第22話 そして、壊れる
そうしてタイムテーブル上は午前最後のリハーサルだった俺たちは、無事にリハーサルを終えた。
予想通り村阪たちの部分はメチャクチャだったが、そもそも彼女の班がコメディ担当だ。クラス内から見る分にはヒヤヒヤものだが、傍から見る分にはそれなりに笑えるだろう。本人にしてみればさぞ面白くないだろうけれど。
「どうにかなったな」
嘉地はそう言いながら俺が渡したタオルで汗を拭き、スポーツドリンクをがぶがぶと飲む。俺は演技指導係ではなくほぼマネージャー扱いだった。
衣装を汚すわけにはいかないので体操服でリハーサルをしていたのだが、空梅雨の夏場の上に安い照明器具だからか、照明が当たるだけでかなり暑いらしい。嘉地もそうだが他の出演者も滝のように汗を流している。
「他のクラスのリハーサルもちょっと見てたけど、こんなにスムーズに時間通りいったのは俺たちのクラスだけみたいだぞ」
「ま、俺が指導してんだから当然だろ」
今までのような口調を必死に作った。それで何が変わるわけでもないと知りながら、歪み始めた時間を哀れにも戻そうとしているのかもしれない。
「さっさと飯食べに行こうぜ。もうすぐに午後のリハーサル組が来ちまうし」
「あぁ、そうだな」
俺たちがそう言って舞台から降りようとした、そのときだった。
「奏っ!」
加藤の叫ぶ声がした。
慌てて振り返る、その瞬間。
やけに、視界がスローになった。
疲労で足をもつれさせた水崎が、舞台の上から体育館の床へ落ちていく。
――暑さと、水不足。
軽い熱中症でふらついたのだろうが、場所が悪すぎる。
「くそっ!」
ただ床を蹴りつけて俺は水崎に手を伸ばそうとする。
だが、間に合うはずがない。
俺の脚力や反射神経など高が知れている。精神論ではなく、俺のポテンシャルでは絶対に間に合わない距離だ。
水崎のその華奢な身体が、固い木の床に叩きつけられ――
「奏さん!」
俺の横を、遥かに速い風が駆け抜ける。
瞬間、耳を覆いたくなるような鈍い音が体育館に響いた。
あまりの音に反射的に閉じていた目を開く。
クラスじゅうから悲鳴に似た声がした。
目の前には、水崎の下敷きになって倒れている嘉地の姿があった。
「陽斗、くん……?」
衝撃を完全に受け止めることは嘉地にも出来なかったらしく、ふらついた様子で水崎はその様子を認識していく。
そして、その眼が恐怖に染まる。
「陽斗くん!?」
「無事か……? 良かった、奏さん……」
嘉地は、本当に満足した様子だった。
だがそれだけで済むはずがない。彼の額には脂汗が浮かんでいる。嘉地の怪我の具合など俺には推し量れないが、事態は決して良くないことだけは分かる。
「すぐにどけ、奏。そんでお前は茜と一緒に保健室に行け」
的確に指示を出して、俺は嘉地の傍に駆け寄る。
「陽斗。痛むところは?」
「まだ分かんないけど、なんか、立てない気がするな……」
どうしてか嘉地は居心地悪そうに笑っていた。
「分かった。すぐに担架を持ってきてもらう」
俺はそう問いかける間ですら、純粋に嘉地を心配する以外の感情が湧き起こっている自分に気付き、吐き気がした。
口の中がからからに乾き、やがて酸っぱさがこみ上げて来て、頭痛で頭ががんがんと割れるようだった。
何をやっても、何も上手く回らない。
狂った歯車は回ることさえしないで、ただ破壊されていくのだと知った。




