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あわいろ  作者: 九条智樹
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第8話  素人の演劇の練習は見せる方も見る方も恥ずかしい


「じゃあ後は班決めね。あ、メイン班はもう集まって進めてて。シナリオの読み合わせとかだけでもいいから」


 そんなわけで、涙を流すほど笑っている加藤とその様子に苦笑いしている水崎が俺と嘉地の席に近寄ってきた。


「いやぁ、言った通りになったわね」


「お前、何で知ってたんだよ……」


 加藤には予知能力でもあるのだろうか。アレか、天帝の眼か。


「だって、中林さんって嘉地の意見聞きながらじっとあんたを見てたのよ。もちろんあんた相手に恋愛感情とかないだろうし、じゃあこれは演劇部部長の目で何かを見抜いたんだろうなと思って」


 さりげなく俺はモテないとか言うな。事実だから声に出して反論できないだろ。


「とりあえず、自己紹介とか済ませて言われた通り台本の読み合わせとかするか」


「あぁそうだな。嘉地です。よろしく」


「よよ、よろしく……。水崎奏です……」


 微笑みかけられて水崎は顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。なんか犬のようですっごい可愛い。


「加藤茜。もちろん女子だから」


「やめろよ、そんなん注釈付けるの。なんか泣けてきちゃうだろ」


 可哀そうだよ、嫁の貰い手とかどうすんの。


「つーわけで演技指導係の滝川な。とりあえず俺の言うことはちゃんと聞けよ」


「嫌よ。あんたの指導とか信用できないし」


「いや茜ちゃん、聞こうよ……。じゃないと滝川くんの仕事なくなっちゃうよ」


「むしろ俺としてはそっちでもいいんだけど……」


 その場合は失敗して俺の責任になる。眼先の楽に目がくらむほど俺も馬鹿ではない。


「まぁそうだな。こういうのってなあなあでやるよりもギスギスするくらいの方がいいよ。ちゃんと滝川に意見は出してもらって、納得いかなければぶつかるくらい話し合ったほうがいいと思う」


 嘉地はイケメンらしくいいことを言っていた。そう、無視されるのが一番ツライ。


「それもそうね。まぁたぶん滝川ならクラスメートの大半とギスギスした関係を築けるんじゃないかとは思うけど」


「やめろよ、本当のこと言うの」


「本当のことなんだ……」


 水崎が少し可哀そうなものを見る目をしていた。やめて、その同情が痛い。


「じゃあとりあえず台本の読み合わせするか」


 嘉地が言いながら台本をぱらぱらと開く。


「いや待って。そもそも人魚姫ってどういう話なんだ?」


 俺はその前にみんなに聞いておくことにした。

 童話とか親に読んでもらった覚えのない俺は本当に話を知らない。人魚に足が生えて泡になる、くらいは知っているがその程度。加藤の役どころのシスターとかはどこに絡んでくるのだろう。


「台本読めばいいんじゃないの?」


「若者の活字離れを舐めちゃいけない」


 五秒で眠くなれる。


「はぁ。奏、教えてあげて」


 加藤の哀れんだようため息に苦笑しながらも、水崎が丁寧に教えてくれた。


「うん。えっとね、歌声の綺麗な人魚のお姫さまが深海にいたの。それで彼女が海上に顔を出したときに、王子さまの乗っていた船が難破してね。それで人魚のお姫さまが溺れている王子さまを助けて、海岸まで運ぶの」


 ほう、なるほど。


「人魚のお姫さまはすぐ海に戻ったんだけど、王子さまのことを忘れられなくて、お姫さまは海とか川とかちょくちょく顔を出して王子さまを見てたの。それでどうしても会いたくて、魔女に頼んで自分の綺麗な声と引き換えに人魚の足を人の足に変えてもらって地上に出たんだ」


 会いたくて会いたくて震える感じだろうか。ところであの歌手の歌は好きなんだけど、いったいいつになったら歌詞の中の相手さんとは会えるんだろう。


「でも声を失くしたから自分が王子さまを助けたってことが言えなくて、王子さまはしばらくして海岸で解放してくれた修道女と結婚することになるの」


 ……え?


 ふざけた調子で聞いていた俺だが、少し真面目になってしまう。

 子供向けの童話だと思っていたが、思っていたよりもだいぶヘビーな内容だった。


「それで、人魚のお姫さまは人の足を得た代わりに王子さまと結婚しないと泡になっちゃうっていう制約があって、それを防ぐには王子さまを殺さないといけないの。でもそれは出来なくて、人魚のお姫さまは泡になって消えちゃうっていう、そういうお話」


 ……なんだそれ。何て切ない童話だ。こんなの子供に読ませたらトラウマもので、恋愛恐怖症とかで少子化促進しちゃうだろ。


「……だいたい、分かった。要するに終始切ない話なんだよな」


「まぁざっくり一行で説明するなら、それでも合ってるかな」


「じゃあそういう演技しないといけないのか……」


 難しいな。しかも人魚姫の男女逆転というのは、切ない演技をするのは嘉地だ。しかも女装で。失敗すればただのキモい人魚姫になり下がるぞ。


「とりあえず個人の演技力を測る意味も込めて、適当に盛り上がるところを俺が抜き出してみるか。動きは要らない。動きの指示のところは俺が読むからそれに合わせて台詞だけくれ」


 盛り上がるところは一番演技しやすいところでもあるはずだ。ならば演技力の最低値はともかく最大値は測ることが出来る。


「でも、俺って人魚姫の役だから台詞ないよな? 喋れないんだし」


「心情を語る部分があるだろ。音声をちょっと加工してぼかすって書いてある。じゃあ早速始めようか」


 適当に机をどかしてスペースを作り、台本を片手に読み始める。


「まずは、ここか」


 そう言って俺は台本の開いたページを三人に見せる。


「んん。『ああ、王子さま、あなたのおそばにいたいために、あたしは、永久に声をすててしまったのです。せめて、それだけでも、わかってくださったら』」


 嘉地の台詞でスタートする。最初は知り合いに演技を見せるというので照れもあったのだろうが、少し喋ればすぐに慣れていったようだ。おまけに女声もすんなりと出ている。


 まぁ、それでもやはり棒読みだし、感情があまりこもってはいないので改善点は山のようにあるが。

 ちゃんと状況を把握しながら、俺は動きの指示を声に出していく。


「――王子さまが人魚姫を腕に抱いて、その額にキスをする」


「『あたしが、だれよりもかわいいとはお思いになりませんか?』


 そして、水崎の出番だ。


「『うん、おまえがい、いちばんすすすす好き、好き――ッ!?」


 途中から演技ですらなくなった。ダメだこりゃ。


「落ち着け、水崎。ただの演技だ。フィクションだ。はい、もう一回」


「『うん、おまえがい、いちばんすすすす好き、好き――ッ!?」


 一ミクロンも成長しなかった。


「落ち着けって水崎さん! そんなに意識されると俺の方が恥ずかしいって!」


 まぁそうだろうな。俺なら顔から火を出している水崎の貰い火で全焼している自信がある。


「ゴメンね嘉地くん! 次はちゃんと、次はちゃんとするから!」


「……じゃーもう一回」


「あんた、鬼なの? 出来ないの分かってて言ってるでしょ」


 呆れたような加藤のため息だが、俺としてはちょっと意地悪でもしてないと、このストレスフルな立場では胃潰瘍か円形脱毛症になってしまいかねない。俺の頭皮は俺が護る。


「水崎のリアクションが面白いし――じゃない。そう、《三度目の正直》ということわざを信じてみたかったんだ」


 適当なことを言う俺の目の前で水崎は変わらずテンパっていた。

 検証終了。《二度あることは三度ある》の勝利。


「ちょっと中止。――だから水崎はまずはお茶でも飲んでその真っ赤な顔を冷まそうか」


 卵を乗っけたら目玉焼きになりそうなくらいに彼女の顔は真っ赤だった。


「とりあえず、その羞恥心を棄てないことには前に進まないな」


「う、うん」


「まぁ、水崎さんはこういうの苦手だろうし、仕方ないんじゃないか?」


 かばうように嘉地が言うが、それではダメだ。


「言っとくけど、お前もだぞ嘉地。『あたしが、だれよりもかわいいとはお思いになりませんか?』って台詞がたどたどしいことこの上ない」


「……自覚はちょっとある」


 まぁすんなり自然にそんな台詞を言えたなら俺は嘉地と絶交しているだろうが。


「とりあえず、普段から特訓するか」


「? 何をする気なわけ?」


 そんなことは簡単だ。

 俺の目的は演技の成功と嘉地と水崎の仲を少しでも進展させること。一粒で二度美味しい手段以外使う気はない。


「普段から下の名前で呼び合ってみようぜ」


「えぇ!?」


 水崎がまた顔を真っ赤にしてテンパっているが、今回は無視する。こんなのに付き合っていたら絶対に何も進展しないからだ。


「どうだ、嘉地?」


「いいアイディアではあるよな。なんならグループで親睦も深まるだろうし」


 ……あれ?

 ちょっと待て。なんか違う。お前は何か勘違いしているぞ、嘉地――……。


「というわけで実践しようか、達也」


「あ、ぁ、そうだな……」


 名前で呼び合うとか基本属性がぼっちの俺にはどれだけハードルが高いと思っているんだ。いや、ここですんなり呼べない方が恥ずかしいから、さも当然に呼べるていを装うけれども。


 まさか俺まで巻き込まれるとは……。あれか、文化祭の話し合いでちょっと上手くいきすぎたツケが、こんなところに回って来てるのか。社会は俺に厳しすぎると思う。


「改めてよろしくな、奏さん」


「ふぇ!? ええええっと、よよ、よろしく、はは陽斗、くん……」


 顔を真っ赤にし過ぎてオーバーヒートしたのか、膨らんだ風船の口を放したみたいに、最初は凄い勢いだったのに名前を呼ぶ頃にはもはや聞こえないくらい小さな声だった。


「……これ、私も参加しないといけないわけ?」


「やりたくないならやらなくてもいいけど、逃げるのは男らしくない――」


「だから女だって言ってんでしょうが、バカ達也!」


 ドゴォ! という効果音が付きそうなほどの勢いで俺のみぞおちに加藤の拳がめり込んだ。


「――えっと、メイン班。こっちは話し合いも終わったし今日はもう帰ろうってことなったんだけど、いいかな?」


 遠のく意識で、そんな委員長の声を聞いた。


 ――ちなみに、村阪は俺の予想通り「アタシには無理だよー」とか言いながらサイド演技班にちゃっかり名前を書いていた。分かりやす過ぎる。


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