第13話 小さなお嬢様
前回のお話……数話ぶりにローリエ登場
(ロ ゜Д゜)これが正装です
「ねぇねぇ、マスミは何処から来たの?」
「日本という、言葉では言い表せない程に遠い国からやって参りました」
「ねぇねぇ、なんでマスミは肩に虫をくっつけているの?」
「これでも私の従魔なんです」
「ねぇねぇ、マスミは変わった服を着ているのね」
「この服は、私の故郷の軍人達がよく着用していたものです」
「ねぇねぇ―――」
矢継ぎ早に繰り出される質問に対し、嫌な顔一つすることなく受け答えをする。
可能な限り穏やかな声と態度を維持し、相手に不快感を与えないように意識する。
……正直面倒臭かった。
「ねぇねぇ、マスミはミシェルお姉様とどんな関係なの?」
「どんなと言われましても、同じパーティの冒険者仲間としか……」
そんな俺の心中など知る由もない目の前の相手は、グイグイと突っ込んだ質問を連発してくる。
年の頃は十二、三歳くらいの小柄な少女。
緩く波打つ蜂蜜色の長い髪とその下にある幼くも美しい顔。
身に纏ったドレスには沢山のフリルがあしらわれており、その姿は実に愛らしかった。
成長したらいったいどれ程の美女になるのか、今から将来が楽しみである。
ミシェルと同じ色をした大きな瞳の中には、好奇の光が満ちており、先程から俺の顔をロックオンし続けていた。
全然目を逸らしてくれない為、若干居心地が悪くなってきた。
そんなに穢れのない眼差しを向けないでほしい。
「えーっと、ステファニーお嬢様? もう夜も遅いですし、そろそろお休みになられた方が……」
「もうっ、なんでそんなイジワル言うのよ。それにステフのことはステフって呼んでって言ってるじゃない!」
「イジワルとかそういうことでは……」
両の頬を膨らませ、上目遣いで不満げに俺のことを睨み付けてくる―――全然怖くない―――少女の名はステファニー=ラズリー。
エイベル=ラズリー伯爵の実の娘。つまりはミシェルの妹。
何故俺がこの小さなお嬢様から質問攻めにあっているのか。
それはほんの十数分前のこと。
―――
――――――
「余は満足じゃ」
ラズリー伯爵家ご自慢の夕食をごちそうになった後、俺は変わらず客室の中で寛いでいた。
伯爵家お抱えの料理人が作ってくれた料理はどれも絶品であり、この異世界にやって来てから初めて水鳥亭の女将さんの手料理を上回る味に巡り会った。
心配していたテーブルマナーについても、客室内に食事を運んでもらえたので杞憂に終わった。
人目を気にせず落ち着いて食事が取れるようにとラズリー伯爵が配慮してくれたらしい。
実に有り難い。
美味なる食事を存分に堪能して腹を満たした後、俺は食後の休憩も兼ねてそのまま部屋に残り、エイルはローリエに案内されて風呂へ向かった。
「ふぁぁぁ……ねむ」
腹がくちくなると眠くなるのは自然の摂理。
迫りくる眠気の波に抗うことなく、俺はベッドの上に身体を横たえた。
そのまま心地好い微睡みに身を任せ、一眠りしようと思ったのだが……。
「んぁ?」
何やら視線を感じる。
室内には俺一人しか居ないのだが、いったいなんだろう?
横になったまま周囲に首を巡らせると部屋の扉が僅かに開いていることに気付いた。
出ていく際にローリエとエイルが閉め忘れたのかと思ったが、どうも違うっぽい。
何故かといえば、開かれた扉の隙間から「ジーッ」と何者かがこちらを覗いていたからだ。
いや、それは最早覗きと呼べるようなものではない。ガン見である。
ジーッて口に出しちゃってるし、本当に隠れるつもりがあるのだろうか。
「ジーッ」
隙間から見える蜂蜜色の頭髪と青い瞳。
体格やトーンの高い声から判断するに覗きの下手人は幼い少女。
バレているとは……思っていないんだろうなぁ。
「……何かご用で?」
少女を極力刺激しないように控えめに声を掛けたのだが、俺の予想に反して「ぴゃぁッ!?」と相手の反応は過剰だった。
そこまで驚くことかね。
少女は一旦顔を引っ込めたものの、少し待ったら顔だけをまた覗かせた。
「い、いつから?」
「割りと前から」
恐る恐る訊ねてきた少女に対して正直に告げたところ、彼女は室内を覗き込む体勢のまま、その身をプルプルと震えさせた。
きっと羞恥心に耐えているのだろうと容易く想像出来たので、俺はそれ以上何も言わなかった。
そうしてたっぷり三十秒はプルプルした後、少女は扉を大きく開け放って堂々と入室してきた。
どうやら開き直ったらしい。
「よ、よくステフが隠れていることに気付けたわね。流石は冒険者」
どうも先程までのやり取りはなかったことにしたい様子。
この子の名誉のためにも、そもそも隠れてなかったよと指摘するのは止めておこう。
「それでお嬢さんは何処のどなた様かね?」
なんとなく予想は付くけど、一応訊ねておく。
すると少女は、よくぞ訊いてくれたと言わんばかりにその薄い―――あまりにも薄過ぎる―――胸を張って告げた。
「ステフの名前はね、ステファニー=ラズリーって言うの。ミシェルお姉様の妹よ。よろしくね」
――――――
―――
こうしてステファニー嬢の襲撃を受けた俺は、食後のまったりとした時間を楽しむことも叶わず、現在進行形で根掘り葉掘りと質問を浴びせられているのである。
ちなみに質問内容の大半は俺自身に関することやミシェルとの関係についてだ。
「ねぇ、どうしてステフって呼んでくれないの?」
「私のような者がお嬢様を愛称でお呼びするなど恐れ多いことです」
知り合って間もない少女をいきなり愛称で呼ぶ程、図太い神経はしていない。
あとそんなに親しくもない。
「ステフがいいって言ってるんだからいいじゃない。それにさっきから話し方が変。もっと普通に話して」
「普通にと仰られましても、伯爵閣下の御息女であられるお嬢様に無礼な言葉は……」
今更感はあったものの、伯爵家の一員であると本人の口から明かされてからは、俺も口調を改めた。
身分の違いもそうだが、何より無償で泊まらせてもらっている立場で、ラズリー伯爵の娘さんに失礼な口は利けん。
「でもミシェルお姉様のことは呼び捨てにしてるんでしょ? それに敬語も使わないって聞いたわ」
「……それはいったい誰からお聞きになられたのですか?」
「お姉様から」
ミシェルめ、余計なことを吹き込みおってからに。
「ねぇいいでしょ。ステフのこともステフって呼んで。お姉様と同じように話して」
「いえ、流石にそういう訳には……」
ねぇねぇと俺の戦闘服の袖を引っ張りながら、自分をミシェルと同じように扱えと謎の要求をしてくるステファニー嬢。
仮にも相手は貴族の子女。
如何に本人から許可を貰っているとはいえ、じゃあはい分かりましたと応じてしまう訳にはいかない。
「どうかされましたか?」
「あれぇ、お客さん~?」
どうしたものだろうかと俺が答えに窮していた時、丁度良いタイミングでローリエとエイルが戻って来てくれた。
二人ともちゃんと入浴を済ませてきたのだろう。
上気した頬は僅かに赤く染まり、髪はしっとりと濡れていて実に色っぽい。
だがエイルはともかくローリエはまだ仕事中なのでは?
「おかえり」
「とっても広くてぇ、気持ち良くてぇ、素敵なお風呂だったの~」
「そいつは楽しみだ」
特に蒸し風呂が最高だったの~と幸せそうに語るエイル。
蒸し風呂ってサウナのことか?
「あら? ステファニーお嬢様、何故こちらに?」
ステファニー嬢が室内に居ることに対してローリエが疑問の声を上げると、彼女は「マスミとお話してたの」とあっさり答えた。
本当ですかと視線で問い掛けてくるローリエに頷きを返しておく。
嘘は言っていない。
「左様でございますか。ですがお嬢様、こんな夜更けにお一人で殿方のお部屋を訪ねられるのは、淑女としてはしたのうございます。それに勝手にお客様のお部屋に入るのもよくありません。奥様に叱られてしまいますよ」
「でもマスミはミシェルお姉様やローリエの冒険者仲間なんでしょ? それでも駄目なの?」
「それでも、です。さあ、もう夜も遅いですから、お部屋に戻って休みましょう」
やんわりとステファニー嬢を嗜めるローリエ。
そのまま彼女の背中を押し、自室へ向かわせようとしたが、突如ステファニー嬢が慌てた様子で「ちょっ、ちょっと待って」と言い出した。
「お嬢様?」
「お願いローリエ、もう少しだけマスミとお話をさせて」
「ですが……」
「マスミとお話をしたかったのは本当だけど、どうしても彼にお願いしたいことがあったの」
お願い?
ステファニー嬢を除いた三人の首が同時に傾く。
ローリエの元を離れたステファニー嬢が再び俺の前に立つ。
「マスミ、お願いが……ううん、冒険者としての貴方に依頼をしたいの」
「依頼でございますか?」
初対面のお嬢様がいったい何の依頼をしようというのか。
先程までの無邪気さは鳴りを潜め、内心の緊張を抑えるようにギュッとスカートを握り締めるステファニー嬢。
無言で見守っていると、彼女は大きく息を吸い込み―――。
「ミシェルお姉様の、お姉様の婚約を…………失敗させてほしいのッ!」
―――とんでもないお願いをしてきた。
お読みいただきありがとうございます。




