EP.1 「補習」
EP.1「補習」
「朋君、明日から春休みだよね」
「そうですね・・・」
「朋君、暇だよね?」
「家の店の手伝いですよ、バイト代わりです」
「朋君の淹れたコーヒー美味しいもんね」
ここは学校の数学準備室、
目の前で僕に甘えた声をかけているのは僕の担任で数学教師である
小菅香菜先生だ。
よく見ると可愛い先生なのだが
パッと見がヲタっぽくて、生徒からの受けは今はイマイチだ。
そんな先生はナカナカの恋愛モード全開なキャラだ。
「なに黙りこんでるの?子供のクセに考え事ばっかして」
「先生と違って僕は文系で哲学気質なんですよ」
先生は教師3年目の24才。
僕は春休みが明ければ高校3年になる17才で先生より7才も下なんだけど・・・
僕達は付き合っている。
「ねぇ、朋君は明日から学校来ないけど私は補習の授業もやらなきゃいけないし、新学期の準備もあるしで、毎日来るんだよ。知ってる?」
「知ってますけど・・・」
「何、その冷たい反応。彼氏でしょ」
「いえ、学校内では一生徒ですから・・・」
「ふーん、そういう事言うんだ」
すると先生は、不意に僕の唇にキスしてきた。
「な、な、何するんですか」
耳まで真っ赤にしながら抗議する僕に先生はニヤニヤとイタズラっぽい笑顔をする。
「やっぱ、子供だね。それにね・・・学校内でもこの数学準備室では彼氏彼女だからね。わかった?」
ここ数学準備室は、元々はただの数学倉庫だ。
僕と付き合い始めたとき、先生が数学同好会なるものを作って僕を無理矢理会員にしたのだ。
ちなみに同好会は会員が2人以上必要なのだが、あと1人は僕と先生の事情を知ってる僕の妹だ。
もっとも妹は名前だけの会員で部室には来ないしイチャイチャの邪魔だと言って先生も部室に入れようとしない。
「でね、朋君。明日からの予定だけど」
春休みの予定を話し出す先生。
大体想像はついている。
どうせ学校に来ることになるんだろう・・・
「朋君は午前中は一緒に補習。午後からは私を癒すこと」
「は?」
補習と癒しときたか・・・。
僕は先生の科目だからと思って、文系頭なのにも関わらず数学は頑張ってトップクラスの成績を保ってるてのに補習とは・・・。
それに癒しってなんだ?
「あの、それって・・・強制ですか?」
「違うわよ、人聞きの悪い。朋君が私に会いたいだろうから学校に来る口実を作ってあげてるんじゃない」
学校で会わなくても良いんだけど・・・と言いたいところだけど
確かにこの数学準備室が一番誰の目も気にせず会える場所ではあるんだよな。
でもなぁ・・・早起きするのは面倒くさいよな。
「もし断ったら?」
念のため聞いてみる。
すると先生は驚いたように僕を見ると目に若干の涙を浮かべた。
「朋君は私に会わないで平気なの?」
先生は年上のクセにすぐこういう事をする。
からかってるだけかなと思って無視すると後で大泣きされて凄く面倒なことになる。
「あの平気では無いですけど・・・」
「ウソ! なんか私ばっかり好きでバカみたいに感じるときがあるもん」
「そ、そんなこと無いですよ。僕も凄くゴニョゴニョ」
恥ずかしくて小声になるが、そんなことで許してくれるわけがない。
「ん? 聞こえないなぁ?」
く、くそぉ~
でもヤッパリ・・・年上だけど可愛い・・・
「ぼ、僕も・・・大好きです」
僕が言うと先生はその程度で許さないと言うように追い討ちをかけてくる。
「ウソ。だって補習に来ないんでしょ・・・」
「そ、そんな。行きますよ補習くらい。先生に会うためなら」
「ホントにぃ」
僕からは見えなかったがこのとき先生は舌を出して笑っていたらしい。
「だったら午後からは、仕事で疲れた先生を後ろからハグして『お疲れ様』って言ってくれるの?」
なんかいきなりハードル上がったぞ
良いように弄ばれてる気がするけど、好きだって言ってくれてるのだけはホントだって疑う余地がない。
だから、つい言いなりになっちゃうんだよな・・・。
「わかりました、後ろからハグくらいしますよ」
すると先生が満足そうな笑顔を向けた。
「あ、それから」
「まだあるんですか?」
ウンザリ顔の僕に、優しい笑顔で言った。
「美味しいコーヒーも淹れてね」
先生の笑顔はとても可愛かった。
「あれ、お兄ちゃん。学校?」
「まぁね・・・」
春休み初日、パジャマ姿で起きて来たサクラが制服を着ている僕を見て聞いてくるが
すぐに状況を察したようでウンウンと頷く。
「あー、そう言う事か・・・。大変だね」
「まぁ、楽しみでもあるけどね・・・。悪いな、店の手伝いサクラばっかりにさせて」
「それは良いけど、本当にバレないようにしてね。私だって恥ずかしいし」
「気を付けてるよ・・・、僕はね」
「確かに、先生やばいよね」
僕と先生の事情を知ってる妹は陰に陽にサポートしてくれて本当に助かっている。
我が家は両親が脱サラしてカフェを経営しているのだが、その手伝いも最近ではサクラに甘えっぱなしだ。
我が家のカフェはオーガニックとスピリチュアルを売りにした店で、
一般のお客さんはあまり来ないのだがマニアの常連さんやセラピストさんによく利用されていて
それなりに繁盛している。
両親は当然、僕が先生と付き合ってることは知らないのだが
何となく彼女が出来たっぽいとは思っているようだ。
今も制服を着て出かける僕を生暖かい目で見守っている。
もし七歳も上の先生と付き合ってるって知ったらどう思うだろうな・・・。
ちょっと怖い。
そして僕は一人、いつもの通学路を歩いている。
春休みとあって普段は見かけるウチの生徒も見当たらなかった。
まぁ、ウチの学校は部活も盛んじゃないしな。
ところが学校最寄りのバス停あたりまで来たとき、良く見知った背中が見えた。
あれは・・・美術部の・・・
「和田さん?」
髪の長い女子生徒は振り向くと僕に気付いて驚いたような顔をする。
「え、森戸君? どうして? 補習?」
「うん、まぁ一応」
「ウソでしょ、森戸君成績良いじゃん」
「うーん、同好会関係で・・・ちょっと」
「あー、数学研究会だっけ。たまには美術部の方にも顔でしてね。新3年生少ないんだから」
僕は愛想笑いで頷いた。
そう、僕は元々は美術部なのだ。
1年生の時は美術部員として、部室にもちゃんと顔を出していた。
でも2年生の修学旅行で先生に告白されてから、すっかり生活が変わってしまった。
普通、修学旅行の告白って同級生とかだよな・・・。
僕が先生のクラスの委員長だからって、やたらと一緒に行動させられて、
最後の夜に告白とかありえないよ・・・ホントに。
「美術部の方にも行きたいんだけどね。数研だけじゃなくて委員長の仕事とか先生の雑用の手伝いまでさせられちゃって」
「そうか・・・残念だな。森戸君の絵、好きだったのに」
そう言って僕を見つめる和田さんは本当に美人だ。
思わず見惚れてしまう。
「どうかした?」
和田さんに声をかけられ我に返る。
やばいやばい。
先生に見られたらエライ事だった。
「でも良かった、森戸君も来てて。ウチの学校って進学校でしょ。補習の生徒って何時も2、3人しかいなくて。しかも馴染めなさそうな人ばっかりで・・・」
「逆に、どうして和田さんが補習なの?」
「私、理系の科目は全然ダメ。数学は毎回補習だよ・・・」
そうなんだ。
何でも出来そうな和田さんの唯一の弱点って感じかな。
でも逆にそれが魅力を増してる気がするな。
学校に着くと、わずかに他の生徒も見かけたが基本的に運動部すら春休みはほとんど登校しない。
そもそも野球部やサッカー部でも試合できるだけの人数そろってないもんな。
そして教室に僕と和田さんが並んで入ると、
既に教室に来ていた香奈先生が僕を蛇の様な目で睨み付けて来た・・・。
や、やばい。
なんか怒ってるぅ。
先生は和田さんの事になるとムキになるところあるからなぁ。
和田さんが美人で清楚と言う先生にない要素を持っているせいだろうか?
でも和田さんはそんな先生の様子に気付かず
「補習は何時も席が自由なんだよ、こっち座ろう森戸君」
そう言って僕の袖口を引っ張った。
『ドバン!!』
その瞬間先生が教卓を叩く爆音が教室に響き渡った。
「やべえ、今日は先生機嫌悪いぞ・・・」
「今日は真面目にやろうかな・・・」
和田さんの他に補習に来ていたヲタクっぽい男子生徒とギャルっぽい女子生徒がビビって冷や汗をかいている。
ところが和田さんは空気がまだ読めておらず
ニコニコと僕の袖を引っ張って窓側の席に座った。
僕も恐る恐る先生を見ながら隣に座る。
先生の視線はさらに恐ろしく今にも目から殺人光線が出てくるんじゃないかと言う雰囲気だった。
「いい、よく聞きなさい」
先生はいきなりドスの聞いた声で話し出した。
「今日はちょっとでも真面目にやらなかったらタダじゃ置かないからね!」
先生ゴメン
僕は和田さんからは見えないように先生に手を合わせて謝るジェスチャーをするが
先生はプイと顔を背けた。
うあ~、これはかなり機嫌が悪いぞ・・・
そんな状況にもかかわらず和田さんは僕に話しかけてくる。
「ねえねえ、この問題どうやるの?」
「えっ・・・ど、ど、どれかな」
恐る恐る和田さんの方を向くと、チョークが僕の鼻先に飛んできた!!
「ひぃっ!!」
「どうしたの?」
「い、いやその・・・」
先生に視線を向けると射るような目で口元には薄っすら笑みを浮かべていた。
くー、怖い・・・。
「あ、あれ、なんかお腹痛い!!」
「え、大丈夫、森戸君?」
ここは、ほとぼりが冷めるまでお腹痛いふりでトイレに逃げ込もう。
「先生、ちょっとトイレに・・・」
僕は逃げるように教室を出た。
それからしばらくして教室に戻ると僕のカバンが教卓の目の前の席に移動されていた。
「森戸君はここよぉ~」
優しい口調とは裏腹にこめかみがピクピクして目が笑ってない。
仕方なくそこに座り、地獄の様な補習を過ごした。
午後・・・数学準備室にも気まずい空気が流れていた。
「朋君は、和田さんとイチャイチャするために補習に来たの!?」
「ち、違いますよ・・・」
「でも、私は見てたのよ、校門のあたりからずっと。仲良く並んでカップルみたいに」
「い、いや、偶然途中で会って」
「ふーん、和田さん美人だし、若いしね・・・」
「せ、先生だって若いじゃないですか」
『ズバン!!!』
先生が壁を思い切り叩いた。
「いーえ、先生は朋君より7つも年上よ。それに今のは『先生だって美人じゃないですか』って言うところよ」
「い、いや、だって・・・」
「だって・・・何?」
「先生は美人ていうより・・・可愛いから・・・」
そう言うと一瞬先生の顔が緩むがすぐに真面目な表情になって
「子供のくせに、そんな事で誤魔化そうとしとして!!」
「そ、そんなこと言われても・・・偶然だし、やましい事は全然ないし・・・」
「まったく、このイライラ・・・どうやって癒してくれるの?」
そうか・・・、午後からは癒しの時間だったっけ。
ここは昨日先生から言われた通り後ろからハグでお疲れさまだな。
と、恥ずかしさを堪えやってみたが・・・
「足りない!! 全然ダメ」
ダメだしされた。
「何がダメだったか考えてもう一回やってごらんなさい!!」
な、なんだこれ。何のしごきだ?
でも、何がダメだったんだ。
ただハグして『お疲れさま』じゃダメなんだな・・・
もっとこう愛が伝わる様に。
今度は少し甘い感じでやってみた。
「ダメ! 生意気にカッコつけるな!」
「は、はいごめんなさい」
ど、どうしよう。
じゃぁ今度は甘える感じで・・・
「あざとい!! そんなんじゃ大人は騙せないわよ!」
「はっ・・・はい・・」
どうしようかな
それじゃぁ今度はちょっとヤンチャな感じで
「全然ダメ! ウザいだけ」
と次から次とダメ出しの嵐・・・。
はぁ、一体どうすれば。
それからも何度も挑戦したけど、ことごとくダメ出し。
困惑と疲労で意気消沈の僕。
もはや気力も失ってヘナヘナと先生の肩にもたれかかり
「ゴメンなさい・・・・どうしたら良いんですか。こんなに大好きなのに・・・」
と甘えるように言った。
「キュン」
すると先生からそんな声が聞こえたような気がした。
先生はもたれかかる僕の肩を支え向き直ると僕を抱きかかえるようにしてグリグリハグしてきた。
「んー。可愛い~!!」
「ちょ、先生!!」
グリグリグリグリグリグリ
先生にそうされると良い匂いがして気持ちいいけど・・・
子ども扱いされてるみたいでなんか嫌だ。
「もう、やめてください!!」
「んふふ~。朋君、私の為に一生懸命やってたね。言いなりだね、私の」
「はぁ~? 先生、もしかしてワザとですか?」
「まぁね。ムカついたのはホントだけど。大人だからね。あれくらいの事はすぐ許すって」
ホントかな~。
なんかマジでイライラしてた気がするけど。
僕の疑わし気な目を見て心外だと言う感じの先生。
「だったら、明日も和田さんと一緒に来て、勉強も色々教えてあげていいですか?」
「はぁ~!?」
ギロって言う感じで先生が僕を睨んだ。
いや、あの・・・今許すって言ったばかりじゃ・・・。
「明日は先生が車で朋君を迎えに行くから」
「えーっ?」
なんか、完全に支配されてる感じ・・・。
でも、それが嫌じゃないってのが僕の危ないところかもしれない・・・な。