第15話 一難去っても……
前回のお話……違法薬物、ダメ絶対
(真 ゜Д゜)ダメ絶対
(実 ゜Д゜)アイツにやれって言われました
!Σ( ̄□ ̄;ロブ)
「あいつにやれって言われました!」
ビシッと音が鳴りそうな勢いで前方を指差す実行犯の男。
示された先には愕然とした表情で立ち尽くす領主の息子―――ロブイールの姿があった。
そうか、この男が騒動を引き起こしたげん……。
「あ、間違えた。こっちだった」
「おい」
この状況でボケるんじゃねぇよ。
実行犯が指を右にずらすと、ロブイールが安堵したように息を吐いた。
そりゃ見に覚えのないことで犯人扱いされたら驚くよな。なんかすまん。
改めて実行犯が示した相手は、団体の端の方に立っている二十歳くらいの青年。
身なりは普通。何処の街にでもいそうな普通の平民男子にしか見えんが……。
「今度こそ間違いないか?」
「ああ、間違いねぇ。オレはあいつに頼まれたんだ。金をやる代わりにこの粉を魔物へ吸わせてこいってな」
「う、嘘だ! 出鱈目を言うな!」
依頼主と思しき青年が即座に容疑を否認するも、実行犯の男は「いいや、間違いなくお前だ」と確信を持った口調で断言した。
「オレはお前の顔も声もちゃんと覚えてるぞ。それにお前、同じ粉をまだ幾つか持ってたよな。もう何回か頼みたいからって」
「そ、そんな物持ってないッ」
必死に容疑を否認し続ける青年だが、実行犯の発言に動揺しているのが丸分かりだ。
それじゃ却って怪しく見えるぞ。
「もそっと隠す努力しろよ。いや、こっちとしては有り難いけどさ」
「露骨なくらい態度に出ておりますからね」
まったくだ。
実際、青年が否定の言葉を口にする度、周囲から向けられる視線はどんどん冷ややかなものへと変化していく。
同じ抗議団体のメンバーからも懐疑的な目を向けられている。
針の筵とはこのことか。見ているだけで、こちらの胃が痛くなりそうだ。
そんな青年の元へロブイールが詰め寄って行く。
「今の話は本当ですか?」
「ロ、ロブイール様……」
「違法薬物とやらを貴方は持っているのですか? 持っているのなら今すぐ出しなさい」
「ち、違うんです。オレはただ……」
「出しなさい」
有無を言わせぬ口調と態度で詰め寄るロブイール。
その厳しい眼差しに射竦められた青年の表情が見る間に青ざめていく。
青年は震える手を懐の中に入れると、小さな包み布を取り出した。
今ユフィーが手にしている物と同じ。
あの中には違法薬物の興奮剤が包まれている。
「これが、そうなのですね」
「ロブイール様、オレ、オレは……ッ」
「残念です。本当に残念です」
何かを必死に伝えようとする青年に一切取り合うことなく、ロブイールは自らの懐の中に包み布をしまい込むと、そのまま彼に背を向けてしまった。
「皆さん、本日はここまでにしましょう。また明日、私の屋敷に集まって下さい」
青年を一顧だにせず、今日の活動はここまでと解散を促すロブイール。
その言葉に従い、青年を除いた抗議団体のメンバーが広場から立ち去って行く。
続々と広場を後にするメンバーに対して青年が「お、おいっ、ちょっと待っ、待ってくれよ!」と声を上げるが、誰一人として応じる者はいなかった。
最後にロブイールが―――何処ぞに控えていたのか―――数名のお供を連れて立ち去る。
途端にガラリとする広場。
あれだけ騒がしかったのが嘘のような静けさである。
「あ、ぅあ……ああっ」
「残るはこいつだけか」
両の目を見開き、不明瞭な声を漏らしながら、ロブイールが去って行った方角に手を伸ばす青年。
当然、その手が届くことも、ロブイールが戻って来ることもない。
それでも青年は手を伸ばし続ける。
なんというか……。
「実に憐れでございますね」
「お前それ言うなよ」
俺だって口にするのは控えていたのに。
ただまあ、青年に対して同情はしない。
この状況を作ったのは俺だが、結局のところは彼自身の行いが招いた結果に過ぎない。
自業自得だ。
「さて、この場合はどうやって落とし前を付けるべきか。違法薬物使って迷惑掛けた訳だし、やっぱ官憲とかに引き渡すべきかね?」
「ですが、証拠の薬はあの青年貴族が持って行ってしまいましたよ?」
「お前が今持っとる分があるがな」
「そういえばそうでした」
重要な証拠なんだから忘れるなよ。
足元から「あのー、オレっていつになったら解放されんのかな?」という男の声が聞こえてきたが、無視することにした。
自分で言っておいてなんだが、官憲に引き渡すのってどうすればいいんだろう。
役所とか警察署的な施設にでも連れて行けばいいのかね?
でも街の何処にそんな施設があるのかも分からないし、そもそも本当にあるのだろうか?
「オイッ、お前!」
「あん?」
思考に没頭していた所為で気付くのが遅れた。
見れば、先程まで憐憫全開の姿を晒していた筈の青年がこちらを睨み付けていた。
「はて、俺は何故睨まれているのかな?」
「ふ、ふざけるな! お前が余計なことをしたから……ッ」
「知らんよ。自分で蒔いた種だろうが」
責任転嫁も甚だしい。
そんなことよりもこの青年がどのようにして違法薬物を入手したのかが気になる。
「お前さん、何処であの粉を手に入れたんだ? まさか偶然、自分の家にあったとか言うなよ」
「お、お前に関係ないだろ!」
「まあまあ、そう言うなって。どうせお仲間にも見捨てられて、あとは御用になるのを待つだけなんだから暇だろ? その前に知ってること全部吐いとけ吐いとけ」
はっはっはっと物凄い軽い調子で笑いながら告げてやれば、青年の顔面は見る見る紅潮していった。
そして真っ赤に染まり切った途端、「ふざッ、ざけるぅ、ぬぁあああッッ!」と意味不明な叫び声を上げながら突っ込んで来た。
「マスミ様、わたくし肉体労働は不得手としておりますので、よろしくお願い致します」
「お前って本当にイイ性格してるよな」
そそくさと俺の背後に回るユフィー。
肉体労働が苦手だと言う割りに、動きそのものは素早い。
「まあ、拘束するだけならなんとかなるか」
なんか足元から「おいちょっとッ、オレッ、オレのこと忘れてるってば!」とか聞こえてきた気もするが、きっと空耳だろう。
変わらず意味不明な雄叫びを上げながら迫って来る青年を迎撃するべく、俺が徒手のまま構えようとした瞬間、すぐ横を何かが凄まじい速度で通過した。
砲弾の如き勢いで駆け抜ける巨大な一匹の獣。
そのようにしか形容出来ない何かの正体とは―――。
「わたしのマスミさんに何してるんですかこのお馬鹿ぁ!」
―――獣人本来の姿へと戻ったローリエだった。
盗賊の討伐以来か。なんだか妙に懐かしく感じる。
いつもは魔道具によって隠されている筈の犬耳と尻尾がピンと逆立っている。
獣人モードのローリエが発揮する身体能力は、ミシェルやエイルをも上回る。
そんな彼女が大して鍛えている訳でも、武術の心得がある訳でもなさそうな青年を―――手加減しているとは思うが―――ど突いた場合、果たしてどうなるのか。
結果は……。
「ていッ」
「はごぉ!?」
無防備に突っ込んで来た青年の顔面にローリエの拳が突き刺さった。
カウンターをもろに喰らった青年はピーンボールよろしく盛大に弾き飛ばされ、ゴロゴロと地面の上を転げ回っていく。
20メートル以上も転がってようやく停止した青年は、横たわったままピクリとも動くことがなかった。
「生きてると思う?」
「どうでしょう?」
ユフィーに問い掛けるも、帰って来たのはなんとも頼りない答えだった。
「マスミさんッ、大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
「ああうん、俺は全く問題ないんだけど……」
自らが殴り飛ばした青年の安否を微塵も気に掛けることなく、俺の身体を前後に激しく揺さぶるローリエ。
出来れば俺の安否を確認するよりも先に、恐慌一歩手前の状態に陥っている周囲の連中をなんとかしてほしい。
まあ、目の前でこんなド派手な暴行事案―――ということにしておく―――が発生して、普通の人が平静でいられる筈もないか。
段々と俺も気持ち悪くなってきたからそろそろ揺さぶるの止めてほしいなぁと思っていると、「くそっ、先を越された!」という聞き慣れた声が耳に届いた。
案の定ミシェルがこちらに向かって来ている訳だが、何故か身体強化バリバリで爆走している。
まさかその状態で街中を駆けて来たのか?
少し離れた後ろには「待って~」と同じく全力疾走のエイル。
「あー、取り敢えずおかえり?」
「ゼェ、ゼェ……た、ただいま。おい、ローリエッ」
俺達の元に到着するなり、ミシェルは呼吸が整うのも待たずにローリエへと詰め寄った。
その間にエイルもただいま~と言いながらやって来た。
おかえり。
「お前さっき、わたしのマスミとか言ってたな。あれはどういう意味だ?」
「あれ、わたしそんなこと言いましたっけ? ミシェルの聞き間違いじゃありませんか?」
「ほほう、惚けるつもりか? いい度胸だな」
「あははは、なんですか? やるんですか?」
なんて感じで突如メンチを切り合うミシェルとローリエ。
うん、平常運転だ。
「マスミくぅん、何があったの~?」
「うん、まあなんでこんなにややこしい状況になってんのか、俺にもよく分からんのだけど……」
とエイルに今の状況を説明しようとしたのだが、ユフィーから「マスミ様、早めにこの場を立ち去った方がよろしいかもしれません」と言われた。
何故と思ってユフィーが示す方に目を向ければ、何やら武装した数人の男達が広場に近付いて来るのが見えた。
「どう見ても兵士だな」
「でございますねぇ。何方かが通報でもされたのでしょうか」
「だろうな。早いところずらかった方が良さそうだ」
抗議団体とのゴタゴタを説明するのも面倒だが、何よりもこちらには暴行傷害の現行犯がいるのだ。
事情を説明したところで御用になるのは目に見えている。
「撤収撤収。ほれ、いつまでガン飛ばしてんだ、行くぞミシェル」
「ローリエちゃんも早く~」
「わたくしを置いていかないで下さい」
慌ただしく移動を始める俺達の様子に呆れたのか、胸元のニースが『やれやれ』と息を吐く。
正直、呆れられても仕方がないとは思うのでツッコミはしない。それよりも今は逃げることが先決だ。
こうして一晩明けてからの合流を果たした我がパーティとその他一名は、挨拶もそこそこに広場から逃走を図るのだった。
実行犯の男?
……その辺に転がってるんじゃないの?
お読みいただきありがとうございます。




