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第20話 疑惑と挑発 ~アラサー警備員 対 青年貴族~

前回のお話……鉄拳制裁

(真 ゜Д゜)歯ぁ食い縛れぃ

「歯ぁ食い縛れ」


 固く握った拳をディオンの顔面に叩き込む。

 肉と骨を殴打した感触と衝撃が僅かな痛みを伴い、拳を通して伝わってきた。

 直後、壁際に控えていたディオンのお供連中の方から悲鳴と怒号が上がる。

 護衛の騎士やら使用人と思しき者達がおのれぇとかなんということをとか口々に喚きながらこちらに向かってドタバタと駆けてきた。

 全員物凄い形相を浮かべている。

 身の危険を感じた俺は跨っていたディオンの上から立ち上がり、そそくさと離れた。

 この場から逃げるべきだろうか、それとも謝るべきだろうかと逡巡していると……。


「止まりなさい!!」


 シェリル夫人の大音声が雷鳴の如く響き、お供連中の足がピタリと止まった。

 ついでに俺の肩もビクッと跳ねた。


「今は決闘の最中よ。下がりなさい」


「で、ですがッ、あの男めは若様のお顔に傷を―――」


「それが何? 決闘なのだから傷を負うことだってあるわ」


「し、しかし……!」


「黙りなさい。今の貴方達の行いこそが主人の顔に泥を塗っていると理解出来ないの?」


 表情を一切動かすことなく、淡々と言葉を紡ぐシェリル夫人の身から漏れ出す不可視のプレッシャー。

 最初は食って掛かっていた騎士の一人もあっさり気圧され、尻すぼみするように声が小さくなっていく。

 自分が直接浴びている訳でもないのに背中が冷たい汗で濡れていく。

 マジで何者なんだよ、この人は……。


「仕切り直しね。さっさとその坊やの手当てをして上げなさい」


 ツンと澄ました表情でシェリル夫人が横を向くと同時に圧迫感も消えた。

 肩が軽くなったような感覚にホッと息を吐く。

 プレッシャーをモロに浴びていた騎士などは、青ざめた表情でゼェゼェと喘いでいる。

 俺と同じように余波を浴びていた他のお供連中は、慌ててディオンの元に駆け寄り、未だ横たわったままの奴を抱き起こした。

 ディオンは何が起きたのかも理解出来ていないのか、鼻血を流したまま呆けた表情を浮かべている。


「マスミ!」


 突然聞こえた甲高い少女の声。

 声のした方に目を向ければ、ステフを先頭に壁際に控えていた女性陣がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。


「おっと」


 ステフが体当たりをする勢いでボフッと俺の腹へとぶつかってきた。

 軽いなぁ。

 全然踏ん張る必要がなかったぞ。


「凄い凄い! マスミがあんなに強いとは思わなかったわ。流石は冒険者ね!」


「いやぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、俺パーティの中じゃ一番弱いからね? ステフのお姉様にいつもボコられてるからね?」


「余計なことを言うな」


 ポカッとお姉様(ミシェル)に軽く頭を叩かれた。


「調子は良さそうだな」


「そこそこね」


 油断するつもりは微塵もないが、ディオンはミシェル達程の強敵ではない。

 落ち着いて対処さえすれば、俺でも充分戦える相手だ。


「ですがマスミさん、先程は何故ナイフを使わずに直接殴られたんですか?」


「イケメン憎し~?」


「俺をなんだと思っとるんだ?」


 確かにブン殴ってやりたいとは考えていたけど、別にディオンがイケメンだから殴った訳ではない。

 そんなくだらん理由で人の顔を殴るって、ただの危ない奴じゃねぇか。

 ローリエの言う通り、ナイフを使えば先の試合と同じように俺の勝ちだったろう。

 だが俺は敢えてそうしなかった。


「このまま続けても埒が明かないっていうか、あの坊ちゃん負けを認めないような気がしたからさ」


 手っ取り早く心をへし折ってやろうと考えた結果、ブン殴ることに決定した。

 お坊ちゃんだから心身ともに打たれ弱いんじゃないかなぁ、と。


「はてさて、吉と出るか凶と出るか」


 どっちに転ぶのかねぇと思っていたら、ゆらりと立ち上がるディオンの姿が目に入った。

 お供連中が止める声も聞かず、顔を俯かせたまま、覚束ない足取りで近付いてくる。

 幽鬼じみたその姿に気味の悪さを感じた。

 手には先程まで使用していたものとは別の剣が、鞘に納められたままの状態で握られている。

 どうやらもう一戦やらなければいけないようだ。


「やれやれ。面倒だけどしゃあねぇか」


「先程までとは様子が違う。気を付けるのだぞ、マスミ」


「あいよ」


 離れていくミシェル達に頷きを返してから、ディオンの方に改めて向き直る。

 表情らしい表情は浮かんでいないものの、その頬には俺に殴られて出来た痛々しい痣がくっきりと残っている。


「てっきり諦めるもんだとばかり思ってたけど、意外と根性あるでないの」


「……シェリル夫人、確認したいことがございます」


 ところがディオンは俺の軽口に応じることなく、シェリル夫人に質問を飛ばした。

 無視かよ、この野郎。


「何かしら?」


「この決闘、武器の使用に制限はなかったと記憶しておりますが、間違いはないでしょうか?」


 シェリル夫人が訝しげな表情で「ええ、その通りだけど……」と答えれば、ディオンはその手に握っていた剣を自身の目の高さまで持ち上げてみせた。

 瀟洒なデザインと装飾を施された鞘と鍔。

 鞘の中程には、動物の姿が刻まれたメダリオンのような物が嵌め込まれている。

 刻まれているのは犬、いや狼か?


「それでは次の立ち合い、僕はこの剣を使用させていただきます」


「貴方、それ……」


「えぇ、お察しの通り、刃引きなどされていません。何しろ我がメザール家の宝剣ですから」


「勝手にそんな物を持ち出して、メザール子爵が黙っていないわよ」


「かもしれませんね。ですが、今この場に父は居ません」


 つまりは勝手に持ち出してきたという訳か。

 ついでに言うと叱ってくれる人もこの場には居ないと。

 性質(タチ)悪いわぁ、この男。


最後(・・)くらいは僕も真剣に立ち会おうと思いましてね」


「最後ねぇ。まるでさっきまでの試合は本気じゃなかったみたいな言い方だな」


「どう受け取ってもらっても構わないさ」


 挑発的な笑みを浮かべるディオン。

 あれだけ喚き散らしていた男と同一人物とは思えない。


「随分と余裕だな」


「ふふふ。さあ、君も自分の武器を抜き給えよ、平民くん。まさかとは思うが、魔物との戦いを生業とする勇敢な冒険者がこの程度で怖気付いたとは言うまいね?」


「それこそまさかとは思うけど、そりゃ挑発のつもりかい?」


 あと冒険者(おれたち)だって、そんな頻繁に魔物と戦っている訳じゃないぞ。

 ベルトに差していた訓練用のナイフを適当に放り投げ、愛用のサバイバルナイフを革鞘(シース)から引き抜き、逆手に握って構える。

 それを見たディオンの笑みが深くなり、片手で剣の柄を握ると、そのまま一気に鞘から引き抜いた。

 これまで鞘の中に納まっていた白刃が晒され、窓を通して修練場内に差し込む陽光を反射し、ギラリと危険な輝きを帯びる。

 ミシェルが普段使う長剣よりも長く、太い刃を有する両手剣。

 武器の良し悪しなど俺にはよく分からない。

 だが、今ディオンの手に握られている剣が相当な業物だということだけは理解出来た。

 宝剣というのも伊達ではないらしい。


『マスミよ、用心するのじゃ』


「……ニース?」


 胸元から囁くようなニースの声が聞こえてくる。

 決闘中はずっと黙っていた筈の彼女が発した突然の警告。

 いったいどうしたというのか。

 ディオンから視線は外さないまま、小声でニースに問い掛ける。


「用心ってのはやっぱあの剣のことか?」


『うむ、あの者が握っている剣からは魔力を感じる。魔力を含む金属を鍛えて造った代物か、あるいは魔剣の類いやもしれん。注意を怠るでないぞ』


 魔剣―――剣自体に魔力が宿っており、魔術的な、あるいはそれに類する能力を秘めた特殊な剣の総称。

 その特異な能力もさることながら、単純な武器としての性能もそこらの数打ち物とは比較にならない。

 冒険者ならば誰しも喉から手が出る程に欲するものらしいが、剣をまともに扱えない俺からすれば無用の長物以外の何物でもない。

 むしろ対戦相手が魔剣疑惑のある得物を使っているというだけで、もうお腹いっぱいだよ。


「仮にアレが魔剣の類いだとしてもだ。あのお坊ちゃんがそんなご立派な剣を使いこなせるとは思えんのだがねぇ」


『如何に凡庸な使い手であろうとも、一度(ひとたび)振るえばその者を優れた戦士へと変えてしまう。魔剣とはそれだけ強力なのじゃ。油断してはならぬ』


「するつもりなんてないから安心しな」


 油断出来る程の実力を備えていないので、そのような心配は無用である。

 この間もディオンからは目を逸らさず、摺り足で円を描くようにジリジリと横に移動する。

 自慢の宝剣とやらが本当に魔剣なのか、はたまた立派な見た目をしているだけの張りぼてなのか。

 いずれにしても下手に攻めるのは得策ではないだろう。


「なんとかしてあの剣の正体を見極めにゃあならんな」


 そう口にした矢先……。


「キィェァアアアッ!」


 足元に鞘を落としたディオンが奇声じみた叫び声を上げながら斬り掛かってきた。


「言ったそばからこの野郎はよぉ!」


 悪態を吐きつつも迎撃の体勢を取る。

 最早あの剣の正体が魔剣か否かを論じている暇すらなくなった。

 多少の博打感は否めないものの、やるしかない。

 幸い得物が変わってもディオンの動きそのものに大きな変化は見られず、充分対処可能な速度だ。

 先の下手くそな挑発。

 果たして何か策があるのか、それとも単なるハッタリか。


「確かめてやるよ」


 大上段からの振り下ろし。

 軌道を見切った俺は、一戦目と同様に半身となって斜め前に踏み込む。

 顔の数センチ横を大気を裂きながら白刃が通過していく。


「怪我しても知らねぇぞ!」


 躱した。

 そう判断した俺は右手に握ったナイフを振り被り、攻撃直後で隙だらけのディオンに反撃を加えようとしたのだが、寸前でディオンの口の端が不自然なに吊り上がっているのに気が付いた。

 何を笑っているんだ?

 そんな俺の思考は、突如として真横から襲ってきた強い衝撃に掻き消されてしまった。

お読みいただきありがとうございます。

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