第14話 正直、友達の家を冷やかしに行きたかっただけかもしれない
そうして、俺たちは嘉地の家についた。
表現としては嘉地の家と言うしかないが、マンションの一室だ。嘉地の部屋、という表現にするとどうしても嘉地の自室という意味合いが強い気がするので、そう表現する。
それなりに広く、整頓もされている。俺の家が一軒家であるから比べるのは難しいが、それでも決して狭いとは思わない。
「どうぞ上がってくれ。父さんも母さんも買い物に行ってるから」
嘉地の招く通りに、俺たちは靴を脱いで彼の家に上がる。
「おじゃましまーす」
「おじゃまします。――で、あんたは急に押しかけた罪悪感とかはないわけね」
いったい加藤は何に罪悪感を抱けと言うのだろう。まったくわけがわからないよ。
「おお、おじゃまします……」
そして水崎はどうしてかカタカタと震えて嘉地の家に上がっていた。きょろきょろとあたりを見渡して、心拍数が上がっているのか呼吸も少し荒い。――事情を知らなければただの不審者だ。
「その右が俺の部屋だ。ジュースくらいは出すから勝手に入っててくれ」
「じゃ遠慮なく」
「だからあんたの場合はちょっとくらいは遠慮しなさいってば……」
加藤のため息を受け流しつつ、俺は嘉地の部屋を開ける。
俺の部屋と違って、随分と整理されていた。
部屋には一枚だけサッカー選手のポスターが貼られている程度で、その他に装飾はない。簡素な家具たちが並べられ、その中で唯一の豪奢な本棚には教科書や少年漫画、それとサッカー書が大量に詰め込まれている。
「汚れてたら面白かったのに」
「あんた、どんだけ性根が腐ってるのよ」
「違ぇよ。奏に掃除でもさせればいいんじゃないかって話だ」
いったい俺がいつそこまで腐り果てたというのだろう。……割と幼いころからだった気もした。
「ほら。大したもてなしは出来ないけど、スナック菓子とオレンジジュースくらいでいいか? 炭酸類は置いてないから諦めてくれ。お茶がよければ、ウーロンと緑茶くらいならあるが」
嘉地がお盆に四つのオレンジ色の液体が入ったコップを乗せて、部屋に入ってきた。流石にリフティングなどでバランス感覚が鍛えられているのか、かなりなみなみと注いでいるのに零れる様子はない。
「いや、俺はオレンジで十分だよ。ありがとう」
そういって俺は真っ先にオレンジジュースに手を伸ばす。
「だから、遠慮しろって言ってるでしょ……」
呆れを通り越して憐れみすら感じるほどの声でそんなことを言いながらも、加藤だってジュースに手を伸ばしていた。梅雨入りしたと言っても空梅雨らしい最近はやたら暑く、外を歩くだけでも喉は乾くから仕方ないことだろう。
「ほら、奏。ジュース飲まないの?」
加藤は水崎の分のジュースを取って水崎に渡すが、水崎自身に反応はなく彼女はただ嘉地の部屋をまじまじと眺めていた。
「ここが陽斗くんの部屋……。い、いつも陽斗くんがいる部屋…………すんすん」
何か呟きながら鼻をひくつかせる水崎。――きっといま自分が何をやっているのか、自覚はないのだろう。
「ちょっと待て、奏さん! においとか嗅ぐなって! いろいろ恥ずかしいから!」
「は!? いい、いや、そんなつもりじゃなくて、えっと――っ!?」
水崎はあわあわと両手を振って否定するが、何も違わない。ちょっとした変態さんの仲間入りだ。
「違う、違うの! ただちょっと陽斗くんの匂いがするなぁとか――」
「だからやめて! ホントに恥ずかしいんだって!」
水崎の追い打ちに嘉地の顔も赤くなる。これはなかなか珍しい光景だった。
イケメンでいつも澄ましている嘉地がこんなに慌てているのは、なかなかに面白い。写メにでも撮っていたら後で水崎あたりに売れるのではないだろうか。
「……たしかに前までとは陽斗と奏は話すようになったけどさ」
ずずー、とジュースを飲みながら加藤は言う。なんかオバサン臭い雰囲気だったが、それを言ったら本気で殴られるだろうことは明白なので黙っておく。
「この慌ただしい光景は、成功なの? 全然いい雰囲気には見えないんだけど」
わたわたと慌てふためく水崎と嘉地の図は、どこからどう見ようとも、彼氏彼女などとはほど遠いように思えた。
「……まぁ、陽斗も赤くなってるしな。――好きになってもらうんじゃなくて、意識してもらうっていうのが当初の目標だったし、これは成功だろうよ」
俺は半ば諦め気味にそんなことを言って、ジュースを飲み干した。