ミズちゃんとぼく。
「カズ!早くダメバリはってよ!」
「あ、ご、ごめん!」
カズ…ぼくのことだ。正確には和宏、だが。
ダメバリとは、ダメージバリアの省略形だ。前衛職が最初に習う自分のパーティを守る壁だ。
「ダメージバリュ…!!」
展開させようとしたが、焦って噛んでしまった。その隙に敵は攻撃していて、ぼくたちはあっけなく死んでしまった___
「ーー!ーズ!カズ…!カズ!!」
目を覚ますとすでに慣れてしまった硬い石の感覚とさっきの後衛職の女の子…ミズちゃんが怒ったような表情をしてぼくの体を揺さぶっていた。
「やっと起きた!…まったくもう、先輩なんだからしっかりしてくださいよ!」
「ごめん…」
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。なんせここ3日で10回は死んでいるのだから。
なにを不思議に思ってらっしゃる?この世界では死んでも『神々の祭壇』という場所で復活するのだ。しかしそれはごく限られた者だが。
「あなたが神々に選ばれし一族だからいいものの…普通の人ならとっくに生まれ変わってるんですよ?そこんとこわかってらっしゃるの?」
「その敬語だかなんだかわからない口調やめてくれないかな…あとミズちゃんもでしょ…」
「わかった、普通に話す」
そうなのだ。ぼくとミズちゃんの一族は代々神々に選ばれし一族なのだ。
ミズちゃんは後衛職の一族で、引っ込み思案な人が多かった。親戚の人からは
「ミズちゃんは突然変異ねぇ」
とよくいわれるらしい。
それがどうも不満らしかった。
ぼくは代々前衛職の一族で、活発でやる気に満ち溢れている人が多かった。
そしてぼくは親戚に会うたび…いや、両親からも
「男ならしゃきっとせんか!」
といつも怒られるのであった。
似た境遇のぼくらだが、ぼくとミズちゃんの決定的に違うところはその立場である。
ぼくは最初に選ばれたご先祖様の直系なのである。つまり、長男の長男の長男の長男の…と続いてった先の長男なのである。
ミズちゃんはいとこが直系である。しかも女の子だ。清楚で可憐で上品で謙虚な…お嬢様タイプである。
しかし、戦う一族なのだからそんなおとなしかったらすぐにやられてしまう。というのがミズちゃんの口癖だ。
「ねぇ!聞いてるの!?」
「え!?な、なに?聞いてたよ!?で、なに?」
「絶対聞いてなかったでしょ!!」
「聞いてなかったごめん!で、なに?」
早速怒らせてしまった。ごめんミズちゃん。回想してたよ。
「もう!だから、いったん帰る?って聞いてたの!」
「え、帰っちゃうの?」
「だって私は掃除とかあるし。また明日に持ち越しとか、マジでじいさんにぶっ○される」
「今規制入ったよね」
「まあそういうわけだから帰るね!また明日、祭壇前で!」
「…絶対また死んで来る気だ…」
手を振り笑顔で夕日に向かって走って行く。そんなミズちゃんに手を振り返した。ミズちゃんの家は西のはずれにある。
ぼくの家は祭壇からゆっくり歩いて30分でつく、和風な造りの建物だ。
「…ぼくもぼちぼち家に帰りますかねー…」
東に向かってゆっくりと歩き出した。
「ただいま帰りましたー…」
疲れ切った体を奮いたたせ、防具を自室の箪笥に、武器は刀たてに置いて浴衣1枚で風呂場へ向かった。
嗅ぎ慣れたヒノキの香りとつつみこむ湯気の温かさとぼやけているが確かに広い浴場。体を先に洗い、迷わず大窓のあるヒノキ風呂の特等席に向かう。
ゆっくりとお湯に浸かった。
風呂のお湯が体に染みる。息をゆっくり吐き大きな窓から外を見た。たいまつの優しいあかりだけがぽつぽつと灯り、上の天窓を見上げればかがやく星が見える。
__強くならねば___
その思いがぽつりと浮かび、そして染みた。
「風呂から出たか。」
風呂から出るなり父に声をかけられた。
「…ええ、父上。今日もいい湯でした…」
父が怖く、うつむいて1歩下がり、小さな声で言った。
「……しゃきっとせんか!」
怒鳴り声にビクッと体を揺らしつつも頭を下げこそこそと逃げ出した。
「…待て」
「…っ……」
立ち止まり急いで振り返る。
「…今日もあの女と行ったのか」
「……」
「答えろ和宏!」
「…行きました」
わなわなと震えている。おそろしくてビクビクしていた。
「前からあんなにあの女と行くなと言っているだろうが!!」
次の瞬間、頬から吹っ飛んだ。
殴られたのだ。拳で。
風呂の前じゃなくてよかったと、なぜか心は冷静だった。
「…申し訳ございません」
「…明日は1人で行けよ」
そう言い残し父は自室の方へ足早に歩いて行った。
なぜミズちゃんと行くのをそこまで頑なにいやがるのか。それは身分の違いだと昔、家政婦職のおばさんに聞いたことがある。
後衛職より前衛職の方が活躍が大きい。そのため、長い年月の中で前衛職の方が偉くなっていったらしい。
ぼくはそんなの関係ないと思う。
ミズちゃんがいなかったら1日に5回は死んでいるだろう。
お互い支え合うのがパーティだと思っている。それをおばさんに言うと、「ミズちゃんの一族は喜びますね」と笑った。
腫れた頬を冷やしながら床に着く。
今日は3回も死んだので疲れたのか、まぶたをとじた瞬間、すいこまれるように眠りについた。
朝早く、まだ日の影すらないころ、ぼくはいつも通り目覚めた。
寝巻きから稽古着に着替え、竹刀を持って外履きを履く。
玄関を出て広い庭を抜け、川の土手でぼくの1日は始まる。
暗くさむい冬はつらい。しかし、怠ることなく物心ついたときからこの朝練は続いていた。
水の音がするため、多少音をたてても迷惑にならない。ぼくは土手に生える背の高い草に向かって刀を振り始めた
「はぁ…はぁ…」
日が半分ほど出てきたところで朝練は終わる。
足早に家に帰ると、すでに家政婦たちが朝飯の準備を進めていた。
邪魔をしては悪いと、こそこそと自室に戻り、外着に着替えた。
軽く朝餉を済ませ、自室に戻る途中のことだった。
いつもはもう少し遅い時間に起きてくる父が目の前に立っているのである。
「朝餉は済ませたか」
「…はい」
「これから実訓練か」
「…はい、その予定です」
「…あの女とは絶対に行くなよ」
「……」
「…和宏」
怒り気味に言われ、うつむきながら聞いた。
「…父上」
「なんだ」
「…なぜ…ミズちゃんと一緒に行ってはならないのですか」
「お前とあの女は格が違う。それにお前が結婚するのは後衛一族の令嬢だ。あんな汚れた娘と馴れ合われると、前衛一族の恥だ」
「ミズちゃんが…汚れた娘だと…そうおっしゃるのですか…」
「そうだ。…聞かされてはいないだろうが、あの娘は奴隷の父と後衛一族の母を持つ汚れた血だ」
「だからなんだと言うのですか!ミズちゃんは…ミズちゃんは強い!私よりも…はるかに…!それじゃ許されぬと言うのですか!」
いきなり怒鳴ったぼくに一瞬驚きの色を見せるが、すぐに冷めたものに変わった。
「…混血を持つ者は神々の力が弱いことを忘れるな。…いつかきっと後悔するぞ」
そう言い残し去って行ってしまった。
ぼくは目を見開いてミズちゃんが恐ろしい状況にあることを悟った。
「なんなんだよ…!」
イライラしていた。最近ミズちゃんの様子がおかしいことには気づいていたがそうだったとは…
父が先にミズちゃんの秘密を知っているとは思ってもみなかったのでとにかくイライラしていた。
「ぼくがミズちゃんを守るって決めたのに…こんなんで守りきれるのかよ…」
怒り気味につぶやいた。
気がつくと祭壇前に来ていた。
「もう、遅いよカズー!…って、どうしたの?」
「…………う?」
「え?なに?聞こえないからもっかい言って?」
「ミズちゃんが寿命を削ってるって本当?」
ミズちゃんは目を見開いてかたまった。目には不安と混乱が入りまじり、今にも泣き出しそうだった。
「なん…で…?」
「本当なのって聞いてるの!」
「……本当だよ」
聞きたくなかった。思わず目をつぶった。
父の話は本当だったのだ。
「なんで…なんで教えてくれなかったんだよ…」
「だって、カズともっと一緒に訓練行きたかったから…!」
「そんな危ない状況に訓練とか言ってられないでしょ!」
「…ご、ごめんなさい…」
涙を必死にこらえている。相当ショックだったらしい。
でもぼくの怒りはおさまらなかった。
しかし、次の一言でぼくは目を見開き、かたまった。
初めて続きそうな連載モノ。
がんばります。ご意見などお待ちしております。