第10話 ダイオードの光 ~人に向けてはいけません~
前回のラスト……太陽拳!
タクティカルライト。
ウエポンライトとも呼ばれる懐中電灯の一種。
一般的な懐中電灯と比べて大光量―――強力な光を発することが可能となっており、主に軍隊や警察向けに製造されている。
このタクティカルライトだが、単に暗所を照らすだけではなく、その強力な光を敵対する相手に浴びせての眩惑効果、所謂目潰しを目的として開発されたライトなのだ。
人間は暗がりに慣れた状態で突然強烈な閃光を浴びると眼球に強い痛みや不快感を覚え、咄嗟の反応として目を閉じてしまう。
これによって相手は一時的に行動不能となり、制圧することが容易になる。
可能な限り傷付けずに相手の身柄を拘束したい警察からは特に重宝されている。
今回俺が持ち出したのは、軍隊や警察の標準装備としても採用されている海外ブランド製のライト。
高出力・高照度・軽くて頑丈が売りの一品物だ。
当然それなりに値は張るものの、ウン万円のライトが発する光は伊達ではない。
その効果の程は……。
「GIGYAAAA!?」
「GYA!? GYAGUUU!」
「GIGAGAAA!?」
ご覧の通りである。
目の前でゴブリン共がのたうち回っている。
双眼鏡の暗視機能によってゴブリンの動きを先読みした俺はタイミングを計り、森の中から先頭のゴブリンが飛び出してくるのと同時にライトのスイッチをオンにした。
ヘッド部の発光ダイオードから照射される閃光。
直視し続ければ失明の危険すら有り得る最大出力の青色光。
その直撃を受けたゴブリンは、耳障りな悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。
後続の連中も同様だ。
柵の近くに設置された篝火から得られる明るさとは比べ物にならない程の光によって視界を焼かれ、行動不能に陥ったゴブリン共。
照らし出されたその数は全部で十三匹。
無防備な姿を曝したまま呻き続ける哀れな敵対者への攻撃は速やかに行われた。
「くたばれ子鬼ばらぁ!」
「よくも俺らの育てた牛を!」
村の男衆から投げ付けられる石、石、石―――投石である。
地形の把握がてら、投擲に適したサイズの石を予め村の周辺から大量に拾い集めておいたのだ。
それらが雨あられの如くゴブリン共に降り注ぐ。
目が見えていない状態でひたすら石をぶつけられるのだ。
連中からすれば堪ったものではないだろう。
まともに防ぐことも躱すことも不可能。
結果、奴らに出来るのは亀のように蹲って耐えることだけだった。
無数の礫がぶつけられ、その度に小さく肉を叩く音が聞こえる。
紫色の血が噴き出し、自身と地面を汚していく。
一方的な光景だが、これを見て卑怯だとは思わないし、ゴブリン共に対して同情も覚えない。
俺の時もそうだったが、先に襲ってきたのはゴブリンだ。
しかも奴らは一度だけでは飽き足らず、またも村の財産を奪おうとしたのだ。
許される筈がない。
村の住民達にとって、家畜を奪われるということは文字通りの死活問題なのだ。
これは正当な報復だ。
おまけにこうして身動きの取れなくなったゴブリンに直接制裁を加える機会がやってきたのだ。
血気盛んな男衆。一度火が点いた彼らを止めることなど出来ない。
我先にと石を投げる。
全力投球ならぬ全力投石だ。
小さな身体で耐え続けるゴブリン共だったが、奴らがこのまま黙っているとは到底思えない。
―――時間が経てば視力は回復するし、いずれは石も尽きる。
―――そうなったら今度はこっちの番だ。それまで耐えればいい。
きっとこんなことでも考えながら、石の弾切れを待っているのだろう。
無論、俺とて投石だけで仕留められるとは思っちゃいない。
集めた石も残り僅かだ。
弾切れになったらどうなるかなんて分かり切っている。
みすみす敵に反撃のチャンスなど与えるものか。
次の手に移る頃合いだ。
「ミシェル! ローリエ! 頼む!」
「おう!」
「はい!」
俺の合図でミシェルとローリエが走り出す。
程無く投擲用に集めた石も底を尽き、投石が終わったことに気付いた個体が立ち上がろうとするが、もう遅い。
それぞれの得物を構えてゴブリン共に接近した二人が左右から―――俺から見て右側がミシェル、左側がローリエ―――同時に斬り掛かる。
気合一閃。ミシェルは以前にも見た両刃の長剣を振り抜き、豪快にゴブリンをぶった斬った。
大量の投石を浴びた後に叩き込まれる容赦無い一撃。
ただでさえ弱っているゴブリンに耐えられるものでなかった。
初めて生き物が真っ二つになる瞬間を見たが、凄まじい光景だな。
ローリエは右手にミシェルが扱う長剣よりも剣身の短い片刃の剣を、左手に円形の盾を構えている。
立ち上がろうとした個体を盾で殴り付けて再び地面に転がし、無防備となった頭部や胸部に右手の剣を突き込む。
ミシェルと比べれば地味だが、相手の出鼻を挫き、確実にトドメを刺していく。
安全に配慮した実に俺好みの殺り方である。
二人の攻勢に手も足も出ないゴブリン共は、その数をどんどん減らしていく。
このまま最後までいけるかと思いきや、まだ無事だった一匹―――ミシェルに片腕を斬り飛ばされている―――が二人の包囲を抜けてきた。
一矢報いようとでもいうのか、まるで悲鳴のような雄叫びを上げ、自身の血を撒き散らしながらこちらに向かってくる。
その様に怯む男衆だが、こいつの目に男衆の姿は映っていなかった。
憎悪に歪んだその目が捉えているのは俺だ。
気付いたミシェルが近くの一匹を斬り伏せて駆け戻ろうとするが、間に合いそうにもない。
ゴブリンの方が早い。
―――残り5メートル。
俺とゴブリンとの間の距離が縮まる。
―――残り3メートル。
ゴブリンが俺目掛けて飛び掛かってくる。
不揃いだが鋭利なその牙を俺の首に突き立てるべく、大きく口を開け……ようとした瞬間、眉間に鉛玉がめり込んだ。
「GYO!?」
空中で迎撃され、噛み付くことの叶わなかったゴブリンは頭から地面に墜落し、ゴキッという鈍い音を最後に動かなくなった。
死んだな。
どうやら俺が今仕留めたのが最後の一匹だったらしい。
そして俺がゴブリンを仕留めた直後、何故かミシェルは盛大に転倒し、顔面から地面に突っ込んでいた。
そんな彼女をローリエが慌てて助け起こそうとしている。
本当に何をしているのやら。
男衆も突然の幕引きに困惑した様子で、俺の右手に握られている物を注目していた。
最後にゴブリンを仕留めた鉛玉。
それを発射した物の正体は、グリップと固定用のリストロック、そして特殊なゴム紐が取り付けられたY字型の金属。
かつてはパチンコという名前の玩具として親しまれていたゴム銃―――スリングショットである。
弾とゴム紐を一緒に摘まんで引っ張り、離すと弾が飛んでいく。
仕組みこそ簡単だが、実はこれが中々侮れないのだ。
強靭なゴム紐から生み出される運動エネルギーによって飛ばされる鉛玉。
その威力の程は目の前のゴブリン―――死亡―――が身を以って証明してくれた。
現在ではスリングショット専門の製造メーカーだってあるくらいだ。
競技用や狩猟目的に製造されたその性能は、対人用の武器としても充分通用する。
ぶっちゃけ人間だって直撃を受けたら痛いでは済まない。
良くて骨折。悪けりゃ……というか当たり所によっては普通に死ぬ。
本気で危ないなんてものではないので、絶対に人に向けてはいけない。
俺のスリングショットの本体部分には、スプリングが使用されている。
ゴムから生まれるエネルギーの他にスプリングが戻る際の力も加わる為、通常のものより威力が増しているのだ。
難点を上げるとすれば、ちゃんと引っ張るにはそれなりの力を要するため、連射には不向きなことだろう。
「皆さん、怪我はありませんか?」
大丈夫だとは思うが、念のために確認しておく。
困惑した様子は抜け切っていないものの、男衆はちゃんと返事をしてくれた。
良かった。怪我人が出なかったことに安堵する。
ミシェルも起き上がってきたが、一人だけ涙目になっていた。
「……鼻が痛い」
「知らんがな」
真っ赤なお鼻のミシェルさん。
「よし。それじゃあ交代で休憩を取りましょう。おそらく大丈夫だとは思いますけど、一応警戒は続けますからね」
残党がいる可能性もあるので、安心するにはまだ早いのかもしれない。
それでもみんな必死に戦ったのだ。
少しくらいは羽目を外しても許されるだろう。
「皆さん、本当にお疲れ様でした。俺達の勝利です」
目の前の光景を見ても現実を受け入れられず、困惑していた男衆の間に勝利という言葉が浸透していき……遂に爆発した。
『うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッッ!!』
真夜中であることも忘れて雄叫びを上げる男衆。
近くにいた者同士で抱き合ったり、涙を流しながら叫んだり、地面に寝転がったりと様々な方法でその喜びを表現している。
皆さん、まだ終わってませんよと水を差すのも野暮だな。
「やれやれ」
辺境の開拓村。
この夜、村を守るために行われた防衛戦は一人の怪我人も出すことなく、ゴブリンの群れを撃退し、至極あっさりと村側の勝利で終わったのだった。
◯ュアファイアは私も愛用してます。




