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第16話 乙女一閃

 地面に転がるゴブリンの死骸。

 その数全部で十一匹。

 ゴブリンの残党を片付けるために森へと入ったのだが、特に戦闘らしい戦闘が起こることもなく、あっさりと目的を達成してしまった。

 まるで稲を刈るが如く本当にあっさりと……いや、稲刈りと一緒にしたら米農家さんに失礼だな。

 手作業での稲刈りは相当な重労働なのだから。


「拍子抜けするほど簡単だったな」


「私はなんだかイジメをしているようで気分が悪かったよ」


「何の抵抗もありませんでしたからね」


 どいつもこいつも煙を吸い過ぎてフラフラのグロッキー状態になっており、まともに戦えるようなゴブリンは一匹も居なかったのだ。

 完全に想定外。

 嬉しい誤算と言えなくもないのだが、まさか燻り出し作戦がこれ程の効果を発揮するとは思いもしなかった。

 そして魔物とはいえ、無抵抗の相手を一方的に屠るという行為が、ここまで精神的に堪えるとも思わなかった。


「まあその、あれだ。仕事は早く終えるに越したことはないと思う。うん、いらん苦労もせんで済むしな」


「そっ、そうですよね。無理に危ないことをする必要はありませんよね」


「そうそう。相手の方が数も多いんだから頭使わなきゃいかんと思うのよ。そもそもこれ作戦がドハマりしただけだし? その結果として単純作業になっただけだし?」


「ですです。わたし単純作業って好きですよ」


 うんうんそうだよねぇとローリエと一緒に頷き合っている隣で……。


「私はアレを戦いとは認めない」


 おい止めろ。蒸し返すんじゃねぇよ。

 折角この微妙な空気を払拭しようとしているのに余計な口を叩くんじゃありません。

 またも虚しさが胸に去来し、何とも言えない気持ちに……っていかんいかん。

 今はまだお仕事中だ。気持ちを切り替えなければ。


「此処に来る前に倒したのも含めると全部で十二匹か」


 昨日の昼と夜に仕留めたのが十六匹。

 合計二十八匹ものゴブリンを倒したことになるのだが……何かが引っ掛かる。


「ちょっと質問。三十匹近くの群れって、ゴブリンにしては小規模なの?」


「正直、微妙なところですね。大規模というには少ないですし、小規模というには数が多いような気も……」


「だよなぁ」


 これだけの数が揃っているのなら、最初の襲撃の時にもっと被害が出ていたように思うのだ。

 牛一頭どころか、牧場が丸ごと被害に遭っていたとしてもおかしくはない。

 仮に最近になって数が増えたとしてもそれは何故だ?

 転がっている亡骸に目を向ける。


「此処に転がってるのって全部オス?」


「む、そうだな。これらは全てオスだ。メスの個体なら僅かに乳房が膨らんでいる筈だ」


 分かり辛い違いだなぁと思いつつも全ての死骸を確認して回る。

 ミシェルの言う通り、どの個体も胸元は膨らんでいなかった。

 つまりこの巣穴で暮らしていたのはオスのゴブリンだけ。

 この群れが他種族の女性を攫っていたと仮定し、その女性を繁殖のために利用していたとすれば、数を増やすこと自体は可能だろう。

 だが仮にそうであったとしても子供のゴブリンが一匹も居ないことなんて有り得るのか?

 この場で死んでいるゴブリンは全て成長した個体だ。


「……なんか嫌な予感がする」


 こういった場合に抱く嫌な予感というのは往々にして当たるものなのだ。

 そして案の定―――。


「GAAAAAOOOOOOッッ!!」


 ―――そいつ(・・・)は洞窟内の暗闇を引き裂くようにして現れた。


「おい、おいおいおいおい……!」


 そいつはゴブリン……だと思う。

 不健康そうな緑色の肌。白濁した目。醜悪に歪んだ顔と間違いなくこれまで目にしてきたゴブリンと同様の特徴を有していた。

 だがその姿を見て、こいつも同じゴブリンであると思うことは出来なかった。

 デカい。おそらく身長は190センチ以上ある。

 俺とて大柄な方ではないものの、それでも174センチはある。

 そんな俺よりも一回り以上大柄な体躯を有している。

 身体の厚みなどはもっとだ。

 体重は100キロを余裕で越えるだろう。

 通常のゴブリンが120センチあるかないかといった程度だというのに、いったい何を食えばここまでデカくなるのやら。

 右手には、刃が所々欠けた分厚い大剣が握られている。


「こいつは……!」


「ホブ・ゴブリン、ですね」


 緊張の所為か、ミシェルとローリエの声も僅かに震えている。

 正直、俺もさっきから脚の震えが止まらない。

 気を抜くと立っていられなくなりそうだ。


「こんな時になんだけど、ホブ・ゴブリンって何?」


「ゴブリンの亜種で大型の上位個体だ」


「通常のゴブリンとは比べ物にならない生命力と膂力を持っています。人間の手足くらいなら簡単に引き千切られてしまいますよ」


 つまり危険だと。オーケー、よく分かった。

 こいつは今すぐ小鬼の異名を返上するべきだ。

 そして冒険者ギルドとやらよ、上位種おるやんけ。


「おそらくこの個体も含めて他の住処から移って来たのでしょうね。それもここ最近になって」


「だからあんな中途半端な数だったのだな。マスミは下がっていろ」


 今ばかりはミシェルの指示に素直に従っておく。

 自分より一回り近くも年下の少女達に頼ることしか出来ない我が身が情けなかった。

 だが俺では役不足なのも事実。今更悔やんだところで仕方がない。

 せめていつでも援護出来るようにしておこう。


「GUUURRRRR」


「私が前に出る。ローリエは援護を頼むぞ」


「分かりました」


 前に出たミシェルが正眼に剣を構え、ホブ・ゴブリンと対峙する。

 彼我の距離約3メートル。

 数秒の睨み合いの末、先に動いたのはホブ・ゴブリンだった。


「GURAAAAAAAAッ!」


 ホブ・ゴブリンが大股で踏み出し、刃の欠けた大剣を振り上げた。

 見るからに切れ味は期待出来ないだろうが、その分厚い鉄板のような刃を叩き付けられては非力な人間など一溜まりもない。

 目の前の少女を叩き潰そうと凶刃が振り下ろされる。


「フゥッ」


 短い呼気を吐き、申し合わせたかのようなタイミングでミシェルも距離を詰める。

 僅かに半身となり、彼女から見て右前―――ホブ・ゴブリンの左側に踏み込んだ。

 振り下ろされた大剣の一撃を躱すと同時。擦れ違い様に長剣を逆袈裟に振るい、ホブ・ゴブリンの左腕を浅く斬り付ける。

 傷口からは紫色の血液がプシュッと軽い音を立てて噴き出した。

 ミシェルは駆ける勢いのままに脇を抜け、ホブ・ゴブリンから一旦距離を置いた。

 悔しそうに乱杭歯を食い縛ったホブ・ゴブリンがミシェルに追撃を仕掛けようと振り向いた直後、その背後に影が忍び寄った。


「はぁッ!」


 忍び寄った影―――不意を突いたローリエが無防備な背中に攻撃を加える。

 片手剣による刺突。

 刃の切っ先がホブ・ゴブリン広い背中に突き立った。


「GAAAAAAAAッッ!」


 ホブ・ゴブリンは煩わしいとばかりに吠えながら右手の大剣を薙ぎ払ったが、ローリエは既にその場を離脱しており、振るわれた大剣は何もない宙空を薙ぐだけに終わった。

 再び晒された背中に今度はミシェルが「隙だらけだ!」と打ち掛かる。


「はぁぁああああッ!」


「GUAAAAAAAAAッッ!?」

 

 鋭い踏み込みと裂帛の気合から放たれる斬撃。

 大上段からの一撃に肩を深々と斬り裂かれたホブ・ゴブリンが絶叫を上げる。


「ミシェルの奴、あんなに強かったのか」


 そんな場違いな感想を抱いている俺を他所にホブ・ゴブリンが反撃をするも、ミシェルは巧みな足捌きで振るわれる大剣を難なく回避してみせた。

 ホブ・ゴブリンが自慢の怪力に物を言わせて大剣を振り回す度にブォンブォンと心臓に悪い唸りが響く。

 まるで人型の台風が暴れ回っているかのようだ。

 一撃でも喰らえばおしまいだが、その肝心の一撃が当たらない。

 ミシェルは大剣と直接打ち合うような真似はせず、身を逸らして躱すか、あるいは刃の腹を叩いて相手の攻撃を捌いていく。

 単純な腕力勝負ならホブ・ゴブリンに軍配が上がるかもしれんが、スピードと技量においてミシェルの方が遥かに上回っているのだ。

 更には時折ローリエが攻撃を加えることで相手の注意を引いて隙を作り、そこをミシェルが突く。

 致命傷と呼べる程ではないものの、ホブ・ゴブリンは全身の至る所に傷を負っている。

 二人の見事な連携によって、その動きを完全に封殺されているのだ。

 これなら勝てる。

 知らず俺は手に汗を握っていた。


「ミシェル! ローリエ! やっちまえ!」


 俺からの声援が後押しになった訳でもないだろうが、二人は勝負を決めるべく動いた。

 突然、剣を鞘に納めたローリエがホブ・ゴブリンに向けて右手を翳す。


「『集え(■■)……炎よ(■■)……』」


 祝詞のように、その小さな唇から不思議な呪文が紡がれる。

 地球に存在するどの言語とも明らかに異なる。

 一度として耳にしたことのない、全く知らない単語の羅列。

 それにも関わらずローリエの発する言葉の意味が何故か理解出来た。

 まるで脳内で勝手に翻訳されているかのようだ。

 どうなっているんだ?

 無論、その疑問に答えてくれる者は居ない。


「『矢を成し(■■■■)……敵を討て(■■■■)』」


 ローリエが翳した右手の先。

 何もない宙空に突如として赤い光が生まれた。

 光は徐々に広がり、直径50センチ程度の円形―――様々な文字や記号等で構成された魔法陣を形成していく。


 ―――魔術。


 自らの内にある魔力と魔術言語と呼ばれる力持つ言葉で組まれた呪文を唱えることで発現する神秘の力。

 ローリエの切り札。


「〈炎矢(フレイムアロー)〉!」


 呪文の詠唱が完了し、魔術が発動する。

 輝きを増した魔法陣から、細長い矢のような形を成した炎―――〈炎矢(フレイムアロー)〉が高速で発射された。

 続けて二本、三本と撃ち出された燃え盛る矢は、狙い過たずにホブ・ゴブリンに全弾命中した。


「GIIIIIAAAAAAAッッ!?」


 着弾と同時に炎の矢は爆散し、その緑の肌を黒く焼き焦がす。

 二発が背中に、もう一発は右腕に直撃した。

 激痛のあまり絶叫し、大剣の柄を手放すホブ・ゴブリン。

 決定的なその隙をミシェルが見逃すことはない。

 長剣を構えたミシェルが「参る」と呟くと、彼女の全身から光が溢れた。

 直後、弾丸のような勢いで飛び出すミシェル。

 僅かに遅れ、直前まで彼女が立っていた地面が重機で掘り返されたかのように爆ぜる。

 魔力による肉体の強化。

 ミシェルはローリエのように魔術を扱うことは出来ない。

 その代わりに体内の魔力そのものを操り、自らの肉体に作用させることが出来る。

 先の発光現象は、この肉体強化によって発生したものだ。

 ミシェルは通常時とは比べ物にならない程の速度―――迅雷の如き速さで敵を打ち倒さんと駆ける。


「おおおおおおおおおッ!」


 全身を巡る魔力で底上げされた身体能力。

 閃く刃は、炎によって焼かれたホブ・ゴブリンの太い右腕を正確に捉える。

 刹那の交差。

 宙を裂く稲妻の如き一閃は、一切の抵抗無く怪物の巨腕を斬り飛ばした。

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