第12話 その頃の彼女達 ~憤懣やる方なき思い~
前回のお話……女性陣、家出?
(女 ゜Д゜)バイバーイ
(真 ゜Д゜)行かないでー
―――side:エイル―――
「なんだマスミの奴めッ、あんな女に鼻の下を伸ばしおって! デレデレするな!」
と不満をぶちまけたミシェルちゃんが目の前に置かれた果実酒を豪快に呷り、一息で呑み干してしまったの。
ミシェルちゃんが昼間からお酒を呑むなんてとっても珍しいけど、きっと呑まずにはいられない心境なんだね。
これで四杯目。ペースが早いの。
「女給殿、同じものをもう一杯、いや二杯頼む。思えばあいつはいつだってそうだ。ちょっと人が目を離した隙にホイホイ他所の女を引っ掛けてきてぇ……」
「う~ん、引っ掛けてきた訳じゃぁ、ないと思うけど~」
なんて言ってフォローしてみるけど、どうにもミシェルちゃんの耳には届いてなさそう。
女給さんが運んできたお酒を受け取ると、すぐさま口を付けて片方を空けてしまったの。
五杯目。一気呑みは身体に良くないの。
「ミシェルちゃん、そんな呑み方したらぁ、身体に悪いよ~?」
「喧しい! これが呑まずにやっていられるかぁ!」
「怒鳴らないで~」
これは処置無しなの。
ぐびぐびと六杯目に口を付けるミシェルちゃんの隣では、ローリエちゃんが無言でお酒―――呑んでいるのは蜂蜜酒―――を呑み続けているの。
そのペースはミシェルちゃん以上。絶対身体に悪いの。
わたしも二人に付き合って呑んでるけど……。
「美味しくないの~」
お酒は好きだけど、こんな雰囲気で呑むのは好きじゃないの。
どうせ呑むならやっぱり楽しく呑まないと。
そうじゃないと折角のお酒に対して失礼なの。
でも今の二人にはきっと伝わらないと思うの。
マスミくん、どうしよう……。
「前途多難なの~」
昨日マスミくんとユフィーさんを残して宿を出た後、わたし達というか、左右からわたしを抱えた二人は、離れた所にある別の宿へと移動したの。
まだミシェルちゃん達が冒険者になる前にセドム商会の会頭さんに紹介されて泊まったことのある宿らしくて、中々立派な宿だったの。
見るからに高そうだけど大丈夫なのかな?
密かにお金のことを心配していたらミシェルちゃんが妙に憮然とした表情で、「金なら有る」と言って宿の受付に向かったの。
あとでローリエちゃんが教えてくれたんだけど、どうもシェリル様が個人的にお金を持たせてくれたようなの。
なんだかんだ言って娘のことが心配だったのね。
ちなみに此処に来るまでの間、わたしはずーっと二人に抱えられたままだったの。
引き摺られながら街中を移動するのは、ちょっとだけ恥ずかしかったの。
こうしてわたし達三人は高級宿へ泊まることになったの。
マスミくんに申し訳ないとは思ったけど、美味しい食事と広いお風呂とフカフカのベッドの魅力には抗えなかったの。
それから明けて翌日、つまりは今日。
わたし達は早めに宿を出たの。
マスミくんの所に行くのかなぁと思っていたら、向かった先はまさかの酒場。
お祭りの影響なのか、朝から営業中だったみたいで、すんなりと入ることが出来たの。
入店した途端、二人はお酒を注文したの。
呑み始めて数分もしない内にミシェルちゃんがマスミくんへの不満を吐き出して、どんどん興奮していったの。
そして今に至るの。
「大体あんな女の何処が良いんだ。あんなのちょっと美人で、ちょっと肌が綺麗で、ちょっと淑やかで、ちょっと神官なだけじゃないか!」
「それ褒めてる~?」
あと神官かどうか関係ないと思うけど。
「喧しい! とにかく気に食わんのだ! マスミの奴も迷惑なら迷惑だとはっきり言ってやればいいものを、煮え切らない態度でダラダラと……人の気も知らないでぇ!」
と六杯目も空にしてしまうミシェルちゃん。
お店の人達に向けて「面倒だッ、樽ごと持ってこい!」とか無茶なことを言い出したの。
うるさくしてごめんなさい。
「ローリエちゃんも怒ってる~?」
「わたしは別に、最初からマスミさんには怒っていません」
その割りにはダウトとか言って詰め寄ってた気が……というのは黙っておくの。
じゃあなんで不機嫌なんだろ?
「正直、あのユフィーナさんという方に対して良い感情が抱けません。本人に悪気はないのかもしれませんけど、土足でわたし達の間に踏み込むような真似をして……」
大人げないと分かってはいるんですけどねと、何処か寂しそうに呟いてお酒の残りを呑み干すローリエちゃん。
……気持ちは分かるの。
ミシェルちゃんも、ローリエちゃんも、ニースちゃんも、勿論マスミくんもみんな良い子。
このパーティで一緒に旅をしたり、冒険をしたりするのはとても楽しくて、毎日が充実しているの。
わたしが冒険者になってから……うぅん、わたしのこれまでの人生で間違いなく今が一番幸福なの。
初めてネーテの街を訪れてみんなの姿を見付けた時、勇気を出して声を掛けて良かった。
不安もあったけど、みんなはわたしのことを受け入れてくれた。
もしもわたしにとって一番大事なものは何かと問われれば、わたしは迷うことなくパーティのみんなと答える。
それくらいみんなのことが大好きで大切なの。
その大切な居場所にいきなり土足で踏み込まれたりしたら……。
「ショックなの~」
嫌な気持ちになるのも当然なの。
きっと二人もわたしと同じ気持ちだから、こんなに不機嫌になっているの。
気持ちを共有出来ているのが嬉しい。
でもだからこそ、このままじゃよくないって思うの。
わたしは意を決して二人に物申したの。
「ミシェルちゃん、ローリエちゃん、いい加減にするの。こんな風にお酒呑んだって気分なんか晴れないし、身体にも悪いの。今すぐマスミくんの所に帰ってごめんなさいするの」
少し厳しめにわたしが注意すると、二人とも居心地悪そうな表情で顔を伏せたの。
二人だってこのままで良いとは思っていない筈。
だからわたしの言葉だって聞き入れてくれるの。
「このままじゃマスミくんが可哀想なの」
二人は少し前にもわたしとマスミくんの前から姿を消しているの。
ミシェルちゃんの家の事情があったとはいえ、あの時は本当に悲しかったの。
わたし以上に二人と付き合いの長いマスミくんはもっと悲しかった筈なの。
二人も同じことを考えたのか、申し訳なさそうな顔をしながら「そう、だな」「帰りましょうか」と言ってくれたの。
「良かったの~」
これで一安心。なんとなく肩の荷が下りたような気分なの。
そそくさと勘定を済ませて、帰り支度を始めるミシェルちゃんとローリエちゃん。
これなら……。
「マスミくんも食べられずに済みそうなの~」
「「ちょっと待て」」
椅子から立ち上がろうとしたら二人に肩を押さえられたの。
帰るんじゃなかったの?
「エイル、今の発言はどういう意味だ?」
「何故マスミさんが食べられるんですか?」
怖いくらい真剣な目でわたしのことを見詰めてくるミシェルちゃんとローリエちゃん。
酔いも何処かに吹き飛んだみたいなの。
「食べられるって言ってもぉ、性的な意味でだよ~?」
「当たり前だ!」
「物理的に食べたら怪物じゃないですか!」
顔を真っ赤にして怒鳴るミシェルちゃんとローリエちゃん。
誤解しないように本当のことを言っただけなのに、なんで怒られるの?
「だってユフィーさんってぇ、スレベンティーヌ正教の神官でしょ~? 『タンユ・アバノ』って言ってたし~」
「それとどう関係するんですか?」
「そもそもスレベンティーヌ正教とはなんだ? 聞いたこともないぞ」
「えっとねぇ、わたしもそこまではぁ、詳しくないんだけど~」
二人ともスレベンティーヌ正教のことを知らないみたいだけど、かなりマイナーだから仕方ないの。
わたしの知っている範囲だと……。
スレベンティーヌ正教は歴史の浅い超マイナー宗教で、その発祥が何処にあるかもよく分かっていない。
『タンユ・アバノ』という神を奉じており、何者にも縛られず、自分の思うがままに人は生きるべきであるという教義の下に活動している。
教義の内容がちょっとアレな所為か、邪教認定している国や地域も少なくないとか。
以上のことを二人に伝えると……。
「「ああ、どうりで」」
と納得したように頷き合ってたの。
確かにユフィーさんの言動は、かなりフリーダムだったの。
「『タンユ・アバノ』でしたっけ。何処の神話の神様なんですか?」
「そんなの居ないよ~?」
どうも『タンユ・アバノ』って、何処の神話体系にも属していない架空の神っぽいの。
多分、スレベンティーヌ正教を最初に広めた人が適当に想像したんじゃないかな?
もしくはそういった概念とか、特定の人物を神聖視しているとか。
「なんだそれは、殆ど詐欺ではないか」
「まあ、ルーツが不明の宗教は幾つかありますけど……」
二人とも呆れた顔をしているの。
わたしも初めて知った時は、何それ胡散臭いって思ったけど。
「しかし、その胡散臭い宗教とマスミが食べられることに何の関係が?」
「えっとねぇ、この思うがままにーっていう教義なんだけど~」
何者にも縛られず、自分の思うがままに人は生きるべきである。
この教義には人が有する欲、特に三大欲求―――食欲・睡眠欲・性欲―――を推奨するという側面があるの。
即ち……。
「よく食べてぇ、よく寝てぇ、よく育めぇ、ということなの~」
「何処までも自己中心的だな」
「……ん? よく育め?」
顔を顰めるミシェルちゃんの隣で、ローリエちゃんがハッとした表情になったの。
どうやら気付いたみたいなの。
「ようはぁ、沢山産んで育てましょ~、ということなの~」
「おい待て、それってもしかして……」
二人の頬を一筋の汗が伝っていく。
そんな二人に向けて、わたしは告げたの。
「ぶっちゃけるとぉ、しこたま致しましょ~」
何をとは言わないの。強いて言うならナニなの。
付け加えると、スレベンティーヌ正教の女性神官は軒並み……。
「性欲旺盛らしいの~」
あくまで噂だけどね~というわたしの言葉を最後まで聞くことなく、ミシェルちゃんとローリエちゃんは全力で駆け出したの。
店内に設置されたテーブルや椅子を蹴り倒すのもお構いなしに、そのまま店の外へ出てしまったの。
わたしはびっくりして固まっている女給さんの手に代金―――迷惑料込み―――を握らせると、二人の後を追って外に出たの。
マスミくん、もうすぐ帰るからね。
お読みいただきありがとうございます。




