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第15話 燻り出し、稲を刈るが如く

煙モクモク

 モクモクと煙が上がる。

 パチパチと火の粉が爆ぜる。

 ハラハラと涙が零れる。


「あはは、おかしいなぁ。悲しい訳でもないのに涙が出てくらぁ」


 煙が目に染みたのかな。

 なんだかしょっぺぇや。

 シリアルという名の禁断の果実を口にしてしまったミシェルとローリエ。

 甘美なるその味わいの虜となった二人は、あっさりと暗黒面に堕ち、グラノーラの悪魔と化した。

 俺は悪魔の発するプレッシャーに恐れ慄き、我が身可愛さに最後のシリアルバー(いけにえ)を差し出してしまった。

 これで助かると安堵したのも束の間。

 本当の悲劇はここから始まった。

 悪魔は二人。差し出された生贄は一人(いっぽん)

 当然、数が足りない。

 そしていつの時代も悪魔とは強欲で身勝手なものと相場は決まっている。

 ミシェルとローリエは、一本のシリアルバーを握り合ったまま、お互いの額を突き合わせ……。


「寄越せ」


「嫌です」


 今の彼女達に譲り合いの精神というものは存在しない。


「寄越せ」


「嫌です」


「私はまだ満足していない」


「わたしだってもっと食べたいです」


 美少女がお互いの額を突き合わせながらメンチを切っている様は、何とも凄まじい迫力があった。

 生憎、見ている方は何も楽しくないけど。

 どちらも声を荒げていないのが逆に怖かった。


「……半分こしたら?」


 お互いに譲歩する気は無し。

 ならばこうする他にないだろうと妥協案を提案した結果、不承不承ながら二人とも従ってくれた。

 あんなにも仲の良かった二人にこんな下らない理由―――原因を作ったのは俺だけど―――で喧嘩をしてほしくはない。

 そんな姿など見たくもない。

 彼女らにとっては譲れない何かがあるのかもしれんけど、俺からすれば物凄く低レベルな争いだから尚の事見ていて辛いのだ。

 二人に任せる訳にもいかなかったので、代わりに俺がシリアルバーを半分に割ったのだが、ここでも問題が発生した。


「おい、ローリエの方が少し多いぞ」


「そんなことはありません。どちらも同じ量です」


「いーや、ほんの少しだがお前の持っている方が多い。私のと交換しろ」


「嫌です。なんでそんなことをしなきゃいけないんですか」


「量が同じならば交換しても問題ないはずだ。何故断る?」


「……面倒臭いからです」


「あっ、今目を逸らしたな? やっぱりそっちの方が多いんだろ。ズルいぞ!」


「ズルくありません! そもそも先に選んだのはミシェルじゃないですか。わたしは残っていた方を取っただけなんだから何も悪くありません!」


「ぅ、ぅぅぅうるさい! とにかく交換しろ!」


「嫌だって言ってるじゃないですか! どれだけ我儘なんですか貴方はっ!?」


「なんだとぉ!?」


「なんですかぁ!?」


「もう止めてえぇぇぇ! そんなことで揉めないでぇぇぇ! ここ敵地ッ、敵地の真ん前だから! 俺が悪かったから! シリアルバー(あんなの)出した俺が悪かったからぁ! 帰ったらまた上げるから喧嘩しないでぇぇぇぇッ!!」


 ……醜い争いだった。

 あれだけ騒いでおきながら、敵に気付かれずに済んだのは奇跡以外の何物でもないと思う。

 今にも取っ組み合いを始めそうだった二人も俺が必死に懇願したら喧嘩を中断してくれた。

 むしろ俺が二人にごめんねごめんねと謝罪される始末。

 挙句の果てに慰められた。泣いてなんかないやい!

 そんな醜い争いから約十分後、俺は今こうして火を焚いていた。

 場所は洞窟に入ってすぐの所。

 みんなで協力して集めた薪をガンガン燃やしているのだ。

 勿論、薪集めの前にミシェルとローリエは仲直りを終えている。

 ならなんで泣いてるのかって?

 これは煙が目に染みただけだい。

 実際、黒煙はかなりの勢いで発生しており、ちょっとした工場並みの排煙量と化している。

 ミシェルとローリエには洞窟の奥まで煙が届くようにと大きな布を利用してあおいでもらっているが、少しばかり目と喉が痛い。

 集めた薪のほとんどが生木だったので、こればかりは我慢するしかない。

 本来、焚き火をする時は乾燥した木材を利用するのが普通なのだ。

 水分を多く含んだ生木は、とにかく燃え難い上に煙が大量に出てしまう。

 今回は煙を発生させるのが目的なので、敢えて生木を選択した。

 簡単に着火する方法もあったからね。

 更に薪を追加する。

 ほれ、燃えろ燃えろ。もっと煙を出すのだ。


「なぁマスミ、本当にこれで上手くいくのか?」


「んー? 多分だいじょっ、ゲホッ。大丈夫だと思うけどねぇ」


 発生した煙は確実に洞窟の奥へと向かっている。

 もう充分だろうと思い、焚き火から離れて外に出る。

 ああ、空気が上手い。煙くない。


「ゴブリンだって生き物だ。人間(おれら)と同じように呼吸してるんだったら、多分効くでしょ。仮に駄目でも様子見くらいには出てくるだろうし」


 焚き火用の薪に生木を選択した理由。

 それは大量の煙を洞窟内に充満させ、巣穴の奥に潜むゴブリン共を文字通り燻り出してやるためだ。

 出入口付近で焚いているので、流石に一酸化炭素中毒までは期待出来ない―――あまり奥で焚いたら俺達が危なくなる―――だろうけど、それでもこれだけの量の煙だ。

 吸い込んでしまえば相当苦しい筈。

 俺達はこのまま外で待機し、煙に耐えられなくなって出てきたところを叩く。


「はてさて、洞窟の奥に潜んでるゴブリン共はいったいどうすんのかねぇ」


 洞窟の外に出てくるのか、それとも奥に引っ込んだまま、文字通り煙に巻かれてしまうのか。

 後者の場合だとゴブリンの燻製が大量に出来上がってしまうやもしれん。

 字面だけで、ここまで食欲が掻き立てられない燻製を俺は他に知らない……なんて下らないことを考えている内に何かが洞窟の中から出てきた。


「流石にそんな都合良くはいかないか」


 出てきたのは一匹の小鬼―――ゴブリン。

 フラフラと覚束ない足取りでこちらに近付いて来る。

 剣を手にして身構えるミシェルとローリエ。

 俺も自慢のスリングショット(パチンコ)を構えようとしたのだが、途中で止めた。

 洞窟の外に出て、煙の範囲外まで逃れたゴブリンは半ば倒れ込むように蹲ると……。


 ―――ゲホッ、ゴホゴホッ、ガボッ、ゲバッ、ガッハ!


「「「……」」」


 めっちゃ咳き込み出した。


 ―――ゲボゲホゲホッ、ゴホッ、ゴハッ……ゴバァッ!


「「「…………」」」


 めっちゃ咳き込み続けた。

 無言で俺を見詰めるミシェルとローリエ。

 彼女らの青と薄茶色の瞳がこの後どうすると問うてきた。


「……ミシェル、ゴー」 


「えー」


 心の底から嫌そうな顔をされた。

 いいから(はよ)ぅ行けと顎で示す。

 渋々ながら蹲ったままのゴブリンにゆっくり―――もっと急げや―――と近付くミシェル。

 余程苦しいのか、ゴブリンはミシェルの存在に気付いた様子もなく未だにゲホゲホやっている。

 顔を顰めたまま、ミシェルはその小さな背中に長剣の刃を突き立てた。


「GYAッ」


 ゴブリン絶命。

 さっそく一匹撃破したというのに何故か虚しさしか感じられなかった。

 ミシェルが複雑そうな顔をしている。

 ローリエも何処となく気の毒そうにゴブリンの死骸を見ている。

 昨夜同様、作戦が見事嵌った結果なのに昨夜とは明らかに違う空気。

 これはいったい何なんだ。


「……あ」


 ローリエが声を上げる。

 洞窟の中から新たなゴブリンが出てきた。

 そして……。


 ―――ゲホッ、ゴホゴホッ、ガボッ、ゲバッ、ガッハ!


 めっちゃ咳き込み始めた。

 その後に出てきた別の個体もやはり蹲って咳き込んでいる。

 というか出てくる奴ら全部がゲホゲホしているばかりで、とても戦えるような状態ではなくなっていた。


「「「…………」」」


 俺達はこの名状し難い空気に耐えながら、動けなくなった無抵抗のゴブリン共にトドメを刺して回った。

 それはとても戦闘とは呼べない酷く単調な作業だった。

野焼きは危ない

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