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第25話 約束と報酬 ~ミシェルとステフ~

前回のお話……ローリエの昔話

(ロ ゜Д゜)お入りやす


~~扉~~

Σ(´Д`ミ)

Σ(´Д`ス)

「折角ですし、本人の口から語っていただきましょうか」


 後ろを振り返ったローリエが部屋の扉、その僅かに開かれた隙間から覗いている赤茶色と蜂蜜色に向けて、「そろそろ中に入られたら如何です?」と呼び掛けた。

 ビクッと露骨な反応を示す赤茶色と蜂蜜色だったが、それ以上動く様子はない。

 逃げもしないが、入ってもこない。


「……ミシェル?」


 ―――ビクッ(赤茶色)


「……ステフ?」


 ―――ビクビクッ(蜂蜜色)


 やはり反応は示すものの、そこから動こうとはしなかった。

 いったい何をしに来たんだこの子達は?

 姉妹が動こうとしないその隙に、ニースは枕の裏へと姿を隠した。

 今更な気もするけど、まあいいか。


「二人はいつからあそこに居たの?」


「マスミさんが寝てるエイルさんのおっぱいを―――」


「やめて止めてそれ以上言わないで」


 恥ずか死んでしまう。

 そんなに前からあいつら居たのかよ。

 さっさと部屋に入って……こなくて正解だったな、うん。

 でもそろそろ入ってもらおうか。


「お二人さんよ、んなトコにいつまでも居ないで中に入ってきたらどうだ?」


「いや、でも……」


「ぶっちゃけ気になって仕方ない。ってかなんで姉妹揃って覗き見(デバガメ)してんだよ?」


「その、なんだか二人が真面目な話をしているように見えたから、邪魔をしては悪いかなぁと思って……」


 入るに入れなかったという訳か。

 何か物申してやろうかとも考えたが、姉妹揃って申し訳なさそうに眉根を下げている姿を見せられては、流石に注意する気も失せてくる。

 一つ溜め息を吐いた後、手招きをして姉妹を部屋の中へ招き入れることにした。


「変な気ぃ回さんでもいいから早ぅ入ってこい」


 ミシェル、ステフの順にお邪魔しますと恐る恐る入ってきた二人は、ローリエの隣へ並んで立った。

 直ぐ様、二人の分の椅子をローリエが用意する。

 この部屋にそんなに椅子あったか?


「そんで二人は何をしに来たんだ?」


「何をしに、とはご挨拶ね。マスミの様子を見に来てあげたのに」


 俺の質問がお気に召さなかったらしいステフが不満そうに頬を膨らませたものの、全然怖くなかった。

 むしろ存外に子供っぽいその仕草が微笑ましく思える。


「悪い悪い、そんなにむくれるなって。折角の可愛い顔が台無しだぞ」


 ベッドの上で身を起こし、ステフの頭にポンと手を乗せる。

 綺麗に整えられた長髪はサラサラで触り心地が良い。

 髪が乱れない程度の力加減で撫でてやると、ステフは気持ち良さそうに目を細めた。

 愛い奴め。しばらくそうしていると、ステフの隣に座ったミシェルがコホンと咳払いをした。


「マスミよ、如何に親しい間柄とはいえ、乙女の髪に気安く触れるのはあまり褒められた行為ではないぞ」


「おっと失礼」


 もっと触っていたい気もしたが、お姉様からの物言いが入ったのでこれ以上は止めておこう。

 手を離すとステフの口から「あっ……」という名残惜しそうな声が漏れたが、努めて意識しないようにした。


「心配させて悪かったな。ご覧の通りピンピンしてる……とは言えないけど、まあ大丈夫だよ」


「そうか。大事ないなら、それでいい」


「そうそう、だからお前さんも遠慮なく語っておくれ」


 俺の発言に対してミシェルが訝しげな表情をする。


「語れとは、いったい何についてだ?」


「ローリエとの出会いの瞬間」


「ローリエとの出会いって……あ」


 何を語ってほしいのか思い至ったらしい。

 ところがミシェルは僅かに表情を曇らせると、困ったように「うーん」と唸り始めた。

 はて、何か喋っちゃマズいことでもあるのかしらん?


「それ、言わなきゃ駄目か?」


「駄目とは言わんが、なんぞ喋りたくない理由でもあるんか?」


「そういう訳ではないのだが、その……」


 と口ごもった後、ミシェルはプイッと横を向いて「……恥ずかしい」と呟いた。

 頬の染まり具合から見て、どうやら恥ずかしいのは本当らしいが、なんで?

 ローリエと二人、お互いの目と目を合わせ、視線だけでやり取り(アイコンタクト)をする。


 ―――何か恥ずかしい話なの?


 ―――いいえ、まったく。


 ローリエは恥ずかしい話ではないと言うが、だとすればミシェルのこの反応はいったいなんだ?

 二人の感動の出会いなんじゃないの?

 ミシェルはさっきからずっと横を向いたままで、いつまで経っても答えてくれる様子がない。

 さてどうしたものだろうかと内心で首を捻っていると……。


「酷い! お嬢様にとってはわたしとの出会いなど語る価値もないと、口に出すのも恥ずかしいと仰るのですね」


 殊更にお嬢様の部分を強調しながら、悲しいですと言って泣き崩れるローリエ。無論嘘泣きである。

 だがそんな嘘泣きでもそれなりに効果はあったらしく、徐々にミシェルの眉間に皺が寄り、やがて観念したように大きく息を吐いた。


「お姉様、ステフも聞きたいです」


「ステフまで……」


 ステフからの駄目押しにもう一度溜め息を吐いたミシェルは「笑うなよ?」と前置きをした。


「笑わない笑わない」


「どうだかな。私が行き倒れのローリエを発見したところまでは聞いたのか?」


「聞いた。なんでまた浮浪児を保護しようと思ったんだ?」


「実際に保護したのは父様と母様だ。私は頼んだに過ぎん」


「だとしても言い出しっぺはミシェルだろ?」


「なんでわたしを保護してくれたんですか?」


 いや、ローリエ(おまえ)は知ってるだろ。

 そもそも助けられた張本人だろうに。

 ニコニコと満面の笑みを浮かべるローリエとそんな彼女を忌々しそうに睨め付けるミシェル。

 どっちが主でどっちが従者なんだか分かったもんじゃない。


「ほれミシェル、続き」


 このまま放置していたら一向に話が進まない気がしたので、俺の方から続きを促すことにした。

 横目でローリエのことを見つつ、渋々といった様子でミシェルは続きを語ってくれた。


「……助けてって言ったから」


「「はい?」」


 同時に首を傾げる俺とステフ。

 ローリエはクスクスと笑いながら「それじゃよく分かりませんよ」と告げる。


「だってお前、あの時言ったじゃないか。助けてって。だから私も分かったと答えたのだ」


「ちょい待ち。えっ、なに? 助けてって言われたからミシェルはローリエを保護したの?」


「うむ」


「……それだけ?」


「他に何か必要か?」


 いや、そんな不思議そうに返されても……。


「助けを求められたから助けた。それ以上の理由が必要なのか?」


「いや、お前それ本気で……」


 言ってるんだろうなぁ、このお嬢様は。


「ね? お仕えし甲斐のある主でしょう?」


 そう言ってローリエは笑みを深め、自分のことだとは思っていないミシェルは怪訝そうに眉を顰めた。

 助けを求められたから助けた。

 やろうと思ったところで、誰にでも出来るようなことではない。

 だけどミシェルはさも当たり前のように行い、そんな娘の行いを両親すらもあっさりと受け入れた。

 親子揃って人が良すぎる。

 ミシェルの場合、ラズリー夫妻の教育の賜物というより、これはきっと生来の気性なのだろう。

 何しろ……。


「俺みたいに得体の知れない奴でも受け入れるくらいだもんなぁ」


「何の話だ?」


「ミシェルは昔から良い子だったんだなぁって話」


 俺の発言をどのように受け取ったのか、ミシェルの顔が急速に真っ赤に染まっていく。


「別に茶化したつもりはないぞ?」


「う、うるさいっ。昔のことなんてどうだっていいだろう。はいおしまいっ、この話はもうおしまい!」


「照れんでもよかろうに」


 普通に良い話だったと思うのだが、ミシェルにとってはどうやら違うようで、両腕をバタバタと振り回しながら「ウガーッ」と喚いている。

 恥じらいのポイントがさっぱり分からん。

 そんなに騒いだらエイルが起きて……ないな。うん、ほっとこう。


「ミシェルお姉様のこんな姿、初めて見たかも」


「そうか? 割りと普段からこんな感じだぞ」


 頻りに瞬きをしているステフには悪いが、俺にとっては今の姿こそミシェルの平常運転だ。

 同意するようにローリエも頷いている。


「分かる分かるみたいな感じで頷くな! ええい、こんな話をする為に来た訳ではない!」


 先程から興奮しっぱなしのミシェル。

 騒がしいことこの上ないが、俺からすれば見慣れた姿なので逆に安心感を覚える。

 ただベッドの端をバンバン叩くのだけは止めてほしい。


「はぁ、はぁ、はぁ……マスミよ、今回は色々と世話になったな」


 一頻り騒いで満足したのか、それとも単純に疲れただけか、ミシェルはようやく本題に入った。

 呼吸を整える時間すら惜しいと思っているのか、荒くなった息が漏れるのも構わずに話は進む。


「私個人の事情に巻き込んだだけではなく、そのような傷まで負わせる結果になってしまった。本当にすまない」


「決闘の前にも言ったけど、協力するって約束したのは俺なんだから気にしなくていいよ。確かに怪我はしたけど、別に生命に関わるような大怪我でもなし。結果オーライってことでよいではないか」


「しかし、それでは私の気が……」


「済まないってんなら、あとで何かご褒美でもおくれ。流石に心身ともに(こた)えたからなぁ」


 別に本当にご褒美が欲しい訳ではない。

 謝礼。報酬。褒美。

 言い方は何でもいいが、このように言っておけば律儀なミシェルの気持ちも少しは楽になるだろう。


「褒美か……分かった、考えておく」


「別になんだっていいから、あんまり難しく考えなくてもいいぞ」


 本当に何かくれるというのなら、出来れば美味いものを食わせてほしいところではある。

 自業自得とはいえ、折角のご馳走を食いっぱぐれてしまったことに割りとショックを受けているのだ。

 顎先に手を当てながら「褒美、褒美」と呟くミシェル。

 何をくれるのかは知らんが、存分に悩んでくれたまえ。


「さて、と」


 夕食を食べていないので、かなり腹は減っているのだが、それ以上に身体がダルい。

 もう一眠りさせてもらおうかなぁと考えていると……。


「じゃあ次はステフの番ね」


 と言ってステフがいきなり立ち上がった。

 今度はなんだ?


「ステフの番って……何が?」


「決まってるじゃない。報酬の話よ」


 決まってるらしい。

 でもステフから報酬貰うなんて話あったっけ?


「もう、忘れてしまったの? 婚約の破談に協力してくれたら望む報酬を用意するって言ったじゃない」


「……あぁ、そういえば言ってたな」


 元々ステフは俺に仕事を依頼しに来たんだよな。

 だが俺はその話を依頼としてではなく、あくまでも善意の協力者として引き受けた。


「報酬なんて気にせんでもいいぞ?」


「駄目よ。どうような形であれ、労働には報いなければ」


「真面目だねぇ」


 相変わらずの似た者姉妹だ。


「さっきミシェルにも言ったけど、別に気にしなくてもいいんだぞ?」


 むしろ変に気を遣われた結果、法外な金銭や高額な品をプレゼントされたりする方が困ってしまう。

 その点はステフも理解しているのか、「大丈夫」と言って軽く頷いてみせた。


「マスミを困らせるつもりはないから安心して。でもそうね、少しだけ目を閉じていてほしいの」


「目を閉じるって、なんで?」


「いいから早く」


「なんなんだよ」


 言われるがままに目を閉じる。


「そのままでいてね。薄目とか開けちゃ駄目よ?」


「はいはい」


 どれだけ疑り深いんだ。

 そして俺はこれから何をされるのだろう。

 俺と同じ疑問をミシェルとローリエも抱いたようで、「何をするつもりなのだ?」「さあ?」というやり取りが聞こえる。

 いったい何をされるのやらと若干不安に感じていると、すぐ傍からステフの声がした。


「マスミ、今回は本当に感謝しているわ。お姉様のために力を貸してくれてありがとう。これはステフからの……感謝の印よ」


 と言って数秒の間を開けた後、何かが俺の頬に触れた。

 温かくて柔らかな感触とほのかに香る甘やかな匂い。

 そして微かに聞こえた「チュッ」という音。

 これはもしやと思いつつ、目を開けてみれば、顔面を真っ赤に染めながらも堂々と胸を反らして立つステフの姿がそこにはあった。

 その後ろでは、目を見開いて絶句しているミシェルと口元に手を当て、「あらまあ」と驚いているのか感心しているのかよく分からない声を上げているローリエの姿も見える。


「おっ、乙女の初めてを上げたのよ! これ以上の感謝の印はないでしょ!」


「あー、ありがと?」


 この反応、やっぱり今のって頬にキス(そういうこと)だったのか。

 照れるくらいなら最初からしなければいいものを、このおませさんめ。

 とはいえ、所詮は子供からされたキスだ。

 ロリコンという名の罪深い業を背負っている者ならともかく、俺は至ってノーマル。

 この程度のことで感情を乱したりなどしない。

 少なくとも俺は……。


「我が妹よ、先程の口付けはどういうつもりだ?」


 瞳のハイライトを消し、能面のような表情を浮かべたミシェルがステフに詰め寄っていく。


「ふ、深い意味はありません。今のは感謝の印として―――」


「ほぅ、感謝の印だと? とてもそれだけとは思えなかったがな」


 真っ暗な穴底を思わせるような瞳。

 それに至近距離から見詰められているステフの心境や如何に。

 姉妹のそんな光景を目にしたローリエは「愛されてますねぇ」と俺を揶揄うように笑みを深めた。


「ステフ、この姉にも分かるように説明してくれないか。何故あのような行為に及んだのだ?」


「で、ですから、深い意味はなく、アレは感謝として―――」


「ほぅほぅ、深い意味はない? 然したる意味もなくあのような行為に及んだというのか? 暫く見ない内に随分破廉恥な娘になってしまったようだな」


「そ、それは誤解です!」


 徐々に混迷を極めつつある室内。

 ローリエは「相変わらず仲がおよろしいですねぇ」なんて言って笑っているし、エイルに至っては微塵も目を覚ます様子がない。

 収拾がつかなくなってきたこの状況に対して俺は……。


「寝るか」


 早々に思考を放棄した。

 頭から毛布を被って横になり、両の目蓋を下ろす。

 姉妹のやり取りを子守唄代わりに―――全く眠れる気はしないが―――俺はもう一眠りすることにした。

 願わくば、目が覚めた時にはこの状況が少しはマシになっていますように。


『無理だと思うがの』


 何も言ってくれるな。

お読みいただきありがとうございます。

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