第7話 触らぬ神に触らなくても祟られる話
前回のお話……新装備ゲット
(真 ゜Д゜)大人買い!
『随分と機嫌が良さそうじゃの』
「んー、そんな風に見えるか?」
ポケットから顔の上半分だけを覗かせたニースに問い返すと、「顔がニヤけておるぞ」と指摘された。
思わず自分の顔に手を伸ばして頬や顎を撫でてみる。
そんなに笑ってたかね?
『玩具を買ってもらって上機嫌な子供のようじゃったよ』
そんなに?
流石にそれはちょっと恥ずかしいな。
何度か軽く頬を叩いて表情を引き締めた後―――多分引き締まったと思う―――作業を再開する。
『マスミが持っておる銃とは随分違うようじゃが、そんなものが本当に役に立つのか? この国では大して流通しておらぬと店主も言っておったではないか』
「さて、役に立つかどうかは実際に試してみなきゃなんとも言えんなぁ。だけどまぁ、俺にとっちゃ充分価値の有る代物だよこいつは」
そう告げた俺は作業の手を止め、分解した銃―――蚤の市で購入した二丁の銃をパーツ毎にテーブルの上に並べた。
『何故バラバラにする必要が有るのじゃ?』
「フィールドストリップ。銃器をメンテする為に分解することをそう呼ぶんだけど、今回の場合はメンテじゃなくて異常の有無を確認することが目的かな」
どちらも空撃ちによる動作確認は行ったのだが、こういった点検作業はやり過ぎるくらいで丁度良いのだ。
いざ使用する段階になってから不備が発生しては目も当てられない。
一通りの確認は終えたので、あとは何処か人の迷惑にならない場所で実弾の試射をするだけだ。
「早く試したいなぁ」
『楽しそうじゃの』
「実際楽しい」
と返しつつ、分解した銃を組み立て直す。
買い物を終えた後、俺は中央広場の外れの方へ移動した。
休憩所代わりなのか、何組かのテーブルと椅子が設置されており、女性陣と合流するまでの間、この場で時間を潰すことにしたのだ。
ただ待っているだけでは手持ち無沙汰なので、購入したばかりの銃の点検を行っていたところである。
今のところ俺以外には利用者も居ない為、ニースとも話し放題。
レイヴンくんは俺の手元をジーッと見詰めたまま、身動ぎ一つしていない。
「組み立て完了っと」
『早いのぅ』
「それが中折式の強みだからね」
構造が単純故に比較的容易に整備可能な上、ボルトアクションやポンプアクションなどといった他の作動形式の銃よりも安価で生産することが出来る。
弾倉を採用していない単身銃なので、連射出来ないという難点はあるものの、まあ贅沢は言えまい。
人目が無いのをいいことに遠慮なく〈顕能〉を発動させ、組み立て終えた銃二丁を空間収納の中にしまい込む。
「気前の良い親父さんだったなぁ」
今回の買い物、中折式の単身銃二丁と専用の弾薬数十発。
締めて銀貨二十枚という超お手頃価格で売ってくれたのだ。
魔物という脅威が身近に存在するこの異世界、身を守る為の武器は当然のように値が張る。
安物の鉄剣ですら銀貨数枚は当たり前のようにするのだから、コスト面に問題を抱える銃器がこんなに安く購入出来る筈がないのだ。
本来ならば……。
「どうせこのまま置いといたって誰も買ってくれやしねぇんだ。だったら在庫処分に貢献してくれる兄ちゃんに纏めて安く売った方がまだマシだと思ってよ」
そもそも蚤の市であんまり高く商品を売るのは御法度だからなと、店主は笑いながら銀貨二十枚で構わないと言ってくれたのだ。
折角の好意を無下にするのも申し訳なかったので、遠慮なく甘えさせてもらうことにした。
「ウチの女性陣との合流まで……まだ三十分もあるか」
『こっちの買い物はあっという間に終わってしまったからの』
「掘り出し物が予想外に早く見付かっちまったからな」
移動する途中で購入しておいた果実水をチビチビと飲みつつ、余った時間をどう過ごすべきか考えていた時、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
はて何事だろうと首を巡らせてみれば、今俺が居る休憩所から20メートル程離れた場所に人混みが出来ているのに気付いた。
『騒がしいのぅ。いったい何事じゃ?』
「さてね、ちょっと見に行ってみるか」
人混みの方に近付いてみると、そこでも虫相撲―――鍬形兜の力比べが執り行われており、丁度勝敗が決まったところらしい。
騒ぎの原因はこれだったか。
「相変わらずの人気だねぇ……ん?」
競技参加者が試合に興じる傍らで金銭の受け渡しをしている者達がいる。
悔しそうな顔で渋々金を支払う者。
満足げな笑みと共に金を受け取る者
もしやこれは……。
「賭けでもしてたんか?」
『そのようじゃの』
どうも対戦結果を予測する賭けが行われていたようだが、競技を賭けの対象にするのは問題ないのだろうか?
なんて内心首を傾げている内に次の試合が始まってしまった。
それと同時に賭けも再開となり、周りのギャラリーが現金をベットしていく。
俺は近くに立っていたブックメーカー役っぽい若者に話を聞くことにした。
「ちょっといいかね?」
「はい、何かご用でしょうか?」
「なんか賭け事してるみたいだけど、これって大丈夫なの? 主催者に怒られたりしない?」
「大丈夫ですよ。賭博行為は主催者である貴族様や大会本部も公認しておりますから」
本戦の時にはもっと大々的に行われますよと説明してくれる若者も大会スタッフの一員らしい。
元の世界でもトトカルチョ―――所謂サッカー賭博があったくらいだから大した問題でもないのか。
「そもそも俺が心配するようなことでもないんだけどね」
などと言っている内に片方の鍬形兜が土俵の外に押し出されるという形で勝敗が決した。
喜ぶ勝者と嘆く敗者。
野郎共の野太い歓声と嘆声が飛び交う中……。
「あーッ、また外れましたよコンチクショー!!」
ただ一人だけ交じっていた女性が頭を抱えながら絶叫していた。
『なんじゃ、あの騒がしい娘は?』
「俺が知る訳なかろうに」
あと今は周りに人が沢山居るんだから、あんまり大声で喋っちゃ駄目よ。
注意の意味を込めて胸ポケットを指先で軽く叩いた後、今尚絶叫を上げ続けている女性の方に目を向ける。
年の頃はおそらくミシェルやローリエとそう変わらないと思う。
二十歳に届くかどうかといったところだろう。
自身の両手でグシャグシャにかき乱されている髪は、色素の薄い亜麻色のセミロング。
瞳の色は緑色だが、こちらも若干色素が薄いように思えた。
身を包む衣装は、白を基調とした法衣あるいは神官服とでも言うのだろうか。
ローブのようなゆったりとした上衣の胸元や袖口には、なんらかのシンボルを思わせる刺繍が施されており、下はスリットの入ったロングスカートだ。
衣服とセットなのか、頭の上には同じような刺繍の入ったベレー帽が乗せられている。
あれだけやって何故落ちないのかが不思議だ。
「これで八連敗ですよムキーッ!」
二択でそこまで連敗するのも珍しいな。
ていうかそんなに負けが込んでるならもう止めておけよ。
「まさか本当の聖職者ってことはないよな?」
『そんな馬鹿な』
「敬虔なる信徒のわたくしめを、神は何故お救いにならないのかッ!? 金返せーッ!!」
そのまさかだった。
こんなのが敬虔な信徒だなんて……崇められている神が憐れでならない。
「信徒からの返金に応じる神が存在するなら、ちょっと見てみたい気もするけど……」
そんな神が存在する筈なかろうとニースが呆れたように息を吐く。
神聖感皆無だもんな。
そもそも本当に敬虔ならば、崇めるべき神に金銭を要求するなと言いたい。
ちなみにその自称敬虔な信徒は、歌舞伎の公演よろしく「ぬおーッ!」と叫びながら髪を振り乱すというただの危ない人と化していた。
黙っていれば結構な美人さんだと思うのだが、イカれた言動で何もかもが台無しになっている。
周りに居た筈の野郎共も彼女からは距離を置いていた。
正しい対応だと思う。
「取り敢えず俺らもズラかろう」
『それが正解じゃな』
触らぬ神になんとやら。
こんな危ない女性と関わり合いになるのは御免である。
さっさとこの場から退散しよう……という俺の判断は遅きに失した。
何故ならば……。
「「……あ」」
自称敬虔な信徒と目が合ってしまったからだ。
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