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あわいろ  作者: 九条智樹
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第2話 友達がイケメンすぎて生きるのがつらい


 我が東霞(とうか)高校の俯瞰図は完全な長方形+オマケだ。

 長い辺の一つがA棟、こちらは五階から下へそれぞれ一年から三年の教室で、二階以下は空き教室やら職員室やらがある。

 もう一つがB棟で実験教室とかばっかり、さきほど俺がいた駐車場はこのB棟に面している。

 短い辺の一つはC棟で図書館と保健室と昇降口しかない。進路指導室とかもあったかもしれない。

 最後の辺は渡り廊下。もはや何もない。

 +オマケは体育館で食堂とか柔道場とか、俺の興味がないものが詰まっている別館だ。



 そんなわけで、俺は遅刻から逃れるべくB棟の一階からA棟の四階まで駆け上がり更に柔道場までダッシュした。帰宅部のエースには辛い長距離走だった。

 しかしそのおかげでまだ予鈴の五分前についてしまった。遅刻厳禁の授業だとは分かっているが不真面目な生徒が多いせいで、予鈴が鳴らなければまだほとんど人はいない。何だかとても損した気分だ。


「あれ、滝川。早いな」


 扉を開けてまだほとんど人が集まっていない柔道場にため息をついている俺の後ろから、少年の雰囲気を残した格好いい声が聞こえた。


「あ、嘉地か」


「おす」


 いつも通りの美青年がそこにいた。嘉地は完全無欠の完璧な笑みで、俺と一緒に柔道場の真ん中あたりへ移動して、服を脱いで柔道着に着替えだす。


「てか、別に早くないだろ。予鈴の五分前なら妥当な時間だと思うぞ」


「だって、さっきまで駐車場にいただろ? 水崎さんと一緒に」


 な、ん……だと……。


「……お前、見てたのか?」


「ん。あぁ。金曜の五時間目の物理のときに実験室にボールペン忘れたみたいでさ。別にすぐに必要でもなかったし時間のある昼休みに取りに行こうとしたら、窓の外にいたのが見えて」


 こいつ、あの状況を見ていたのか。

 それはマズイ。

 俺が勘違いしていたように他人から見ればあれは勘違いされてもおかしくない。そしてそれは水崎が恋焦がれる嘉地本人だ。


 詰んだ……。たった十分で全てが水の泡だ。俺はまだ何もしてないのに自動的に。


「何だ? もしかして告白とかか?」


 俺が一番訊いてほしくないことを、やけにニヤニヤして楽しそうに訊いてくる嘉地。――ところで、この時点で水崎に脈がないのが分かってしまったのだがどうしようか。


 とりあえず、この状況だけは上手く切り抜けた方がいい。あとで水崎に恨み言を言われたくはないし。俺のくすんだ色の脳細胞をフル回転させればどうにかなるはずだ。


「……あー違う。俺の顔がそんなにモテそうに見えるか?」


「悪い、見えないな」


 殴ってやろうか。


「さっきのは、週末に俺がヤンキーに絡まれてたのを見て、心配になって声をかけてくれただけだ。何でも『ちゃんと大人に相談した方がいいよ』とか。もちろん、人違いだったけどな」


 嘘八百とはこのことだろう。だがしかしこれなら水崎の優しさとかさりげなくアピールできたりして結構お得だと思う。

 なんなら平然とこんな嘘を作れる自分の才能が恐ろしいほどだ。詐欺師でもない限り役に立たないスキルだけども。


「あぁ、なるほど。そういうのって人前じゃ訊きにくいよな」


「そういうことらしい。ちなみに俺も告白かと勘違いしてそこに行ってそんな話だったから、かなり損した気分だった。軽く死にたい」


 こうやって本当の気持ちを織り交ぜると信憑性は当社比五割増。これで疑われることはないはずだ。


 ……待て。

 詰んだと思ったが、切り抜けられただけでなく、むしろこれはチャンスか?


「――そんな俺の勘違いよりも、お前の方こそどうなんだよ。 嘉地ならかなり告白とかされるんじゃねぇの?」


 水崎が気になっているであろうことについて、あっさりと探りを入れることに成功した。この会話の流れはたぶん自然だ。


 やっべ、俺ってば超天才。将来は眠りの達也とか言って名探偵のコースだな。――それ本人が推理してなかった。


「……そんなこと会って二カ月で訊くか?」


「いつまで待っても一緒だろ。それに俺の知り合いがリア充かどうかはかなり大事な話だ。そいつが爆ぜるか砕け散るかしないかと切に願うか、仲良くなれるかがかかっている」


「……お前、結構酷いこと言ってるからな?」


 自覚はある。ただし反省はしない。


「で、実際どうなんだよ」


「おいおい、俺の顔がそんなにモテそうに見えるか?」


「殺されたいならそう言えよ?」


 思わず心の声が漏れてしまった。

 危ない危ない。人の殺意は簡単に芽生えるものなんだな。


「……いや、冗談で言ったつもりなんだけど。まぁいいや。とりあえず、付き合ってる人とかはいないな。今は部活と受験勉強で忙しいし」


 ……今は二年生の五月下旬。受験勉強っていう単語を同級生が口にするとは思わなかった。まぁ俺も考えてはいるけど。

 ちなみに俺の場合は受験方式は指定校推薦の一択。行先は就職重視で平凡な私立理系の大学。成績次第で志望校は変わるが、下方修正の予定だけは確定している。


 閑話休題。

 嘉地陽斗は運動だけじゃなくて勉強も出来るらしい。今日以降に返ってくる先週までの中間考査の結果は秘匿しておこう。絶対に負けている。点数以前に気持ちの時点で。

 いや本題に戻ってないな。


「じゃあ、告白されても付き合わないのか?」


「言っとくけど、漫画じゃあるまいしサッカー部がそんなにしょっちゅう告白されるわけじゃないからな。――ま、されたとしても相手のことを俺が好きじゃないと断るかも」


 真面目な回答だった。正直、そこまで真剣に答えてくれるとは思っていなかった。

 見た目でチャラいとか思われるかもしれないが、性格までいい奴らしい。男として勝てる気もしなければ、(彼女のことを詳しく知っているわけでもないが)水崎の手の届く人でもない気がする。


 ならば、ここは好みでも聞き出して水崎をそれに近づけるか。


「じゃ、どんな人が好きなんだ?」


「んー。尊敬できる人、とかかな。別に世の人を尊敬してないわけじゃないけど」


 少し悩んだように答えた。今まで考えたこともないというわけではなさそうだが、言うかどうかを少し躊躇っているような感じだ。


「ニュアンスは分かるけど、具体的にどんなんだよ? 年上女性ってことか?」


 俺が訊くと、嘉地は何だか困ってしまった様子だった。


「……えっと、ほら。俺って割と冷めてるだろ?」


「いや知らねぇよ」


 何なら友達多いから情に厚いタイプだとさえ思うが。


「アドレス帳はそこそこ埋まってるけど、でもそれくらいかもしれない。去年同じクラスになっただけのヤツとは、今はあんまりメールとかしてないし」


 アドレス持っていたらそれだけで親友じゃないのか。価値観の相違を垣間見た気がした。


「なぁ、サンタクロースっていつまで信じてた?」


 嘉地は唐突にそんなことを訊いてきた。どうやら俺にはあまり例えが伝わらなかったとみて自分はこんなにも冷めていると言いたいのだろう。

 だが甘い。生憎と俺の冷やかさは一部の隙もない断崖絶壁だ。違う、完璧だった。


「俺は幼稚園の頃からサンタ協会の話を知っていた。あと黒いサンタクロースの伝承もな」


「……さすがに俺はそこまでじゃないけど……」


 おいやめろ、ドン引きするな。


「でも俺だって結構信じてなかったんだよ。戦隊ものとかだって撮影だって分かって観てたし、きぐるみの中には人がいるのもたぶん分かってたと思う――だから、かな」


 そう言って柔道着に着替え終えて服を片づける姿は、どこか脆いガラス細工のような儚さや繊細さがあるように、俺の目に映った。


「子供みたいにまっすぐで、何かに一生懸命に熱くなれたりする人はやっぱり尊敬できるよ」


 へら、と照れたような子供のような笑いを嘉地は向けてきた。そういうちょっと頼りない動作まで格好いいとか世の中は不公平だと思う。


「それよりも、滝川」


「……んだよ」


「お前はどうなんだ?」


 どうせそんなことを聞かれるとは思っていたけど。

 まぁ第一目標は達成したわけだし後は適当に受け流そう。これで少なくとも今日は責任感に押し潰されて睡眠時間が削られる、なんてことはないだろうし。


「決まってる。俺は恋愛に興味がない」


「……お前、冷めてるなぁ」


「勘違いするなよ。女子は好きだぞ。話とかできたら超嬉しい。――が、恋愛の先にある結婚が理解できない。何で夫の収入を分割した挙句に夫のお小遣い二万円とかで嫁はちょっと高いランチ食ってんの? 離婚のときの財産分与とかマジ意味が分かんない。万が一結婚とかする時はその前に家買っといた方がいいらしいぞ。それだと折半しなくていいから」


「……お前、恋愛する前からどこに焦点合わせてんだよ」


 ほっといてくれ。


「ま、だからアレだ。むしろ逆に俺を養ってくれる人なら大歓迎。見た目がいいならなおのこと良し」


「滝川、お前最低なこと言ってる自覚あるか?」


 大丈夫だ、問題ない。こんな底辺の発言をしても引かないで笑ってくれる人間にしか言わないから。……だからそのお前が半歩下がるな。傷ついちゃうだろ。


「ま、とにかくアレだな。俺たちは絶対に彼女出来ない組だよ、滝川」


「お前と一緒にするなよイケメン。俺が惨めになるだろ……」


 あとそのセリフを水崎が聞いていたらたぶんショックで寝込みそうだから、本当にやめてあげてください。



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