第6話 感謝の言葉は嬉しいけれどこっちのリアクションに困る
「……で、嘉地と奏をくっつけるあんたの作戦は無事に終了と」
「おう」
放課後の教室で、俺は加藤や水崎とだらりと過ごす。
こんなにも頭を使ったのは初めてだし、そしてこんなにも成功するとは思わなかった。もうここで寝てしまいたいくらいに疲れた。たぶんルーベンスの絵を見られたら眠むれる。
「ありがとうね! ありがとうね!」
水崎は輝きまくった満面の笑みをもって、二回もお礼を言ってくれた。それほど大事だったらしい。
「まぁ俺の役目はほぼ完了だ。あとは自分でどうにか距離を縮めてくれないと困るぞ」
そういう綺麗な感情を向けられるのに慣れていない俺は突っ伏したまま答えた。
「う、うん」
「ちゃんと返事しろよ……」
不安でつっかえたのは分かるけども、せめて俺の労力に見合った努力は見せてくれませんか、ねぇ水崎さん……?
「でも、あんた今日の昼休みまでは何にも用意してなかったんでしょ? どんな脳みそしてるのよ」
「さーなー」
眠い俺は投げやりに返事をする。というか加藤の質問にまともに付き合う気がないだけかもしれないが。
「で、でもすごいよね! わたしがお、王子さま役で、嘉地くんが相手役だよ!?」
よほど信じられないのか、さっきから水崎は自分の頬を何度かつねっていて赤くなっている。興奮して赤くなっているのと合わさっているからかなり赤い。
「そりゃ、そうしろって加藤に脅されてたようなものだからな」
クライアントの要求である以上、成果は上げなければいけない。ちなみに金銭を受け取っているわけではないが、失敗した場合は鉄拳制裁が待っている。奴隷なのだろうか。
「もう本当にありがとうね!」
「気にするな。水崎が王子の役をやれるかどうかは俺の手から離れたことだ。要するに実力、もっと自分で自分を誉めていい」
何なら俺をそれ以上誉めないでくれ。そういうのに慣れてなさ過ぎて背中の辺りがむずむずしてくるから。
「でも、滝川くんがいなかったら立候補になってて、わたしじゃ手も挙げられなかったかもしれない。だから、滝川くんのおかげなの!」
「奏、それ以上滝川に感謝しなくていいわよ。調子乗るから」
加藤がいつもの調子で俺を貶めようとするが、流石に今日ばかりはカチンと来た。
「おい待て。感謝の言葉くらいならいくら貰ったっていいだろ。演技の仕様を決めるときも手を挙げるしかなかったお前に言われる筋合いはない」
「そ、それは別にいいでしょ! その為にあんたを巻き込んだんだから!」
「はっ。負け惜しみとはスポーツマンらしからぬ発言だな」
「だから男じゃないっつってんでしょ! さっきの配役でちょっと傷ついてんだから塩を塗るな!」
「傷ついたとか、そんな繊細な女子みたいな――」
「女子だって言ってんでしょうがァ!」
思い切り加藤は怒鳴っている。いや、いじめてるわけではない。普段殴られてる分を発散できるときにしとかないと、ストレスで俺がハゲてしまう。自分の毛根を守るための仕方ない行動なのだ。だからもうちょっといじめよう。
「あ、あ、二人とも、ケンカはダメだよ!? ほら、夫婦げんかは犬も食べないって――」
「「夫婦じゃない!」」
火に油を注いでどうする。バカなの? 水崎さんはおバカさんなの?
「なんでこんなニートと夫婦なのよ!」
「おい待て、まだニートじゃねぇよ」
まだとか自分で言ってしまった。ほぼ当確じゃねぇか。
「ごめんね! そういう意味じゃなくて、仲いいからその、夫婦漫才とか――」
何も変わってない上に何も分かってない。
「あんまり馬鹿なこと言うと……っ」
加藤が水崎の頬をつねって引っ張った。
「いひゃい! 茜ひゃん、いひゃいってば!」
よく伸びるほっぺだった。大福かと思った。ちなみに俺と違って水崎が相手だからか加藤はすぐに手を放した。――俺にももう少し優しくしていいのではないだろうか。
「次に変なこと言ったらもっと痛くするからね」
「うん……。ごめんなさい……」
水崎は潤んだ瞳をして、ほっぺをさすっていた。なんか、本当に同級生とは思えない愛らしさだ。
慰めるのもアレなので、いい感じで俺も締めくくろう。
「まぁ、何だ。お前が嘉地と夫婦とか呼ばれる仲になればいいよなってオチでどう?」
「ふふふ夫婦!? わわわ、わたしと嘉地くんが!? そんなの無理だよ! 不可能だよ! ありえないよ!」
……じゃあ何で俺は手伝っているんでしょうか。
「で、でも将来的にそういうのも……、ってわたし何を言ってるの!? 今のナシ! あぁ、でもナシっていうのは嘉地くんとそうなりたくないわけでもなくてって、えっとだから!?」
「いいから落ち着け。変なことを言った俺が悪かった。――とりあえず、用がないなら今日は帰っていいかな」
俺はカバンに筆箱を入れつつ教科書類は机の奥に押しやって立ち上がった。
「あんた、意外と素っ気ないわね。なんだか関係ない意見出して、文化祭盛り上げようとしてたみたいなのに、やけに冷たくない?」
「……関係ないわけでもないけどな」
あの俺の思考の結晶は、他人にはそう映っていたらしい。ちょっとショックだ。
「文化祭、滝川くんも楽しみなの?」
「まぁ楽しみだな。準備期間は授業が減るから。前日とか何にもしなくていいし」
「あんたはもうちょっとマシな楽しみ方は出来ないの……?」
頭を抱えられてしまったが、それ以外に文化祭って何を楽しめばいいのだろう。
「まぁとにかく、これで俺は去年と同じように文化祭では気楽に過ごせばいいだけだ。準備期間もどうせ嘉地と水崎は勝手に過ごすだろうし、加藤もいるしな」
俺は必要ない。心おきなく今までの生活に戻ることが出来る。
「そこまであんたの計算だったってこと?」
「おう。演劇の内容から何から何までな。だから関係ないところとか何もない」
「ふーん。それは流石にすごいわね」
感心していながら、加藤はにやりと笑った。ペルシャ猫を膝の上に乗せて豪奢な椅子に座してこそ似合うような、不敵な笑みだ。
「……でも、一つあんたは見落としてるわ」
「なに?」
なんか負け惜しみにも聞こえる。推理漫画ならだいたいこんなセリフを言った奴は犯人だ。
「あんたは楽をしたいのよね? だから早急に奏と嘉地がくっつくように恋愛ものとかの劇を推したりした」
「あぁ」
「残念ね。あんたのニートな活動は月曜日には壊れるわ」
何を言っているのだろうか。
俺は本当に何も分かってはいなかった。
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