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第14話 幼き微笑み

前回のお話……ミシェル妹登場

(ス ゜Д゜)じー

「ミシェルお姉様の、お姉様の婚約を…………失敗させてほしいのッ!」


 ミシェルに持ち上がった縁談。

 それを破談させてほしいと頼み込むミシェルの妹―――ステファニー嬢。

 目の前の少女がいったい何を口走っているのか理解出来ず、俺は思わず聞き返してしまった。


「ステファニーお嬢様、今……失敗させてほしいと仰られましたか?」


「ステフって呼んで。そうよ、お姉様の婚約を失敗させてほしいの」


「それは……何故ですか?」


「そんなの決まってるわ。お姉様の為よ」


 今回の件を破談させることがミシェルの為になるとステファニー嬢は言うものの、その点が俺にはよく理解出来なかった。

 別に俺だって婚約の申し出を受けてほしいと望んでいる訳ではないけど、それにしたって解せん。


「失礼を承知の上でお聞きしますが、お嬢様はミシェルの……姉君の不幸を望んでいる訳ではありませんよね?」


「当たり前じゃない。どうしてステフが大好きなお姉様の不幸を願わなきゃいけないのよ!」


「失礼致しました」


 ですよねー。うん、知ってた。だからそんなに怒らないで。

 愛らしいお顔を真っ赤に染めて怒るステファニー嬢を宥めつつ、思案する。

 出会ってからまだほんの一時間足らずだが、この少女がどれだけ姉のことを慕っているのか、それを知るには充分過ぎる時間だ。

 では何故ステファニー嬢は破談などを望んでいるのか。

 考えられる理由としては……。


「もしやお嬢様は、今回の縁談が姉君の為にならないと、そのようにお考えなのですか?」


 半ば確信を込めて発した俺からの問いに対し、少女はハッキリと頷きを返した。


「ええ、あの男と婚約したってお姉様は幸せになんかなれない。絶対になれるもんですか」


 過剰とも言える程の反応を示すステファニー嬢に俺も問いを重ねる。

 彼女は今、あの男と口にした。

 ならば当然ミシェルの婚約相手とも面識があるのだろう。


「ステフもお姉様も一度だけ会ったことがあるわ」


 と言っても、お姉様は覚えていないみたいだけどと付け足すステファニー嬢。

 ミシェルよ、お前の問題なんだぞ?

 ステファニー嬢が件の婚約相手―――ディオン=メザールと初めて会ったのは昨年の丁度今頃のこと。

 メザール子爵家とは別の、元々ラズリー伯爵家と親交のあった貴族の屋敷で催された舞踏会。

 舞踏会に招待されたラズリー伯爵はミシェルとステファニー嬢を伴って出席。

 姉妹はそこでディオンとの初対面を果たすこととなった。


「お父様とメザール子爵は年齢も近くて、昔から交流があったの。だからお互いの子供を紹介するのは自然なことなんだけど……」


 お互いに初対面のミシェル&ステファニー嬢姉妹とディオンは、父親らに紹介されるがまま、その場で挨拶を交わした。

 どうもこの挨拶の際にディオンはミシェルに一目惚れをしてしまったのだとか。

 舞踏会で出会った美女に一目惚れとはねぇ。


「ロマンチックですねぇ」


「ロマンチック~」


「外野は余計な口を挟まない」


 雰囲気を壊すようで申し訳ないが、女性陣が言う程ロマンチックだと俺には思えない。

 何しろ当のミシェル本人は、相手の顔どころか名前すら覚えていない有り様なのだから。

 兎にも角にも、ディオンは父親を通じてミシェルに婚約を申し込んだという訳だが、うーむ。


「お話を聞く限り、特に問題はなさそうに思えますけど」


「……それだけなら問題なんてなかったわ」


 舞踏会の最中にディオンと直接言葉を交わしたのはこの時だけで、特におかしな様子は見られなかった。

 ディオンとの短い交流を終えたミシェルとステファニー嬢は、ラズリー伯爵に連れられて他の出席者への挨拶回りに向かったそうだが、ステファニー嬢曰く、問題はこの挨拶回りをしている時に起きたらしい。


「あの男、ずっとステフ達を……ううん、違う。ミシェルお姉様のことをずっと見ていたの」


 この時の出来事がディオンを警戒するようになった切っ掛けらしい。


「まるで蛇みたいな目をしていたわ。本当に気味が悪かったの。あんなの絶対に好きな人へ向けるような目じゃないわ」


 当時のことを思い出したらしいステファニー嬢は、微かに青ざめた顔を俯かせ、自らの肩を抱きながらブルリと身体を震えさせた。

 彼女にとって舞踏会での体験は相当な恐怖だったのだろう。

 そんなステファニー嬢の傍にローリエがそっと寄り添い、小さな身体を労るように優しく背中を撫でた。

 そして妹がこれ程怯えているというのに、肝心の姉は相手のことを気にも留めていないと。


「……ふむ」


「マスミくぅん、協力して上げないの~?」


「んー、考え中かな」


 俺の目の前で必死に恐怖に耐えている少女。

 ミシェルのことを抜きにしても力になってあげたい……とは思う。

 だが実際のところ、俺達が今回の件に介入するのはかなり厳しいというか問題がある。

 まず大前提として婚約の件に関して俺達は完全に部外者なのだ。

 だから手出し口出しはせず、ミシェル自身に判断を委ねるつもりでいた。

 そしてステファニー嬢が先程話してくれた内容だが、ディオンの目がどうたらこうたらというのは、あくまで彼女の主観によるもの。

 正直どの程度参考になるのかも分からない。

 ましてや俺達はディオン本人と会ったことすらないのだから判断のしようがない。

 ステファニー嬢には申し訳ないが、こんな不確かな情報だけを頼りに行動を起こすことは出来ない。

 下手をしなくても不敬罪で御用になるのが目に見えている。


「報酬は望むものを用意するわ。お姉様の為にも力を貸して。どうか……どうかお願いします」


 未だ青ざめたままの顔を上げたステファニー嬢は、気丈な表情を浮かべて真っ直ぐ俺を見詰めてきた。

 その青い瞳の奥で強烈な意思の光が瞬くのを目にした直後、彼女とミシェルの姿がダブって見えた。


「……やっぱり姉妹だな」


「何か言った?」


「いえ、何も」


 今のままではリスクが大きく過ぎる。

 引き受けるべきではない。絶対に断るべきだ。

 頭では理解しているのだが……。


「今回の件を破断させることについて、残念ながらお約束をすることは出来ません」


 俺からの返答を聞いたステファニー嬢の表情がくしゃりと悲しげに歪み、ローリエとエイルが避難がましい目で俺を見る。


「そう。無茶なお願いをしてごめ―――」


「お約束は出来ませんが」


 ステファニー嬢が口にしようとした台詞を遮り、俺は続ける。


「お嬢様の意に添えるよう、可能な限り努力致します」


 私の力が及ぶ範囲でですが、と最後にわざとおどけた態度で告げる。

 ステファニー嬢はしばらくキョトンとした後、「ふふ、あははっ」と声を上げて笑い出した。


「あの、お嬢様? 少し笑い過ぎですよ」


「ふふふ、ご、ごめんなさい。でも、あは、あはははっ」


 困惑気味のローリエがやんわりと窘めるも、ステファニー嬢の笑い声が収まることはなかった。

 そうして一頻り笑った後、ステファニー嬢は目尻に浮いた涙を指先で拭い、何処か晴れ晴れとした微笑みを向けてきた。


「ええ、それで充分よ。よろしくお願いします、冒険者さん」


 この時、ステファニー嬢が浮かべた微笑みは、彼女の年齢より幼げでありながらも、思わず見惚れてしまうくらいの魅力に溢れたものだった。

お読みいただきありがとうございます。

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