第26話 その頃観客席では
前回のお話……二回戦勝利かと思いきや……
(ロ ゜Д゜)ニヤニヤ
(真 ゜Д゜)なんでいるの?
―――side:ミシェル―――
空中に大きく投影された試合映像の中、レイヴンが相手の鍬形兜―――確かヴァルチャーと言ったか―――の突撃を躱すところが映し出されている。
相手は突撃する勢いのままに場外となり、司会の男がレイヴンの勝利を宣言した。
「マスミ達が勝ったようだな」
これで準々決勝への進出が決まったことになる。
初出場でこれはかなりの快挙だと思うのだが、マスミもレイヴンも喜んでいるようには見えない。
……気持ちは分かる。
「仮に私がマスミの立場だったとしても素直には喜べんな」
「まあ、ほとんど相手の自滅みたいなものですからね」
隣に座ったローリエが苦笑いを浮かべている。
最後はレイヴンの見事な回避と言えなくもないやもしれんが、毎度同じような場外負けを繰り返しているのであればやはり自滅と言う他ない。
「レイヴンくんもぉ、昨日みたいにぃ、頭振らないね~」
エイルが言う通り、試合が終わった途端にレイヴンは定位置であるマスミの肩へと戻り、そのまま大人しくなってしまった。
レイヴンには興奮すると頭を激しく振り乱すという変わった癖があり、昨日はそれを土俵の上で披露していたのだが、今日はやりそうにない。
「あんな勝利の仕方ではなぁ」
「ルール上は何の問題もないのですから、お気になさる必要もないのでは?」
と相変わらず縄で縛られた―――やったのは私とローリエだが―――生臭神官が不思議そうに首を傾げている。
客観的に見て、今のこの女の姿は奇抜というか奇妙というか、とにかく相当おかしい筈なのだが、当の本人に気にしている様子は全くなかった。
関わり合いになりたくないのか、周囲の観戦客は私達から距離を置いている。
うん、正しい。私でもそうする。
「お前は今の自分をどう思う?」
「そろそろ新しい扉が開けそうな気がします」
絶対におかしい。
一応、逃走防止のためにロープの端は私が握っている。
まさかとは思うが、これの所為で私まで変人扱いされていたらどうしよう。
「なあ、私もうこのロープを持っているの嫌なんだけど……」
「わたしだって嫌ですよ」
「ジャンケンで負けたぁ、ミシェルちゃんの担当で~す」
宿を出る前、誰がロープを持つかでジャンケン―――マスミから教えてもらった―――をしたのだが、結果は見ての通り。
今更後悔しても遅いというのは分かっている。
それでも後悔せずにはいられないのだ。
「くそ、あの時パーを出してさえいなければ……」
「まあまあ、ミシェル様。これも経験だと思って甘んじて受け入れましょう。わたくしは既にこの状況を楽しみつつありますよ」
「喧しい。そもそも誰の所為だと思っている」
たとえ受け入れるにしても誰が甘んじるものか。ただの妥協と諦めだ。
逆に今の状況を甘受出来るって、この女の精神構造はいったいどうなって……ああ、そういえば変態だったな。
思わず溜め息が漏れる。
嘘か真か、マスミが元々暮らしていた世界では溜め息を吐くと幸せが逃げて行くらしい。
だとしたらここ数日で私の幸せは、かなり逃げて行ったことだろう。
それもこれも全てこの変態の所為だ。
「変態で性獣で疫病神か。最早手の施し様がないな」
「そんなに褒めないで下さい」
「微塵も褒めていない」
噛み合わないやり取りにまたも溜め息が漏れた。
私の幸せ、あとどれくらい残ってるのかな。
「しばらく休憩のようですから、マスミさんと合流して食事にしませんか?」
「ごはんを食べてぇ、またみんなで応援しましょ~」
もうそんな時間か。
どうやらこの昼休憩を終えた後に準々決勝が行われるようだ。
変態の相手をしていた所為で無駄に疲れたし、腹も空いているから丁度良いな。
「そうだな、一度マスミと合流しよう。ほら立て変態」
「ああん、そんなに引っ張られたら縄が食い込んでしまいます」
「知るか、早くしろ。それと変な声を出すな」
早くしないと近くの飲食店が他の観戦客らで埋まってしまうやもしれん。
当然、そうなったら他の店を探さねばならん。
然して長くもない休憩時間に歩き回るだなんて私は嫌だぞ。
「もう、ミシェル様はせっかちさんでございますねぇ。すぐに立ちま……あら?」
中途半端に腰を上げた体勢で固まるユフィーナ。
何か意外なものを見付けたかのような表情で観客席のとある一角を見詰めている。
「なんだ、どうした?」
「いえ、あちらの方なのですが……」
多くの観戦客で賑わっているにも関わらず、不自然なまでに空けたスペース―――その空間の真ん中に一人で座る男。
ユフィーナの目はその男に向けられていた。
「あの男がどうかしたのか?」
「あの方、数日前にも拝見した御領主様の御子息ですね」
「……なに? ではアレがマスミの言っていたロブイールとやらか」
詳細は知らんが、何やら魔物の危険性を訴える団体活動をしているとか。
身なりは良い。遠目にも身に付けている衣服が高級品であることが分かる。
ふむ、マスミから聞いた話では涼しげな顔立ちをしているとのことだが……。
「軟弱そうにしか見えん。いや、きっと軟弱者だ」
「なんだか神経質そうな方ですねぇ」
「ひょろ~い」
ローリエとエイルも、それぞれロブイールに対して抱いた感想を口にする。
うむ、概ね碌な評価ではないな。
「しかし、あの男が何故会場にいるのだ? 魔物嫌いではなかったのか?」
「うーん、出場している魔物達が暴れ出さないか監視……とかですかね?」
「その可能性は有りそうだが、いやでも……」
本当に何をしに来たんだあの男は?
お供の抗議団体とやらはどうしたのだ?
駄目だ。さっぱり分からん。
ローリエと二人、あーでもないこーでもないと何度も首を傾げていると、エイルが形の良い眉を歪めながら「むむむ~」と唸り声を上げた。
「どうしたのだ?」
「ねぇねぇ、なんだかあの人ぉ、笑ってない~?」
エルフ特有の優れた視力でロブイールの表情を読み取ったエイル。
むぅ、言われてみれば笑っているようにも見えるな。
「あ、本当ですね。凄い悪そうな感じに笑ってます」
「ね~」
「んー、わたくしにはよく見えません」
「それにしても何を一人でニヤニヤ笑っているのだ? 正直言って―――」
気持ち悪いぞと私が口にし掛けたその時、無数の悲鳴が会場内で重なり合った。
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