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第29話 彼女は祈る

前回のお話……ボンクラ刺される

(謎 ゜Д゜)えい

(ロ ゜Д゜)ぎゃ!?

 ―――魔物のことが大好きなんですよ。


 ゾクリと背筋が冷たくなるような声音。

 それと同時に肉を断つ生々しい音が耳に届き、気付いた時にはフードの男の手に握られた一振りの剣が、ロブイールの腹に深々と突き刺さっていた。

 毒々しい暗紫色の柄を持つ細身の直剣。

 鍔の無いその剣の刃を真っ赤な血が伝っていく。

 仲間達の誰もが驚愕する中、俺は咄嗟に自らの口元を押さえ、込み上げそうになる吐き気を必死に呑み下した。


「ッッ……ぎ、ぐぁ……ッ!?」


「まったくよく回る舌ですね。お喋りが過ぎる人は嫌われますよ?」


 フードの男が手にした剣を捻ると更に大量の鮮血が傷口から噴き出し、思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫が迸った。

 唐突に往来の真ん中で起きた凶行。

 目撃した通行人から悲鳴が上がり、この場から逃げ出す者が続出する。


「―――ッッ、な、何してやがんだテメェ!?」


「何って、見ての通り口封じですよ? ほら、余計なことを喋られても困るじゃありませんか」


 ヒリつく喉の痛みに耐えながら俺が発した言葉にフードの男はそう返すと、無造作に直剣の刃を引き抜いた。

 途端にロブイールは崩れ落ちるように倒れ込み、傷口から漏れ出す血液が地面の上にゆっくりと広がっていく。


「矛盾してますよねぇ、この人。魔物は悪だ。魔物は滅ぶべきだなんて言う割りに、この街は魔物の恩恵で成り立っている。それによって得られた富で贅沢な生活を送ってきたくせに、感謝するならまだしも排斥しようとするなんて……本当に度し難い」


 口調こそ丁寧な形を取り繕ってはいるものの、その発言からはロブイールに対する隠し様もない侮蔑と怒りの感情が漏れ出ていた。

 つい先程まで飄々とした態度を見せていた男と同一人物とは思えない。

 俺は強張る舌を懸命に動かし、フードの男へと問い掛けた。


「……仲間じゃなかったのか?」


「いやいや、こんな人と仲良く出来る訳ないじゃないですか。さっきも言いましたけど、私は私の目的のためにこの人を利用していたに過ぎませんよ」


「目的ねぇ。是非とも聞いてみたいもんだが、教えてくれるんかね?」


「んー、お話しするのは構わないんですけど、聞いたら私のこと見逃してくれます?」


「ああ、悪いけどそれに関しちゃ―――」


「出来ぬ相談だ!」


 俺の台詞を引き継ぐと同時に地面を蹴ったミシェルが駆け出す。

 僅か数歩でフードの男との距離を詰めたミシェルは、その駆ける勢いのままに腰の愛剣―――シェリル夫人から譲り受けた〈ロッソ・フラメール〉を鞘走らせた。

 宙に描かれる赤い軌跡。

 迫り来る刃を前にしてもフードの男は一切慌てることなく、ふわりとまるで体重を感じさせない動作で後ろに跳び、ミシェルの抜き打ちを躱してみせた。


「やるな。今のを躱すか」


「いきなり危ないじゃないですか。今の一撃、完全に私の首を落とすつもりでしたよね?」


「当然だ。貴様のような危険人物を野放しには出来ん」


「いやぁ、問答無用で斬り掛かってくる貴方も大概危険だと思いますよ」


「それこそ貴様に言われる筋合いなど……ない!」


 とミシェルが一歩横にズレると、直前まで彼女の頭があった位置をエイルの放った矢が通過し、フードの男目掛けて飛んで行く。

 ミシェルが動き出すと同時に弓に矢を番えたエイルは、いつでも放てるようにタイミングを見計らっていたのだ。

 これにはフードの男も意表を突かれたのか、「うわっととと!?」と慌てて直剣を振るい、飛んでくる矢を切り払った。


「それでも防ぐのかよ」


「やる~」


 感心しとる場合か。

 ミシェルとエイルによる連携は成功していた。

 普通なら今ので確実に決まっているところだが、フードの男はそれすらも凌いでみせた。

 手強い相手だが……。


「やられました。初めからそっち(・・・)が狙いでしたか」


 然して困ってなさそうな様子のフードの男から目を逸らさず、俺は倒れたロブイールの元へと移動した。

 ミシェルとエイルが牽制してくれているので大丈夫だとは思いつつも、足取りは自然と慎重なものになってしまう。


「ローリエ、どうだ?」


「辛うじて息はありますけど、傷が相当深いです。このままでは……」


 先にロブイールの容態を確認していたローリエが苦しそうに眉を顰める。

 先の攻撃。一番の目的はフードの男を倒すことではなく、奴を引き離してロブイールの身柄を確保することにあった。

 だが折角身柄の確保に成功したというのに……。


「肝心の重要参考人が今にも死にそうじゃねぇか」


「大変ですよねぇ」


「テメェがやったんだろ!」


 何を他人事みたいに言ってやがるんだ、この野郎は。

 こうなったらロブイールのことは諦めて、何がなんでもこいつを……と俺が若干危険な思考に陥りそうになった時、傍に寄って来たユフィーに「マスミ様、マスミ様」と肩を(つつ)かれた。


「なんだ? 今はお前に構っている暇なんてないぞ」


「いえそうではなく、その方に亡くなられては困るのですよね。わたくしにお任せ下さい」


「任せろって、いったい何するつもりだよ?」


「お忘れですか? わたくしこれでも神に仕える身、神官でございます」


 それがいったいどうしたというのか。

 ユフィーは、出血が止まらない腹の傷を押さえたまま、荒い呼吸を繰り返すロブイールの隣に膝を突くと、まるで祈るように胸の前で両手を組み合わせた。

 目を閉じた彼女は、静かに言葉を紡ぎ始めた。


「『天高きに御座す、尊き御方よ。慈悲の御心を以て、彼の者の傷を癒し給え』」


 魔術の詠唱とは異なる文言。

 それは自身ではなく、尊き御方―――神に向けられた祈りの言葉。

 そしてその祈りは明確なる力となって顕れた。


「これは……」


 突如、横たわったロブイールの全身が淡い光に包まれた。

 その光が輝きを増していくに連れて、傷口からの出血が収まっていく。

 更には全身を包んでいた光が腹部に集中すると、裂かれた腹の傷が徐々に塞がり始めたのだ。


「嘘、これって法術……!?」


 目の前で起きた現象に驚いたローリエが口にした単語―――法術。

 以前に一度だけ聞いたことがある。

 修行を積んだ神官だけが使うことの出来る特別な能力。

 魔術のように自らの魔力を媒介に力を発現するのではなく、信仰心と祈りを以て神に奇跡を賜るのだと。

 それはほんの一時、一端に過ぎないとはいえ神の力を行使するに等しい行い。


「治癒の奇跡にございます。失われた血液まではどうしようもありませんが、これで一先ずは安心かと思います」


「お前誰だ? ユフィーを何処にやった?」


「此処に、貴方様の目の前におります」


「嘘です。そんな筈ありません。これじゃまるで本物の神官じゃありませんか」


「紛れもなく神官でございます」


 どうやら本物のユフィーらしい。

 ローリエは頑なに嘘だ嘘だと言い続けているが、ぶっちゃけ俺も同じ気持ち。

 だってユフィーだぞ?

 金に汚い上に性欲過多。神官とは名ばかりの煩悩の塊みたい女。

 それが俺達の知っているユフィーだ。

 これまで目にしてきた生臭神官の姿と、つい先程まで真摯に祈りを捧げていた彼女の姿がどうしても結び付かないのだ。

 法術による奇跡を目の当たりにしたというのに信じられない。

 ていうか法術とかって普通は敬虔な信徒にしか使えないものじゃないの?


「わたくしほど敬虔で己の欲に正直なスレベンティーヌ教徒もそうはいないと思いますよ」


「そんな宗教滅んでしまえ」


「神はもっと人を選ぶべきです」


 その意見にはまったくもって同意するし、色々と物申してやりたくはあるものの、今ばかりはユフィーが法術を使えたことに感謝しなければならない。

 おかげでロブイールの傷を癒すことが出来た。

 心なしか、呼吸も安定してきたように見えるので、少なくとも危険な状態は脱したようだ。

 あとは街にある医療施設に運び、改めて治療を受けさせるだけなのだが……。


「その前にテメェをどうにかしねぇとな」


「本当に困りましたねぇ。まさか法術を使える方までいるだなんて」


 それに関しては俺達も予想外だったというのは黙っておこう。

 結果論だが、この男の鼻を明かせたようで少し気分も良いしな。


「えっへんでございます」


「調子に乗るな」


 得意げに胸を張るユフィーだったが……ふむ、無いな。


「一応の目的は達したことですし、私としてはこれ以上皆さんと争うことなく退散させてほしいところなのですが……」


「逃がすと思うか?」


「悪い子にはぁ、お仕置きで~す」


 ミシェルとエイルがそれぞれの得物を構えると、そうなりますよねぇとフードの男が嘆息した。


「流石に一人で皆さんの相手をするのは無理がありますね。出来ればこれ以上騒ぎを大きくしたくはなかったんですけど、仕方がありません」


「散々騒ぎ起こしといて今更何言ってんだよ」


「いやー、そこを指摘されると何も言い返せません……っと、そろそろ(・・・・)ですね」


「あん?」


 そろそろだと?

 いったいなんのことだと俺がフードの男に問うよりも、ハッと頭上を仰いだエイルが「何か来るの!」と鋭い警告を発する方が早かった。

 フードの男がそろそろと口にし、エイルが警告したモノの正体。

 それは耳障りな羽音を伴って俺達の前に姿を現した。

お読みいただきありがとうございます。

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