第33話 蛇身を討て ~乙女渾身~
前回のお話……巨大蛇登場
(蛇 ゜Д゜)シャー
(真 ゜Д゜)デカっ!?
開幕の銃声が轟き、吐き出されたスラッグ弾が巨大蛇の頭部目掛けて中空を真っ直ぐに突き進む。
金属弾頭が着弾し、フェルデランスの頭がぐりんと仰け反った。
「どうだ!」
本来、スラッグ弾は熊や猪といった大型動物の狩猟に用いられる銃弾で、熊撃ちとも呼ばれている。
遠距離狙撃には向かないものの、発射された際の運動エネルギーは大口径ライフルに匹敵する。
それ程の威力を秘めたスラッグ弾の直撃を、それも頭部に喰らったのだ。
「幾ら大型の魔物でも―――」
それなりにダメージが……と言い掛けたところで、仰け反っていたフェルデランスの頭がゆっくりと元の位置に戻され、シュルシュルと舌を出し入れした。
ダメージを受けた様子はない。いや、よく見ると着弾した箇所が黒く焦げている。
ゼロではなさそうだが、ほとんど効いていないと見るべきだろう。
元々、今の一発で倒せるだなんて微塵も考えてはいなかったけど……。
「どんだけ硬い鱗してんだよ。クソッ、理不尽だ」
悪態をつきながらも実包を入れ換える。
おそらくエアライフルの魔力弾ならダメージを与えられるだろうが、俺の魔力総量では二発しか撃てない。
使い所を誤る訳にはいかない。
「すまん、前衛頼む!」
「応とも!」
「任せて下さい!」
俺の左右をミシェルとローリエが駆け抜け、フェルデランスに向かって行くのを確認した後、エイルに二人の援護を頼む。
エイルはいつも通りの間延びした口調で「お任せ~」と応じると、ほとんど助走もなしに地面を蹴って跳躍し、近くの家屋へと飛び乗った。
そのまま屋根の上を移動しながら、援護の矢を放っていくも、フェルデランスの硬い鱗を貫くことは叶わなかった。
それでも僅かばかり痛痒は与えられているようで、フェルデランスは煩わしそうに長大な蛇体をくねらせている。
「ユフィーッ、そのロブイールどっか邪魔にならん所に持ってけ!」
「ええッ、わたくしがですか!?」
「ゴチャゴチャ言わんとはよ持ってけ!」
大声で怒鳴り付けてやると、ユフィーはヒィヒィと泣きそうな声を上げながら気絶したロブイールを引き摺っていった。
視界の端でその姿を確認した後、俺は意識を前方―――フェルデランスとの戦闘を開始したミシェル達と、それを観察しているであろうフードの男へと向けた。
―――side:ミシェル―――
「わたしが前に出て攪乱します!」
「分かった!」
私と並走して走っていたローリエが首に下げていたネックレス―――母様からいただいた魔道具の鎖を引き千切ると、その姿に変化が起きた。
肩口に届く程度だった髪が急激に伸び、両手の爪も鋭さを増す。
頭の上には獣の耳が、臀部からは髪と同じ色の体毛を備えた尻尾が出現した。
正体隠蔽の魔道具を外したことで、ローリエは本来の姿―――犬系獣人種の獣人へと戻ったのだ。
「ぅぅぅわぁぉぉおおおああああああああッッ!!」
ローリエの口から獣の如き雄叫びが迸り、ビリビリと大気が震えた。
それを威嚇と見たのか、フェルデランスが鎌首をもたげてローリエを睥睨する。
交差する両者の視線。
「ああああああああッッ!」
『ジャァァアアアアアアアアアアッ!』
雄叫びを上げながら駆けるローリエが更に加速し、対抗するようにフェルデランスも巨体相応の大音量で吠える。
フェルデランスは大口を開けたまま前進しようとしたが、それよりも早くエイルが放つ援護の矢が頭部に命中した。
命中した鉄の鏃はカンッと音を立てて弾かれ、その鱗を貫くことは叶わなかったが、エイルは構わず立て続けに矢を放ち続けた。
傷は負わなくとも痛痒は感じているようで、フェルデランスは煩わしそうに頭を振って飛来する矢を弾いていくが、正面のローリエから完全に目を逸らすことになった。
「はぁぁあああああッ!」
ローリエの身に付けている衣服の袖と裾がビリビリと破れていく。
その下から現れたのはナイフの如き爪を備え、濃い体毛に覆われた獣の手足。
ローリエは変化した右腕を大きく振り被り、「喰らいな……さいッ!」とフェルデランスの剥き出しの胴体に拳を叩き込んだ。
直後、生き物を殴打したとは思えないような凄まじい衝撃音と共に殴られた箇所がボコンと大きく凹み、長大な体躯がぶるりと震えた。
ローリエは攻撃の手を緩めることなく、同じ箇所を二発三発と何度も殴り続ける。
獣人特有の能力〈獣化〉によって四肢を変化させた今のローリエの身体能力は、私やエイルを大きく上回っている。
その渾身の拳打の威力は、如何に大型級の魔物であろうと耐え続けられるものではない。
『ジュアアアアアアアアアアッ!』
攻撃を嫌がったフェルデランスが蛇体をくねらせ、その胴体を使ってローリエを押し拉ごうとするも、反撃を予期していた彼女は即座にその場から離脱した。
ローリエを潰すことが叶わなかったフェルデランスは、唸り声を上げながら追撃を仕掛けようとしたが、再び飛来したエイルの矢に阻まれてしまう。
二人に翻弄されたフェルデランスは明らかに苛立っており、他のことに……私の存在に注意を向けていない。
それは私にとってこの上ない好機となった。
「その隙を突かせてもらうぞ!」
フェルデランスが二人に気を取られている隙に、私は奴の視界の外から大きく迂回するように接近していた。
狙いは無防備な側面。
「セェェェイッ!」
私は大上段に構えた〈ロッソ・フラメール〉を全力で振り下ろし、大木の幹を思わせるような胴体へと紅の刃を叩き込んだ。
刃が鱗に触れた瞬間に伝わってきた、余りにも硬質な手応えと衝撃に目を見開くこととなった。
「ッッ……なんという硬さだ」
剣を握る両手が微かに痺れている。
大岩や鉄の塊でも叩いたのではないかと錯覚してしまいそうだが、悠長に驚いている時間はなかった。
フェルデランスの頭が私の方を向いている。
一秒足らずの見詰め合い。直後に怪物は顎を大きく開いた。
人間など簡単に噛み千切ってしまうであろう凶悪な牙が晒され、私の背筋を冷たいものが走った。
「……食う気か?」
思わず漏れてしまった質問。
それに対する答えは行動によって示された。
フェルデランスは蛇体特有の軟体さで器用に身体を捻り、頭上から私に牙を突き立てようとしてきた。
超重量の怪物が降ってくる。
奴の顎に捕まったら最後。
全身をズタズタに喰い破られるか、あるいは一息に呑み込まれてしまうのか。
そうでなくともあれ程の重量に押し潰されたら、人間一人など簡単にペシャンコにされてしまう。
「どちらにしても碌な末路ではないな!」
地面を蹴って後ろに飛びすさると、直前まで私が立っていた場所にフェルデランスの頭がズンッと激突した。
衝撃で地面が揺れ、土埃が周囲に舞った。
これで少しはダメージを負ってくれないものだろうかと僅かに期待しつつ、油断なく構えていると巨大な蛇頭が土埃のカーテンを突き破ってきた。
再び私を喰らおうと顎を開き掛けたその時、あの忌々しい破裂音がまたも私の耳に届いた。
耳と心臓に悪い銃声を伴って発射された鉛の弾丸がフェルデランスの横っ面に命中した。
狙いが逸れ、ガリガリと地面を削りながら私の真横を通過していく蛇頭。
「今度こそぶった斬れ!」
届いた声に、私は返事の代わりに〈ロッソ・フラメール〉を高々と掲げることで応えた。
即座に身体強化を発動。噴出する光と共に魔力が全身を巡り、剣を握る手にこれまで以上の活力が漲る。
今一度、私は眼前で無防備に晒されている胴体に向け、渾身の一太刀を放った。
「ハァァアアアアアッ!」
再び両腕に走る痺れるような衝撃と硬質な手応え。
そしてバキッと硬い物が割れる音。
振り下ろした〈ロッソ・フラメール〉が何枚ものフェルデランスの鱗を叩き割り、分厚い胴体に剣身をめり込ませることに成功した。
咄嗟の反応なのか、巨体に見合った筋肉が音を立てて収縮し、これ以上刃を進ませまいと抵抗を強めてくる。
「舐、め、る……なあああああッ!」
この程度で私を止められると思うなよ。
全身の筋肉と魔力を総動員し、紅の刃を更に深く食い込ませる。
ギチギチミチミチと筋繊維が千切れる感触が伝わり、徐々に抵抗が弱まっていく。
そして……。
「おおおおおおおおおおッ!!」
獅子吼が如き気合を籠めて振り抜かれた刃は、巨大蛇の肉体を大きく斬り裂き、その口から絶叫を上げさせた。
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