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第10話 彼女が付いて来た理由

前回のお話……レイヴンくんの勝利

(レ ゜Д゜)ウィー

「さて、何か言い訳があるのなら聞こうではないか?」


「男らしく正直に答えて下さい」


「全部吐け~」


 椅子に座った俺の正面左右へ立ち塞がるように陣取り、厳しい視線と口調で―――エイルだけは楽しげにしている―――詰問してくる女性陣。

 ちなみに俺から見て左から順にローリエ、ミシェル、エイルの並びとなっている。


「……その前に今の状況に対する説明を求めたい」


 何故、俺は女性陣に取り囲まれているのか。

 それはレイヴンくんが試合を終えた後の話だ



 ―――

 ――――――



「チッ、ほらよ兄ちゃん。持っていきな」


「毎度~」


 対戦相手の男が差し出してきた参加証の木札二枚を受け取り、そのままポケット―――空間収納の中に入れておく。

 これで万が一にも盗られたり、紛失する心配はなくなった。


「このオレとジャンボに勝ったんだ。何があっても本戦に出場しろよ」


「約束は出来ないけど、ベストは尽くすつもりだよ」


 頼りねぇなぁと嘆息した男は、ジャンボを納めた虫籠片手に何処かへ行ってしまった。

 後ろ姿が人混みに紛れて見えなくなった後、そろそろ俺もこの場を立ち去ろうと思い、土俵上のレイヴンくんに向けて手招きをする。

 未だヘッドバンキングよろしくな踊りを続けていたレイヴンくんだったが、俺が呼んでいることに気付くとピタリと行為を中断し、定位置である肩の上に飛んで戻って来た。


「おかえり」


 ただいま代わりにカチカチと軽く大顎を鳴らすレイヴンくん。

 レイヴンくんに金を賭けた連中からありがとうよくやってくれたと礼を述べられるのを適当にいなしつつ、そろそろ集合場所に向かおうとしたのだが、誰かに腕を掴んで引き止められた。


「す、凄いです。お見事です。まさかあの状況から逆転なさるとは思いも寄りませんでした!」


 いったい誰かと思えば、ある意味今回の試合の発端にもなった生臭神官ことユフィーナ=エルエル。

 彼女が俺の左腕を抱えるように掴んでいたのだ。

 相当興奮しているようで、彼女の両の頬は紅潮していた。


「貴方様のおかげで当面の路銀はなんとかなりそうです。本当にありがとうございます」


「頑張ったのは俺じゃなくてレイヴンくんだけどな」


 賭けのオッズが幾らだったのかは知らないけど、この様子だと結構な額を稼げたようだ。

 ぶっちゃけどうでもいい。

 というかいつまでもこの女と関わっていたくない。


「それなりに稼げたようで何よりだ。おめでとう。それでは俺は人を待たせているので―――」


 これにて失礼と台詞も半ばの内から立ち去ろうとしたのだが……。


「……離してくれませんかね?」


「まあまあ、そう急がずともよろしいではございませんか」


 何やら聞き覚えのある台詞を吐きながら、更に俺の腕を深く抱え込むユフィーナ=エルエル。

 ちょっとやそっと引っ張ったくらいじゃ抜けそうになかった。


「まだ何かあるのか? 俺はもうお前さんに用は無いぞ」


「用は無くとも恩はあります。是非とも何かお礼をさせて下さい」


 ほほぅ、殊勝な心掛けだな……と普段であれば感心するところなのだが、如何せんこの女が口にするとひたすら胡散臭く思えてならない。


「いや、結構です」


「そう仰らずに」


「いやマジで、お礼とか本当にいらないから。そんなことより離してくれ」


「わたくし、人からよく常識知らずとは言われますが、恩知らずではないつもりです」


 出来ることなら常識も知っておいてもらいたかった。


「もうこの際、恩知らずでも世間知らずでも構わんから早く離してくれ。ていうか離せ」


「嫌でございます。お礼をさせていただけるまで離しません」


「んなこと知るかッ。いいからさっさと離せ、この生臭神官!」


 相手が女性であることはもう考慮しない。

 ユフィーナ=エルエルの額に右手を押し当て、全力で引き剥がそうと試みる。

 ところが相手もそうはさせまいと今まで以上に強く俺の腕を抱き締め、抵抗の意思を示してきた。

 いや、抱き締めているというより、最早しがみ付いていると言った方が正しいかもしれない。


「てめッ、マジでいい加減にしろよ! 離せっつってんだろうがッ!」


「いーやーでーすー! お礼させて下さいー!」


「何故そこに拘る!?」


 拘るポイントが絶対に間違っている。

 なんだこの一風変わった頑固者は?


「頼むから離せっての! こんなところミシェル達に見られでもしたら……」


「私達に見られたら?」


「そりゃあ、人を待たせて何を女と乳繰り合っているのだお前はー、とか言ってぶっ飛ばされるに決まっ……え?」


 すっかり耳に馴染んだ声。

 まさかと思いつつ、声が聞こえてきた方に目を向けると……。


「そうかそうか、乳繰り合っていた訳か」


 腕を組み、口の端をひくつかせているミシェル。


「楽しそうですねぇ、マスミさん」


 穏やかそうに見えるが、目が全然笑っていないローリエ。


「また知らない女の子をぉ、引っ掛けてる~。きゃ~」


 何故かはしゃいだ声を上げているエイル。

 我がパーティの女性陣が勢揃いしていた。


「お、お早い到着ですね」


「とっくに集合時間は過ぎているがな」


 というミシェルからの指摘を受け、慌てて腕時計を確認したところ、既に約束の時間を二十分以上も過ぎていることに気付いた。


「そ、それは大変申し訳ないことを……」


「あぁ、気にするな。行きずりの女と乳繰り合うのに忙しかったのだろう?」


「楽しそうですねぇ、マスミさん」


「乳繰り合い~。きゃ~」


 乳繰り合うの部分を殊更強調して話すミシェルだが、あんまり乳繰り合うって連呼しないでほしい。

 表情も声音も一切変化させずに同じ発言を繰り返すローリエ。怖い。

 エイルに関しては怒っているのではなく、明らかに今の状況を楽しんでいた。

 察しているなら助けてくれよ。

 そしてユフィーナ=エルエルは未だに離れてくれない。


「楽しそうですねぇ、マスミさん」


「お願いですから、それ以外のことも喋って下さい」


 なんか薄ら寒い感じがして本当に怖いんだよ。

 ツーッと一筋の冷たい汗が頬を伝っていく。

 マズい。下手な言い訳は命取りになるやもしれん。


「……で、何かしら上手い言い訳は思い付いたのか?」


 バレてら。


「聞いてくれるの?」


「内容によるな」


 どうやら聞く耳だけは持ってくれているようだ。

 女性陣が注目する中、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けた俺は……。


「全部この女が悪いんです」


 未だしがみ付いたままのユフィーナ=エルエルを指差し、堂々とそう告げたのだ。



 ――――――

 ―――



 如何に聞く耳があろうとも、実際に聞き入れてもらえるかどうかはまた別問題。

 当然の如く、俺の言い訳は聞き入れてもらえなかった。

 むしろ「もう少しマシな物言いは出来なかったのか?」と呆れられる始末。

 事実なのに……。

 そんな女性陣に強制連行された俺は、宿に戻って来るなり問答無用の着座と詳しい事情説明を申し付けられたのだ。


「毎度のことながら俺の扱いはもう少しなんとかならんのか? ちょっとくらい改善しても(バチ)は当たらないと思うぞ」


「してほしいのならば、マスミも色々と改めろ」


「何を?」


「行く先々で見知らぬ女を引っ掛けてくるところだ」


「おい待てコラ、誤解されるようなことを言うな。それと身に覚えのない罪を被せるな」


 冤罪も甚だしいわ。

 異世界に来てからナンパなんて一度もしたことねぇぞ。


「じゃあなんで彼女と腕を組んでいたんですか?」


「だから組んどらんわ。何度も言ってるけど、俺は有り金全部スッたあいつに金を貸してやっただけだってば」


 ギャンブルで儲けさせてはやったけど、それはレイヴンくんの功績だから態々言う必要はないだろう。


「そしたらなんかお礼するとかどうとか言ってきて……」


「嘘ですダウトです。そんなありきたりな理由で容姿平凡なマスミさんが美女に言い寄られる筈がありません」


「取り敢えず俺と俺の両親に謝ってくれ」


 大きなお世話だドチクショウ。

 平凡の何が悪い。

 人間、大事なのは容姿よりも(なかみ)の方だ。

 ……自分で言ってて悲しくなってきた。


「ふむ、マスミに訊ねても埒が明かんな」


「やっぱりここはぁ、もう一人の当事者にぃ、訊ねてみるの~」


「断固として扱いの改善を要求する」


 という俺の主張に彼女達が耳を貸すことはなく、一同揃って別のテーブルへと移動してしまった。

 胸元から『寂しいかの?』というニースの声が聞こえてきた。

 別に寂しくなんてないもん。

 俺を無視して女性陣が向かった先には……。


「あら? ようやくわたくしの番ですか」


 何食わぬ顔でお茶を飲んでいるユフィーナ=エルエルの姿があった。

 ちなみに奴が今飲んでいるお茶の代金も俺が支払うことになった。

 解せぬ。


「確かユフィーナ殿だったな」


「はい、ユフィーナ=エルエルと申します」


 朗らかに挨拶をしてくるユフィーナ=エルエル。

 普段ならちゃんと挨拶を返すのだろうが、その時間すら惜しいとばかりにローリエが「単刀直入にお聞きします」と詰め寄っていく。


「マスミさんの発言に嘘はありませんか?」


「あの方のお名前はマスミ様と仰るのですね」


「そうだよ~」


「ようやくお名前を知ることが叶いました。はい、嘘ではございません。路銀が尽きて困っていた時、あの方がお金を貸して下さったのです」


「路銀が尽きたって……」


 ギャンブルで負けただけじゃねぇかと言おうとしたら、ミシェルからギロリと睨まれ、黙らざるを得なくなった。

 今の俺には発言の自由すら無いらしい。


「与えられてばかりでは申し訳ないので、せめて何かお礼をと思ったのですが、謙虚にもあの方は必要無いと仰り……」


「仰り~?」


「そうはさせじと引き留めていた次第です」


「なんですかそれ……」


 それが当然であると言わんばかりに胸を張るユフィーナ=エルエル。

 そんな彼女に対してげんなりとした表情をするローリエと曖昧な笑みを浮かべるエイル。

 二人とも呆れているようだ。

 ミシェルがなんだこの女はと呟いている。

 だから言っただろうに。


「なのでそろそろお礼をさせていただきたいのですが?」


「あー、ユフィーナ殿? 折角の申し出だが、マスミは本当にお礼などは特に必要としていないようなのだ。だから気持ちだけをいただくということで、今日のところはお引き取りを……」


 と言って、やんわりユフィーナ=エルエルを追い返そうとするミシェル。

 いい加減、まともに相手をするのが面倒になってきたのだろう。

 帰ってほしいのは俺も同じなので態々止めたりしないけど。

 追随するようにローリエとエイルもどうぞどうぞと宿の入口の方を示すのだが……。


「いえ、そういう訳には参りません」


 さっさと帰れオーラ全開の中、ユフィーナ=エルエルの口から出たのは、まさかの拒否。

 いいから帰ってくれよ。


「いやだから、お礼は結構だと言っているではないか」


「それでもです。お礼云々を抜きにしても、わたくしにはこの場を離れられない理由があるのです」


「えぇい、ではその理由とやらを教えてくれ」


 苛立たしげに問い質すミシェル。

 ローリエとエイルも訝しそうにしている。

 ユフィーナ=エルエルが帰らない理由とは果たしてなんなのか。

 俺も含めた四対の瞳に見詰められつつ、彼女はすっとこちらを指差し……。


「わたくしはあの方に……マスミ様に生涯お仕えすると決めたからです」


『………………は?』


 何言ってんの?

お読みいただきありがとうございます。

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