第2話 賢いあの子と幼いあの子
前回のお話……平常運転なパーティ
(ミ ゜Д゜)ガミガミガミガミ
(ロ ゜Д゜)クドクドクドクド
(エ ゜Д゜)ガ~ミ~ク~ド~
(真 ゜Д゜)…………(寝たい)
丁寧に成形された石材を積み上げて築かれた建物―――石造建築が幾つも並んだ通り。
その通りの中で最も大きな建物の前に俺達は馬車を停めていた。
正面の出入口には木製の看板が掛けられており、そこには大陸共用語で「セドム商会」という単語が刻まれている。
「こちらが依頼の品になります。確認をお願いします」
「……ええ、はい確かに。リンデル産の葡萄酒が全部で二百本。間違いありませんね。ありがとうございます。いやぁ、それにしても驚きましたよ。まさかラズリー伯爵の御息女が冒険者をなされているとは」
「一応、父からの許可は得ております」
商会の前でミシェルと向かい合って会話をする恰幅の良い中年男性。
ミシェルと顔見知りらしいこちらの男性は、俺達の目の前にあるセドム商会の代表。
所謂会頭さんらしい。
人の好さそうな笑みを浮かべ、まるで親戚の娘に向けるような目でミシェルのことを見ている。
「伯爵家とは先代の頃から付き合いがあって、旦那様や大旦那様からの信頼も厚い方なんですよ。決して阿漕な商売はされないということで、一部では有名だとか」
商人なのでお金に厳しい面はありますけど、と付け加えるローリエに馬車へ寄り掛かったまま頷きを返す。
普段とは異なる余所行きの口調とお澄まし顔で会話を続けるミシェルを眺めていると、彼女はやはりお嬢様なのだなぁと痛感させられる。
「服装が変わってもってか、俺にとっちゃ冒険者の方が見慣れてる筈なのにな」
思わずそんな益体もないことを考えてしまう程、屋敷で目にした彼女のドレス姿が印象的だったのかもしれない。
次にまた実家に帰省するまで、あの姿はお預けとなる訳か。
「写真の一枚でも撮っとくんだったかなぁ」
「何が~?」
「いや、こっちの話」
隣で同じように馬車に寄り掛かっていたエイルが不思議そうに首を傾げた。
そちらになんでもないと手を振り返しながら、馬車の後方に目を向ける。
会頭さんの指示を受けた下働きの少年らが、葡萄酒のボトルが入った木箱を馬車から降ろし、ヒィヒィと荒い息を吐きながら店内へと運び入れていく。
見たところ、年齢は全員ステフと同じか少し下くらい。
木箱だけでもそれなりの重さがあるのに、中には葡萄酒のボトルが何本も詰め込まれているのだ。
まだまだ身体の出来上がっていない少年らにとっては、相当な重労働になるだろう。
俺達は空間収納に全部纏めて突っ込んで来ただけなので、少年らには悪いが何の苦労もしていないのだ。
「重かろうに。少年よ、大丈夫かね?」
「え? あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
汗だくながらも、気丈にそう返事をする下働きの少年。ええ子や。
先程ちょっとばかり荷運びを手伝って上げようとしたらローリエに止まられてしまった。
「マスミさんの気持ちは分かりますけど、手を貸してはいけませんよ」
「なんで?」
「彼らの仕事を奪うことになるからです」
ローリエ曰く、この少年らは単なる商会の従業員ではなく、徒弟として働いている下働きなのだそうだ。
給与が殆ど出ない代わりに衣食住が保証され、商人としての「イロハ」を会頭さんや先輩商人から教わることが出来るのだとか。
江戸時代に多かった丁稚制度みたいなものかね?
「彼らにとっては仕事であると同時に修行でもあるんです。たとえちょっとしたお手伝いのつもりでも……」
「学びの機会を奪ってしまう上にあとで会頭さんらにもドヤされるって訳か」
良かれと思ってやった行為が、結果として彼らの邪魔になってしまうと。
なんとも儘ならんものだ。
でもまあ……。
「あとでお友達と一緒に食べな」
と少年の一人に人数分の飴玉をこっそり手渡す。
驚く少年に「会頭さんには内緒ね?」と口止めをしておくのも忘れない。
少し悩む素振りを見せた後、少年はペコリと頭を下げ、下働き仲間の元へと向かった。
「差し入れくらいなら問題無いでしょ?」
念の為に確認したが、ローリエは「しょうがないですねぇ」と微苦笑を浮かべるだけで、それ以上は何も言ってこなかった。
どうやら差し入れ程度なら許してもらえるようだ。
「あ、終わったみたいだよ~」
エイルの声に振り向けば、会頭さんから何やら書面らしき物を受け取ったミシェルがこちらに戻ってくるところだった。
「お疲れさん」
「うむ、これで父様から請けた依頼は完了だ。ギルドへ報告に行こう」
「あいよ」
ミシェルの言葉に頷いた俺達は馬車に乗り込み、この街のギルド支部へと向かうことにした。
リンデル出発の前日、俺達はラズリー伯爵からある依頼を請けた。
内容はリンデル名産の葡萄酒を取引先の商会へ届けてほしいというもの。
既にお分かりかもしれんが、その取引先というのがセドム商会であり、俺達が次なる目的地をセクトンに決めた理由でもある。
形式上ではあるが、ギルドを通しての正式な依頼―――ラズリー伯爵からの指名依頼の為、ギルドへの報告義務が発生する。
「『指定商会への納品』ですね。確認致します」
セクトンの冒険者ギルドに到着後、ローリエとエイルを馬車の見張り―――盗難防止―――として残し、報告には俺とミシェルの二人だけで行くことになった。
会頭さんから渡された依頼完了の証明書をミシェルから受け取った受付嬢が中身に目を通す。
「……問題ありませんね。お疲れ様です。これにて依頼は完了となります。報酬をご用意致しますので、ホール内でお待ち下さい」
笑顔で告げてくる受付嬢に了解しましたと返したら、「それにしても凄いですね」と何故かいきなり感心されてしまった。
「何がです?」
「今回の依頼ですよ。高位の冒険者さんやパーティでもない限り、貴族からの指名依頼なんて普通は有り得ませんよ」
「まぁ……色々とご縁がありましてね」
今まさに貴方の目の前にも貴族がおりますよと告げた場合、彼女はどんな顔をするのだろう。
ちなみにリアル貴族であるミシェルは微妙に複雑そうな顔をしている。
ご縁も何も実際は親父さんから頼まれたお使いみたいものなのだ。
一応、依頼の体を取ってはいるものの、実力や実績で手に入れた繋がりではない為、ミシェルの気持ちとしては色々と複雑なのだろう。
「えっと……そういえば肩にくっ付いているのって鍬形兜ですよね? 貴方も大会に出場されるんですか?」
触れてほしくなさそうな空気を察したのか、受付嬢がやや強引に話題を変更した。
取り敢えず内心でグッジョブと彼女を褒めておく。
「大会っていうと、例の鍬形兜同士を競わせるヤツですか?」
「はい、正確には操虫競技大会と呼ばれています。ここ数年は鍬形兜以外の魔物の競技も注目されているんですよ」
「ほぅ、それは初耳」
どうやらメリーから教えてもらった情報は少々古かったらしい。
聞けば、件の操虫競技大会には複数の種目が存在するらしく、各種目ごとに参加出来る個体が決まっているのだそうだ。
鍬形兜であれば、取っ組み合いの力比べに参加出来るとのこと。
やっぱり虫相撲だった。
「他にも非竜蜻蛉による飛行競走や硝子飛蝗による跳躍比べなどがありますよ」
「トンボに、バッタねぇ」
最早名称に対して俺はツッコまないからな。
「その大会ってどうやったら参加出来るんですか?」
「ギルドを出てすぐの通りを進むと大きな広場に出ます。この街の中央広場です。そこで大会参加の為の受付がされている筈なんですけど……」
「中央広場ですね。ありがとうございます」
受付嬢に礼を告げると共に用意出来た報酬を受け取る。
渡された革袋はかなりの重さだった。
どうやらラズリー伯爵が色を付けてくれたようだ。
ありがたや。
「ほれミシェル、行くぞ」
「う、うむ」
未だ難しそうな顔を浮かべているミシェルを促し、ギルドを後にする。
馬車で待つローリエとエイルの元へ向かう途中……。
「マスミ、大会とやらには参加するのか?」
「んー、興味はあるけどねぇ。どうする? 出てみるか?」
肩の鍬形兜に訊ねてみたところ、勢いよくパカッと大顎を開き、そのままの状態で固まってしまった。
「これは……何をしているのだ?」
「考え中、とか?」
なんとなくそんな気がする。
従魔の契約を結んだ影響なのか、思考そのものが伝わってくる訳ではないものの、ある程度の意図や感情なら理解出来るようになった。
しばらくおーいと呼び掛けながら角をツンツンしていると、まるで咥えるようにパクッと大顎で指を挟まれた。
「お、おいっ、大丈夫か?」
突然の行為に驚いたミシェルが慌てて鍬形兜を引き剥がそうとしたので、心配ないと言って止めさせる。
俺の指を挟んだまま放そうとしない鍬形兜。
その小さな目をジーッと見詰める。
「……出るってさ」
「出るって大会に? えっ、そいつが答えたのか?」
「多分そんな気がする」
実際、俺が出ると口にした途端、挟むのを止めてくれたので間違ってはいないと思う。
だからミシェルよ、そんな胡散臭そうな目で見てやるな。
こいつは見た目より賢いんだぞ。
「なんだか威嚇されているような気がするのだが……」
「威嚇してるな」
自分へ向けられる目が気に食わなかったのか、ミシェルに対してガチガチと大顎を鳴らしてみせる鍬形兜。
どうどう、落ち着きなさい。
そしてミシェルよ、対抗するように睨み付けるんじゃない。
「子供か、お前は」
「自分でもよく分からんのだが、無性にイラッとするのだ」
「なんだそりゃ」
唸り声まで上げ始めたミシェルの背中を押し、ローリエ達の元へと急ぐ。
勿論、鍬形兜を宥めるのも忘れない。
「落ち着け落ち着け。あんまり興奮するなって」
囁くように呼び掛けながら角を撫でてやる。
暫くそうしていると、徐々に落ち着きを取り戻してきたようで威嚇行為を止めてくれた。
「よしよし、良い子だ。その元気は大会まで取っておこうなぁ」
子供に言い聞かせるような感覚で告げてやれば、分かったと言わんばかりに一度だけ大顎をカチッと鳴らした。
従魔の反応に気分を良くした俺は、ペットを溺愛する人に内心で共感を示しながら、ミシェルの背中を押し続けた。
やっぱりウチの子って賢いわぁ。
「おいマスミ、どうせ撫でるならそんな奴よりも私を撫でろ」
「子供か、お前は」
……ウチの子って幼いわぁ。
お読みいただきありがとうございます。




