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第2話 汗と涙と蜜の味

前回のお話……昆虫採集

(虫 ゜Д゜)ブブブブーン(飛行中)

(真 ゜Д゜)く、屈辱……

 依頼内容『鍬形兜(スタッグビートル)の捕獲』。

 この依頼は、商人ギルド―――商人同士の協同組合みたいなもの―――を通じて冒険者ギルドに持ち込まれたものらしい。

 なんでもこの時期、国中の貴族が鍬形兜(スタッグビートル)を買い求めに来る為、大量に用意する必要があるのだとか。

 危険性が低いとはいえ、仮にも魔物だぞ?

 何故に貴族がこんな昆虫モドキを欲しがるのか。


「私も行ったことはないんですけどね。毎年セクトンという地方都市で、鍬形兜(スタッグビートル)などを競わせる大会が開かれているそうなんですよ」


 結構盛況らしいですよと教えてくれたのは、すっかり馴染みとなった受付嬢のメリーだ。

 好事家というか物好きというか、ともかくその大会に出場したいお貴族様が鍬形兜(スタッグビートル)を買い求めにくるらしい。

 虫相撲でもやらせるんかね?


「魔物同士を競わせたり、戦わせたりする闘技会は他にも存在しますけど、やっぱり少なからず危険は付き物なんです。その点、この大会で競わせるのは鍬形兜(スタッグビートル)を始めとした危険性の低い魔物ばかりなので、安心して観戦出来ます」


「成程ねぇ」


 基本的に鍬形兜(スタッグビートル)の気性は穏やか。

 攻撃性も低く、肉も食べない。

 稀に同族で喧嘩をしたり、繁殖のために雌を巡って雄同士が争うことはあっても、それ以外ではまず暴れたりしないし、命の奪い合いにまで発展することもない。

 血生臭いことが苦手な人でも楽しめる催し物ってことか。

 ちなみに参加資格に身分は関係ないそうだ。


「この世界の貴族って暇なのか?」


「何か仰いました?」


「うんにゃ何も。なんか面白そうだし、この依頼請けてみるよ。手続きお願い」


「承知致しました。そういえばミシェルさんとローリエさんのお姿が見えませんけど……」


「なんか急に都合が悪いとか言い出して、どっか行っちゃった」


 キョロキョロと辺りを見回すメリーに事情を説明する。

 実は今朝、ギルド経由でミシェル宛に手紙が届いたのだが、その手紙に目を通した途端、ミシェルもローリエも顔面蒼白になってしまったのだ。

 二人ともこの世の終わりみたいな顔をしていた。

 はてさて何が書いてあったのかしらんと訊ねようとしたら、突然今日は依頼を請けないと言い出したのだ。

 理由を問い質そうとする俺とエイルに何の説明もすることなく、二人はそのまま宿にとんぼ返りしてしまった。

 取り残された俺とエイルは、釈然としない気持ちを抱えつつも、自分達まで帰る訳にはいかないので『鍬形兜(スタッグビートル)の捕獲』を請けることにしたのである。



 ――――――

 ―――



「こうして今に至る」


「何の話~?」


 こっちの話。

 場所は変わらずネーテの森の中。

 既に日が暮れてから一時間以上は経つ為、辺りはすっかり真っ暗である。

 生い茂った枝葉が幾層にも折り重なって出来たカーテンに遮られ、月明かりもほとんど差し込んでこない。

 エルフとしての特性なのか、エイルはかなり夜目が利くようだけど、普通の人間である俺ではどれだけ懸命に目を凝らしてみても、夜の森を見通すことは叶わなかった。

 照明無しではまともに歩けそうにもないので、タクティカルライトを取り出して前方を照らす。

 一応、光量は抑え目にしておこう。


『我は暗くても見えるぞ?』


「黙らっしゃい」


 胸ポケットからひょっこり顔を出したニースが自信満々に無い胸を張る。

 ちょっとイラッとしたので、指の腹で無理矢理ポケットの中に押し込んでやった。

 コラぁとか、やめろぉとか言ってるようだけど、黙殺させてもらおう。


「マスミくぅん、あそこ~?」


「ん? おお、アレだアレ」


 エイルと一緒に森の中を歩いていると、程無く目的のものを発見した。

 幹の色は濃い灰褐色で表面はデコボコ。

 葉の形は先端が尖り、縁の方がギザギザになっている。

 俺の記憶が正しければ、その樹木はクヌギの木によく似ていた。

 枝が揺れるのに合わせて、目印として結んでおいたタオルも一緒に揺れている。


「さてさて、成果はどんなもんかねぇ」


 タクティカルライトから照射されているLEDの青白い光をクヌギモドキの幹へと向ける。

 光に照らされた幹には……。


 ―――ワサワサワサワサ。

 ―――ワサワサワサワサ。


「「うわぁ……」」


 そこには夥しい数の鍬形兜(スタッグビートル)が群がっていた。

 鍬形兜(スタッグビートル)の外見を怖いとは思わないけど、ここまで大量にワサワサしてると流石にちょっと気持ち悪い。


「こりゃまた強烈だな」


「一、二、三、四……いっぱいいるの~」


 光に照らされても逃げる素振りを一切見せない大小様々な鍬形兜(スタッグビートル)共は、一心不乱に何かを貪っていた。

 そして奴らが貪っているものの正体を俺は知っている。

 何故なら俺自らが用意したものだから。


「やっぱ昆虫採集するならバナナだよね」


 鍬形兜(スタッグビートル)共が貪っているものの正体。

 それはバナナを使用して作ったお手製の蜜である。

 使用したバナナはこっちの世界で購入したものではなく、俺が元の世界から持ち込んだものだ。


「俺はバナナをオヤツに含む派だ」


「なんのこと~?」


「気にしなさんな」


 作り方は簡単。まずは砂糖と酒―――焼酎がオススメ―――をよく混ぜて袋に入れておく。

 次に皮付きのまま、ざっくり切ったバナナを同じ袋の中に入れて揉み込んだ後、袋の口を締める。

 あとはこのままの状態で太陽に当てるなりなんなりして発酵させれば完成なんだけど、ここで問題が起きた。


「発酵出来ねぇじゃん」


 通常は丸一日以上放置して、袋がパンパンに膨らんでくるのを待つのだが、そこまで時間を掛けてもいられない

 悩んだ末、俺は空間収納から鍋を取り出した。

 鍋の中に温めのお湯を注ぎ、袋を入れて蓋をする。

 確か温めると発酵が早まると聞いた覚えがある。

 一時間近く経過した後、鍋の中から袋を取り出し、今度は上下に振ってみる。


「なんで振るの~?」


「なんか振ると発酵が早まるって聞いた覚えが……」


 あれ?

 振ると発酵が早まるのってパンとか酒の場合だっけ?


「……えぇい、ままよ!」


 上手くいかなかったらどうしようとか、今は考えないことにした。

 失敗した時にまた考えればいい。

 思考を放棄した俺は、ただひたすらに袋を振る行為に没頭した。


「ぬぅぅぉぉおおおああああッ!」


 森の中、枝葉の隙間から差し込んでくる陽光を一身に浴び、袋を激しく振りながら吠える俺。

 その傍らに座り、暇そうにこちらを見上げてくるエイル。

 少しは手伝えや。

 魔力で筋力を強化してまで振り続けること約二時間。

 冗談抜きに腕が持ち上がらなくなってきた頃、袋の中から甘ったるい匂いが漂ってきた。


「う、上手くいった……?」


「お疲れ様~」


「発酵が成功したかは微妙だけどな」


 それでも今回限りなら然して問題無いだろう。

 正直、これ以上は振っていられない。

 全身汗だくの上に、乳酸が溜まり過ぎて両腕がパンパンなのだ。

 肩から指先に至るまで痙攣が収まらない。

 だが酷使した甲斐はあった。

 あとは出来上がった蜜を手頃な木の幹に塗りたくっておくだけ。

 本当はストッキングとかに蜜を入れて木に吊るしておく罠―――通称バナナトラップを仕掛けた方が効果的なんだけど、男の俺がストッキングを常備している筈もないので諦めた。

 乱れた呼吸が整うまで休憩した後、森の中を散策し、前述のクヌギモドキを発見。

 そのデコボコした幹にこれでもかとお手製の蜜を塗りたくってあとは放置。

 日が暮れるまで様子を見ることにしたのだ。


「結果はご覧の通り」


 予想を遥かに上回る数の鍬形兜(スタッグビートル)が群がり、俺の汗と乳酸と魔力の結晶とも呼ぶべき蜜を今尚貪り続けている。

 ちなみに蜜を塗るのにクヌギモドキを選んだ理由は俺なりの保険。

 日本のクワガタやカブトムシは、クヌギやコナラといった広葉樹から出る樹液を好む。

 これまで遭遇してきた魔物の傾向から、鍬形兜(スタッグビートル)も似たような好みをしているのではないかと判断したのだ。

 仮に蜜が効果を発揮しなかったとしても、最悪そっちの樹液には食い付いてくれるのではなかろうかと期待して選んだのだが……。


「これなら別にどの木に塗っても問題なかったな」


「マスミくぅん、もう捕まえちゃう~?」


「そうだな。ずっと眺めてても仕方ないし、片っ端から捕っちまおうぜ」


 という訳でエイルと協力し、鍬形兜(スタッグビートル)共を幹から引っぺがそうとしたのだが、ここで新たな問題が発生した。


「ふんぬぅぅぅ……抵抗すんじゃねぇこの野郎!」


「ん~、取れな~い」


 こいつら全然離れねぇ!

 どの個体も六本の節足を目一杯伸ばして、ガッチリとクヌギモドキの幹にしがみ付いており、押せども引けどもビクともしなかった。

 何処にこれ程の力が秘められているのか。

 カブトムシは自分の二十倍も重い物を持ち上げるというが、これは最早そんな次元ではない。


「ていうかどんだけ食いてぇんだよ、こいつら」


 見れば、たっぷりと塗りたくっていた筈の蜜は、もうほとんど残っていなかった。

 そりゃまあこんなに集まるなんて想像してなかったし。


「でもぉ、なんで鍬形兜(スタッグビートル)だけなの~?」


「なにが?」


「これだけ大人気なのにぃ、他の虫や魔物が寄ってこないのはぁ、ちょっと不自然~」


「言われてみれば確かに」


 このバナナを使った蜜は、クワガタやカブトムシが好んで食べるというだけで、何も他の虫が食べないという訳ではない。

 だが今のところ、蜜に群がっているのは鍬形兜(スタッグビートル)のみ。

 これはいったい……と言ってる傍から他の虫が寄ってきた。

 光沢のある緑色の虫だが、見た目はカナブンに似ている。

 あとデカい。

 鍬形兜(スタッグビートル)程ではないが、こいつらも全長10センチ以上はある。

 オオカナブンとでも呼ぶか。

 数匹のオオカナブンが残り少ない蜜にあやかろうと近寄って来るが……。


 ―――シャァァアアアアッッ!!


 一斉に鍬形兜(スタッグビートル)共に威嚇され、それ以上近寄ることが出来なくなった。

 いや、実際に鳴いている訳ではないけど、それくらいの勢いで鋏の如き大顎を動かしまくっている。

 それ以上近寄ったらぶった切ると、その動作が物語っていた。


「あの大人しい鍬形兜(スタッグビートル)がここまで凶暴化するとは……」


「食べ物の恨みはぁ、恐ろしいの~」


 恨むも何も独占したいだけでは?

 体格と数で劣るオオカナブン共は、結局蜜の元まで辿り着くこと叶わず、スゴスゴと引き返す羽目になった。

 オオカナブンの撤退を確認した鍬形兜(スタッグビートル)共は、何事もなかったかのように食事を再開する。

 成程。こうやって近付いて来る他の虫を追い払っていたのか。


「所詮は弱肉強食か」


「世知辛いの~」


 世の中そんなものだ。

 そして始まりがあれば、必ず終わりもやってくる。

 あれだけ沢山あった筈の蜜も、とうとう食い尽くされてしまった。

 幹にしがみ付いたまま動こうとしない鍬形兜(スタッグビートル)共。

 蜜の残滓でも探しているのか、それともたんに名残惜しいだけなのか。

 中には幹の表面に齧り付いている個体までいた。


「……」


 試しに適当な一匹を掴んでみれば、実にあっさりと幹から引っぺがすことが出来た。

 最早抵抗するだけの気力すら残っていないか。

 ブラブラと揺れる節足がなんとも哀愁を漂わせている。


「マスミくぅん?」


「……捕まえよう」


 俺はエイルと手分けして、半ば生ける屍と化した鍬形兜(スタッグビートル)の捕獲作業に勤しんだ。

 余計な口は叩かず、幹から引き剥がしては用意しておいた虫籠の中に入れるという工程を繰り返すこと早五分。

 全ての鍬形兜(スタッグビートル)を捕獲し終えた。


「……帰ろう」


「……うん」


 心なしか、エイルの声にも元気がなかった。

 生憎、今の俺にはそれフォローしてやれるだけの余裕はない。


『のぅマスミ……』


「何も言ってくれるな」


 夜の森を連れ立って歩く俺とエイル。

 何か言いたげな様子でポケットから顔を出すニース。

 虫籠の中で身動ぎ一つしない鍬形兜(スタッグビートル)共。

 物哀しさとやるせなさしか感じられない中、俺は空間収納から取り出した袋―――残っていた僅かばかりの蜜を、そっと虫籠の中に差し入れるのだった。

 ……たんとお食べ。

お読みいただきありがとうございます。

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