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第4話 こうして彼女は旅に出た

前回のお話……真澄くん、魔物使いの道を歩み始める?

(真 ゜Д゜)離れない……

(兜 ゜Д゜)離さない……

「ハァァアアアアアアッッ!?」


 真昼の酒場に俺の叫びが反響した。


「お客さんうるさい! いきなり大声出さないでよ!」


「えっ、あ……ごめん」


 目の前に立つ少女から怒鳴られたことで我に返った俺は、一先ず謝罪の言葉を口にした。

 場所は俺達が常宿として利用している宿屋兼酒場の水鳥亭。

 その一階の酒場で、俺は驚きの余り叫んでしまったのだ。

 厨房から顔を出した女将さんが苦笑している。

 うるさくしてすみません。

 他の客が居なくてよかった。

 見れば、傍らのエイルもエルフ特有の長耳を塞ぎ、ギュッと両目を瞑っている。

 耳の良い彼女にはさぞや辛かったであろう。

 申し訳ないことをした。


『我のことも少しは気遣え……』


 そんな恨みがましい声まで胸元から聞こえてきた。

 そして左肩にくっ付いている鍬形兜(スタッグビートル)も相当驚いたのか、大顎をパッカリと開いたまま固まっている。

 取り敢えず心中で全員にすまんかったとだけ詫びておこう。


「もう、だからビックリしないでねって言ったのに」


 俺を怒鳴った少女―――女将さんの長女がプリプリと怒っている。

 今日も給仕服のミニスカートから惜し気もなく晒された生足が眩しい。

 買い物にでも出ているのか、次女とコレットの姿は見当たらなかった。


「いや、確かに言われたけど……これを驚くなってのは無理があるだろ」


 視線を手元へ落とし、手に握っていた一枚の書き置き―――俺が絶叫を上げる原因となったものを半目で睨む。

 そこに書かれている内容は……。


 ―――旅に出ます。探さないで下さい。

 ―――ミシェル。


 書いた本人の生真面目な性格を表すような丁寧な筆跡。

 仮に名前など無くとも、これはミシェル自身が書いたものだとすぐに分かった。


「本当に何考えてるんだか、あのアホは……」


 報酬の受け取りと鍬形兜(スタッグビートル)の従魔登録を終えてギルドを後にした俺達は、寄り道をすることなく水鳥亭へと帰ってきた。

 そして帰って早々、夕方からの営業に向けて仕込みをしていた女将さんにミシェル達のことを訊ねた。


「ああ、あの子達なら確かに帰ってきたよ。でも暫くしたらまた出掛けちまったよ。随分慌ててたようだけどねぇ」


「もしかして昨日から帰ってないんですか?」


「さあ、あたしは見てないけどねぇ」


 女将さんは昨日も今日もずっと店に居たらしいから、ミシェル達が帰っていれば気付いた筈だ。


「となると、二人は帰ってきてないんだろうな」


 何処へ行くにしても、あの二人は基本的に一言行き先や目的を告げてから出掛ける。

 そんな二人が何も告げずに出て行ったということは、それだけ余裕が無かったのかもしれない。

 まあ、とんぼ返りした時の様子から見て、相当焦ってたもんな。

 取り敢えず部屋の中でも覗いてみれば何か分かるかもしれない。

 そのように結論付けて二階へ上がろうとした時、誰かが階段を駆け下りてきた。


「あっ、帰ってきた。お客さんッ、これ見てこれ!」


 下りてきたのは女将さんの長女。

 すっかりお馴染みとなった給仕服に今日も身を包んでいる。

 息を弾ませながらこちらに駆け寄ってきた彼女は、二つ折りにされた一枚の紙片を俺の眼前に差し出してきた。


「何かねこれは?」


「いいから早く見て!あっ、先に言っておくけど、ビックリしないでね!」


「なんなんだよ」


 長女に急かされるがまま受け取った紙片を開いてみると、そこにはこう書かれていた。


 ―――旅に出ます。探さないで下さい。

 ―――ミシェル。


 ……。

 …………。


「ハァァアアアアアアッッ!?」


 ここで冒頭に戻り、いきなり大声を上げた俺は長女に怒鳴られたのだ。

 そっかー。旅に出たのかー。ならしょうがないねー。

 ……ってなるかボケ!


「何考えてんだよ、あの馬鹿は……!」


「ミシェルちゃんとローリエちゃん、何処行っちゃったのかな~?」


「……んなもん、俺が教えてほしいっての」


 あまりにも突然過ぎる旅宣言に心と感情の整理が追い付かない。

 いつものおっとりした笑顔とは異なる不安そうな面持ちのエイルに対しても、つっけんどんな物言いをしてしまう。

 えぇい、落ち着け。

 俺がキレてどうするんだ。


「依頼を受けないとかアホなことを抜かしたと思ったら、今度は旅に出るだぁ?」


 ミシェルの奴、いったい何を考えているんだ。

 それにローリエまでどうしちまったんだ。

 ミシェルが何か仕出かすことはたまに……それなりにあったけど、そういった時はいつも彼女が叱ったり、止めたりしてくれていたのに。

 ついでにもう一点に気になることがある。


「なんで君が書き置き(これ)を持っとるのよ?」


「ドキッ」


「いや、ドキッて……」


 もしやこの子は何か知っているのではという疑念混じりの視線で長女を見詰めると、あからさまに目が泳ぎ始めた。

 分かり易いなぁ、オイ。


「何か知ってる? もしくは何かやった?」


「ししっ、知らない。ホントに知らないッ」


「じゃあなんでぇ、ミシェルちゃんの書き置きをぉ、持ってたの~?」


「それは、そのぉ……」


 両手の人差し指をツンツンさせながら気まずそうに目を逸らす長女。

 そんな長女をジーッと見詰める俺とエイル。

 やがて俺達からの無言の追及に耐えられなくなったのか、観念したように息を吐き、ポツポツと話し始めた。


「その、お姉さん達が慌てて帰って来たのに驚いてぇ……」


「ふむふむ」


「かと思ったら、またすぐに慌てて出て行ったのが気になってぇ……」


「ほうほう」


「気付いたらお姉さん達が泊まってる部屋の前にいてぇ……」


「それからどした?」


「我慢出来なくて中に入っちゃいました」


「いや駄目でしょ」


 入っちゃいましたじゃねぇよ。

 幾ら女将さん(オーナー)の娘とはいえ、客が借りている部屋に無断で入るのはいかんだろ。

 ……俺の部屋にまで入ってないだろうな?


「あんたはまた勝手なことを……」


 厨房から顔を出した女将さんも呆れた目で娘を見ている。

 そして女将さんの台詞から察するに今回が初犯ではなさそうだ。


「だって気になったんだもん! 鍵も掛かってなかったし……」


「だったら尚更駄目でしょうが。まったくあんたって子は誰に似たんだか」


 シュンと項垂れる長女を見て、溜め息を漏らす女将さん。


「母子家庭も大変だなぁ」


「マスミくん、問題はそこじゃないの」


 初めてエイルにツッコまれた。

 しかもいつもの間延びした喋り方ではない。

 どうやらエイルさんもマジなようなので、俺もおふざけは無しにしよう。


「ゲフンゲフン。あー、それじゃこの書き置きはミシェル達の部屋に入った時に見付けたってことでいいんかね?」


「うん、テーブルの上に置いてあったからつい……」


 だからつい……じゃねぇよ。

 見ろ。女将さんが頭を抱えながら、より深い溜め息を吐いているではないか。


「見付けたのって昨日のこと?」


「うん、昨日の昼間。もう中天は過ぎてたと思うけど」


「他には何もなかったのか?」


「えっと、どうだっけ? 書き置き(それ)見て、あたしもかなり驚いちゃったから。そうだ、もう一回行けばいいんだっ」


 そう言って、先程とは逆に階段を駆け上がろうとする長女だったが、それよりも女将さんが肩を掴んで止める方が早かった。

 いつの間に厨房から出てきたんだ。


「あんたは行かなくてもいいんだよ」


「えっ、でもお母さん……あっ、ちょっ、肩痛いッ、ホント痛い!」


 身を捩りながら、自身の肩を掴む母親の腕を必死にタップする長女。

 余程痛いのか、目には涙が浮かんでいる。

 残念ながら、そんな娘の様を目にしても、女将さんが力を緩めることはなかった訳だが……。


「勝手に客の部屋に入った上に荷物まで持ち出すなんてねぇ」


「えっ、別に荷物って程じゃ―――」


「言い訳無用。あんたにはお仕置きが必要だね」


 女将さんの目が完全に据わっており、その目に睨まれた長女は、まさしく蛇に睨まれた蛙同然に固まっている。

 肩を掴んだまま、娘を厨房の方へ連行する女将さん。

 抵抗の意思を奪われた彼女は、ただされるがままに引き摺られていく。

 やがて厨房の奥へと姿を消す母子。

 これからいったい何が行われるのか。知りたいような、知りたくないような。


「……部屋に行ってみるか」


「うん」


 触らぬ神に祟りなし。

 死んだ魚のような目で連れていかれた長女のことを頭の中から追いやった俺は、エイルを伴ってミシェル達が利用している部屋へと向かった。

 施錠されていないことは知っているので、ノックもなしにドアを開ける。

 作り自体は、俺が寝泊まりしている部屋と大きな違いはない。

 ただこちらは二人部屋なので、当然一人部屋よりも広いし、ベッドも二台置いてある。


「本当に慌てて出ていったんだな」


 部屋の中は散らかっていた。

 床と言わず、ベッドと言わず、あちこちに衣類や小物等が転がっている。


「二人とも、なんで……」


「さてなぁ」


 悲しそうに目を伏せるエイル。

 何か気の利いた言葉の一つでも掛けてやれればよかったのだろうけど、生憎と全然頭が回らないのだ。

 どちらが利用しているのかも分からないベッドの上に腰を下ろす。


「これからどうしたもんかねぇ」


 ミシェルとローリエ。

 俺がこの異世界に迷い込んで最初に出会った二人。

 最初の仲間。

 つい昨日までずっと一緒だった筈の彼女達が突然姿を消した。

 例え様のない喪失感が胸の内に広がっていく。


「……せめて何か言ってけよ」


 なんだかドッと疲れた。

 このまま不貞寝してしまおうかと、ベッドに横になろうとした時……。


「マスミくん、これ」


 と言って、エイルが何かを差し出してきた。

 ミシェルの書き置きと同じように二つ折りにされた一枚の紙片。


「これは?」


「分からないけど、テーブルの上に置いてあったの」


「テーブルの上?」


 そんなこと長女は一言も……あぁ、かなり驚いたとか言ってたもんな。

 おそらくはテンパり過ぎて、もう一枚置かれていることに気付けなかったのだろう。

 受け取った紙片を開こう……として躊躇う。


「マスミくん?」


「いや、なんか(すげ)ぇ罵詈雑言が書かれていたらどうしようかと」


「そんなこといいから早く見るの」


「そんなことって言うなよ」


 傷付くじゃないか。

 俺の身体を前後に激しく揺らしながら、早く早くとエイルがせっついてくる。

 その度に彼女の爆乳が跳ね回って大変なことになっているのだが、今の俺にその光景を楽しむだけの余裕はなかった。


「エイル、ちょっ、ストップ。うぇっ……」


 揺らされ過ぎて気持ち悪い。

 停止を求めるも彼女の耳に届かない。

 あかん、これ吐くかもと思ったその時、俺の肩にくっ付いていた鍬形兜(スタッグビートル)が突然背中の翅を広げ、勢いよく飛び上がった。

 放たれた矢の如く、エイルの胸元目掛けて一直線に飛んで行き、ご自慢の角を突き立てる。

 だが……。


 ―――ポヨン。


 あまりにもあっさりと跳ね返されてしまった。

 その姿を目にして、一瞬でも自分も跳ね返されてみたいと考えた俺はもう駄目かもしれん。

 圧倒的な質量と弾性を誇る爆乳(エイル)の前に、鍬形兜(スタッグビートル)の力は通用しなかったかに見えたが……。


「いやぁん」


 確かに効果はあった。

 驚いた拍子に俺の身体から手を離すエイル。

 爆乳を刺激されたことによって、その唇からはなんとも艶かしい声が漏れた。

 背中の翅を羽ばたかせ、空中で体勢を立て直した鍬形兜(スタッグビートル)が俺の肩へ戻って来た。


「よくやってくれた」


 いろんな意味で。

 労いの意を込めて角を撫でてやると、何処か誇らしそうに何度も大顎を動かしていた。

 エイルも落ち着きを取り戻してくれた。

 三半規管からダメージが抜けるのを待ちつつ、改めて紙片を手に取る。


「じゃあ……開くぞ」


「う、うん」


 

 ゴクッと音を立てて口内に溜まった唾液を飲み下し、二つ折りにされた紙片を恐る恐る開いてみればそこには……。


 ―――数日留守にします。

 ―――ちゃんと帰りますので、心配しないで下さい。

 ―――ローリエ。


 俺達の心配はなんだったんだと言いたくなるような簡潔明瞭な説明が書かれていた。

 無言のまま、お互いの目を見て、同時に首を傾げる俺とエイル。

 いや、マジで何がしたいのだろう、あの二人は……。

お読みいただきありがとうございます。

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