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第9話 鮮烈なるデビュー? ~操虫競技大会・予選~

前回のお話……生臭神官に絡まれる

(ユ ゜Д゜)お金貸してー

(真 ゜Д゜)どっかいけー

「好きにやってきな。でも怪我だけはするなよ?」


 そんな指示とも呼べない指示に対して、レイヴンくんは律義に頷いて応えてくれた。

 相変わらずウチの従魔は素直だな。


「貴方様の鍬形兜(スタッグビートル)は相手の方より小さいようですけど、本当に勝てるのですか?」


「さてどうだろう」


 不安そうに訊ねてくるユフィーナ=エルエル。

 その手には俺が投げ付けた銀貨が握り締められている。

 土俵の上で向かい合う二匹の鍬形兜(スタッグビートル)

 片方は俺の従魔たるレイヴンくん。角も含めた全長は15センチ弱。

 成虫の鍬形兜(スタッグビートル)としては小柄な部類だ。

 対する相手の鍬形兜(スタッグビートル)―――名前はジャンボらしい―――の全長は約20センチ。

 横幅もかなり有る為、レイヴンくんと比較した際の体格差は歴然。

 こうして同じ土俵の上で見比べてみると、まるで大人と子供のようだ。

 仮に階級制度が導入されていた場合、いったいどれ程の階級差となるのだろう。


「おいおい、兄ちゃんの鍬形兜(スタッグビートル)は随分と小せぇな。そんなんでよく受付の審査が通ったな」


「まあねぇ」


 実際計量はギリギリだったけど……とは口にせず、適当に言葉を濁して返すと「お二人とも準備はよろしいですか?」とスタッフの若者が確認をしてきた。

 どうやら彼はブックメーカー役であると同時に試合の審判も務めてくれるようだ。


「いつでもどうぞ」


「おうよ、オレもいいぜ」


 俺と対戦相手双方からの返事に頷いたスタッフが「それでは間もなく試合を開始します」と周囲に聞こえるように宣言する。

 段々とテンションが上がってきたのか、レイヴンくんは受付の時と同じようにブンブンと激しく頭を振り始めた。

 アゲアゲである。


『昂っておるようじゃな』


 胸ポケットから僅かに頭を覗かせたニースの言葉に無言で首肯する。

 かなり楽しみにしていたようだからな。

 そりゃあテンションも上がるだろう。


「思いっ切り楽しんできな」


 試合が始まるのを今か今かと待ちわびているレイヴンくんに向け、静かに声援を送る。

 そして……。


「試合……開始ッ!」


 レイヴンくん対ジャンボ―――鍬形兜(スタッグビートル)同士の勝負が始まった。


「オラァ! 行けジャンボォ!」


「そんなチビなんかぶっ潰しちまえ!」


「負けんじゃねぇぞレイヴン!」


「大穴狙いでお前に賭けたんだからなぁ!」


 試合開始と同時に観客達が声を張り上げ、自らが金を賭けた方へと野次紛いの応援を始める。

 そんな野郎共の中に交じって……。


「行くのですレイヴン! 勝つのですレイヴン! 大丈夫。貴方には『タンユ・アバノ』神がついています! だから勝って下さいお願いします今晩のわたくしの晩御飯は貴方に掛かってるのーッ!!」


 余りにも情けない応援をしている自称敬虔な信徒。

 ここまで都合良く名前を使われる神を俺は他に知らない。

 必死過ぎる彼女の姿にギャンブル依存症を疑ってしまう。


「ってかお前、晩飯食うだけの金も残ってなかったのかよ」


「恥ずかしながら」


 素直に俺が渡した銀貨で飯を食うという選択肢はなかったのだろうか。

 ……もうこの女には何も言うまい。

 生臭神官(ユフィーナ)の存在を放置することに決めた俺は、土俵の勝負へと意識を集中する。

 試合こそ開始されたものの、まだ然して状況は動いていない。

 土俵の中央付近にジャンボがどっしりと陣取り、その周囲をレイヴンくんが一定の距離を置いたまま、円を描くようにジリジリと移動している。

 レイヴンくんは賢い。

 俺が何かを言うまでもなく、パワー勝負に持ち込まれてしまった場合、体格で劣る自分が不利であることは理解している筈だ。

 馬鹿正直に真っ正面からぶつかるのは得策ではない。

 だからこその様子見という訳だ。


『まるでマスミのようじゃの』


「そう?」


 俺って戦闘中にこんな動きしてるのか?

 全然自覚ないなぁ。


「……チッ、ジャンボ! さっさと踏み潰しちまえ!」


「おや?」


 相手の隙を窺う為の様子見だったが、どうやらジャンボよりもその主の方に効果があったらしい。

 ほぼ動きのない状況に痺れを切らしたようで、苛立たしげに舌打ちをしている。


「堪え性が無いねぇ」


 こっちにとっては有り難いけど。

 主からの指示を受けたジャンボがのっそりと動き出し、レイヴンくんとの距離を徐々に詰めてきた。

 反対にレイヴンくんは今まで以上の速さで左右へ小刻みに動きつつ、少しずつ後ろへ下がっていく。

 土俵の広さは直径約150センチ程度。

 逃げられる範囲は限られている。

 案の定、僅か一分と掛からずにレイヴンくんは土俵際まで追い詰められてしまった。

 あと5センチも後ろに下がれば場外で敗北だ。

 それを見て、ジャンボに金を賭けた連中がそこだ決めろと更に声を張り上げ、レイヴンくんに賭けた連中はもう駄目だと頭を抱えた。


「ど、どどどっ、どうするんですか!? 追い詰められましたよもう下がれませんよ場外になっちゃいますよ負けちゃいますよ! どうするんですかぁ!?」


「ええい、喧しい! 黙って見てろ!」


 どうするどうすると唾を飛ばしながら俺の肩を激しく揺さぶってくるユフィーナ=エルエルの顔面を押し退け、無理矢理引き剥がす。


「ジャンボッ、そのまま押し出せ!」


 主からの命令を遂行する為、ジャンボが土俵際のレイヴンくん目掛けて全力の突進を仕掛ける。

 動かないレイヴンくん。

 野郎共の野太い歓声と悲鳴が同時に上がり、すぐ傍ではユフィーナ=エルエルが「ギャァアアアアアッッ!?」と年若い娘のものとは到底思えない絶叫を発した。

 どいつもこいつも騒がしいことこの上ない。


「勝手に終わらせるんじゃねぇよ」


 俺が呟いた直後、状況に変化が起きた。

 ジャンボの一本角があとほんの数センチでレイヴンくんを捉えると思われた瞬間、その姿が突如として掻き消えた。

 否、消えたとしか表現出来ない程の速度でレイヴンくんが突進を回避してみせたのだ。

 レイヴンくんは一瞬で側面へ回り込み、攻撃対象を見失ったジャンボは慌てて急停止を試みた。

 半ば突き立てるようにして踏ん張った六本の節足がザザザザッと音を立てて土俵の土を削り、場外ラインギリギリの所で停止する。

 辛うじて場外を免れ、対戦相手の男とジャンボに金を賭けた連中が揃ってホッとしたように息を吐く。

 未だレイヴンくんの姿を見失ったままのジャンボは状況を呑み込めていないのか、不思議そうにキョロキョロと首を巡らせている。

 残念だが、それではきっと見付けられないと思うぞ。

 何故ならついさっきまでジャンボの側面に付いていた筈のレイヴンくんは、もう既に背後へと回り込んでいたからだ。


「レイヴンくん……」


 ―――やっておしまい。

 胸中で俺が告げた言葉を即座に実行へと移す忠実なる我が従魔。

 無防備な姿を晒すジャンボの臀部に自慢の一本角をあてがうと、そのまま全力でグイッと押し込んだ。

 如何に体格差があろうとも、背後から突然加えられた力に隙だらけのジャンボが抗える筈もなく、巨体を支えていた節足の一本が場外ラインを越えてしまった。

 俺を除いた全員の声が『……あ』と重なり、ジャンボも土俵の外へ踏み出したままの姿勢で固まっている。


「イエーイ」


 そんな静けさ漂う周囲を余所に、互いにピースサイン―――レイヴンくんはVの字に大顎を開いている―――を向け合って健闘を称え会う我ら主従。

 暫くして硬直から立ち直ったスタッフが「えっと……し、勝者ッ、レイヴン!」と慌てた様子でレイヴンくんの勝利を宣言するも、状況を呑み込めていないのか、誰一人として反応を示さなかった。

 一人で絶叫していた筈のユフィーナ=エルエルに至っては銀貨を取り落としている始末だ。

 もっと大事に扱え。


「うーむ、華麗な勝利で観客のハートを鷲掴み……って訳にゃあいかなかったか」


 鮮烈と呼ぶには些か地味だったが、まあいいだろう。

 レイヴンくんも試合前の比ではないくらい上下左右に激しく頭を振りまくり、全力で喜びを露にしていることだし。

 何はともあれ初戦突破。

 俺とレイヴンくんのコンビは、こうして無事に操虫競技大会のデビュー戦を勝利で飾ることが出来たのだった。



 【操虫競技大会予選】

 〇レイヴン 対 ジャンボ×

 決まり手:背後からの押し出し

 戦績:一戦一勝0敗

 参加証二枚獲得(合計:三枚)

お読みいただきありがとうございます。

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