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第3話 輝く先端

前回のお話……バナナトラップがオススメ

(虫 ゜Д゜)ワサワサワサワサ

(真 ゜Д゜)うわぁ……

(エ ゜Д゜)いっぱい……

「確認します。納品される数は二十三匹中、二十二匹でお間違えありませんか?」


「間違いないっす」


「それではこちらの書類に署名をお願いします。はい、結構です。これにて『鍬形兜(スタッグビートル)の捕獲依頼』は達成となります。お疲れ様でした」


 柔らかな笑顔で労いの言葉を掛けてくれるメリー。

 昆虫採集で沈んでいた心が癒されていくようだ。


「こちらこそどうもありがとう」


「え?」


 きっちりと腰を四十五度に折り曲げ、深々と頭を下げる俺。

 何故自分が礼を言われているのか理解出来ないメリーは、只々困惑していた。

 気にしてはいかんよ。


「と、ところで、その子(・・・)は結局フカミさんが引き取ることにされたんですか?」


「全然離れてくれんのよ」


 メリーが口にした「その子」とはいったい誰のことか。

 それは俺の左肩にしがみ付いている一匹の鍬形兜(スタッグビートル)

 捕獲した全二十三匹の内、唯一納品しなかった個体だ。

 全長は15センチ弱。

 他の個体と比べて一回り小さく、ほとんどの個体が黒褐色の中、こいつだけは俺が知っている普通のカブトムシと同じような茶褐色をしていた。


「捕獲して間もないのに、ここまで懐かれるのも珍しいですね」


「虫に好かれてもなぁ」


 納品する為に虫籠を差し出そうとした時、中からこいつだけが飛び出し、そのまま俺の左肩にしがみ付いてきた。

 あとは蜜を貪っていた時と同じで、どれだけ引っ張っても離れなくなってしまったのだ。

 俺は今まさにお前の仲間を売り払った男だぞぉと言いながら、その茶褐色の身体を指先で突っついてみる。

 ゆっくり大顎を開いたり閉じたりしている以外、反応らしい反応を示さなかった。

 虫の機微など俺には分からんが、嫌がっているような素振りには見えない。

 むしろリラックスしているような……?


「人でも虫でもぉ、変わった子に好かれるのがぁ、とってもマスミくんらしいの~」


「その変わった子の筆頭みたいな奴が何をほざくか」


 ナチュラルに失礼なことを口走るエイルを軽く睨み付けるが、然して堪えた様子はなかった。

 そしてその言い方だとミシェルやローリエまで変わった子ということに……あの子らも充分変わってるわ。


鍬形兜(スタッグビートル)ですから危険は無いと思いますけど、一応従魔登録をしておいた方が良いかもしれませんね」


「じゅうまとうろくってなんぞ?」


「簡単に言いますと、冒険者さんが手懐けた魔物……フカミさんの場合は鍬形兜(スタッグビートル)ですね。その魔物が間違いなく自分のものであると証明する為の手続きです」


 メリー曰く、従魔登録を終えていない魔物は、野良の魔物と同じ扱いになるので討伐をされても文句は言えない。

 未登録のまま街中で魔物を連れ歩いていると、最悪の場合は冒険者自身も処罰の対象になるそうだ。


「従魔登録をした魔物が街中で問題を起こした場合、その責任は全て主人である冒険者さんが負わなければいけません。逆に他の冒険者さんが理由無く魔物を害した場合は、その方が処罰を受けることになります」


「ふむ。冒険者と魔物、両方の権利を守る為に必要な手続きってことか」


「その通りです。冒険者さんの中には、主に魔物を使役して戦われる方、所謂魔物使いと呼ばれる方もいらっしゃいますから、どうしてもこういった手続きが必要になるんです」


 案の定と言うべきか、まだ従魔登録が施行されていなかった時代は問題も多かったらしい。

 禁止されていない上に処罰する為の規定も無いのだから当然かもしれない。


「従魔登録する場合って、特別な手続きとかあるの?」


「通常は必要書類のご記入と認識票への情報追加。あとは従魔であることを示す首輪などを装着していただきます。ただ鍬形兜(スタッグビートル)の場合だと……」


「小さくて首輪のサイズが合わない?」


「その……はい、流石に胴体に首輪を付ける訳にもいかないでしょうし」


 そんなことをしたら此奴は飛べなくなってしまう。

 従魔にするとしても、普通はもっとデカくて戦闘力のある魔物を選ぶだろうしな。

 戦闘向きではない鍬形兜(スタッグビートル)を態々従魔にしようなんて物好きはいないか。


「やったな。記念すべき鍬形兜(スタッグビートル)の従魔第一号はお前だとよ」


 とは言うものの、首輪は使えないんだよなぁ。

 どうするんだろ?

 鍬形兜(スタッグビートル)の身体をもう一度指先で突っついてやると大顎で俺の指を挟んできた。

 甘噛みでもしているつもりなのか、全然痛くない。


「一応、隷属効果のある魔術刻印を刻むという方法もありますけど……」


 また知らない単語が出てきた。魔術刻印?


「〈契約(コントラクト)〉の魔術とぉ、〈魔力付与(エンチャント)〉の応用でぇ、魔力的な刻印を刻み付けることで~す」


「彫るんじゃなくて?」


「あくまでもぉ、魔力で形成された刻印だからぁ、実際には彫りませ~ん」


 通常時は目に映らないけど、魔力を流すと浮かび上がってくる。

 隷属効果を付加することで魔物は主に絶対服従となる。

 本来は強力な魔物を従わせる場合や一部の奴隷に対して施すものらしい。

 以上、エイル先生の解説でした。


「その魔術刻印とやらをすれば大丈夫なん?」


「はい、あとはフカミさんの従魔だと一見して分かるような物を身に付ければ問題ありません。ただ、何分特殊な事例ですので、通常の手続きより時間とお金が掛かってしまいますけど……」


「んー、お前はそれでもいいか?」


 俺がそう訊ねると、まるで頷くように鍬形兜(スタッグビートル)は頭を、というか角を縦に振った。

 この反応、もしかして俺の言葉を理解してるのか?


「まさかね……」


「どうかされましたか?」


「いやなんでも。じゃあメリー、依頼達成の報告を終えたばかりで悪いんだけど、こいつの従魔登録もお願い出来るかな?」


「お任せ下さい」


 嫌な顔一つせず、笑顔でお願いを快諾してくれるメリーは本当に受付嬢の鑑だと思う。


「それじゃあマスミくぅん、報酬の受け取りはぁ、わたしがやっておくね~」


「おー、頼むわ」


 一旦エイルと別れた後、別室にて魔術刻印とやらを施してもらうことになった。

 メリーと共に室内で待機すること数分、何やら妖しい雰囲気を漂わせている妙齢の美女が部屋に入ってきた。

 はて誰だろうと内心で首を傾げていると、いきなり会釈されたのでこちらも頭を下げておく。


「えっと、よろしくお願いします?」


 どう対応していいか分からずにそう告げると、謎の美女は何度か目を(しばたた)かせた後、薄く笑みを浮かべた。

 何か変なことを言っただろうか?

 そしてメリーは何故ムッとした表情になっているのか。

 ……解せぬ。

 美女は笑みを浮かべたまま、懐から指揮棒(タクト)のような物を取り出すと、指揮者よろしく振り始めた。

 目を凝らせば、指揮棒(タクト)の先端には淡い光―――魔力の光が灯っているのが分かり、美女が振る軌道に沿って光の文字が空中に浮かんだ。

 更に美女が何事かを口ずさめば、光の文字の羅列はまるで滑るように空中を移動し、鍬形兜(スタッグビートル)の身体へと染み込んでいった。

 文字が触れる度に鍬形兜(スタッグビートル)がピクピクと反応してて、ちょっと面白かった。

 やがて全ての文字が染み込むと、鍬形兜(スタッグビートル)の身体の表面に不可思議な紋様が浮かび上がった。


「これが魔術刻印?」


「はい、あとはこの刻印にフカミさんの血を吸わせれば終わりです」


「そうか、俺の血を……えっ、血?」


「はい、どうぞ」


 そう言って、何処からともなく一本の針を取り出すメリー。

 冒険者登録した当時を思い起こさせるような光景である。


「さあ、ブスッといっちゃって下さい」


「わー、すっごい既視感(デジャヴ)


 何故かその先端部分がキラリと輝いているように見えた。



 ――――――

 ―――



「お待たせ」


「あ、マスミくぅん、従魔登録終わったの~?」


「ああ、滞りなく」


 ロビーのソファーに座って待っていたエイルの元へと向かう。

 俺の左肩には、別れる前と同じように鍬形兜(スタッグビートル)がしがみ付いている。

 外見に変化はないものの、俺とこいつの間には確かな繋がりが出来上がっていた。

 魔術刻印を用いた〈契約(コントラクト)〉を行った結果、お互いの芯の部分が一本の線で結ばれているような感覚を覚え、間違いなくこの鍬形兜(スタッグビートル)が自分の従魔なのだと理解することが出来た。

 その実感を伝えたところ、謎の美女は笑みを深め―――。


「君、意外とセンスあるね」


 ―――と言い残して去って行った。

 あの美女はいったい何者なのだろう。

 そしてメリーは何故むくれていたのか。

 ……解せぬ。


「そっちも報酬の受け取り終わった?」


「うん、大儲け~」


 エイルが差し出してきた革袋を受け取る。

 硬貨がたっぷり詰まっているのだろう。

 革袋はパンパンに膨らんでいた。

 周囲に人目がほとんどないのをいいことに、空間収納を発動して革袋を放り込む。

 重いんだよ。


「さて、ゆっくり飯でも食いたいところだけど、先に宿に戻るとするか。ミシェル達が何してんのかも気になるし」


「そうだね~」


 俺とエイルが依頼に出ている間、ミシェル達がギルドに顔を出したかメリーに訊ねてみたものの、答えはノーだった。


「あいつらは本当に何をやっとるんだ?」


 ギルドを後にした俺達は、手紙の件も含めた諸々のことをミシェル達に問い質すべく、水鳥亭への帰途を急いだ。


 えっ、針?

 勿論、ブスッとやりましたけど?

お読みいただきありがとうございます。

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