスには構わず、ミシェルは突き刺したままの〈ロッソ・フラメール〉の刃を力尽くで捻り、半ば引き千切るかのようにフェルデランスの胴体を大きく斬り裂いてみせた。
『ジィアアアアアアアアアアッッ!?』
途端にフェルデランスの絶叫が鳴り響いた。
長大な体躯を激しく波打たせ、地面の上をのたうち回った振動で周囲の瓦礫の山が崩れ始める。
巻き込まれまいとミシェルは素早く後ろに飛び退き、油断なく剣を構えた。
巨大蛇の硬い鱗を難無く斬り裂いていく〈ロッソ・フラメール〉。
その美しい剣身からは、未だ火の粉の如き赤い光の粒子が漏れ出ていた。
「〈魔力付与〉……だよな?」
魔力操作の応用技術―――〈魔力付与〉。
身に付けた装備に魔力を通すことで、その性能を大幅に強化することが出来る。
俺と出会った当初からミシェルは魔力による身体強化こそ使いこなせてはいたものの、〈魔力付与〉はこれまで一度として成功したことはなかった筈だ。
それがこの局面で突然使えるようになった。
しかもアレはただの〈魔力付与〉ではない。
何故なら……。
「臭ぇな」
今、戦場には細かな粉塵に混じって肉の焼ける臭いが立ち込めている。
原因はフェルデランスの全身に刻まれた夥しい数の裂傷。臭いはそこから発生していた。
最初の一撃を除き、ミシェルがフェルデランスに与えた傷は、その全てが黒く焼け焦げた断面を晒しているのだ。
血管も焼き潰されている所為か、出血もほとんどない。
俺が〈魔力付与〉を施したナイフで敵を攻撃した時、火傷状態にはならなかった。
ミシェルの秘められた能力なのか、それとも剣自体に仕込まれていた機能なのかは不明だが、おそらく今の〈ロッソ・フラメール〉は剣身に凄まじい高熱を帯びている筈だ。
〈魔力付与〉に加えて超高熱の刃。
二重の強化を施された〈ロッソ・フラメール〉は、フェルデランスの蛇体を容易に熔断―――焼き斬ってしまえる程の攻撃力と切断力を得るに至った。
「何が原因なのかは皆目見当もつかんけど……」
なんにしても嬉し過ぎる誤算だ。
フェルデランスを攻略する上で最も大きな障害となっていた強固な蛇鱗。
その防御も今のミシェルと〈ロッソ・フラメール〉ならば苦も無く突破出来る。
現に巨大蛇は全身に傷を負って疲弊しており、戦闘の形勢は確実にこちら側へと傾きつつある。
それでも……油断は出来ない。
「手負いの獣ほどおっかないもんはねぇからな」
ましてや相手は大型級。それも俺達がこれまでに遭遇した中で最も巨大な魔物だ。
「まだ何かしてきやがるかも……って」
言ってるそばから動きがあった。
地面の上で何度も跳ねてもがいていたフェルデランスが突然首をもたげ、構えたまま警戒を続けていたミシェルの姿を見開いた隻眼で捉えた。
蛇体をくねらせてミシェルの方に向き直ると、その巨体からは想像も付かないような速度で突進を仕掛けてきた。
これまで鈍重さを感じさせていた巨体が見せる予想外の動きと速度。
散在する瓦礫を吹き飛ばしながら迫り来る大質量。
これに比べれば、大型トラックが突っ込んで来る方がまだしもマシに思えてしまう。
だが迫る蛇頭を目前にしても、ミシェルに焦った様子は微塵もなかった。
「フッ」
鋭く呼気を吐き出したミシェルは、足場の悪さなど物ともしない滑るような足取りでフェルデランスの突進を躱し、擦れ違い様に胴体を斬り付けた。
突進を回避された上に反撃まで喰らったフェルデランスは速度を落とすことなく、そのままミシェルの横を通過した。
そしてある程度の距離を置いたところで自らの蛇体を渦巻き状に巻き始め、巨大なとぐろを形成した。
「なんだ、何するつもりだ?」
あの状態が何を意味するのか分からない俺とミシェルは困惑したまま動けずにいた。
そんな俺達に「止めてッ!」という声が届いた。
「アレを飛ばせたら駄目ぇ!」
離れた所で戦闘を見守っていたエイルが必死の形相で訴えてくる。
その訴えに突き動かされるがままミシェルは駆け出し、俺は空間収納からエアライフルを取り出すと同時に魔力を注ぎ込み、フェルデランスに向けて魔力弾を撃とうとしたが……。
「クソッ!」
間に合わなかった。
巨大なとぐろが大きくたわんだかと思うと、まるでバネ仕掛けのように跳ね、空高くへと飛び上がったのだ。
巨大蛇が見せた驚異的な跳躍力と予想外過ぎる行動に驚き、同時に理解した。
大通りの惨状を引き起こした原因が、この大跳躍からの落下にあることを。
これ程の質量が加速して地面に衝突するのだから、災害染みた被害が出るのも当然だ。
潰されたら即死必須。余波だけでも尋常ではないダメージを負うことになるだろう。
その矛先は今、俺達に向けられている。
「マスミッ、逃げ―――」
「逃げねぇよ」
この場から離脱しようするミシェルの声を遮り、俺は上空のフェルデランスに銃口を向けた。
おそらく逃げたところで衝突の余波に巻き込まれる。
ミシェルなら耐えられるかもしれんが俺には無理だ。
ならば身動きの取れない今この時にフェルデランスを撃墜し、落下時の被害を軽減させる方がまだしも生き残れる可能性は高くなるだろう。
だが……。
―――出来るか?
胸中に疑問が生じるも悠長に考えているような時間はない。
出来るかどうかじゃない。やるしかないんだと自らに言い聞かせ、無理矢理疑問を押し退ける。
狙いは頭部。確実に攻撃が通る眼球か口内に……とスコープを覗き込んだ時に気付いた。
跳躍の最高点に到達し、今まさに地上へ落下せんとするフェルデランスの胴体に何かが取り付いていることに。
「ローリエ!?」
その正体は、フェルデランスに巻き付かれて深いダメージを負った筈のローリエだった。
変化した爪を鱗の隙間に差し込み、器用にも蛇体に取り付いている。
「どうなっているのだ。何故ローリエが……」
「俺にも分かんねぇよ」
てっきりエイルと同じように離れた場所から見守っているものだとばかり思っていたのに。
ローリエは獣の四肢を駆使して長大な蛇体をするすると駆け上がっていくが、俺達を潰すことに意識が向いているフェルデランスは彼女に気付けない。
頭部に到達したローリエは、〈獣化〉によって変化した獣腕の拳を硬く握り締め―――。
「ガルゥァァアアアアアアアアアアッッ!!」
―――無防備な蛇頭へと振り下ろした。
お読みいただきありがとうございます。
おかしい、戦闘が終わらない…




