第13話 歩いて握ってドロップキック
歩きながらポツリと一言。
「口の中が痛い」
「自業自得だ」
返す言葉もございません。
お食事中の方はお騒がせして申し訳ありませんでした。
白き聖剣を手に黒き魔王へ挑んだ深見真澄でございます。
討つべき敵を前にして逃げてなるものかと、勇気を振り絞って戦いに臨んだまでは良かった―――良かったのか?―――のですが、結果は惨敗。
黒き魔王の圧倒的な硬度の前に、我が白き聖剣は全くの無力。
傷付いた勇者は無様な姿を晒して力尽きた……駄目だな。
それっぽいモノローグでも入れておけば少しはマシになるかと思ったが、自分でやっててアホらしくなってきた。
黒パンに口腔内を蹂躙されて悶絶する俺に出来ることは、痛みが過ぎ去るまでただひたすら我慢する以外になかった。
口の中が血だらけだったのでうがいもしたのだが、当然のように沁みて痛かった。
そんな俺の様子に呆れているミシェル。
恥ずかしくてちょっと泣きたくなった。
ローリエにいい子いい子と頭を撫でられた時は別の意味で泣きたくなった。
……でもちょっと嬉しかった。
イイ年して情けないとか言わないように。
黒パン?
あんなのスープに浸ければ楽勝よ。
そうして暫し時間が経ち、現在は森の中を三人纏まって移動中。
食事を終えて軽い打ち合わせをした後、昨夜ゴブリンの群れが現れた牧場側から森に入ったのだ。
亡骸は入ってすぐの所に放置しておいたのだが、こちらはこちらで美味しくいただかれたようで、十三匹分綺麗さっぱり無くなっていた。
残っているのは血痕のみ。
これを見るとゴブリンなどよりも余程危険な生物が生息しているように思えてならない。
恐るべし異世界の森。
森に入った目的はゴブリンの住処の調査と残党狩り。
昨夜仕留めた分が全部とは限らない。
住処を見付けてゴブリンの全滅を確認しないことには、村のみんなも安心出来ないだろう。
仕事は最後まで責任を持ってやりましょう。
社会人の基本です。
それにしてもこの森、中々に広大である。
召喚されたのか、あるいは本当に迷い込んでしまったのかは未だに不明だが、俺が最初に立っていた―――今後は始まりの地とでも呼ぼう―――あの開けた場所まで続いているというのだから、その広さは推して知るべし。
何しろあそこから村に着くまで一時間以上は歩いた。
そんな森の中を闇雲に歩き回ったところで、いたずらに疲労するだけだ。
目的を達成する前に日が暮れてしまう。
なのでまずはゴブリン共の移動経路を探すことにした。
これだけの樹木や草花が密生している森を集団で通って来たのなら、何かしらの痕跡が残されているに違いない。
その痕跡を辿ることさえ出来れば、何れは連中の住処も発見出来る筈。
食料を略奪する為だけに態々遠出をするとは考えられないので、まず間違いなく住処は徒歩圏内にある……なんて感じのことを話したら、何故か二人はポカンとしていた。
ついでに何故か拍手された。
何その顔?
そして何その拍手?
「まさかとは思うけど、何の当てもなく探し回るつもりだった訳じゃ……ないよね?」
「「……」」
揃ってそーっと目を逸らすミシェルさんとローリエさん。
大丈夫か、冒険者。
もしも残党がいた場合、森の中を探索していれば向こうから勝手に現れるだろうと考えていたらしい。
完全に釣りだよな。
但し、餌は自分で釣れるものはゴブリンという何の得にも腹の足しにもならない釣りである。
確かにそれも一つの手だとは思うけど、初っ端から自分の身を危険に晒す方法を選択するのは如何なものかと思う。
冒険者ってみんなこうなのか?
もっと確実な方法で探索しようということで、俺の提案は素直に受け入れられた。
「マスミは頭が良いな」
ミシェルに感心されてしまった。
森の中に潜む相手を探すために痕跡を辿るなんてのは、割りとありふれた手段だと思うけど。
「普通だ普通。別に俺じゃなくたって誰でも思い付くよ」
適当に返しながら、額に滲んだ汗を服の袖で拭う。
身軽な装備とはいえ、森に入ってから既に二時間近くも経過しているのだ。
汗の一つもかくだろう。
魔物が出る森で夜を明かすつもりはないので、動き易さを重視して持ってきた荷物は最低限。
腰のベルトにポーチやナイフ等を取り付け、ボディーバッグを襷掛けにしている。
バックパック等大型の荷物は空き家に置いてきた。
ミシェルとローリエの装備は昨日と変わらない。
山や森といった自然の中での行動は、平地を歩くのとは比べ物にならないくらい体力を消耗する。
ペース配分を考え、余裕がある内に適宜休憩を取ることが大切になってくる。
「ゴブリンの残党にだけ気を付けておけばいいもんでもないしな」
地球の森にだって人を襲う獣や毒虫は無数に存在するのだ。
それよりも遥かに危険な魔物が生息している異世界なら言うに及ばずだろう。
「くそ、見付からねぇな」
ゴブリン共の痕跡を見付けるために注意深く辺りを探っているため、体力だけではなく精神的にも疲労してくる。
見落としがあったら困るので移動もゆっくりだ。
当然、探索の範囲もあまり広がらない。
生い茂った木々に阻まれて日光が満足に差し込んでこない所為か、森の中は全体的に薄暗く、それがまた探索の足を鈍らせるのだ。
頑張れ太陽。
「そういえば昨夜の襲撃もマスミさんの予想通りでしたよね。どうして分かったんですか?」
「んー?」
どうしてと訊ねられても特に何か難しいことをした訳ではない。
前回、村が襲われた時の状況や二人に教えてもらったゴブリンの生態やらなんやらを照らし合わせて推測したに過ぎない。
ゴブリンは基本的に夜行性で昼間に活動することは少ない。
だが俺は村から離れた場所で、しかもまだ明るい内から奴らに遭遇した。
略奪ばかりを繰り返している魔物だ。
大方食料が無くなり空腹だったから、何か食える物でも探していたとかそんなところだろう。
では何故食料があると分かっている村を襲わなかったのか。
ゴブリンは身勝手で執念深いが基本は臆病だ。
だから村人が起きている昼間の時間は襲撃を躊躇う。
頭数が少ないのなら尚更だ。
故に夜を待った。
前回の被害は牧場の牛一頭と柵の一部を破壊されただけで、牧場にはまだ多くの家畜が残っている。
でも他の食料は何処にあるのか分からない。
だからまた同じ場所を狙う。
理性よりも本能優先で生きている魔物なら、短絡的な行動を起こすのではないかと考えたのだ。
あとは罠を張って待ち構えておくだけ。
結果、見事奴らは罠に嵌ってくれた。
「仮に迂回されても俺の双眼鏡だったら遠くにいても見えるからね。周辺に目を飛ばしておけば、森から出てきたところをすぐに発見出来ると思った訳よ」
地面に目を向けたままローリエの質問に答える。
不自然なまでに踏み荒らされた箇所が有るのを発見した。
よしよし、こっちの方向で当たりだな。
確実に目標まで近付いていると分かって一安心……なんて思っていたら、いきなり手を掴まれた。
「凄いですマスミさん! あの限られた情報と少ない時間の中でそこまで推測されていたなんて。森での探索も的確ですし、まるで偉い学者さんのようです!」
「マスミは頭が良いな」
ローリエがガッチリと俺の手を握りながら、大きなおめめをキラキラさせている。
おぉう、なんという輝き。
そんなに綺麗な瞳で見詰めないでおくれ。
おじさんキュンキュンしちゃうから。
変な気持ちになってきちゃうから。
イイ年してドギマギしている俺。
手を離さなければ、目も離してくれないローリエ。
アホの子みたいに同じ台詞を繰り返すミシェル。
そして背後から聞こえてくるガサガサという物音……物音?
音に反応して振り向けば、近くの茂みが揺れていることに気付いた。
いったい何が出てくるのやらと三人並んで待ち受ける。
しばらくガサガサした後、ひょっこりと出て来たのは……。
―――ゴブリンだった。
「「「……」」」
「……」
見詰め合う俺達とゴブリン。
「「「…………」」」
「…………」
―――そして時は動き出す。
「先手必勝ぅぅ!」
「GYA!?」
時が止まったまま動けずにいたゴブリンの顔面に低空ドロップキックをブチかます。
小柄なゴブリンは、あっさりと茂みの向こうに吹っ飛んでいった。
やべっ、飛ばし過ぎた。
逃げられてなるものかと急ぎ茂みを掻き分けて進めば、ゴブリンは茂みを抜けて3メートル程の所で、蹴られた顔面を押さえながらゴロゴロと地面の上を転がっていた。
即座に俺を追い抜いたミシェルが鞘から長剣を引き抜き、転がっているゴブリンの身体に刃を突き立てる。
ビクッと一度だけ身体を震わせ、ゴブリンはそのまま動かなくなった。
「あー、びっくりした」
「私はお前の突然の奇行に驚いた」
「いきなり叫ばれましたからね」
奇行とは失礼な。
先手を取って攻撃しただけなのに。
魔石の抜き取り作業を速やかに終わらせ―――ミシェルがやってくれた―――今仕留めたゴブリンが出てきた方角に足を進める。
歩いて五分も経たない内に異臭が鼻を突くようになってきた。
腐敗臭と糞尿臭を混ぜ合わせ、何倍にも濃度を高めたような強烈な悪臭。
その中にあっても感じられる鉄錆のような血の臭い。
間違いない。ゴブリンの臭いだ。
しかもこの悪臭、一匹二匹で済むようなものではなさそうだ。
現代日本ならば公害認定待ったなしだろう。
不快感に顔を顰めながらも進み続ければ、徐々に視界も開けてきた。
木々が少なく、ちょっとした広場のようになっている空間。
ゴツゴツとした剥き出しの岩壁。そこにぽっかりと口を開けている洞窟。
遮るもののなくなった太陽の光すら洞窟の内部までは届かず、その奥の闇を見通すことは叶わなかった。
悪臭も一層強くなり、いい加減鼻がおかしくなりそうだ。
吐き気を催しそうな程、不快で気持ち悪い。
「でもまあ、苦労した甲斐はあったな」
俺達はようやくゴブリン共の巣穴に辿り着いたのだ。




