第11話 運命とはビビッと感じるもの
前回のお話……生臭神官からの謎発言
(ユ ゜Д゜)ご主人様ー
(真 ゜Д゜)は?
!Σ( ̄□ ̄ミ)
!Σ( ̄□ ̄ロ)
( ̄▽ ̄= ̄▽ ̄エ)
セクトンの街の大通り。
お祭り期間ということもあってか、非常に騒がしくはあっても不快感は感じられなかった。
誰もが活気に満ち、景気の良い笑みを浮かべている中、ただ一人だけ不景気な顔で通りを歩く男の姿があった。
いったい誰かって……まぁ、俺なんですけど。
何故こんな不景気な顔を晒しているのか。
原因は俺のすぐ傍を歩く人物にある。
「何処まで付いて来るつもり?」
「何処までもお供致します」
「……いつまで付いて来る気?」
「いつまでもお供致します」
「…………帰ってくれない?」
「帰りません」
どれだけ疑問や要望をぶつけても返ってくるのは望まぬ答えばかり。
実に儘ならん。
問題の人物―――生臭神官ことユフィーナ=エルエルは、一見して機嫌の良さそうな微笑みを浮かべて俺のすぐ傍を歩き続けている。
三歩後ろではないが、まるで付き従うように俺の斜め後ろを歩くその姿はかなり絵になり、パッと見の印象だけなら良妻賢母という言葉がしっくりきた。
外見だけは良いもんなぁ、こいつ。
中身は最悪だけど……。
「お前さぁ、マジでいつまで俺に付いて来る気な訳?」
「既に申し上げた通りにございます。わたくしは貴方様にお仕えする為におります」
「いや、確かに言ってたけどさ。一切了承してないけどね、俺は」
「細かいことはお気になさらず」
どう考えても細かくないと思う。
駄目だ。全然会話が噛み合わない。
いったいどうすればこの女と意思疏通を図ることが出来るのだろう。
さっぱり分からん。
「そもそも俺に仕えるってなんなんだよ?」
「言葉通り。貴方様のお傍に控え、貴方様の為に働くという意味でございます」
「だからそれが分からんのだって。なんで態々俺に仕えなきゃならんのよ」
「初めてお会いした瞬間、わたくしの中の何かがビビッと反応したからです」
ビビッと反応したってなんだよ。
理由が曖昧過ぎる上にこの女が何を考えているのか、その意図が全く読めない。
ただ静々と俺に付いて来るだけなのだが……。
「どうしたもんかねぇ」
思わず漏れた呟きに答えてくれる声は無く、それがまた俺のテンションを僅かばかり下げる要因となっている。
「ウチの女性陣が何処に行ったか知ってる?」
「さあ、存じ上げませんねぇ」
今のやり取りでも分かる通り、この場に我がパーティメンバーは一人としておらず、居るのは俺とユフィーナ=エルエルの二人だけなのだ。
別に好き好んで苦手な相手と出歩くような趣味など俺にはない。
こうなってしまったのにはちゃんと理由があるのだ。
それは昨日、この女が突然言い放った謎発言に起因する。
―――
――――――
「わたくしはあの方に……マスミ様に生涯お仕えすると決めたからです」
『………………は?』
何言ってんの?
そう思ったのは、きっと俺だけではない筈。
「いきなり何を言ってるんでしょうね、この人は。気でも触れました?」
「頭でもぉ、ぶつけたのかな~?」
ナチュラルに失礼な会話を交わすローリエとエイルだが、正直なところ俺も同意見。もっと言ってやれ。
などと内心でうんうん頷いていると、いきなりミシェルに胸倉を掴まれた。
「マスミ貴様ぁ……遂に堕ちるところまで堕ちたな!」
「なんのこっちゃねん」
どうやら本気で怒っているらしいミシェルに至近距離から睨み付けられている。
普段なら恐怖で固まってしまうところなのだが、生憎と彼女がこれ程までに激怒している理由が分からない為、戸惑いの方が先立ってしまう。
「ミシェルさんや、俺なんかしたか?」
「ほほう、この期に及んで知らばっくれるとは良い度胸だな。余程死にたいと見える」
「死にたくないから訊ねてるんですけど」
青い瞳の奥で燃え盛る炎。
その勢いが増すのに伴って俺の背中も冷たく濡れていく。
どうやら失言だったらしい。
「すまん、本気で怒ってる理由が分からんのだ。出来れば説明を求める」
「決まっている。お前が奴隷にまで手を出したからだ」
「は? 奴隷?」
なんのこと?
「惚けるな! 今あの女自身が言ったではないか、お前に仕えると。すなわち主従関係。主と奴隷。ご主人様か? そんなにご主人様と呼ばれたいのか!?」
「マジでお前何言ってんの!?」
そしてその硬く握り締められた拳―――身体強化済み―――を何処に振り下ろすつもりなのか。
「お前のニヤケ面以外の何処に振り下ろせと?」
ニヤけてねぇよと冷静にツッコんでいる場合ではない。
一刻も早く誤解を解かなければ俺の命が危うい。
「待ちたまえよ、ミシェルくん。争いは何も生まない。まずは落ち着いて話し合おうじゃないか。相互理解への一番の近道は会話なのだから。だから今すぐその握った拳を解いて下さいお願いします本当に死んでしまいますから」
果たして必死の懇願が功を奏したのか。
ミシェルは構えこそ解いてはくれなかったものの、その拳から溢れ出る魔力の光だけは収めてくれた。
助かった。これなら殴られても最悪死ぬことはないだろう。
そんな後ろ向きな思考に陥っている時点で俺はもう駄目かもしれない。
「ミシェル、落ち着いて下さい。多分、彼女が一人で勝手に言っているだけだと思いますから」
「勘違いで殴ったらぁ、流石に可哀想~」
ローリエとエイルに諭されたことで少しは冷静になれたのか、ようやくミシェルが胸倉から手を離してくれた。
出来ればもう少し早く助けてほしかったのが本音だけど、この際贅沢は言うまい。
なんにしても一安心だ。
「あー、ユフィーナ=エルエルさん? さっきのはどういう意味なんだ?」
「マスミ様、さん付けなど不要です。わたくしのことはどうぞ気軽にユフィーとお呼び下さい」
いや、そんな気軽に愛称を呼び合う程フレンドリーな仲ではないのだが……。
まあ、いちいちフルネームで呼ぶのも面倒臭いし、別にいいか。
若干ミシェルの目付きが険しくなったように見えるのは目の錯覚だと思いたい。
「んじゃまあ、お言葉に甘えて。ユフィー、俺に仕えるってどういう意味だ?」
「言葉通り、マスミ様を主と仰ぎ、わたくしは従者として誠心誠意お仕えするという意味でございます」
「誠心誠意って、なんでまた?」
「初めてマスミ様の姿をお目にした時、わたくしの中の何かがビビッと反応したのです。もしかしたら神からの啓示かもしれません。そうは思いませんか?」
「思いません」
思いたくもない。
仮にこの女との出会いが神の啓示によるものだとしたら、俺は絶対に『タンユ・アバノ』を許さない。
そんな曖昧過ぎる理由で俺に仕えようだなんて言ってたのかよ。
正気を疑ってしまう。
マジで頭大丈夫か?
「運命。そうこれはきっと運命なのです。マスミ様とわたくしは出会うべくして出会ったのです」
「……まったくもって納得は出来んが、お前さんが本気で言っているということだけはよく分かった。だが生憎と俺は傍仕えなんて必要としていないので、どうぞお帰り下さい。むしろ帰れ」
「無理です。もう決めてしまいましたから」
「俺は認めてない。神殿か教会かは知らんが、とっとと古巣に帰れ」
「それこそ無理なお話です。スレベンティーヌ正教の多くは教会での修行を終えた後、布教と自身の見聞を広める為に各地へ旅に出ます。なんらかの神事や緊急事態でもない限り、早々戻ることはありません」
俺にとっては今がまさにそうなのだが……と言ってもこいつには通じまい。
「嗚呼、慈悲深き『タンユ・アバノ』よ。わたくしはこの出会いに感謝致します」
両手を組み、天に向けて一人祈りを捧げ始めるユフィー。
そんなユフィーに対して何か引っ掛かりを覚えたのか、「ん~?」と首を傾げるエイル。
「ねぇねぇ、ユフィーさぁん。今『タンユ・アバノ』って―――」
とエイルが何事かを訊ねようとしたら、ミシェルとローリエがいきなり左右の腕を掴み、エイルの身体を強制的に立ち上がらせた。
弾みで自慢の爆乳が大きく縦に揺れる。ありがたや。
俺が内心で拝んでいることなど知り様もないエイルは「あれ~?」と不思議そうに瞬きを繰り返していた。
「ミシェルちゃぁん? ローリエちゃぁん?」
「エイル行こう。どうやらマスミは忙しいらしいからな」
「わたし達のことはどうぞお気になさらず。マスミさんは綺麗な神官様との親睦を深めて下さい」
「え、二人共なんで怒ってんの? 何処行くの? 今のやり取り見てたでしょ? ねぇちょっと、ねぇってば、おーい」
という俺の言葉には一切応答することなく、未だ不思議そうにしているエイルを引き摺ったまま宿を後にするミシェルとローリエ。
残された俺とユフィー。
こんな女と二人きりにしないでほしい。
「ではマスミ様、お言葉に甘えて親睦を深めましょう」
「絶対に嫌だ」
――――――
―――
あの後、結局女性陣は宿に帰ってこなかった為、俺は適当に夕食を済ませて部屋へと引き籠ることにした。
意外にもユフィーは部屋の中にまで立ち入ってくるような真似はせず、「お休みなさいませ」とだけ残して去って行った。
若干薄気味悪いものを覚えつつ、昨日はそのまま眠りに付いた。
そして目覚めた今朝、部屋の外に出てみると……。
「マスミ様、おはようございます」
微笑みと共にユフィーが待ち構えていた。
……もう驚くのにも飽きたよ。
追い払うのも面倒臭くなった俺は、放置している分には害もなかろうと思って、一時的に彼女の存在を容認することにしたのだ。
実害が出たら……その時に考えよう。
手早く朝食を済ませた後、帰ってこなかった女性陣を探す意味も兼ねて外出することにした。
幸いにも居場所については、ニースがスマホに施してくれた異世界版GPSを活用することである程度判明している。
問題は、まだ俺が行ったことのない場所なので詳細が不明だという点だが、街中だったらなんとかなるだろう。
『マスミ、そこを左じゃ』
「あいよ」
ニースのナビに従い、大通りを外れて左の小道に入っていく。
小道といってもそれなりの道幅があるので、反対から歩いて来る人とぶつかるような心配はない。
ユフィーを伴ったまま小道を抜けると、ちょっとした広場のような空間に出た。
蚤の市が開催されている広場並みの規模ではないが、屋台や人の数が少ないおかげで逆に広々と感じてしまう。
代わりとばかりにあちこちで予選の野良試合が行われている。
目を向けると、結構なスピードで宙を飛び交っている蜻蛉のような魔物の姿が見えた。
アレが非竜蜻蛉とやらか。
名は体を表す。確かに頭だけなら竜っぽく見えなくもない……気がする。
その光景を見て興奮してきたのか、肩のレイヴンくんが頻りに大顎を動かしている。
「ここも中々に盛況でございますね。思えばマスミ様とわたくしの出会いもこのように試合で賑わっている時でした」
「あー、はいはいそうね」
懐かしむようにうふふふと笑い出すユフィー。
昨日出会ったばかりなのに、果たして懐かしむような要素があるのだろうか?
まあ、彼女の思考は常人とはかけ離れているようだから、あまり気にしても仕方がない。
一人で悦に浸らせておこう。
「ニース、ここから何処に向かえばいいんだ?」
とニースに道を訊ねようとした矢先、それは突然聞こえてきた。
「皆さん、我々の話を聞いて下さい!」
お読みいただきありがとうございます。




