表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/494

第14話 狂える甘味

 ゴブリンの住処たる洞窟を発見した俺達。

 比較的背の高い茂みに三人で身を潜めながら様子を窺う。

 洞窟までの距離は凡そ三十メートル強。

 巣穴の前は木々も少なく開けており、地面には何かを引き摺ったような跡が大量に見られた。

 普通なら見張りくらいは立てそうなものだが、それらしき者の姿は何処にも見当たらなかった。


「……行くのか?」


 すぐ傍のミシェルから抑えめの声が掛けられた。

 息遣いまで聞こえてきそうな程に顔が近い。

 見付からないように三人で固まって隠れているのだから、当然と言えば当然だけど。

 見れば、彼女の右手は腰に吊るしてある長剣の柄を既に握っており、青い瞳も鋭さを増していた。

 本当は今すぐにでも洞窟の中へ突入したいだろうに。

 勝手に飛び出すような真似はせず、俺に判断を仰ぐのは信頼の表れと受け取っていいのだろうか。


「俺が判断してもいいの?」


「ああ、お前に任せる」


 任せるときたか。

 随分と買ってくれるじゃないの。

 ローリエまで同意するように頷いている。

 任せていただけるのなら任されましょう。

 といっても何をどうするのかはもう決めているのだ。


「悪いけど、もうしばらくは様子見だ。偵察に出たのがさっきの一匹だけとは限らんからな」


「……分かった」


 若干不満そうではあるものの、有り難いことに指示にはちゃんと従ってくれる様子。

 最悪なのはこちらが洞窟内に突入したタイミングと偵察の帰還が被ってしまうことだ。

 視界不良間違いなしの洞窟内で、挟み撃ちに遭うのだけは避けたい。

 ミシェルには黙っていたけど、正直俺としては巣穴の中に入るのも遠慮したいのが本音だ。

 仮にも敵の本拠地。外敵に対する何らかの仕掛けが施されていたとしても不思議ではない。

 洞窟内部の構造も不明。光源必須。

 そんな悪条件が整い過ぎている敵地(アウェー)にノコノコと突っ込みたくはない。

 なんとかして中に潜んでいるゴブリン共を外に引き摺り出してやりたいところだが、さてどうしたものか。

 まあ、焦ったところで仕方がない。

 一先ずは……。


「休憩しよう」


「「えっ?」」


 女性二人がハモった。


「休憩。今の内に一息入れとくとしよう」


 言うが早いか、俺は地面にどっかりと腰を下ろした。

 ボディーバッグの中からペットボトルを取り出し、キャップを開けて中身を一気に呷る。

 程よく冷えた水が喉の渇きが癒やしてくれる。

 少々下品に思われるかもしれないが、ゴクゴクと喉を鳴らしながら豪快に飲む方が俺は好きだ。


「プハーッ、生き返るわぁ」


 なんだかんだで結構な量の汗をかいてしまった。

 水分補給は大切。

 完全に寛ぎ出した俺を見て、お互いの顔を見合わせるミシェルとローリエ。

 いいのかなぁと気にしながらも俺と同じように地面に腰を下ろすした。


「なぁマスミ、その……本当に大丈夫なのか?」


「何が?」


「何がってその、敵地を目前にしてこのように堂々と休憩など」


「だからだよ」


 えっ? と再びハモる二人。

 息ピッタリですな。


「この後突入するにせよ、あるいは別の手を打つにせよだ。あのゴブリン共と一戦やらかすのは間違いないんだ。だったらその前にちゃんと休む。疲れて動けませんでしたなんて笑い話にもならんからな」


 ゴブリン(あっち)俺達(こっち)生命(いのち)が掛かっているのだ。

 準備不足で死ぬのなんて絶対に御免だ。

 しかもミシェルとローリエは女性だ。

 負けたら死ぬ以上の悲惨な目に遭わされる。

 そんな胸糞の悪い結末はもっと御免だ。


「だから二人もちゃんと休む。ここなら居眠りでもしない限り、帰ってくる奴の姿も確認出来るしな。汗かいただろ? 水飲むか?」


 勿論、気を緩め過ぎないように気を付けるつもりだけど、見張りもいない今の段階でそこまで気を張っておく必要はないだろう。

 おずおずと差し出されたペットボトルを受け取るミシェル。

 飲み掛け?

 間接キス?

 子供じゃあるまいしそんなことは気にしません。


「この後どうされるかはもう決めているんですか?」


「んー、出来れば向こうが気付いてない今の内に穴塞いで生き埋めにでもしてやりたいとこだけど……そんな装備もないしねぇ」


 爆薬でもあれば話は別なのだが、そんな物が都合良くある筈もない。

 まあ、無い物ねだりをしたところで始まらない。

 今ある装備で出来ることを考えようではないか。

 そう結論付けてボディーバッグの中を漁る。


「方法は休みながらでも考えるさ。とにかく今は休もう。これでも食いな」


 バッグの中から取り出した細長い包み紙をミシェルとローリエに差し出す。

 中身は穀物やドライフルーツを加工して作られたシリアルバーだ。

 味は『たっぷりフルーツグラノーラ味』。

 日本の社会人の朝は慌ただしい。

 悠長に朝食を用意している時間がない時など、俺もよくお世話になったものだ。


「マスミ、これは……食べ物なのか?」


 手渡されたシリアルバーを怪訝そうに見詰めるミシェル。

 ローリエはスンスンと匂いを嗅いでいる。

 如何にも初めて目にしたといったご様子。

 俺以外の〈異邦人(エトランジェ)〉は地球産の食料を持ち込んだりはしなかったのかね?


「食い物だよ。俺が元居た世界の携行食みたいなもんだから心配せんでも大丈夫。干し肉齧ってるよかずっとマシだと思うよ。そのまま食うなよ? 包みの中にあるのが本体だから」


 自分用にもう一本取り出し、説明がてら実演してみせる。

 包み紙を破き、中身のバー本体を露出させてそのまま齧る。

 噛む毎にサクサクと小気味良い音がする。

 穀物の味わいや香り、砂糖やシロップ、ドライフルーツなどの甘みや酸味が口の中に広がる。

 異世界(こっち)に来てからまともな食事を口にしていなかった所為か、慣れ親しんだ筈の味わいが普段の何倍にも美味しく感じられた。

 失礼を承知で言わせてもらうと、昼食にいただいたスープや黒パンとは比べ物にならないくらい美味い。

 日本で生活していればコンビニやスーパーで当たり前のように購入出来るありふれたシリアル食品の一つに過ぎないというのに。


「見とらんで二人も食べな。少しは腹に入れとかないと長丁場になったら困るだろ?」


 俺が食べる姿をジーッと凝視していた二人にも早く食べるよう促す。

 その言葉が後押しとなったのか、二人は慣れない手付きで包みを破り、中身を取り出した。

 数秒躊躇った後、意を決して―――そんな覚悟いる?―――齧り付いた。

 二人の歯がバーに突き立つと同時に小さくサクッという音が聞こえた。


「「!?」」


 直後、目を見開き、バーを口に咥えたまま硬直するミシェルとローリエ。

 なんだ、どうした?

 お口に合いませんでしたか?

 二人共十秒近く固まっていただろうか。

 まずミシェルが目尻をこれでもかと下げまくり、至福そうな表情で「ん~」と鼻から抜けるような甘えた声を出した。

 普段のキリッとした表情は何処に行ってしまったのやら。

 怜悧なお顔が蕩け切っている。

 凄いギャップにちょっと萌える。

 対してローリエは……。


「はむっ、もぐもぐっ、あむっはぐっ」


 物凄い勢いでがっついている。

 こちらも凄まじい変わり様だ。

 空腹の野良犬がようやくありつけた餌を貪っている風にしか見えない。


「あー、ローリエさん? もうちょっと落ち着いて―――」


「フーッ!」


 喰い殺さんばかり目付きで睨まれた。

 超(こえ)ぇ。

 これは私の物だ。絶対に誰にも渡さないと目が主張している。

 幾ら何でもキャラが変わり過ぎだぞ。

 いつもの彼女は何処に行ってしまったのか。

 全然萌えない。

 触らぬ神に祟りなし―――主にローリエ―――と自分に言い聞かせ、二人が食べ終わるのを黙って待つことにした。


「堪能した……」


「お、お見苦しい姿を……」


「お粗末さんでしたっと」


 完食した二人。

 ミシェルは幸福感から、ローリエは羞恥心からそれぞれ頬を赤く染めている。

 この間、俺は若干の疎外感を覚えながらもちゃんと巣穴の様子を窺っていた。

 二人が夢中になって食べている間に戻って来た偵察は全部で三匹だった。


「お口に合ったなら何よりだよ。参考までに聞くけど、もしかして甘味って結構貴重?」


「うむ。他国は知らんが、この国ではその認識で間違いはない」


「王都や大きな街ならともかく、辺境ではやっぱり手に入り難いですね。お金も掛かりますし」


「成程ねぇ」


 二人から聞いていた話やあの村の様子からして、少なくとも辺境の村々は中世レベルの文明と見て間違いなさそうだ。

 ファンタジーのご多分に漏れませんなぁ。

 俺からすれば、そんなシリアルバーくらいで大袈裟なといった認識だが、甘味の類が貴重で入手し辛いというのであれば、二人のあの食いっぷりにも納得がいく。

 何しろ砂糖がたっぷり使われているのだ。

 他にも蜂蜜やメープルシロップ、ドライフルーツも含むと甘味のオンパレードと言えるかもしれない。

 もしも売りに出した場合、砂糖が貴重品扱いの辺境なら相当な値が付くやもしれん。

 実はボディーバッグの中にもう一本だけシリアルバーが残っているのだが……このまま隠しておこう。


「しりあるばー、だったか? マスミは携行食と言うが、あれ程の品が簡単に手に入るとも思えん。かなり値が張るのではないか?」


「いやぁ、そんな大層なもんでもないよ。俺の故郷ならそこら辺の店で幾らでも売ってるし。あとぶっちゃけ安い」


「なん、だと……?」


 いや、そんな「驚愕!」みたいな顔されても。


「マスミさんの暮らしてた世界は凄いですねぇ。わたしはあんなに美味しいお菓子を食べたのは生まれて初めてです」


「国によって差はあるけどね。少なくとも俺が住んでた日本って国は飽食で恵まれてたよ」


 答えながら再びバッグの中を漁る。

 取り出したものは薄い布に包まれた小さな素焼きの壺。

 俺の持ち物ではなく、村長さんにお願いして譲ってもらったものだ。

 壺といっても、見た目は一合サイズの徳利にしか見えないそれを地面に並べる。数は全部で三個。

 次に腰に吊るしていた革袋―――これも村長さんに譲ってもらった―――を外して手に持つ。

 振ってみると中からちゃぷちゃぷと音がする。

 先に言っておくが、中身は水ではない。


「こいつで上手いこと引き摺り出せたらいいんだけど」


 この時の俺は、思考の大半をゴブリン対策に割いていた。

 周囲に気を配っているつもりで、全然配れていなかった。

 自分がとんでもない過ちを犯していることに気付いていなかったのだ。


 ―――ボディーバッグの閉め忘れという痛恨のミスに。


「マスミさん、それ……!」


 震えながらそれ(・・)を指差すローリエ。

 ミシェルも信じられないと言わんばかりに両手で口元を覆っていた。

 今更自分の迂闊さを呪ったところで後の祭り。

 開けられたままのボディーバッグ。

 そこから姿を覗かせている細長い包み紙―――シリアルバー。

 隠そうとしていた最後の一本が露わとなっていたのだ。

 ゴクリと生唾を飲む音が妙に響く。


「まだ、残っていたのか」


「美味しそう、ですね」


「あ、いやその、これは……」


 二人の視線がゆっくりと俺に向けられ……。


「ひっ!」


 青と薄茶色。二対の瞳に射竦められる。

 その目は最早ヒトのものに非ず。

 心臓が早鐘を打ち、手足の震えが止まらない。

 冷たい汗が全身を濡らした。


「まだ、残っていたのか」


「美味しそう、ですね」


「なんで同じ台詞!?」


 駄目だ。彼女達は捕食者だ。

 逆らうのが愚かしくなる程の圧倒的強者。

 弱者はただ奪われるだけ……ふざけろドチクショウ。

 日本においては大した価値もないシリアルバーだが、異世界でなら値千金(あたいせんきん)に匹敵する価値があるかもしれないのだ。

 そう簡単に奪われてなるものかと断固抵抗の意思を示そうとしたのだが……。


「まだ、残っていたのか」


「美味しそう、ですね」


「……食べます?」


 俺はあっさり折れることにした。

 価千金のシリアルバー?

 命の方が大事に決まってるだろうが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 洞窟の前で草木を燃やし、ゴブリンを燻し出したら良いのでは、むせて出てくるところを倒すのは、こちらが優位に戦えて良いでしょう。もし、囚われた人が居たとしても、全くの他人の為に危険を犯す必要はな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ