第14話 ダメ絶対 ~怪しい粉~
前回のお話……抗議団体あらわる
(団 ゜Д゜)はーんーたい!
(団 ゜Д゜)はーんーたい!
「うおッ!?」
「危ねぇ!」
野良試合に興じていた大会参加者や観戦者達の輪の中から何かが飛び出した。
高速且つ滅茶苦茶な軌道で周囲を飛び回るその小さなものの正体は……。
「あれって……非竜蜻蛉?」
「でございますね」
頭部の形状が竜に似ている蜻蛉の魔物―――非竜蜻蛉。
非力な為、直接的な戦闘能力は皆無に等しいものの、飛行速度だけなら虫系統の魔物の中でも上位に位置するそうだ。
操虫競技大会では飛行競走に出場するのだが……。
「どう見ても普通じゃないな」
狂ったように人と人の合間を飛び回る一匹の非竜蜻蛉。
何度もぶつかりそうになりながらも、決して飛行を止めようとはしなかった。
なんだか威嚇しているように見えなくもないが、正常な非竜蜻蛉なら人に対してこのような行動は取らない。
つまりは何らかの理由により正常ならざる状態にあるということ。
実際、あの個体の飼い主らしき男が「おいッ、いったいどうしちまったんだよ!?」と切羽詰まったような声を上げている。
「何が原因なのでしょう?」
「さて、領主の息子の興奮が伝播でもしたのか、それとも……ん?」
未だ狂ったように飛び続ける非竜蜻蛉。
近くに居た野良試合組の誰もが驚き、困惑している中、その場を離れようとする一人の男の姿が目に付いた。
姿勢を低くし、周囲に気付かれないようにコソコソと行動している。
……あからさまに不自然というか不審極まりない。
もしもこの場に警察官が居れば、絶対に職務質問待ったなし。
それくらい怪しさ全開なのだ。
「おまけにこのタイミングでの離脱。何か知ってるっていうか、何かやりましたって言ってるようなもんだよな」
「マスミ様、如何致します?」
「……取り敢えず捕まえとくか」
俺達以外に気付いた者もいないようだし、みすみす見逃してしまうのも気が引ける。
今目の前で起きている騒動にも間違いなく関わっている筈だ。
「善は急げ。取っ捕まえて事情を吐かせるとしよう」
「承知致しました」
頷くユフィーに簡単な指示を出した後、俺は男が逃げようとしている方向に先回りし、両手を広げてその進路を防いだ。
「止まれ。通行禁止だ」
「な、なんだテメェは?」
「んなこたぁどうだっていい。正直に言え。お前……いったい何をやった?」
半ば確信を持って発した問いに対して、男は何も答えようとはしなかった。
代わりにその表情を強張らせ、ギクリと大きく肩を跳ねさせた。
「わっかり易いなぁ、お前」
「クソッ」
男は途端に踵を返して逃げようとしたが、振り向いた先にはユフィーが「通せん坊です」と待ち構えていた。
予め挟み撃ちにするよう指示をしておいたのだ。
こちらに背中を向けたまま硬直している男の膝裏を爪先で押すように蹴り付ける。
所謂、膝カックンを食らった男はバランスを崩し、その場に膝を突いてしまった。
俺は素早く男の首に腕を回し、幾分呼吸が苦しくなる程度の力加減で締め上げた。
「ぐふッ」
「俺も気が長い方じゃないからサクサク行こうか。お前さん何をやった?」
「ぐっ、ぅぅぉ……オレはただ、頼まれ、て、粉を……」
「粉?」
なんだ粉って。
すると男は手に握っていた小さな包み布を取り落とした。
ユフィーが包み布を拾い、その中身を確認する。
出てきたのは真っ白な粉末。
パッと見た限りでは小麦粉のようにしか思えないけど、そんな訳がない。
まさか吸い込むとめっちゃ気持ち良くなったり、ハイなテンションになったりする類の粉なんてことは……。
「まさかこれは……」
ユフィーは少量の粉を摘まんで取ると、躊躇うことなくそれを口に含んだ。
実に潔い行いだが、果たしてその粉は口にしても大丈夫なのか?
「やはり間違いありませんね。マスミ様、この粉は興奮剤の一種です」
「こ、興奮剤……だと?」
もしやそれは男女の営みでお世話になったりする……。
「ちなみに今マスミ様が想像されているような類のものではございませんので」
一瞬でも如何わしいものを想像してしまった自分が恥ずかしい。
「興奮剤とは言いましたが、余程大量に吸い込まない限り、人に対しては何の影響もありません」
「逆を言えば人以外には影響があると」
例えば魔物とか。
「はい、動物や魔物がこの粉を吸い込めば少量でも理性を失います。何しろ違法薬物ですから」
どうやら覚醒になってしまう類の粉だったらしい。
何処の世界にも危ない薬って存在するんだな。
違法薬物、ダメ絶対。
「この粉を非竜蜻蛉に吸わせた訳か」
その結果、理性を失った非竜蜻蛉は暴走し、未だに危険飛行を続けていると。
誰の依頼でこんな真似を仕出かしたのか、気になるところではあるけど……。
「まあ、折角だから当事者達の前で発表してもらおうじゃないの」
俺は男を無理矢理立たせると、「ぐえッ」と苦しそうな声が漏れるのも構わずに騒動の場へと近付いて行った。
ユフィーも俺の後に黙って付いて来る。
「見ろッ、如何に小さかろうとも所詮は魔物だ。これが奴らの本性なんだ!」
暴走する非竜蜻蛉を指差しながら領主の息子が一人で何やら喚いているが、こんな状況じゃ誰も聞いてないと思うぞ。
「レイヴンくん、非竜蜻蛉のこと捕まえられるか?」
俺からの頼みに対して、レイヴンくんは任せておけとばかりに大顎を一度打ち鳴らすと、背中の翅を震わせて勢いよく飛んで行った。
如何にレイヴンくんでもスピードでは非竜蜻蛉に勝てない。
自分で頼んでおいてなんだが、どうやって捕まえるつもりなのだろう?
なんて思いながら見ていると、レイヴンくんは徐々に速度を落とし、翅を震わせたまま野良試合組の上空でピタリと静止した。
ヘリコプターがホバリングをするように空中に留まっている。器用なものだ。
「成程。近付いて来たところを捕まえようって訳か」
そして予想は現実になった。
非竜蜻蛉がホバリングを続けるレイヴンくん目掛けて突っ込んでくる。
あわや激突と思われたその時、高速の宙返りで見事突進を回避したレイヴンくんは、自慢の大顎で相手の細長い身体を挟み込んだ。お見事。
大顎の拘束から逃れようと非竜蜻蛉は身を捩るが、体格とパワーで勝るレイヴンくんは小揺るぎもしなかった。
「遂に同族同士で仲違いか。なんと野蛮な……」
「ウチの子に向かって野蛮とか言うんじゃねぇよ。このボンクラ」
実行犯の男を引き摺りながら前に出た俺は、領主の息子に対してそう吐き捨てた。
そんな俺の元に、非竜蜻蛉を拘束したままのレイヴンくんが滑空するようにゆっくりと戻ってきた。
「貴様も魔物を従えているようだな。恥知らずの愚か者共め」
「ギャーギャー喚くなボンクラ。さっきからキャラがブレ過ぎなんだよテメェは、情緒不安定か」
まさか自分が罵倒されると思っていなかったのか、領主の息子が「なッ!?」と目を剥く。
周りの抗議団体の何人かが悲鳴を上げ、「ロブイール様になんという口をッ!」とか怒鳴り出すも、知ったことではない。
ウチのレイヴンくんを野蛮扱いするような奴は敵だ。
俺はここまで引き摺ってきた男を跪かせ、周りによく聞こえるように声を張った。
「そこのボンクラが魔物の本性がどうとかほざいてたけど、非竜蜻蛉が暴れ出したのは、この男が吸わせた違法な薬物が原因だ」
「証拠もここにあります」
と言って、ユフィーが興奮剤の入った包み布を掲げる。
途端に広がるざわめき。そんな中、非竜蜻蛉の飼い主が「おいっ、その話は本当か!?」とこちらに詰め寄って来た。
「ああ、本人も認めてる」
「そ、そうか。この野郎、よくもオレのジェシーちゃんを!」
「待て待て、気持ちは分かるけど今は我慢しろ。あとで好きなだけ殴らせてやるから」
ていうかジェシーちゃんて……。
「おいッ、助けてくれるんじゃねぇのかよ!?」
「知らんがな」
愕然とした表情でこちらを振り向いてくる実行犯。
何故この状況で助けてもらえると思ったのか。自業自得だ。
ちなみに言うと野良試合組の面々に周りを取り囲まれているので、既に逃走は不可能となっている。
みんな目付きが怖い。
「オラ、今度はお前の番だ。誰に頼まれたのか言え。みんなに聞こえるように大きな声でな」
「ふ、ふざけんなッ。今更言う訳ねぇだろ!」
「正直に言えばみんなの怒りの矛先がそっちに向いて、お前が助かる可能性が無きにしもあらずとも言えなくもないことも―――」
「あいつにやれって言われました!」
「清々しいくらいの変わり身の早さだなぁ」
助かる保証なんて……いや、何も言うまい。
自らの依頼主を指差す実行犯。
その指先は抗議団体の中心に立っている領主の息子―――ロブイールとやらに向けられていた。
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