第30話 魔物信仰教団ゼフィル
前回のお話……生臭神官の活躍
(ユ ゜Д゜)治れー
耳障りな羽音を伴って飛来してきた何かは、想像していたよりもずっと静かに地面の上へ降り立った。
数は全部で四。フードの男を取り囲み、あるいは守るように佇むその姿は……。
「蟷螂?」
前後に細長い身体とそれを支える六本の脚。
鎌を思わせるような前肢。
逆三角形型の頭部には大きな二つの複眼と獲物を噛み千切るために発達した顎が備わっている。
その姿は、交尾の際にメスがオスを共食いすることで有名な昆虫―――蟷螂によく似ていた。
「実はアレ、まだ詳しいことは分かってないらしいぞ。実際、共食いをしない種類も結構いるとか」
「なんのことですか?」
「気にしなさんな」
つい語りたくなっただけだ。
なんてふざけていられるような状況ではない。
見た目こそ蟷螂に似てはいるが、当然地球上に人間大サイズの蟷螂など存在しない。
頭部は俺の身長よりも高い位置にある。
全高でこれなのだから、全長は果たしてどれ程になるのやら。
何よりその面構えや前肢の大鎌の凶悪さといったら、地球産の蟷螂など比較にならない。
人払いが済んでてよかった。
「当然、アレも魔物なんだよな?」
「兵隊蟷螂。獰猛で危険なの」
傍に寄って来たエイルが弓に矢を番えたまま、警戒を解かずに教えてくれた。
するとフードの男が「おや、ご存知でしたか」と何故か嬉しそうに声を弾ませた。
「なんで嬉しそうにしてんだよ?」
「ほら私、魔物が好きだって言ったじゃないですか。なんであれ、自分が好きなモノに興味を持ってもらえるのって嬉しくなりません?」
「……冒険者だからな」
好みの問題ではなく、冒険者をやっていく上で必要な知識だからなのだが、なんかこいつ調子狂うなぁ。
「そこのエルフのお嬢さんが仰った通り、この子達は兵隊蟷螂と呼ばれる魔物です。私の所属する組織というか、教団で面倒を見ているんですよ」
「面倒? お前ら魔物を飼ってるのか?」
「そんなペットみたいに言わないで下さいよ。我々は傷付いていたこの子達を保護しただけなんですから」
「どう考えてもペット感覚にしか聞こえんのだが……教団ってことはお前も神官なのか?」
「いえいえ、我が教団に神官なんて存在しませんよ。何しろ神を崇めてませんからね。というか神なんて大嫌いですから」
「はあ?」
あっけらかんとした口調で神様大嫌い宣言をするフードの男。
教団―――何かしらの宗教団体に所属しているにも関わらず神を崇めていないだと?
意味が分からん。
ではいったい何を崇めているのかと俺が問おうとした時、珍しく目元を厳しくしたユフィーが「ゼフィル教」と呟いた。
その呟きを聞いた他の女性陣までもが、ハッと表情を変える。
「ゼフィル教……って何?」
なんか今回の俺って人に訊ねてばっかりだなぁ、しょうがないけど。
「魔物を崇拝する異端の教団にございます。彼らにとって神や精霊は悪であり、魔物こそが至上の存在なのです」
「教義が教義ですから、多くの国では邪教認定されていた筈です」
ユフィーとローリエの説明に成程と頷く。
実際に神や精霊その他諸々といった超常の存在が実在する―――ちょうど俺の胸ポケットの中にも居る―――この世界において、魔物を至上とするその教義は確かに異端だろう。
しかしフードの男は彼女達の説明が気に食わなかったのか、「邪教とは失礼ですね」と面白くなさそうに言い返してきた。
「どうも誤解があるようですね。確かに我々は、魔物こそが至上の生物であると教義に定めております。しかし、その真なる目的は、人と魔物が共存出来る世界を作り上げることにあるのです」
人と魔物が共存出来る世界を作る。
そのように告げたフードの男は、自らの傍らに立つ兵隊蟷螂の外殻を撫で始めた。
優しい手付き。魔物のことが好きだと公言した奴の言葉に嘘はなさそうだ。
兵隊蟷螂の方も撫でられるがままで、嫌がるような素振りを一切見せない上にこちらに襲い掛かってくる様子もなかった。
よく手懐けられていると見るべきなのだろうか。
エイルが言うには獰猛で危険な魔物の筈なのだが……。
「嘘じゃないも~ん」
「誰も疑っとらんからむくれるな」
矢を番えたまま頬をぷっくりと膨らませるエイル。
思わず指でプスッとやりたい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合ではない。
「マスミ、騙されるな」
「失礼ですね。嘘なんかついていませんよ」
「黙れ! 何が魔物との共存だ。貴様らは魔物を利用して悪事を働いているだけではないか!」
「この街のことですか? だとすれば、それは仕方のないことです」
全く悪びれた様子のないフードの男の言葉にミシェルの瞳が鋭さを増す。
「そこに転がっている方を始め、この街の領主一族は己が私腹を肥やすために魔物を見世物にしたのですよ。許されることではありません。貴方もそうは思いませんか?」
フードの男は、何故か俺に対して同意を求めてきた。
いや、なんで俺?
「どうも貴方は他の方々と違うように思えましてね。ゼフィル教のこともご存知ないようですし、折角ですから忌憚の無い意見をいただけないでしょうか?」
何処となく楽しそうに訊ねてくるフードの男。
いったい俺に何を期待しているのやら。
別に答えてやる義理もないのだが、それでは話が進まないような気がしたので、仕方なく応じてやることにした。
「人と魔物との共存か。確かに出来たら面白いかもな」
俺の答えに対してフードの男は満足そうに頷き、女性陣はギョッと目を剥いた。
直ぐ様、目を吊り上げたミシェルが「お前、正気か!?」と怒鳴ってきたが、俺は相手にすることなく話を続けた。
「少なくとも俺は、魔物だからって理由で差別するのは間違ってると思う。勿論、襲われたら抵抗するけどな。死にたくないし」
魔物にも様々な種がある。
ゴブリンのように人の害になる奴もいれば、レイヴンくんのように無害な奴だっている。
生きるために人を食らわなければならない奴もいれば、食う必要の無い奴もいる。
言ってしまえば野性動物と同じようなものだ。
「だから俺は、お前らの思想まで否定するつもりはない。でもな……だったらなんでこの街を襲った?」
「……」
「ある意味じゃ、この街は魔物との共存で成り立ってる。にも関わらず騒ぎを起こしたその理由はなんだ? そもそもお前らの考える共存ってなんだ?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、フードの男は数秒の間を置いた後、静かに口を開いた。
「魔物とは人知を超えた生物。故にこそ、畏怖されなければならない。この街は魔物を家畜のように扱っている。そんなものは共存とは呼べない」
だから騒ぎを起こした。
ロブイールを始めとした抗議団体を利用し、違法薬物を用いてまで操虫競技大会を潰そうとした。
「人は傲慢です。自らが世界の覇者であるかのように振る舞い、それ以外を下に置く。世界はより優れた者が統べるべきなのです」
「それが魔物だってのか?」
「ええ、魔物はいつだって公平で平等です。人と違い、彼らは損得で物事を図ったりはしませんからね。悪戯に虐げられることもありません。魔物を生態の頂点とした世界でこそ、人々は真の平等を手にすることが出来る。これこそがゼフィル教の理想とする世界。人と魔物との共存です!」
……矛盾している。
共存や平等を謳っておきながら、結局は魔物を頂点とした世界を目指している。
それの何処が平等なのだと突き付けたところで、熱に浮かされたように語っているこの男には何の意味もないだろう。
間違いなく狂信者だ。
きっと俺の言葉なんて届かない。
それでも言わなければならない気がした。
「本当に人と魔物の共存を願っているなら、もっと言葉を尽くすべきだった。こんなテロ紛いの手段に訴えてる時点で、お前らに大義なんてねぇよ」
「……」
「お前らは端っから共存なんて願っちゃいない。お前らの根底にあるのは、魔物に支配されたいっていう歪んだ欲求だけだ。ゼフィル教、お前らはただの狂信者で……」
―――犯罪者だ。
俺の言葉をどのように受け止めたのか、フードの男は暫し押し黙った後、「残念です。貴方なら理解してくれると思ったのに」と言って、顔を俯かせた。
フードの隙間から僅かに覗いていた口元すら見えなくなってしまった。
「期待に応えられなくて悪いね。俺は今の生活が結構気に入ってるんだよ。それに俺は煩悩まみれの俗物だからな。宗教には向かないよ」
「そんな煩悩まみれの貴方様にこそ、スレベンティーヌ正教への入信をお薦め致します。今ならもれなくわたくしという従順な僕が付いて、大変お得にございますよ」
「お前は黙っとれ」
話の腰を折るんじゃない。
グイグイ迫ってくるユフィーの顔面を押して脇にどかす。
「本当に残念ですが、仕方ありませんね」
フードの男は、俯かせていた顔を上げると同時に右手を高く掲げた。
するとそれを合図に、これまで沈黙していた筈の兵隊蟷螂共が一斉に両の前肢を広げて構え、こちらを威嚇するように顎を鳴らし始めた。
明らかな臨戦態勢。
ユフィーを除いた女性陣が改めて武器を構え、迎撃の態勢を取る。
「大人しく捕まるつもりはなさそうだな」
「ええ、私にも譲れないものがありますから。たとえ理解されずとも私は……ゼフィル教は信仰に生きると決めたのです」
何がこの男をそこまで駆り立てるのか。
これ程までに魔物を神聖視するゼフィル教とはいったいなんなのか。
幾つもの疑問が浮かんでくるも、悠長に問答をしているような時間は無かった。
フードの男が「行きなさい」と掲げていた右手を俺達に向けると、四匹の兵隊蟷螂が耳障りな鳴き声を発する。
「来るぞ!」
ミシェルからの警告が開戦の合図となり、一匹の兵隊蟷螂が背中の翅を広げ、こちらに襲い掛かって来ようとした。
その直前……。
―――強烈な破裂音と共に頭の一部が吹き飛んだ。
お読みいただきありがとうございます。




