第7話 真面目で不器用・前編 ~ギルド職員Dさんの話~
久々の登場、ディーナ女史のお話です。
―――side:ディーナ―――
「これはいったい何の騒ぎですか?」
妙に騒がしいと思って奥の事務室から出てくれば、何故かロビーや酒場が盛り上がっていました。
見たところ、本当にただ騒いでいるだけで、何か催し物が開かれている様子もありません。
「そもそもそんな予定はなかった筈ですが」
では彼らはいったい何を騒いでいるのでしょう。
見れば、とある女性職員が気絶した冒険者らしき男性二人を警備の職員に引き渡しています。
確か彼女は受付担当であるにも関わらず、事務処理よりも対人制圧を得意としていた子ですね。
何度か警備部への部署異動を薦めたことがあります。
その度に「あたしまだ女捨ててませんから!」と泣きそうな声で断られたのを覚えています。
別に警備部に配属されたからといって、女性を捨てることにはならないと思うのですが……。
受付の方には、彼女を除いた担当職員が各々の席に座っています。
そしてメリーが担当する窓口の前には、一人の男性冒険者の姿がありました。
変わった服装をした黒髪黒目のその男性は……。
「マスミ=フカミ! また貴方ですかぁ!」
「なんで!?」
私ことディーナ=クリミエの宿敵―――最優先矯正対象であるマスミ=フカミその人。
彼の姿を目にした瞬間、頭がカッと熱くなり、昂ぶる感情のままに大声を発していました。
声を荒げる私に驚いたのか、メリーが目を白黒させながらこちらを見ています。
私自身、自分がこれ程の大声を出せた事実に驚いています。
「さらば!」
「あっ、ちょっとフカミさん!?」
「待ちなさい!」
そんな私の心中など知る由もないマスミ=フカミは、こちらに背を向けて走り出しました。
私は咄嗟に逃げる彼を追い掛けると同時に静止の声を上げましたが、彼が素直に従って足を止めることはなく、そのままロビーを突っ切っていきました。
私も負けじと彼の後を追いますが、見る間に引き離されていきます。
理由は分かり切っています。
私は運動が苦手です。
それも致命的なレベルで。
養成校時代、座学などは常にトップの成績を収めていましたが、対照的に護身の成績は常に最下位でした。
同期からは笑い者にされるのではなく、何故か気遣われ、教官からは匙を投げられるのではなく、自らの指導力不足を許してほしいと謝罪される始末。
ここまでされると却って清々しいです。
自らの運動音痴を嘆く気持ちすらも失せてきます。
更に言えば、今日に限って私が履いていた靴はとても踵の高いもので、走り難いことこの上ありません。
運動がどうのこうの以前の問題です。
「くぅぅ……ッ」
懸命に走る私を嘲笑うように、私とマスミ=フカミの間の距離はどんどん開いていきます。
彼はこちらを振り返ることも、速度を緩めることもなく、正面の出入口を潜って外へと出てしまいました。
私も大分遅れてギルドの外に出ましたが、既に彼の姿は何処にもありませんでした。
「はっ、はぁっ、ふぅ……ッッ……ゲホッ」
膝に手をつき、乱れた呼吸を整えようとしたのですが、中々上手くいきません。
苦しい。
肺が痛い。
膝が笑っている。
汗の所為で制服が肌に張り付いて気持ち悪い。
無理に走った所為か足も痛い。
「はぁ、はぁ、はぁ……最悪の気分です」
どれくらいそうしていたのか、ようやく呼吸が落ち着いてきました。
足の痛みはまだ引きませんけど、すぐにはどうしようもありません。
額や首筋に浮いた汗をハンカチで拭い、乱れた制服を直している内に冒険者の方々がギルドへ向かってくる姿が遠目に確認出来ました。
依頼を終えてこられたのですね。
「……今の姿を人前に晒すのは抵抗がありますね」
ギルド職員として、何よりも淑女として、そのように破廉恥なことは容認出来ません。
私は冒険者の方々に気付かれる前にギルドの裏手へ回り、職員専用の出入口からギルドの中に入りました。
入ってすぐの所には受付代わりの机が置かれ、その隣には警備の職員が一人立っていました。
「おや、ディーナさん? いつの間に外へ」
「気にしないで下さい」
不思議そうに首を傾げている職員の前を素知らぬ顔で通過し、足早に事務室へ戻ります。
事務室内にはあまり人が残っていませんでした。
おそらく受付の応援に駆り出されたのでしょう。
「今頃は、報告に来られた冒険者の対応に追われているのでしょうね」
冒険者の数と比較して受付……というよりも全体的にギルドは人手不足ですからね。
この辺境の支部も例に漏れず、皆で協力し合わなければ業務が回せない状況なのです。
手が空いてさえいれば、私も受付に入るところなのですが、私は私で片付けなければならない仕事が山積みです。
自分の席に座り、すっかり温くなってしまった紅茶の残りを飲み干してから仕事に取り掛かります。
「メリー達に頑張ってもらう他ありませんね」
生憎と今の私には、他の部署に手を貸して上げられるだけの余裕がありません。
総務部は特に人員が足りていないのです。
まあ、受付にはメリーも居ますからね。
彼女が居れば、きっとなんとかなるでしょう。
本人は否定していますけど、彼女は将来有望です。
真面目で要領が良く、仕事も丁寧にこなしてくれる。
周囲への気配りも出来ます。
将来的に……いえ、何なら今すぐにでも総務部へ異動してもらいたいくらいです。
今度推薦しておきましょう。
「ディーナさん、今期の予算関係なんですけど……」
「そちらに書類一式を用意してあります。念の為、貴方も目を通しておいて下さい。問題がないようであれば、支部長への提出をお願いします」
「あのぉディーナさん、来月実施される昇格試験って……」
「まずは担当官の選定。その後、同行する職員は担当官と一緒に試験内容についての協議。決まり次第、対象となる冒険者への通達と試験場所の確保。以前にも説明した筈です」
部下からの問いに答えながらも、机の上に積まれた書類の束と向き合います。
朝から続けている筈なのに全然減った気がしません。
「……実際、何枚か追加されていますからね」
私が処理した分以上の書類が追加されていくのですから、減らないのも当然です。
どうやら今日も残業になりそうですね。
周りは私のことを仕事の出来る優秀な職員だと評価してくれているようですが、買い被りもいいところです。
仮に私が評価に見合うだけの優秀な職員であったとしても、一人でこなせる仕事量には限度があります。
だからといって人任せにはしたくありません。
それはあまりにも無責任です。
もう少し部下が育ってくれれば、幾らか割り振ることも出来るんですけど……。
「いけませんね」
どうにも余計なことばかりを考えてしまいます。
それもこれも全ては彼―――マスミ=フカミが原因です。
彼と初めて会ったのは、冒険者の登録試験に私が補佐官として立ち会った時です。
あろうことか彼は武器を隠し持ったまま試験に挑んだのです。
試験に際して自分の装備を使いたがる方はこれまでにも何人かいましたけど、彼のような人物は見たことがありません。
しかもその理由が不意を突く為だなどと……。
行為について咎めれば、温いと言い返される始末。
何故グラフさんが彼を合格にしたのか、未だに理解出来ません。
「思い出したら腹が立ってきました」
その後の初心者講習会でも、余所見ばかりしていたくせに講習内容はちゃんと理解していますし、二日目からは参加しませんし……。
先日の盗賊討伐に関しても、参加条件に満たない銅級の冒険者を協力者として同行させるという前例のないことを仕出かしてくれました。
この件について私が言及すると彼は物凄く面倒臭そうな顔で―――。
「前例がないから、なに?」
―――と問い返してきました。
「前例がないからやっちゃ駄目? そんなのただの横暴じゃねぇか。そもそも協力者を雇う際の条件やら基準なんて規約の何処にも書かれてなかったぞ。文句あるならそこら辺も明記してから言え」
悔しいことに私は何も言い返すことが出来ませんでした。
分かってはいるんです。
屁理屈のように聞こえたとしても、彼は何も間違った意見を口にした訳ではありません。
この場合、非はギルド側にあります。
「規約の見直しは急務ですね」
規約に載っていない、あるいは載っていても曖昧とされてきた部分を洗い出し、本部にも掛け合って修正しなければいけません。
その点においては、規約内容の問題点を気付かせてくれたマスミ=フカミに感謝するべきなのかもしれませんが、それとこれとは話が別です。
彼が常識から外れており、その言動に問題があるのは事実。
実際、登録試験ではセクハラ紛いの発言をしています。
今のところ、大きな問題こそ起こしてはいませんが、それだけで彼を放置していい理由にはなりません。
私の誇りに懸けて、必ずや彼を―――具体的に何とは言いませんが―――矯正してみせます。
「覚悟しておきなさい、マスミ=フカミ」
人知れず決意を固めると共に胸中で彼への不満や恨み言を吐き出しながら、私は改めて書類の束と向き合いました。
仕事を片付けていく途中、ある事実が判明しました。
マスミ=フカミ対する不満をぶちまけながら仕事をすると……。
「意外と捗りますね」
お読みいただきありがとうございます。




