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第8話 生臭神官要注意

前回のお話……新キャラ登場(謎神官)

(謎 ゜Д゜)金返せー

(真 ゜Д゜)……

「「……あ」」


 お互いの目と目が合ってしまった。

 自称敬虔な信徒の瞳にロックオンされる俺。

 即座に目を逸らし、回避を試みるも……。


「そこの若干目が死んでいる貴方様!」


 間に合わなかった。

 ていうか誰の目が死んでるって?


「唐突且つ盛大に失礼極まりねぇな、この野郎」


 ヤベ、咄嗟に応答しちゃった。


「失礼。若干目が死んでいる上にそこそこ幸の薄そうな貴方様に訂正させていただきます」


「取り敢えず貴様が俺に喧嘩を売っているということだけはよく分かった。よーし、そこに直れ」


 口は災いの元という有り難いことわざの意味をこの女に拳で教え込んでやる。

 あと幸が薄そうとか、割りと自覚あるんだからほっとけ。


「自己紹介がまだでしたね。わたくしはユフィーナ=エルエルと申します」


 突然自己紹介を始める自称敬虔な信徒改めユフィーナ=エルエル。

 どうやらこの女、俺とまともに会話をするつもりはないらしい。

 話がとことん噛み合わん。

 求む、会話のキャッチボール。


「わたくしは見ての通り、自由と娯楽とお昼寝をこよなく愛する慈悲深き神『タンユ・アバノ』を信奉する神官です」


「えらく俗物的な神様だな」


 自由はともかく娯楽とお昼寝を愛する神っていったいなんだ?

 それが何故慈悲深さに繋がるのかもさっぱり理解出来ん。

 あと見ての通りと言われても、俺はこの世界の宗教事情を何一つ知らない。

 そんな俺に対してなんらかのリアクションを求められても困るぞ。


「俗物的とは失礼ですね。『タンユ・アバノ』は、常にこの世の全ての人々が心健やかに暮らせるよう願っているのですよ。飾らず、驕らず、偽らず、ただ在るがままに生きることを神は望んでおります」


「へー、そうですかー」


 凄くどうでもいい。


「人が人に縛られてはならない。人が従うべきは己自身。汝が欲する心に従え。これこそが『タンユ・アバノ』を信奉する我らスレベンティーヌ正教の教えです」


「その教えは本当に大丈夫なのか?」


 要約すると自分のやりたいことだけやってろって意味だろ?

 自己中の集まりにしか思えんのだが……。

 一通り語り終えて満足したのか、ユフィーナ=エルエルは両の目を閉じると、まるで祈るように胸の前で両手を握り合わせた。

 外見だけは良いおかげか、黙ってそうしている限りは絵になる。


「頼んでもいない自己紹介と説明をどうもありがとう。俺にはよく分からんが、その教えとやらを胸に今後も布教に励んでくれたまえ。それではこれにてさようなら」


 圧倒的なまでの面倒臭さと厄介事の気配。

 これ以上彼女と関わるのは危険だと判断した俺はこの場から離脱するべく、素早く百八十度回転(まわれみぎ)をして駆け出そうとしたのだが―――。


「まあまあ、そう急がずともよろしいではございませんか」


 ―――直前に手首を掴まれてしまった。

 またも俺の判断は遅きに失したようだ。不覚。


「手を離してもらえるかな?」


「これもきっと何かの縁です。もう少しわたくしとお話し致しましょう」


「とことんまで人の話を聞かん女だな」


 会話を望みながらも他者の発言には耳を傾けない。

 どうやらこの女、迷える子羊を導くつもりは毛頭ないらしい。


「教義に従い、わたくしはこれよりわたくし自身が欲する心のままに行動致します。その上で貴方様に一つお願いがございます」


「俺は聞きたくない」


 言ってもどうせ聞かされるんだろうけど……という俺の予想はすぐに現実のものとなった。

 穏やかな笑みと共にユフィーナ=エルエルが口にしたお願いとは……。


「お金を貸して下さい」


 まさかの金の無心であった。

 これは流石に予想外。


「取り敢えず銀貨三十枚程で構いませんので」


「貴様は正気か?」


 銀貨三十枚って、取り敢えずで借りるような金額じゃねぇぞ。

 しかも初対面の相手に金を貸してほしいだなんてよく言えたな。

 本当にどういう神経をしているんだ、この女は。


「わたくしには奪われた路銀を取り返すという重要な使命があるのです」


「奪われたも何もギャンブルでボロ負けしたお前さんが悪いんだろうが」


 なんとも盗人猛々しい発言だが、ここまで堂々と言い切られると逆に感心してしまう。

 見習いたいとは微塵も思わんがな。

 仮にも聖職者がギャンブルするのってどうなんだ?


「逆にお聞きしますが、この国には聖職者が賭け事に興じてはならないという法律でもあるのですか?」


「いや、知らんけど」


「であれば何の問題もございません。スレベンティーヌ正教に神官の賭け事を禁ずるという戒律はございませんので」


 片手を胸に当て、如何にも自信満々な態度でそんなことをのたまうユフィーナ=エルエル。

 なんだろう。神官ってもっと清貧を尊ぶ存在だと思ってたんだけど……。

 この女を見ていると、神官に対するイメージがどんどん打ち砕かれていく。

 俺が内心密かに懊悩していることなど知る由もないユフィーナ=エルエルは、邪気なんて一切ありませんと言わんばかりの笑みを浮かべながら、「という訳でお金を貸して下さい」とこちらに向けて掌を差し出してきた。

 それに対して俺は……。


「貸す訳ねぇだろうが、この生臭神官」


 金の代わりに平手を叩き落としてやった。

 ユフィーナ=エルエルは叩かれた手をさすりながら、不思議そうに俺を見ている。


「なんだその顔は……」


「いえ、何故断られたのかが不思議で」


「逆に何故貸してもらえると思った?」


 やはりこの女は正気ではないのやもしれん。


「そ、そんなッ、ではわたくしはどうやってお金を取り返したらよいのですか!?」


「潔く諦めるという選択肢は貴様の中にないのか?」


 どんな勝負事においても引き際というものは必ず存在する。

 それを見誤ると大抵碌なことにならない。

 そもそもギャンブルで負けた金をギャンブルで取り返そうという発想自体が間違っているのだ。


「嫌です。負けっぱなしは悔しいです。何よりあんな見るからに頭パーな連中だけが良い思いをして、神の忠実な僕たるわたくしが一方的に負けるなんて絶対におかしいです。もしかしたら不正をしているのかも」


「おかしいのはお前の頭の中だ」


 人様を指差して頭パーとか、神官の発言とは思えない。

 ちなみに頭パー発言をされた競技参加者や周りの観客連中はとえば、不満そうだったり悲しそうだったりと反応は様々だが、誰一人として文句を言ってくる様子はなかった。

 不満以上に関わり合いになりたくないという気持ちの方が大きいのだろう。


「とにかく金は貸さん。負けも込んでるんだから、いい加減諦めろ」


「では貴方様がわたくしのお金を取り返して下さい」


 ……は?


「俺が取り返す?」


「その肩の上に乗っているのは鍬形兜(スタッグビートル)ですよね? 即ち貴方様も競技の参加者ということ」


「いや、まあそうだけど」


「わたくしはお金を取り返したいのに、貴方様は止めろと仰る。当然わたくしは納得出来ません。であればわたくしの代わりに貴方様に取り返していただく他ございません」


「いや待て、その理屈はおかしい」


 何をどうしたらそんな結論に至るんだ。

 先程までは辛うじて会話が成立していた筈なのに……段々頭が痛くなってきた。

 今更だけど、興味本位で近寄るんじゃなかったな。


「悪いけど俺は―――」


 と断ろうとしたのだが、先の試合で勝利した男から「いいじゃねぇか。一丁やろうぜ兄ちゃん」と嬉しくないお誘いを受けてしまった。

 笑顔で手招きをしているが、明らかにその目は笑っておらず、この女が原因で溜まった鬱憤を俺で晴らそうとしているようにしか見えなかった。

 正直面倒臭いのだが、周りの観客共もいいぞやれやれと囃し立ててくる所為で非常に断り辛い雰囲気になってしまった。


「うーむ、どうしたもんだろうなぁ、レイヴンくん?」


 ―――ガチガチガチガチガチガチガチガチッ!


「あぁ、君はやる気満々な訳ね」


 肩のレイヴンくんに目を向けてみると、尋常じゃない勢いで大顎を鳴らしまくっていた。

 やってやるぜ! という熱意がビンビン伝わってくる。

 これは流石に断れないかなぁ。


「ウチの相棒もやる気みたいだし、一つお手合わせ願おうかね」


「いよぉしっ、そうこなくっちゃな!」


 俺からの了承を受け、善は急げとばかりに選手―――鍬形兜スタッグビートルを虫籠から出し始める対戦相手の男。

 それを見て周囲の観客共も沸き出し、大会スタッフの若者が次なる賭けの準備を始める。

 一本角を突っつきながら出番だぞと告げれば、レイヴンくんはカチンッと一際大きく大顎を打ち鳴らし、背中の翅を震わせて肩から飛び立った。

 そのまま俺の頭上をくるりと旋回した後、ゆっくりと自ら土俵の上に降り立ってみせた。

 まるでプロの格闘家を彷彿させるパフォーマンスに観客の野郎共がさらに沸き立つ。

 あの女が切っ掛けみたいで、ちょっと(しゃく)だけど……。


「何はともあれデビュー戦だ。楽しんでこいよ、レイヴンくん」


 そう言葉を掛けると、レイヴンくんは任せろと言わんばかりにもう一度大顎を打ち鳴らした。







「あのぉ、元手になるお金がないんですけど……」


「……もう好きに使ってくれ」


 ユフィーナ=エルエルの顔面に向けて一枚の銀貨を投げ付けてやった。

 もうヤダ、この生臭神官。

お読みいただきありがとうございます。

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