第17話 迫る性獣 ~彼の知らない攻防戦~
前回のお話……野生解放
(ユ ゜Д゜)レッツプレイ!
(真 ゜Д゜)帰れ
「さっさと帰れ。この性獣」
性獣としての本能を剥き出しに迫るユフィーに冷たく返すも、その程度で彼女が諦めることはなかった。
むしろそんなの関係ないと言わんばかりに身を乗り出してくる。
「まあまあ、そのようなことを仰らずに。時には己が本能に身を任せてみるというのも悪くない筈です。ええ、経験はございませんがきっと悪くない筈です!」
意味不明な理屈と共にテーブルを乗り越えようとするユフィー。
既に正気を失っているのか、目がギンギンに血走っていた。超怖い。
力尽くで行為に及ぶべく、ユフィーが俺に向けて手を伸ばしてくる。
反応の遅れた俺に回避する術はなく、最早これまでかと諦め掛けたその時……。
「悪いにッ」
「決まってるでしょうが!」
同時に反応したミシェルとローリエが迫り来る凶腕を弾き飛ばした。
まさかの反撃に体勢を崩すユフィー。
二人はその隙を見逃さず、即座に長椅子から立ち上がると軽やかにテーブルを飛び越えた。
「ってうぉいッ!?」
店内で何を大立ち回りしとるんだ!?
しかし彼女達は止まらない。
着地と同時にミシェルとローリエはユフィーの身柄を素早く確保し、二人掛かりで担ぎ上げた。
周りの酔客や酒場の従業員らが呆気に取られる中、「これにて失礼!」「お騒がせしました!」という捨て台詞を残し、ユフィーを担いだまま何処かへ走り去ってしまった。
「行っちゃったね~」
「ああ、行っちまったな」
取り残された俺とエイル。
静まり返った店内。周囲の目が痛い。
そんな中、注文した料理や酒を運んできたらしい女給がおずおずと訊ねてくる。
「あのぉ、食事とお酒持ってきたんですけど……どうします?」
「……結構です」
居たたまれない気持ちになった俺とエイルは、多めに料金を支払って酒場を後にした。
お騒がせしてすみません。
俺とエイルが外に出て数分と経たない内にミシェルとローリエは戻って来たのだが、担がれていた筈のユフィーの姿が何処にも見当たらない。
ユフィーをどうしたのかと訊ねるも、二人は揃って「捨ててきた」としか答えなかった。
そうか、捨てたのか……深くは聞くまい。
ユフィーナ=エルエルなんて神官は最初からいなかった。
そう結論付けた俺達は宿へ帰ることにした。
食いっぱぐれてしまった夕食を宿の食堂で済ませた後、早々に部屋で休むこととしたのだが……。
「ミシェルとローリエは何処行ったの?」
今度は二人の姿が見当たらなかった。
さっきまで部屋の中に居た筈なのに。
「なんかねぇ、やることがあるんだって~」
ベッドの上で寛いでいたエイルが疑問に答えてくれる。
やることってなんだ?
「マスミくんの貞操はぁ、必ず守るからぁ、安心してだって~」
「なんだそりゃ?」
意味が分からん。
貞操を守るって、そもそも俺は童貞じゃないんだけど。
「まあ、考えたってしょうがないか」
やりたいようにやらせておこう。
今日は色々なことが立て続けに起こった所為で疲れた。
こんな時はさっさと寝るに限る。
「俺もう疲れたから寝るわ。おやすみ」
「おやすみ~」
エイルに就寝の挨拶をし、枕元で既に寝る準備を整えていたニースとレイヴンくんにもおやすみと告げた後、俺は毛布を被って横になった。
ミシェルとローリエはいったい何処で何をしているのだろう。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、俺は押し寄せてきた眠気に身を任せた。
―――side:ローリエ―――
「マスミはもう眠ったかな?」
「結構お疲れ気味でしたから、流石にもう休まれてると思いますよ」
わたしは視線を前方に向けたまま、ミシェルからの問いに答えました。
一緒に部屋を抜け出したわたし達は、現在宿の外に並んで立っています。
時刻は既に深夜。遅くまで営業している酒場や夜のお勤めがある一部の方を除いて、多くの街の住民は就寝していることでしょうけど、今のわたし達にそれは許されません。
今夜は夜通し、ここで警護に徹するつもりです。
いったい誰の、何のためにと疑問に思われるかもしれませんが、その理由は……。
「どうやら来たようだな」
「ええ、予想通りといえば予想通りですけど」
人通りはほとんどなく、昼間の喧騒がすっかり遠退いた夜の街。
そんな中、通りの暗がりから微かに響いてくる足音。
徐々に大きく、はっきりと聞こえてくることからもその足音の主がわたし達が泊まっている宿へと近付いて来ているのが分かります。
わたしとミシェルが見据える先、乏しくなった灯りの下に姿を現したのは……。
「こんばんは」
亜麻色の髪と白を基調とした神官衣に身を包んだ一人の女性神官。
感情の読めない微笑みを浮かべ、気軽な様子で夜の挨拶をしてくる彼女の名はユフィーナ=エルエル。
スレベンティーヌ正教というマイナー宗教の信徒にして、マスミさんの貞操を狙う性獣。
ミシェルと一緒に力を合わせて捨ててきたのですが……。
「驚かれないのですね」
「ああ、来てほしくはなかったが、きっと来るだろうと思っていたからな」
フンッ、と面白くなさそうにミシェルが鼻を鳴らしてもユフィーナさんが微笑を崩すことはありません。
何処か余裕を感じさせる彼女の佇まいに警戒心が高まります。
「ふふふ、わたくしは驚きましたよ。まさか簀巻きにされた挙げ句、人通りの少ない路地裏に放り捨てられるとは思いもしませんでした」
これは初めての体験ですと言って、ユフィーナさんは更に笑みを深めました。
「その割には随分と余裕がありますね」
「いえいえ、余裕などとんでもない。このまま誰にも気付いてもらえなかったらどうしよう。暴漢に襲われたらどうしよう。そう考えるだけでわたくし……わたくし恐怖と興奮でどうにかなってしまいそうでした。新感覚です」
「変態だな」
「紛うことなき変態ですね」
そのままどうにかなってしまえばよかったのに。
この場にマスミさんが居れば、きっと同じ台詞を口にしたと思います。
「相当きつく縛り上げたつもりだったのだがな」
「わたくし肉体労働は不得手としておりますが、それなりに心得はございます。でなければ女の一人旅などとても出来ませんからね。とはいえ、解くのにかなり時間を要してしまいました。おかげですっかり真夜中です。早く休みたいです」
と言って、彼女が一歩踏み出すとほぼ同時にわたしとミシェルも身構えます。
「悪いがそれは遠慮してもらおう」
「貴方を宿に入れる訳にはいきません」
「不思議なことを仰いますね。わたくしはお二人の後ろにある宿で部屋を借りているというのに、何故入ってはいけないのでしょう?」
心の底から不思議そうな表情でわたし達を見詰めるユフィーナさん。
彼女は本気で……言っているのでしょうね。
「分からないのなら教えてあげます。貴方は自らの性欲を満たす目的でマスミさんの身体を狙っている」
「そのような淫らな行為……我々の目の黒い内は断じて許さん」
わたし達だってまだ……ゲフンゲフン。
二人揃ってビシッとユフィーナさんを指差しながら宣言をしますが、どうにも理解したようには見えません。
変わらず不思議そうな表情を浮かべています。
「やはり分かりませんね。好いた殿方と褥を共にすることの何がおかしいのでしょう?」
「普通なら何もおかしくはありません。でも……貴方は違いますよね?」
きっと彼女が口にする「好き」とわたし達の考える「好き」は同じようで違う。
彼女は決してマスミさんのことを異性として好いている訳ではない。
今はまだ……。
「そんな方にマスミさんは任せられません。というかこの際なのではっきり言っておきますけど、先に唾を付けたのはわたし達です」
「ポッと出に譲るつもりはない。諦めろ」
少しだけ恥ずかしいですけど、これがわたしとミシェルの嘘偽りない気持ちです。
自らの心情を吐露するわたし達をどう思ったのか、ユフィーナさんは暫しキョトンとした後、これまで見せてきた微笑とは異なる、どこかねっとりとした艶かしさを感じさせる笑みを浮かべました。
「ふふ、あはは、なぁんだ。結局はお二人もわたくしと同じ、マスミ様のことが欲しいのではございませんか」
「貴方と一緒にしないで下さい。流石に不愉快です」
「最早は問答は不要。如何な心得があるのかは知らんが、一人で私達の相手を出来るなどと思うなよ」
「ふふふ、そうですね。既にお伝えした通り、わたくし肉体労働は苦手です。お二人どころか、お一人の相手にすらならないでしょう。ですが……」
―――それは闘争に限った話。
「わたくしの目的はマスミ様であって、お二人と争うことではございません。まともに相手にならないのであれば、そもそも相手をしなければいいまでのこと。遣り様はございます」
そう告げた後、ユフィーナさんはこちらに笑みを向けたまま後ろに下がり、真っ暗な通りの奥へと姿を消してしまいました。
このまま宿の正面に張り続けたとしても、彼女は来ないでしょう。
わたし達が動かない隙に裏口なり窓なりから侵入をするに決まっています。
かといって二人同時に宿を離れれば、それこそ彼女の思う壺です。
「誘いに乗るのは癪だが、致し方ないか」
「ええ、ミシェルは宿の周辺警戒を続けて下さい。わたしの方が夜目は利きますし、いざとなったら本気を出します」
わたしの本気、即ち獣人の姿に戻ること。
近隣住民の安眠を妨害することになるかもしれませんが、それよりも優先すべきものがあるのです。
「気を付けろ。あの女、どうにも油断ならん」
「承知の上です。では行ってきます」
この場の警護をミシェルに任せたわたしは、ユフィーナさんを追って夜の通りへと駆け出しました。
彼女の好きにはさせません。
マスミさんの安眠と貞操はわたし達が守ってみせます!
―――その頃の深見真澄―――
「zzz……zzz……」
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