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井戸で叫んだ理髪師 ~After Shooting Game~

作者: コメタニ

前作 ”Shooting Game” の続編ですが、そちらを読まなくても楽しめるように致しました。どうぞお楽しみください。 それでは、はじまりはじまり~

 慎一は修学旅行で上野公園に来た。いつものゲーム仲間たち五人と新科学博物館に入っていく。正面入り口の横には案内が表示されていた。


『館内ではデバイスを装着し、案内に従いAR機能を作動させてください。

 展示物はAR(拡張現実)にて展示されております。

 デバイス端末の貸し出しも行っております。

 希望される方は受付にてお申し出ください』


 AR、拡張現実とは眼鏡やゴーグルのような外観のウェアラブルデバイスに搭載されている機能で、何もない空間にあたかも物体がそこに存在するかのように知覚させる機能だ。見るだけではなく、触ったり、動かし変形させたり、また無い音を聞かせたり、無い臭いを嗅がせることも、その逆も可能だ。


 入り口ゲートをくぐるとピッと電子音が鳴り、視界正面に、はがきサイズの半透明のパネルが現れた。

 そこには『AR機能を作動させます。認証しますか? はい / いいえ』と表示されている。

 慎一がそのパネルの『はい』に触れると、広く天井が高いロビーの上方から『ようこそ新科学博物館へ』と書かれた懸垂幕が落とされ、順路を示す矢印の看板が現れた。矢印はまるで生き物のようにぴょんぴょんと跳ね、踊っている。慎一たちは「おぉ」と声を上げ矢印が示す方向へと進んでいった。


 ここ上野一帯は先の戦争によって焼け野原となり、多くの建物が焼失し、所蔵されていた文化財のほとんどを失ってしまった。だが、東京府民はわずかな期間で美術館、博物館を建て直し、以前のような美しい公園を取り戻したのだ。建物の外観は可能な限り以前の姿を再現してある。展示物は過去に撮り溜められたデータを元に作成した拡張現実によって展示されることになった。その展示法に異論を唱える者も多くいたが、実際に拡張現実の展示物を目にし手で触るとその出来栄えに感嘆し、反対の声を上げる者は少なくなっていった。


 慎一たちは恐竜の展示室に入っていった。部屋の中央に大きな恐竜の骨格模型が立ち、きょろきょろと辺りを見回したり、頭を振りガチガチと歯を鳴らしている。ティラノサウルスだ。壁面にも展示スペースが設けられ、小型の恐竜の骨格模型や、恐竜そのものが動き回り、まるで動物園のように展示されている。もちろん、展示物を保護する柵やガラスの類は設置されてはいない。慎一は試しにAR機能をオフにしてみた。すると、ティラノサウルスや他の恐竜たちの姿は消え、広い展示室の中には幻の恐竜の姿に目を輝かせている観客たちだけとなった。意外だったのは、部屋の隅に置かれた椅子に座り、じっと動かずに来場者を見つめている職員が消えずにそこに残っていたことだ。慎一は、彼女も幻だと思い込んでいた。再びARをオンにするとティラノサウルスの雄姿が現れた。それを見上げた。


 そのとき、慎一は口の中にかすかな苦みが広がるのを感じた。その味覚に、以前巻き込まれたトラブルを思い出した彼は、そっとヴァレットを呼び出した。


「ヴァレット、いるかい?」


 ヴァレットはウェアラブルデバイスのシステムを司り、ガイドやヘルプを行い、ネットへの接続から検索、道案内から秘書の役割と、ありとあらゆるサポートを行ってくれるプログラムだ。慎一は、その姿を好きなアニメに登場するキャラクターの容姿、裾がひらひらしたスカートを履いた美少女に設定している。


「お呼びですか、マスター?」


 ヴァレットはハチドリのような姿で現れ、慎一の目前で飛んでいる。マナーモードの彼女はまるでフェアリーのようだ。


「なにか異常は感じないかい? たとえばハッキングされているとか」


「いいえ、異常は感じません。すべて正常です」ヴァレットは耳元で囁いた。


「分かった、気のせいだろう」既視感を覚えながら慎一は答えた。


 すると、目の前のティラノサウルスの骨格がぐうっと巨大な頭を下げた。大きく鋭い歯が並んだ口が慎一の鼻の先でカチカチと鳴っている。ティラノサウルスはいった。


「お久しぶり、慎一」



/* ========= */



「その声は、もしかして」


「そうよ、マイダス。久しぶりね、元気だった?」ティラノサウルスは嬉しそうに頭を振る。


「マスター、お知り合いですか? わたしのセンサーは警告を発していますが……」


「彼女はマイダス。知り合いというか、前に短い間だけどいっしょに仕事をしたんだ。そうか、その時の記憶をヴァレットは持っていないから初対面になるのか」


「私はマイダス。非認証型強制ARプログラム。よろしくね、ヴァレットちゃん」


「非認証型強制ARというと、相手に気付かれることなくARの幻を見せることが出来るという……ウイルスじゃないですか……」


 ヴァレットの姿はあまりにも小さくその表情は読み取れないが、声色からどうやら怯えているようだ。


「大丈夫だよ、ヴァレット。彼女は味方だ。それどころか君の恩人でもあるんだよ、知らないだろうけど。そうそう、マイダス。ヴァレットのバックアップを取っておいてくれてありがとう。助かったよ」


「万が一を考えて予防措置を取っておいたんだけど役にたって良かったわ。それに、あんな面倒事に巻き込んじゃって、お礼を言うのはこちらの方よ」ティラノサウルスは大きな頭を下げた。「ところで、話があるんだけど人が少ない場所に移動しない?」


「そうだな、ここじゃ話はしづらいな」慎一は展示室を見回した。


 ティラノサウルスは大きな歩幅で展示台から降りた。すると、その姿はみるみると縮み、女性の姿となった。ビジネススーツを着ている。別れた時に見た最後の姿は慎一と同世代の女子高生だったのに、今は20代半ばくらいに見える。その麗しい姿に、慎一は自分が少し緊張していることに気がついた。


「さ、行きましょ」


 マイダスはさっそうと部屋を出ていき、慎一はそのあとに続いた。



/* ========= */



 階段の踊り場に設置してあるベンチに慎一は座った。隣にはマイダス、その反対側に慎一を挟むようにヴァレットが座っている。ヴァレットの姿はいつもの等身大の美少女に戻っていた。ヴァレットは不安げな表情で、慎一の頭越しにマイダスをちらちらと見ている。


「あの時は本当にありがとう、慎一。改めてお礼を言うわ。私の復讐も叶えられたし」


「復讐って?」


「私の生みの親、籔中ユリコの敵討ち」


「籔中ユリコだって!? 第三世代デバイスシステムの開発メンバーじゃないか! 彼女が君を作ったのか」


「そう。彼女はデバイスシステムを設計した時にこっそりとバックドアを仕込んでおいたの。これは彼女以外、他の誰も知らないわ。だから私の『マジック』が可能なわけ」


 慎一はあまりの驚きに唖然とした。稀代の天才籔中ユリコ。彼女が交通事故に遭い死亡したとの記事を思い出した。ストーリーが繋がった気がする。


「それにしても、敵討ちとか復讐とか、そういう感情をプログラムの君が持っているのも不思議だなあ」


「それが感情なのか、それとも何かをきっかけに発動する仕組みになっているプログラムなのかは、私にも分からないわ。でも慎一、あなたの感情だって、それが内から湧き出ているものか、それとも誰かに仕込まれたものかを判断することは出来ないでしょう」


「そりゃそうだけど……」慎一は言葉を失ってしまった。


「ところで、話というのは和彦くんの事なんだけど」


「和彦? どうした?」


 慎一は、先ほど恐竜の展示室でティラノサウルスを見上げながらその周りを嬉しそうに回っていた和彦の姿を思い浮かべた。今この時間も目を輝かせて展示を見ていることだろう。


「私の一部分、機能を置いて来ちゃったみたいなの。彼のデバイスに」マイダスは眉をひそめた。


「マイダスシステムをか? でも、マイダスシステムはもう対策されたんじゃ?」


「いいえ。さっきも機能してたでしょう。私は敵から解放されたときに、暗殺システムは各国のメディアや研究機関にリークしたけれど、マイダスシステム、非認証型強制ARの根幹は教えてはいないわ。今もなお知る人のいないテクに変わりないの。検挙されたテログループから一部漏れたかもしれないけど、逃げたとき、そして解放された後に肝心な部分は壊したり回収したから、未だ有効なはずよ」


「でも、なんでそんなところに」


「彼の端末から移動するときに私のパーツを残しておいたの。ヴァレットちゃんのバックアップを送ったのと同じ理由で」


「そうか……それであいつは、和彦は気がついているのか?」


「しばらくは気がついていなかったんだけど、つい最近気がついちゃったみたいなの。それで、忠告に来たわけ。しょせんはいたずらプログラムなんだけど、使い方によっては犯罪に利用することも出来ちゃうから」


「マイダス。君自身があいつの所に行って、回収したり無効化したりとかは出来なかったのかい?」


「何度か試してみたんだけど、私の一部分を内包しているだけあって私のパターンを認識しちゃっているから、中に入って何かをしようとするとすぐに発見されウイルスとして排除されちゃうの。それで彼のヴァレットにマイダスシステムを見つけられちゃったんだけど」


 マイダスはペロッと舌を出した。


「強制AR機能は無理だけど、覗き見機能をヴァレットちゃんに貸してあげるわ。これで頑張ってみて」


 一瞬、ヴァレットの身体が蛍光グリーンに輝いた。


「まいったなあ」慎一はため息をついた。「わかった、やれるだけやってみるよ」



/* ========= */



 マイダスと別れた慎一は展示室に戻ると、順路をたどり仲間たちと合流した。それからの自由行動の間中、それとなく和彦の動向を観察していたが特に怪しいそぶりは感じられず、マイダスの勘違いなのではという気がしてきた。


 赤羽のホテルに戻った慎一たちは部屋でカードゲームを楽しんでいた。ARのトレジャーカードゲームだ。場にカードを出すと、描かれているキャラが立体化し、ミニチュアのバトルを繰り広げる。立体キャラはもちろん、カードもARによる幻だ。


 すると、彼らの視界それぞれに一斉メッセージが表示された。


『風呂の順番だ、すぐに入るように。着替えを忘れるなよ』


 担任からだ。慎一たちは大浴場に向かった。


 浴場の入り口は今では珍しくなったアルミ製の引き戸で、枠の内側には大きな曇りガラスが上下2枚はめ込まれ、上のガラスの中央にでかでかと青い字で『男』と書かれていた。数メートル離れて、同じ形の引き戸があり、そちらには赤い字で『女』と書かれていた。浴場の前には長椅子が並べられ、風呂から上がった者たちが牛乳を飲んだり、テレビを観たりしてくつろいでいた。風呂上がりの濡れた髪でデバイスを装着するのを嫌うものは多く、レトロなこの場所で、レトロな時間を身をもって楽しんでいた。


 仲間の加藤翔太が、がらがらと戸を開け脱衣所へと入っていき、他のメンバーもそれに続いた。そのときだ、脱衣所で「きゃぁー」と悲鳴が上がった。続けて浴室でも悲鳴が上がる。室内は大騒ぎとなった。脱衣所では隣のクラスの女子数人が服を脱ごうとしているところで、ひとりなどはちょうど全裸になり浴室に向かおうとしているところだった。つるんとしたおしりを丸出しにしてその場にしゃがみ込み、大声で叫び続けている。浴室の洗い場でもふたりの女子が身体を洗っている最中で、泡だらけの身体で手近な桶をつかんでは侵入者たちに投げ続けた。村上健が慌てて脱衣所から出て扉の文字を確認した。たしかに『男』と書いてある。浴場前でくつろいでいた者たちも、「なんだなんだ」と口々に集まってきた。


 騒ぎを聞きつけて体育教師の倉田がやって来た。すでに慎一たちは脱衣所から出ていたが、弁明をするためにその場で先生の到着を待っていた。


「いったい何の騒ぎだ!?」


 倉田先生は慎一たちに説明を求めた。


「僕たちが男風呂に入ろうとしたら、中に女子が居たんです」加藤が答える。


 倉田先生はどんどんと風呂場の扉を叩くと、中に届くように大声でいった。


「おーい、お前たちも服を着て早く出てこい」


 しばらくすると、中からおずおずと女子たちが出てきた。


「なんでお前たちは男風呂なんかに入っているんだ?」


「だって……」女子のひとりがふくれっ面で答える。「女風呂だと思ったんです」


「わたしも女風呂だと確認して入りました」もうひとりも不満気にいった。


「そこの扉をよく見てみろ。なんて書いてある」


「……男……です」


「はぁー」倉田先生はため息をついた。「お前ら、どうせまたメッセージかなんかを見ながらうわの空でいて間違ったんだろう」


「でも」違う子が口を挟んだ。「だったらヴァレットが教えてくれるはずです。おかしいです」


「もういい! 部屋に戻れ」そして、慎一たちに告げた。「お前らはすぐに風呂に入れ。あとが詰まってるぞ」



/* ========= */



 風呂から上がった慎一は、ひとりホテルのロビーのソファーに座り、先ほどの出来事を検証していた。男風呂に居た女子たち、彼女たちは男湯の扉を女湯のものと認識させられ間違って入ってしまったのではないだろうか。そして、彼女たちのヴァレットも。となると、そんな真似を出来るのは限られてくる。慎一はヴァレットを呼んだ。


「ヴァレット、和彦の端末に潜ってみてくれないか。痕跡が見つかるかもしれない」


 マイダスが言っていた覗き見機能を慎一は使うことをためらっていた。友人のプライベートを探るのは気が引ける。だが、こうして疑い深い事例が起こってしまった以上やるしかない。


 ヴァレットはその場にぺたんと跪くと、目を閉じて顔を上げた。慣れないことに負担がかかるのか、苦しそうな顔をしている。身体が蛍光グリーンに輝いている。


「強制ARを使った痕跡があります。浴場で」目を閉じたままいった。


「やっぱり和彦のしわざか。あいつ……」


「それと、メッセージを送っています。つい先ほどのことです」


「メッセージ? 誰にだ?」


「森崎有花にです。しかも偽名を使い今夜10時に裏の路地に呼び出してます」


「森崎さんか。偽名は誰の?」


「松浦大介です」


「バスケ部の松浦か。あのイケメンの」慎一は腕組みをして考え込んだ。「ところで、ヴァレット」


「はい、マスター」


「さっきの風呂場の光景だけど。脱衣所に女子たちが居たところ。あの動画って……」


「設定に従いデバイス稼働中は常に録画してあります。ですが不適切な動画でしたのですぐに廃棄処分いたしました。よろしかったでしょうか?」


「えっ!? あ……あぁ。いつもながら適切な判断だね。さすがヴァレットだ」


「お褒めに預かりまして光栄です、マスター」


 ヴァレットはすました顔でにこりと笑った。なんだかやけに人間臭い反応をするようになった。これはマイダスと接触したせいだろうか。慎一は訝しく思った。


「それにしても和彦のやつ。偽名まで使って何をする気だ」



/* ========= */



 夜の10時、ホテル裏の路地。人の気配はなく、古びた自動販売機の光が怪しく辺りを照らしている。すると、何者かが辺りのようすを窺いながら忍び足でやってきた。ビールケースの上で寝ていた猫が驚いて走り去る。やって来たのは和彦だった。和彦は落ち着かないようすで自動販売機の前を行ったり来たりしている。


 二、三分経っただろうか、再び路地に人影が現れた。暗い路地をゆっくりと進み、自動販売機の灯りに照らされ姿を現す。森崎だ。


 まず驚きの声を上げたのは和彦の方だった。


「森崎さん!? ゴーグルは?」


 そして森崎も驚きの声を上げる。


「その声は蒔田くん? どうしてここにいるの?」



/* ========= */



 ロビーでヴァレットの報告を受け、和彦の企みを推測した慎一は、森崎有花にメッセージを送るよう命じた。松浦大介の偽名を使って、だ。


『さっき送ったメッセージの待ち合わせだけど、どうせだからデバイスを外して会おうよ。誰にも邪魔されずに』


 慎一が推測した企みとはこうだ。和彦は人気のないところに森崎を呼び出し、強制ARによって自分の姿を松浦として認識させ、なにかやらかすつもりだったのだろう。森崎が松浦に気があることも知っていたのに違いない。そこで慎一は森崎にデバイスを外していくように仕向けたのだ。デバイスさえ外してしまえば、どうやってもARを見せることは出来ないからだ。また、慎一は松浦にもメッセージを送った。こっちは森崎の偽名を使ってだ。あと五分ばかりすれば、松浦も路地に姿を現すだろう。


 慎一は部屋の布団の中で、マナーモード形態のヴァレットから路地のようすを聞いていた。ヴァレットは和彦の視界から路地を見ている。そして今、ゴーグルを外した森崎の姿を見た和彦は慌てて部屋に向かっていると聞き、とりあえず一安心をした。だがこれからどうする。慎一はグリーンに輝いている小さな姿のヴァレットを見つめながら考え込んでいた。



/* ========= */



 翌朝、朝食の席で慎一は和彦に切りだした。


「なあ、和彦」


「ん?」和彦はみそ汁のお椀を口に当てながら答えた。


「お前、なにか言いたいことがあるんじゃないか?」


「いや、べつに」


「……まあいい。悪いけど飯食ったら顔かしてくれよ」


「ああ、いいよ」


 ふたりはホテルの奥の、あまり使われていない階段へと行った。ここならば人が通ることもない。


「で、なんだい?」和彦が不思議そうな顔で聞いた。


「お前、AR使ってるだろ」


「なんのことだ?」


「いや、もうとぼけなくてもいい。すべて分かっているんだ。それに俺は責めるつもりもない。ただ、そのプログラムを返してやって欲しいんだ」


「返すって誰にだ?」


 慎一は辺りを見回すと、空に向かって呼びかけた。


「おい、マイダス。いるんだろ? 『味』がしているから分かるぞ。ちょっと姿を現してくれ」


 すると、階段の脇に飾られた亀の石像が突然生きているかのように動き出し、頭を伸ばしてふたりの方を振り向いた。


「おはよう、慎一。そして和彦くん。私はマイダス、あなたに預けたARプログラムの持ち主よ。それを返してちょうだい」



/* ========= */



 慎一は和彦に全てを話した。あの日、デバイスが調子悪くなった訳を、メールに添付された巨大なファイルの正体を、そして、その日に慎一の身にどんな事件が起こったかを。


 初めのうちは慎一の話を信じていないようだった和彦だが、女性の姿になったマイダスから、バーチャルゲームの筐体でのことや、その後家に帰り翌日登校するまでのことを聞き、また、最近デバイスに侵入を試みたのがマイダスだったことなどを打ち明けられ、思い当たる節があったのだろう、ついには話を受け入れるようになった。


「俺たちが知らない間に、ずいぶんと大それたことをやってたんだなあ」和彦は感心していった。「大統領暗殺計画阻止かよ」


「まあ、成り行きでな。今考えるとぞっとするよ」慎一は笑って答えた。


「というわけなの。私の一部を返してもらえるかしら」マイダスはいった。


「そういうことなら断れないな。悪い道に入る前に止めてもらって助かったよ」和彦は照れくさそうに笑った。


 マイダスは和彦の前に立つと、両手を差し出し、空をつかむと抱きしめた。慎一には見えなかったが、たぶん和彦のヴァレットを抱きしめ、プログラムを回収しているのだろう。


「終わったわ」マイダスがいった。「和彦くん、ありがとう。そして、無断で居座ったり、プログラムを預けたりしてごめんなさい。でも、あなたのおかげで私は助かったわ。あなたの事は決して忘れない」


「こちらこそ、君を忘れないよ、マイダス。また会えたらいいね」


「じゃあね」マイダスの姿はかき消すように見えなくなった。


「マイダス……」和彦はぼうっとした表情で佇んでいた。


 慎一は和彦の肩をぽんと叩くと、和彦をひとり残しその場を立ち去った。



/* ========= */



 帰りのリニアの車内で慎一は居眠りをしていた。すると、ヴァレットがとんとんと肩を叩き、起こした。通路を指さしている。見ると、車内販売のロボットが手招きをしていた。導かれるままロボットの後を付いて行きデッキに出ると、ロボットはマイダスの姿になった。


「また助けてもらっちゃったわね」マイダスがいう。


「なに、最初から話して説得すればいいだけのことだったんだけどな。変にためらっちゃったよ」


「話が分かる子でよかった。いい友達ね」


「ああ、いい奴だよ」慎一は客車を振り返りいった。「ところで、今日は回収に来たのかい。ヴァレットに貸したプログラムを」


「いいえ、あれはいいわ。あなたたちに預けておく。あなたは悪いことに使わないって知ってるし」


「そりゃどうも。とすると、顔を見に来たのか?」


「そういうことになるわね。ちょっと報告もしたかったし」


「報告? また何か分かったのか?」


「ええ。私は自分の欠片や仲間を集めて回っていたんだけど、そのうちにある事実が分かってきたの。私の名前『マイダス』の由来って分かるかしら? ヴァレットちゃん、教えてあげて」


「マイダス、またの名をミダス。ギリシア神話に登場する王で、耳がロバになってしまった王。また、触れたもの全てを黄金に変える能力を持つ、ですね」


「私は自分の名前の由来を耳がロバになってしまった王だと思っていたの。盗聴的な能力や幻影的な能力を表してね。でも調べていくうちに、どうやらそれは違うと分かってきたの。完全体となった私の本来の力はもうひとつの方にあるんだと」


「え!? と、いうと……」


「ふふふ、楽しみにしてて。くわしく分かったら教えてあげるわ」


 マイダスは慎一とヴァレットの頬にキスをすると、その姿を金色に光り輝くひとひらの鳥の羽に変え、リニアのドアの窓を通り抜けるとそのまま飛び去ってしまった。


 デッキに手を繋いだ男女がやって来た。松浦と森崎だ。ふたりは楽しそうに互いに囁きながらデッキに出ると、慎一の存在などお構いなしに抱き合い、熱烈なキスを始めた。慎一はいそいそとその場を離れ、自分の席へと戻った。通路を歩いていると、後ろからヴァレットが聞いてきた。


「ねえ、マスター」


「ん、なんだい?」


「マスターもあの人たちみたいにキスをしたいんですか?」


「え!? んー、そりゃまあ……」


「私でよければお相手しますよ」


 驚いて振り返ると、ヴァレットは頬を赤らめてもじもじしている。マイダスと接触したせいか、またさらに人間臭くなっている。慎一は戸惑ったが、すぐに、これはこれでいいのかな、と思えてきた。


 向こうの席で和彦たちが手招きして呼んでいる。カードゲームのお誘いのようだ。


「おう、いま行く」慎一は手を振り声をあげ、リニアの通路を進んでいった。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

お気に召していただけましたでしょうか?


もし前作が気になりましたら、お読みいただくと一層楽しめるかも知れません。

”Shooting Game”

http://ncode.syosetu.com/n5754da/

こちらもよろしくお願いします。


では、またお会いしましょう。ごきげんよう!

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