第5話 文化祭は企画段階だと超面白いと思ってるけどだいたい勘違い
そんなわけで、普段はさっさと終れと願っても時計が壊れたかと思うくらいゆっくりしか時の進まない授業が、ボルトも真っ青な速度で過ぎ去った。
まったく策を考えなかったわけではないしある程度の用意は出来たが、それでももう少し時間は欲しかったというのが率直な感想だ。
「えー。今日のLHRはみんな知っての通り文化祭準備だ」
前で白衣に身を包み出席簿を片手に気だるそうに言うのは、担任の北村先生だ。担当科目はたしか生物。物理選択の俺は授業を受けたことがないのでよく知らないが。
ちなみに独身三十六歳、女性。最近自分の年齢と独身であることを授業やホームルームでネタにしだしている。もはや諦めムードしか漂ってなくて、みんな笑うに笑えない。
「というわけで、あとは委員長と文化祭実行委員に任せるから。――私は今から婚活パーティーの下準備があるからいったん職員室に戻ってるし、何かあったら呼びに来て。あと、チャイムが鳴ったらもう解散していいから。掃除だけちゃんとやっとくように」
私情を挟むなとかツッコみたいが、相変わらずのブラックジョークでもはやみんな乾いた笑いしか出せていないんだが。
それに気付いているのかいないのか、北村先生はさっさと教室を出ていき、それと入れ替わるようにして女子の委員長が前に出る。
「えーっと。先生もあぁ言っているし、文化祭の話し合いを始めようか」
くだけた言葉でありながらもどこか普段と違う様子で彼女は話し始める。まぁ、普段をあまり知らないが。
名前は確か中林。だいたい委員長と呼ばれたり中林さんと呼ばれたりしているので、俺はファーストネームまでは覚えていない。ちなみにクラスメートの半分はファミリーネームすら覚えていない。――だから友だちが少ないのか。
「とりあえず、例年通り朧月祭は一年が展示、二年が演劇、三年が模擬店になってるから、私たちは演劇には決定してるの。あと、これは生徒会の執行部で決めたことだから、違うことは出来ない。そこはあらかじめ、ごめんなさい」
ちなみに、朧月祭というのはこの東霞高校の文化祭の名称だ。よその学校は知らないが、少なくともうちでは東霞高校文化祭と言わずに朧月祭で押し通す。
さらにおまけすると、体育祭は体育祭としか呼ばれない。イベントにも格差があるらしい。そういう意味では俺は体育会系男子かもしれない。
閑話休題。
「それで、どんな劇にしようか? コメディでいくかそれとも本格派でいくか、とかそういう根本的な話ね。ちなみに劇の時間は二十分あるから余裕はあるよ」
そんな風に言われて手を上げて発言できるほど、俺たちはディスカッション慣れしていない。ゆとり世代のゆとられっぷりを舐めてはいけないのだ。
「とりあえず周りの人と話して、あとで一個一個アイディア聞いていく形にしようか。じゃあ十分後にまた訊くね」
委員長の委員長スキルが半端ない。ゆとりのゆとりたる所以を熟知してやがるだと……ッ!? ――まぁ同い年なんだから知らないはずがないけども。
「……で、どうするよ、滝川」
ちなみに俺たちの席の周りにいる生徒は男女混じっているが、水崎ほどではないが少し控えめで、嘉地のようなイケメンに話しかける勇気はないらしい。必然的に話し合うグループの単位は俺と嘉地の二人だけになった。ホモとかではない。
「あぁ、そうだなぁ……」
嘉地に話を振られながらも、俺は適当な返事をずる。
それはぞんざいなわけでもやる気がないのでもなく、別の行動理由があるからだ。
まず嘉地と水崎をさりげなくくっつけ、嘉地に水崎の存在を印象付け、嘉地に水崎を意識させる。おそらく、今のところの俺の行動はこれに限定されている。
そうなると、やる劇はどう考えても本格派、それもロマンチックな方がいい。ホントの勇気見せたらくれるらしいが、そんなことはどうでもいい。
しかしおそらくクラスの大半はコメディを推奨するだろう。だいたい高校のクラス劇は内輪ノリの塊だ。去年の俺は先輩のそれを見たが欠片も笑えなくて野次を飛ばそうかと思った。
要するに、そうやって馬鹿をやるのがいわゆる青春なのだ。
ディスカッションの先を見越すならただ本格派を推奨するのではダメだ。民主主義はマイノリティに厳しい。ソースは俺。ただ手を上げるだけでは黙殺される。
ならばどうするか。
簡単だ。妥協案をあらかじめ用意すればいい。
本格派をやるメリットを語り納得させ、一部でもそれを用意するようにしてもらう。配役の問題も残るが、そうすれば嘉地と水崎でヒーローとヒロインが出来る可能性が広がる。
「……本格派が、いいんじゃねぇか?」
ゆっくりと演技臭くならないように気を付けながら俺は嘉地に話しかける。理路整然とした経緯を持って考えたことを語るときは、少なくとも俺は早口になりやすい。そこをごまかして思いつきで喋っている体を装っておかなければ、嘉地に怪しまれるかもしれない。
「そうか? コメディも楽しそうだけど」
どうやら、嘉地はコメディを推奨する側のようだ。これは面倒なようで、嘉地さえ説得できればクラスを説得出来たも同然なので楽だろう。一石二鳥は俺の座右の銘だ。
「まぁな。でもさ、それって他のクラスもやるだろ。去年とか全クラスそれだったし、たしか直近のドラマのパロディをやってて、完全にどこかのクラスとかぶってたような気もする」
あのときの後のクラス全員の顔の引きつりようは、体育館の真ん中から舞台を見ていても伝わってきて涙を誘う感動ものだった。たぶんアカデミー賞とか取れるレベルに泣ける。ちなみに彼らが求めていた笑いなど欠片も起きなかった。新喜劇なら倒産するレベル。
「それもそうか……。クラス同士で折衝する時間もないし、そういう危険はあるよな」
「それに他のクラスがそういう雰囲気でやる中で、俺たちだけ本格的な劇をするとギャップがあっていいんじゃないか?」
「でもやっぱり、わいわいやりたくないか? それに演劇部も劇をやるわけだし、比較されたらレベルの差が露呈する。練習時間も少ないし」
意外と真面目な討論が成立していた、――が、理論武装で俺に勝とうというのが間違いだ。自己保身と自己弁護のために磨き上げた俺のこの技術に勝てる者などいない。
「……じゃあ、メインストーリーとサイドストーリーに分けたらいい。サイドでそういうコメディをやって、メインではきっちり演技する。メインをやる時間が短いから練習もしっかりできるだろうし、演劇部とも一味違ったものが出来そうだし」
「……お。それはアリだ。ってか、全然いいと思う!」
嘉地が「お前すげえ!」みたいな顔で俺の肩を叩く。やめろ、ちょっと痛い。
「じゃあ、意見聞こうかな」
そういって中林委員長がアイディアを一個一個聞いて歩いて回る。ちなみに文化祭実行委員が前に出てそれを黒板に書き記している。
案の定、コメディが圧倒的に多い。一部どちらでもかまわないという曖昧な意見もあるが、本格派を推奨するのは一つ――水崎と加藤が話し合っていたグループだけだ。
「えー? 本格派とかナイっしょ」
そんな意見に、村阪が真っ先に拒絶反応を示した。
「そーいうのやるには練習の時間がなくない? っていうか、そーいうのって中途ハンパにやるとむしろ寒いし」
まぁ、村阪の意見も真っ当だ。確かにそういう側面もある。
――だが、素直に納得できないのは何故だろう。
まるで自分のやりたいことを押し通す為だけに意見を出しているような、そんな雰囲気を俺は感じざるを得なかった。
「アタシは絶対ヤメといたほうがイイと思うなー」
……あぁ、そうか。
俺はすぐに気付いた。村阪は自分の意見を話しているのではないのだ。ただ他人の意見を潰している。その為だけに意見し、それを楽しんでいるわけだ。
だから素直に首を縦に振れない。たとえそれがどれほど正しい意見であろうとも。
「まぁ、それは後で話し合おうよ。今はどっちにするかを書き出していくだけだから」
委員長はそのスキルをもって村阪の棘しかない意見をスルーし、次々と意見を聞いていく。だがもとから本格派を望む意見が少ないというのに、今の村阪の言葉の後で本格派など言える者などいるはずもない。数の差は開くばかりだ。
「じゃあ、最後に嘉地くんのところは?」
そう言って話を振られたとき嘉地が俺をちらりと見た。「意見を出したのはお前なんだから自分で喋れば?」という意図だろうが、俺はそんなの苦手、酢豚のパイナップルくらい嫌いなので手をひらひらと振ってパスする意思を見せる。
困ったヤツだ、とでも言いたげなため息と共に渋々と嘉地が立ち上がる。
「えっと、俺たちはメインストーリーとサイドストーリーで雰囲気を変えたらどうだろうって意見になってて、それならさっき村阪さんが言ってた練習の時間も半分程度で済むし、クラスの大半の人がやりたいコメディも出来る。――それに他のクラスもだいたいコメディやるんだから、俺たちだけが本格的なのをやるって、面白くない?」
そうやってクラス全員に少し不敵に笑いかける。しばらく無言になった後、湧くようにクラスじゅうから歓喜が起こる。ちょっとオーバーなリアクションも、文化祭前ならではという気がした。
「それ、いいアイディアじゃない? 村阪さんもどう?」
「ま、まぁ、陽斗が言うんならそれでイイっしょ」
「ありがとう、弥希」
仲良さげに嘉地と村阪が笑い合うが、これはいつものことだ。
村阪は自分が気に入った者とはとことん距離を詰める。嘉地はそれを拒むほど馬鹿ではないので、必然的に名前で呼び合う仲になっていた。もちろん、村阪の取り巻きやその他の男子もそうやって呼び合ったりしている以上、何か特別な関係とは思えない。
クラスメートに対する発表では敬称を付けていたんだし、少なくとも嘉地の方にはその意志はないのだろう。そういう関係だったなら、さっきの時点で名前を呼んでいるはずだ。――だから泣きそうな顔をするな水崎。説明するの面倒だから察するか加藤が教えろ。
「やったな、滝川。お前の意見だぞ」
「……そうだな」
嘉地はそう俺に笑いかけてくれるが、この賛成の嵐は俺の意見に対するものではない。そんな簡単な勘違いをするほど俺も馬鹿じゃない。
この歓喜は、嘉地の意見に賛同したいが為のもので、ついでに言うなら嘉地の話術がそれを誘うものだったから生じたものだ。俺の力など、ほんの数パーセント。四捨五入すれば切り捨てられる程度だろう。
「じゃあ、劇の仕様は嘉地くんたちの意見を採用でいいよね」
多数決を取るまでもなく拍手でそれは決定した。
「なら次は、どういう話にしようっていう議題かな。完全オリジナルにするか、何かの作品を参考にするか。参考にするならどれがいいか、とかも含めて。さっきと同じようにまた十分後に訊くね」
この場合、俺にとっては正直どっちでもいい。
本格派、という単語から連想されるものはだいたいが恋愛劇だろう。というか文化祭の二十分の、メインストーリーで半分なら十分でアクションその他をやるには無理がある。サイドでコメディをやるならラブコメとして成立するし、やりやすいだろう。
ならドラマや漫画原作だろうがオリジナルだろうが、結果は同じだ。ヒーローとヒロインが存在するなら俺としては何も文句はない。
「なぁ、滝川はどっちがいい?」
「どっちでも…………いや、やっぱり原作がある方がいいんじゃないか?」
言いかけて俺はシフトチェンジした。冷静になって考えると、根本的問題があることに気付いたのだ。
オリジナル作品になれば脚本の前に配役が決まり、スクールカースト上位の人間が役を取っていく。おそらく村阪辺りが難癖付けておきながら「アタシには無理だよー」とか言いながらやることになる。もちろん、相手役は嘉地で決定。
それを阻止するには、水崎がヒロインにピッタリな原作モノを提案する必要があるはずだ。
では、それは何か。
生憎と最近のドラマなどに疎い俺には難しい問題だ。
「……童話、とかは?」
俺の知っている知識では童話にも恋愛要素が強いものは多い。白雪姫とかシンデレラとか。まぁ他は知らない。とにかく、サイドストーリーを展開する余地だって十二分に残っている。
「今さら高校生でやるか?」
「けど、さっきも言ったけどドラマとかを原作にすると、どこかのクラスとかぶる可能性もあるし、オリジナルだと原稿を作るのに手間取って、せっかく確保したメインの練習時間が短くなる場合もある」
練習時間の削減は水崎と嘉地の接点の減少でもある。それは避けた方がいい。それも絡めた俺の完全理論武装だ。
「だいたい童話ならみんな話は知ってるから、サイドストーリーでギャグとかも入れやすいだろうし、メイン部分の原稿も作りやすいんじゃない? それに童話の原作って結構深い話だったりするから、俺たちくらいの年齢でやるにはちょうどいいと思う」
イソップ童話がやたら怖い話だというので有名だろう。そうでないものも、子供の頃に思っていたより深い意味があったりするらしい。その手のことを書いた文庫や新書はちょくちょく刊行されているのは耳にする。
「なるほどなぁ。確かに、作り込みがいはあるよな」
嘉地、陥落。
「そゆこと。また発表はよろしく」
ぱたぱたと手を振って俺は机に突っ伏す。次の議題が出るまで頭を休めないと、普段使われない俺の脳みそはそろそろオーバーヒートする。
そんなわけで俺がぼーっとしている間に嘉地が発表し、また満場一致で可決。たぶんどんな意見でも嘉地が言えば可決される気がする。なにそれ、俺要らない子みたい。
あとはそういう知識が豊富そうな人たちが挙手制で意見を出していっていた。
「じゃあ、今ある意見はシンデレラと白雪姫と人魚姫ね。どれがいいか多数決かな」
「えー? でもそれだとなんかつまんなくない?」
また、村阪が否定しにかかる。そうやって代替案があるわけでもないのに言って、人の意見を、人の心を潰すのを楽しんでいるようだった。
だが、認めたくないが村阪の意見も確かに正当だ。
何の工夫もなく劇をするだけでは盛り上がりに欠ける。テンションを上げつつ、悪ノリも出来て、劇の完成度を損なわない要素を盛り込む必要があるだろう。
なんて面倒な制約だ。これがゲームだったら即行で電源を切っている自信がある。
考えればいい策はあるかもしれないが、これはもうあまり考えずに無難な選択肢で行こう。
「――男女逆転だな」
俺はぼそっと呟いていた。
「逆転? っていうと姫を王子に、王子を姫に変えるって感じか?」
「そ。インパクト強いし、意外性もあるし」
水をかぶったら云々の設定は再放送で見た俺の世代でも斬新だった。しかし最終回の記憶があいまいなのは何でかな……。
「それに劇の完成度はそこまで変わらないだろ。なんなら新たな解釈、みたいな感じにもなるかもな。全部があれなら、メインの二人とかくらいでいい」
「……それってセリフも変わるよな? 著作権とか大丈夫か?」
うぅむ。たしか学園祭とか学校の行事は上演権とかは特例に出来るらしいが、改変に関してはどうだったかな……。
調べるのも面倒なので、無難な策へシフトチェンジする。
「じゃあアレだ。男装&女装だな。文化祭と言えばこれに限るって感じの馬鹿騒ぎだ」
「それはありだな。――でも、お前そろそろ言えば?」
「発表するほどの意見じゃない」
するくらいなら取り下げよう。俺の意見がすんなり通るわけがない。なにそれ、ラノベのタイトルっぽい。
それに、嘉地が言って嘉地の意見としなければいけないのだ。だいたいどう足掻いたって主演は嘉地でほぼ当確なのだから、俺の意見で嘉地が女装するとか恨みを買うじゃないか。――本人はまだ気付いていない様子だから助かってるが。
「ったく……」
嘉地はそう頭を抱えながら発表。またしても可決される。
そうしてクラスの劇は『人魚の姫(一部キャスト男装・女装)』に決定した。
順調に事は進むが、ここまでは前哨戦。問題は、次だ。その為の布石は、ある程度は打ってあるが。
「じゃあ、配役とかを決めておこうか。今日中に決めたら動きやすいし」
来た。
これが俺の最難関課題。おそらく主演の人魚姫役は嘉地が決定する。それも圧倒的多数から他薦されるだろう。
嘉地は背も高いしイケメンだが、だからこそ若干中性的な印象もある。そこらの暑苦しい男たちがやるよりはよっぽど絵になるだろう。
問題は王子の役だ。これを水崎にする方法をどうにか考えなければいけない。
「やっぱり、立候補がいいかな?」
委員長は当然のようにそう言うが、それが一番まずい。
ここで水崎が手を上げるのは不自然だ。彼女はそういうのが苦手なタイプだし、嘉地が姫の役をやるのなど誰もが分かっているのだから、その相手役に立候補するなどクラスじゅうや嘉地本人からも感づかれる恐れがある。
だが、他薦はダメだ。そうすれば村阪の独壇場。彼女の女子の中での優位性は圧倒的だ。彼女と仲良くない者でもその威圧感に屈して村阪に投票するだろう。
他薦で、かつ、村阪の圧を回避した投票にする必要がある。
「男女別で互いに異性の役を他薦するといいんじゃないか? ほら、役も男女逆転だしさ」
それくらいしか策はない。おまけの理由が理由になっちゃいないが、それしかないのだ。
女子が男子の、男子が女子の配役を決める。そうすれば村阪の圧を逃れることは出来るし、見た目のいい水崎なら、百パーセントでないにしろ王子の役を勝ち取る可能性は十分にある。もちろん嘉地が姫役をやることだけは揺らがない。
――問題は、その利益が俺や水崎にしか働かないということ。
今までのことはクラスにも利益があったし、それを俺が理論武装で上手く伝えることで可決させてきた。だが今回は俺の理論武装をもってしても、役の決め方をこの方法にする表向きの理由を確保できない。
……だが、それが必要にならないようにはしてある。
「それ面白そうだな。なんていうか、配役決めるにしてもゲームチックでさ。それに下手に遠慮とかしないから、イメージに合う役が決まりそうだよな」
嘉地も賛同し皆に意見を求め、すぐにそれは可決される。
――要するに、思考の誘導だ。
俺がまともに使える意見を言うことで、嘉地の頭の中では俺の意見は真っ当であるという摺り込みが生じる。あまりにおかしなことでなければ嘉地が勝手に補填して解釈してくれる。
そしてクラスメートは嘉地の意見に元から好意的な上に、今までの決定は全て嘉地の意見。彼が口を開いて、言い終えると同時に拍手をもって可決する流れが出来上がっている。
ほら、俺は要らない。――なんか哀しくなってきたのは何故だろう。
もちろん絶対に成功するとは思ってなかったし、せいぜい五分五分の賭けだ。それでも成功したのは一重に俺の日ごろの行いだろう。
後は水崎の運次第だ。しかしここまでお膳立てしてそれでも落ちたのなら、それは水崎のせいだろうし、そこまで俺は責任を取れない。
「じゃあメインの配役だけそうやって決めて、細かい役は時間もないし後日、挙手制でいいかな? そっちは男女の入れ替えは自由にしておこうか。全部やるとくどいし」
そんな感じで白紙が配られ、そこに無記名で役に相応しいと思う名前を書いていく。
二十分後。
集計が終わった。
「じゃあ、発表するね。まずは人魚姫役から……嘉地くんです!」
拍手が起こる。が、そんなの誰だって分かっている結果だ。本人も笑いながら「上手くできるか分からないけど頑張るよ」とか用意してあったかのように言っている。
本当の勝負はここだ。
「次、王子役……」
もちろん俺は水崎に入れた。だが、その他の票が読めない。何なら村阪が役を勝ち取る可能性だって消えていない。
ごくり、と喉が鳴る。
「水崎奏さん!」
拍手が起こり、俺はやっと安堵のため息をついた。
本当に良かった。
……まぁ、王子役を女子がやるのならイメージは必然的に『男の娘』だろう。そこに村阪は合致しないし、そういった雰囲気がクラスで一番似合うのは水崎だ。
加藤は加藤で男装が似合う気もするが、それはもう男装ではなくて宝塚の域で、せっかくの男装・女装の微妙なミスマッチ感が楽しめない。似合いすぎると逆に票は伸び悩むのかもしれない。
ちなみに、最後のメインキャストである王子と結婚するシスター役(女装)には、女子のはずなのに加藤茜が当選していた。
「私は女だっての!」と叫んでいるがクラスの意見だからしょうがない。だって水崎のもう一人の相手役とか親友の加藤以外思いつかないし。――ついでに俺もそう投票したのは口には出さないと堅く誓っておく。
「じゃあ私、演劇部やってるから原稿は担当するね。月曜には間に合わせるから。それじゃあ解散!」
委員長の号令で、LHRは終わった。
とりあえず、俺の使命はほぼ果たした。
あとは文化祭で適当に楽そうなポジションに着けばいい。これで俺はいつも通り、違うところがあってもたまに水崎と嘉地のデートプランでも練っておけばいいだけの生活になる。……嫉妬と妬みとジェラシーで人を殺せそうな生活だ。
とにかく、俺の長い戦いは終わったのだ。
――なんか、新手のフラグみたいだった。俺たちの戦いはこれからだ、って言ったら終わる逆パターンみたいな。