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第24話 約束と報酬 ~ローリエ~

前回のお話……荒ぶる女性陣

(女 ゜Д゜)オラァ!

(他 ゜Д゜)ギャー!

 ディオンとの決闘を終えた次の日、ラズリー伯爵邸でパーティーが催されることとなった。

 名目上は決闘に勝利した俺を労う為の祝勝会らしい。

 まぁ、パーティーといっても非常にささやかな規模で、別段仰々しくものではない。

 出席者もたったの六人。

 まだ見ぬ長男氏を除いた伯爵家の面々―――ラズリー伯爵、シェリル夫人、ミシェル、ステフの四人に俺とエイルを加えただけだ。

 シェリル夫人はもっと大々的且つ派手にやりたがっていたようだが、こんなしょうもない決闘の祝勝会如きにやる気を出されても困る。

 そもそもパーティーなんぞやらんでいいと個人的には思ったのだが、そこは伯爵らの顔を立ててやってほしいとローリエに懇願され、渋々受け入れたのだ。

 ちなみにローリエは使用人枠の為、出席者には含まれていない。

 思うところはあれどもパーティーはパーティー。

 しかも貴族の邸宅で開催されるパーティーだ。

 ささやかとは言いつつも、きっと俺如き庶民ではお目に掛かったこともないようなご馳走が用意されているに違いないと大いに期待していた。

 そして実際にご馳走は用意されていた。

 用意されていたのだが……。


「何故、俺はベッドに寝かされているのだろう」


「マスミさんが突然倒れたからに決まってるじゃないですか」


 ベッド脇の椅子に座ったローリエが呆れたように嘆息した。

 そうか、俺倒れたのか。


「どれくらい寝てた?」


「三時間近くは眠ったままでしたね。身体の調子はどうです? 痛むところはありませんか?」


「んー、痛いところはないけど、ちょっと……いや、かなりダルいなぁ」


 心配そうに覗き込んでくるローリエにそう返しながら、倒れる前の記憶を掘り起こしてみた。

 確か屋敷の大広間にエイル共々案内されたのだ。

 俺達が到着した頃には既にパーティーの準備は完了していた。

 伯爵家お抱えの料理人が腕に縒りを掛けて作ってくれた料理の数々。

 そして銘柄なんぞ分からんが、間違いなく高級品であろう沢山の酒のボトル。

 それらがテーブルの上に所狭しと並べられている。

 圧巻とはまさにこのことよ。


「他の貴族を招待している訳でもないからね。堅苦しい挨拶は無しにして、さっそく乾杯といこうじゃないか」


 というラズリー伯爵のお言葉に従い、各々が手に取ったグラスに葡萄酒(ワイン)―――ステフだけは果実水―――が注がれていく。

 全員のグラスに飲み物が注がれるのを確認した後、ラズリー伯爵が乾杯の音頭を取る。


「では、勇敢なる冒険者マスミ=フカミの勝利を祝して……乾杯」


 全員がグラスを掲げて『乾杯』と唱和する。

 何処ぞの酒場のようにお互いのグラスをぶつけ合うような真似はしなかった。

 お上品だ。


葡萄酒(ワイン)ってあんまり馴染みがないんだよなぁ」


 日本で生活していた頃は、晩酌といえば専らビールだった。

 フレンチやイタリアンのレストランにも行く機会なんてほとんどなかった。

 グラスの中で揺れる赤褐色の液体をしばらく眺めた後、ゆっくり口の中に含んでみる。


「おおっ、これは……」


 強い葡萄の香りが鼻を刺激し、豊かな味わいが口の中いっぱいに広がる。

 どうやら結構な辛口のようで、それ程甘みは感じなかった。

 スッキリとした酸味と独特の渋味。呑んだ後に残る余韻の如き風味。

 よく葡萄酒(ワイン)の味を表現するのに「シルクのようだ」とか「ビロードのようだ」とか生地の肌触りに例えることがあるらしいけど……。


「お洒落な表現もあったもんだ」


 二口目を口にする。

 再び熟成した葡萄酒(ワイン)の豊かな味わいが口の中に広がり、自然と満足げな息が漏れた。

 葡萄酒(ワイン)なんて、精々ジビエ料理を食う時くらいしか呑んだことなかったけど、これはクセになってしまいそうだ。


「うーむ、こりゃ美味いなぁ……って、あれ? もう無い」


 いつの間にやら呑み切ってしまったようだ。

 近くのメイドさんに声を掛け、お代わりを注いでもらう。


「どもっす。ではもう一杯」


 今度はグイっと大きく呷り、一口でグラスの半分近くをいただく。


「良い呑みっぷりだね」


「伯爵閣下」


 葡萄酒(ワイン)の余韻に浸っていると、同じく葡萄酒(ワイン)の注がれたグラスを片手にラズリー伯爵が近寄ってきた。


「楽しんでくれているようで何よりだよ。葡萄酒(ワイン)のお味は如何かね?」


「いやぁ、これは美味しいです。普段はビ……エールばかりを呑んでいる自分に味が分かるのか、ちょっと不安だったんですけど」


「はははっ、大袈裟だよ。とはいえ気に入ってくれたようで何よりだ。この地方で収穫出来た葡萄を原料にして作られた葡萄酒(ワイン)でね。我が領の名産品の一つなんだ」


「地元の味という訳ですか。良いですねぇ」


 この人とも大分緊張せずに言葉を交わせるようになった。

 お互いに砕けた態度で談笑する俺とラズリー伯爵。

 程なく二杯目を空けてしまったので、更なるお代わりをメイドさんにお願いした。


「随分とペースが早いようだが、大丈夫かい?」


「本当に美味しいですからね」


 自然とピッチが上がっちゃうんですよと笑ってから、メイドさんが注いでくれた三杯目の葡萄酒(ワイン)を口に……口に……。


「そこから先の記憶が無いんですけど」


「そこから倒れてますから」


「成程」


 どうも三杯目に口を付けようとしたところでひっくり返ってしまったらしい。

 そのまま客室まで緊急搬送された俺は、今の今まで眠りこけていたという訳である。


『まったく、負傷した身で酒など呑むからこうなるのじゃ』


「面目ない」


 事実なので言い訳も出来なかった。

 枕元に鍬形兜(スタッグビートル)と並んで座り、呆れた顔を浮かべているニースへ素直に謝っておく。


「まぁまぁ、大事に至らなくてよかったじゃありませんか」


「それについては心の底から同意するよ。ところで……」


 ベッドへ身を横たえたまま、首だけを右に回す。


「エイルはなんで爆睡しとるんだ?」


 隣のベッドでは、赤ら顔のエイルが幸せそうな顔で眠っていた。

 ローリエが「あぁ、エイルさんはですねぇ……」と溜め息交じりに説明してくれた。

 俺が退場した後、主役不在では意味がないとラズリー伯爵はパーティーをお開きにするつもりだったそうだが、そこにエイルが待ったを掛けたらしい。


「自分の所為で中断したなんてぇ、きっとマスミくんは嫌がるの~。それにぃ、折角の料理やお酒がぁ、勿体無いの~」


 そう言った後、エイルは「マスミくんの分までぇ、わたしが呑むの~」と浴びるように酒を呑んだそうだ。

 そして俺が退場してからきっかり二時間後に出来上がり、今に至るらしい。


「ちなみにどんだけ呑んだの?」


葡萄酒(ワイン)だけで七本空けました」


「そうか、葡萄酒(ワイン)だけ(・・)でか」


 つまりは葡萄酒(ワイン)も呑んでたと。

 果たして彼女はいったいどれだけ呑むつもりだったのだろう。

 それだけ呑めば酔っ払うに決まっている。

 幾ら酒に強いといっても限度があるのだ。

 彼女が普段から着用している薄手のシャツとショートパンツが盛大に捲れ上がったり、ズレたりして割りと大変なことになっている。

 相変わらず寝相が悪い。

 見慣れているから今更なんとも思わんけど。

 どうやら下着は着けていなかったようで、自慢の爆乳の頂きがあとほんのちょっとで見えそうなくらいまで捲れている。

 自然と目が釘付けに……。


「マスミさん?」


「何も見てません」


 ローリエの身から冷たい謎のオーラが発せられるのを感じた瞬間、勢いよく首を捻り、視界からエイルの寝姿を外した。

 グキッという頚椎へのダメージが心配になる不吉な音が聞こえてきたものの、そんなことより今のローリエと目を合わせることの方が余程恐ろしいかった。

 暫くそうしていると、不意にローリエが「ありがとうございました」と呟いたので、恐る恐る首を元に戻す。


「ありがとうって……何が?」


「ミシェルの為に決闘を受けて下さったことです。あんなにボロボロになってまで」


「協力するって約束したからね。決闘自体は成り行きだったけど」


 色々とぶっ飛んだ伯爵夫人様だよまったくと冗談混じりに嘆息すると、ローリエはクスクスと小さく声を上げて笑った。

 そうして一頻り笑った後、おもむろに胸元から何かを取り出した。


「それって確か……」


「前に一度だけお見せしましたよね?」


 ローリエがいつも首から下げているペンダント。

 淡い色合いの宝石が嵌め込まれたそれは、彼女の本当の姿たる獣人の正体を隠す為に必要な物。

 見た目は何処にでもありそうな普通のペンダントだが、実は装着者の姿を隠蔽すると同時に能力の一部を封じる効果を秘めた魔道具らしいのだ。


「以前、獣人族の集落で何も聞かないんですかってわたしが訊ねた時、マスミさん言いましたよね。話したくなった時に話せって」


「あー、言ったねぇ」


「良い機会なので、今この場でお話しちゃいますね」


 と言ってもそう大した話ではないんですけどと前置きするローリエ。

 俺は口を挟まず、黙って耳を傾けた。


「わたし、実は孤児だったんです」


 拾われたのか、捨てられたのか。

 物心がついた頃には、ローリエは路地裏にある古びた教会に身を寄せ、幼少期の数年間をそこで過ごしたらしい。

 だがローリエが九歳の時、教会を管理していた老シスターが亡くなった。

 元々老朽化していた関係もあり、間もなく教会の取り壊しが決定。

 ローリエを含めた数人の孤児達は、浮浪児として生きていくことを余儀なくされた。


「盗みをしたり、ゴミを漁ったり、物乞いみたいな真似もしましたね」


 淡々と自らの過去を話すローリエだが、今の彼女の姿からはとても想像付かなかった。

 思わず大変だったんだなと口にしそうになったが、安易な同情など彼女は求めていないだろう。

 言葉を呑み下した俺は、浅く頷くだけに留めた。


「当然そんな生活も長くは続きませんでした。一人、また一人と孤児仲間は減り、遂に生き残ったのはわたしだけになりました」


 そんなローリエにも限界が訪れ、何日もまともな食事を取ることが出来なかった彼女は行き倒れることになった。

 同時にそれはローリエにとって人生の転機ともなった。


「自分はこのまま死んでいくんだって思っていたら、いきなり自分と同じような年齢の女の子が現れてこう言ったんですよ。『お前、そんなところで寝ていたら風邪を引くぞ』って」


 寝てるんじゃなくて倒れてるんですけどねぇと言って笑うローリエ。

 いや、それ笑い事じゃないと思うんだけど……。


「もうお分かりだと思いますけど、その子がミシェルだったんです」


 当時のミシェルが何を考えていたのか定かではないものの、死を待つだけの身であったローリエは、ミシェルと出会ったことで救われた。

 娘が保護してきた浮浪児を反対することもなく受け入れる辺り、あの両親も相当なお人好しである。


「温かい食事。清潔な衣服。柔らかなベッド。当時はそれが現実とは思えませんでした」


 幼くとも流石は獣人というべきか、保護されてから僅か十日足らずでローリエはある程度の健康状態を取り戻した。

 そして体調も落ち着いた頃、ラズリー伯爵から今後の身の振り方について訊ねられた際、ローリエは屋敷で働かせてほしいと願い出た。

 生涯を懸けて命を救ってもらった恩を返させてほしいと。


「所詮は身寄りのない浮浪児の戯言です。正直、聞き入れてもらえるとは思っていませんでした」


 ところが予想に反して、ローリエの申し出はあっさりと受け入れられた。


「それから暫くは勉強ばかりでしたね。当時のわたしには何の教養もありませんでしたから」


「まあ、貴族の家で働こうってんだから当然だわな」


 文字の読み書き。礼儀作法。算術等々。

 ラズリー伯爵家の使用人となるべく、ローリエは多くの知識を学び、様々な技能を身に付けた。


「わたしが見習いとして働き始めた頃、奥様がこのペンダントを下さったんです」


 貴族の中には、人間至上主義の者や他種族を意味もなく差別する輩が少なからず存在する。

 そんな連中とのトラブルを避ける為、普段は正体を隠すようにとシェリル夫人からペンダント型の魔道具を与えられたらしい。


「なんであの人がこんな物持ってたんだ?」


「若い頃にちょっと……って仰ってましたけど、わたしも詳しいことは分かりません」


 あの御婦人はマジで何者なんだ?

 謎は深まるばかりである。


「わたしがお嬢様の……ミシェル専属の侍女となったのは十二歳の頃です。あの子は昔からあんな感じなので、あまり主従という感覚もないんですけど」


 だろうなという感想しか抱けない。


「簡単ですけど、これがわたしの過去です。ご静聴ありがとうこざいました」


「お疲れ様でした。なんというか、人に歴史ありって感じだな。俺なんかじゃ想像も付かんよ」


「それでもわたしは恵まれている方だと思いますよ。奴隷に身を落とすこともなく、こうして素晴らしい主に巡り会えたのですから」


「それにしても昔のミシェルはよくローリエを保護しようと考えたな」


 言っちゃ悪いが、行き倒れの浮浪児なんてどんな問題を抱えているか分かったものではない。

 それを保護するなんて、自らトラブルに首を突っ込むようなものだ。


「それは……折角ですし、本人の口から直接語っていただきましょうか」


「本人?」


 首を捻る俺に構わず、ローリエは後ろを振り返って「そろそろ中に入られたら如何です?」と呼び掛けた。

 その視線を辿ってみると、いつぞやのように部屋の扉が僅かに開いていることに気付いた。

 その隙間から覗いている赤茶色と蜂蜜色の頭髪。

 ……何をしとるんだ、あの姉妹は?

お読みいただきありがとうございます。

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