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第12話 パンと歯 ~食べてみなくちゃ分らない~

 魔物の解体という拷問にも等しい作業を終え、半ば放心したまま夜明けまで警戒を続けることになったわたくし深見真澄。

 生き物を解体した経験はあるけど、流石に人型の生き物―――見た目がどんなにアレでも―――の解体は人生初だ。

 心身共に疲れ果てていた俺は拠点代わりの空き家に戻った途端、倒れるように眠りについた。

 生臭いなぁ、風呂入りたいなぁとは思ったものの、それ以上に一刻も早くあの生々しい光景と感触を忘れたかった。

 ミシェルとローリエも疲労が溜まっていたのか、装備を外し終えるとそのまま床の上に直接横になって眠ってしまった。

 一つ屋根の下で三人仲良く―――俺は大の字、ミシェルは横向き、ローリエは何故か犬猫みたいに丸くなってた―――爆睡。

 昼前になってようやく目を覚ましたのだ。

 色っぽい展開?

 こっちはヘトヘトなんだから、そんなものを期待するんじゃありません。

 出会って間もない異性に手を出す程飢えてはいないし、チャラくもないつもりだ。

 そもそも成人男性と十代の少女がニャンニャンするって、いったいどういうことかちゃんと理解しているのか?


 ―――犯罪だからな!?


 異世界に条例やら不純異性交友の概念があるのかは不明だが、俺はやらんぞ。

 そもそも手を出した場合どうなると思う?

 あのミシェルが笑って許してくれるとでも?


 ―――殺されるぞ!?


 ローリエは……どうだろう。

 流石に殺されはしないと思うけど、笑って許してくれるとも思えない。

 でもきっと泣かれる。

 男としてそれは本気で辛い。

 だからという訳でもないが、俺は絶対にやらんからな。


 ―――閑話休題。


 兎にも角にも色っぽい展開など微塵もないまま、朝ならぬ昼を迎えた我々。

 村の人が用意してくれた食事をいただいている訳なのだが、正直言って微妙である。

 メニューは野菜入りのスープと黒パン。あとは木製のコップに入ったミルクが一杯。

 実に質素である。

 スープは適当なサイズに切り分けられた野菜数種類が入っただけの至って普通のスープ。

 具材はジャガイモとニンジンとタマネギだと思う。少なくとも見た目は。

 地球と比べて食糧事情はそんなに変わらんのかね?

 あまり得体の知れない食材を使われても困るだけなので、見知った野菜ばかりなのは助かるといえば助かるのだが、肝心の味が……。


「……薄い」


 塩分カット。驚きの薄味。この村の皆さんは健康志向ですなぁ……ってそんな訳ないか。

 おそらく味付けは塩だけで、それ以外の調味料は使われてなさそうだ。

 出汁ってご存じ?

 病人食だってもう少し濃い目の味付けをしているぞ。

 人様からいただいた食事にケチをつけるなんて非常に失礼なことだと分かってはいるのだが……。

 初めて口にする異世界の食事。

 正直、何をいただけるのかなぁと期待していたのだ。

 とても楽しみにしていたのに、物凄い肩透かしを食らった気分だ。

 何より厄介なのは黒パン。

 硬い。とにかく硬い。比喩でも何でもなく歯が立たない。

 一口目に思いっ切り齧り付いてみたけど、全く噛み切れなかった。

 逆に歯の方が欠けてしまうのではないかと心配になった程だ。

 げっ歯類よろしくガリガリゴリゴリとやり続けて、ようやくほんの一欠片が削り取れた程度。

 おかげで歯は痛いし、顎も疲れた。

 多大な労力を費やして得られた対価はパン一欠片。

 割に合わない。


「ちくしょう、パンのくせに生意気な奴め」


「何をしているのだ」


「マスミさん、パンを直接齧らない方がいいですよ? とても噛み切れるものではありませんから」


 呆れ顔のミシェルと止めた方がいいとやんわり注意してくれるローリエ。

 二人は俺のように直接齧り付くような真似はせず、スープに浸して柔らかくしてから食べていた。

 黒パン―――正確にはライ麦パン。

 その名の通りライ麦で作られたパン。

 確か黒くなる理由は全粒粉や精製度の低い粉を使ってるからだっけ?

 独特の酸味があり、小麦のパンと比べて膨らみが悪く、そして硬い。

 反面、栄養価が高くて腹持ちが良い。

 そして日持ちもするのだが、この日持ちするというのが中々に厄介。

 再三硬い硬いと言ってきたが、実は焼き立てのライ麦パンはそこまで出鱈目な硬さをしている訳ではなく、日が経てば経つ程その硬さを増していくのだ。

 古くなったものはナイフで切り分けることすら難しくなるらしい。

 なので硬くなってしまったパンは、水やスープに浸して柔らかくしたり、粥などにして食べるのが普通なのだとか。

 プリーズイースト菌。

 何故、俺がライ麦パンに関して詳しい知識を有しているのか。

 実は友人に一人、旅好きで冒険家気取りの男がいる。

 彼は『神秘』や『未知』という単語が大好きで、たった一人で世界中の様々な国を巡っている。

 同い年なのに俺とは桁違いのバイタリティーを有する男なのだ。

 クイズ大会にでも出場した方がいいのではないかと思う程に雑学知識が豊富であり、日本に帰国して一緒に食事をする際などは―――頼んでもいないのに―――旅先で見聞きしたことをよく語って聞かせてくれる。

 本人が口達者なのもあってか、これが意外にも楽しく、飽きずに聞いていられるのだ。

 気付けば俺もこの手のことに詳しくなっていた。

 ちなみにその友人は北欧を旅していた時、ライ麦使用率90%のパンに直接齧り付いて泣きそうになったらしい。

 あれは無理だと笑いながら酒を呑んでいた。

 俺も素直にスープに浸して食べるべきなのだろう。

 だがしかし……。


「嫌だ。なんか負けた気がする」


「お前は何と戦っているんだ?」


「強いて言うなら自分自身かな」


「なら勝っても負けても一緒だろう。恥にも名誉にもならんから大人しく止めておけ」


「おい、なんだその小馬鹿にしたような目は」

 

 そんな目で俺を見るな。

 あと溜め息を吐くな。

 高い山ほど登りたくなる男の心情が何故分からんのだ。

 ええい、黒パン如きがなんぼのもんじゃい。


「俺は逃げない。敵を前にして背を向けるなど武士(もののふ)にあらず」


「その格好いい台詞を何故ここで使うのだ」


「ほっとけ……いざっ」


 大きく口を開き、両手で掴んだ黒パンにガブリと齧り付く。

 ビクともしない。だが望むところよ。

 このまま齧り取ってくれるわ!

 ガリガリゴリゴリ。

 ガリガリゴリゴリ。

 食事とは名ばかりの掘削作業。

 黒パンという硬い岩盤を砕くため、一心不乱に齧り続ける。

 頑張れ俺の(ホワイトトゥース)と念じ続けながら齧り続けた結果「バギッ!」という決定的な音と共に雌雄が決した。

 その結果は……。


(いだ)ぁぁああああああ―――ッッ!?」


「喧しい! 黙って食えんのかお前は!」


「ちょっ、マスミさん血! 口から血が出てますよ!?」


 俺の完全敗北だった。

 敵に背を向けて逃げることは確かに恥かもしれない。

 だが次なる一手の為に戦略的撤退を必要とすることもある。

 無謀と勇気を履き違えてはいけない。

 蛮勇だけで勝利出来る戦いなどないのだ。

 だから……。


「それ見たことか。だから止めろと言ったんだ」


「マスミさん、アーンして下さい。アーン……ぅわ、血だらけ」


「うっ、ぅぅぅぅ、ちくしょう(ぢぐじょう)


 食事は落ち着いて食べましょう。

歯は大切にしましょう。

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