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あわいろ  作者: 九条智樹
10/27

第10話 大道具とか出来ると文化祭が迫っていることを実感させられる


「『あたしが、だれよりもかわいいとはお思いになりませんか?』」


「『うん、おまえがいちばん好きだよ』」


 放課後の教室の隅で、俺たちは台詞の読み合わせをしていた。

 来週に文化祭が迫っていることもあって、大道具を作るガサガサした音やら、サイド演技班の馬鹿みたいにうるさい笑い声など、まさに喧騒に教室は包まれている。


「よし。問題ないな」


 あれから五日。金曜日の放課後ともなれば、さすがに二人の演技もまともなものになった。水崎の方は変わらずつっかえがちではあるが、少なくとも嘉地を見なければ問題なく上手に演技が出来ている。


 東霞高校は公立校で、つまるところお金がない。体育館などに常備されているマイクなどの放送設備には限りがある上、ピンマイクなどはそもそも存在しない。新たに購入するにしても、後の管理は放送部になる為に渋られている。

 だから、文化祭の演劇は先に音声だけ別録りする。コメディならマイクを持ちかえ持ちかえすればいいかもしれないが、少なくともうちのクラスにそれは合わない。


 要するに嘉地を見さえしなければ演技が出来るのなら、それはもう及第点どころか、それで上手い演技が出来てるしAランクの評価だよね、というわけだ。


 ――もちろん、演劇に限っての話であって、元からの依頼である水崎と嘉地の仲を進展させるという意味では、目を見られないなど致命的すぎる欠点ではあるが。


「一昨日、突然兼役を頼まれたときは、どうしようかとも思ったけどな……」


「ねぇ。私なんかナレーションまでやてるんだから」


 俺の小さな文句に、加藤が同調する。

 色々と配役や他の班を決めた結果、どうしても人数が足りないとかで加藤がナレーション、水崎が“不思議な声”を追加で担当してほしい、と委員長に頭を下げられたのだ。

 曰く「新しい人を確保しても棒読みになるだけだから、少しでも自然に喋る練習をした人に兼役をしてもらいたい」だとか。

 頭を下げられたせいで断りづらく、表面上は快く引き受けたのだが、おかげでスケジュール等は大変だった。


「月曜には録音できるって委員長に言っといてくれ、茜」


「自分で言いなさいよ……。仮にも現場監督みたいなもんでしょ」


 加藤は渋っていたが、どうせ言ってくれる。小学校の頃からだいたいそんな感じだ。


「火曜日以降は動きの練習だな。まるっきりサボってたから」


「いや、でも達也のやり方はあってると思うぞ。元から別録りなら、一緒に練習するとロスタイムが出来るだろうし」


 嘉地が誉めてくれると、それだけで間違っていなかったと実感できる。さすがイケメンは安心性抜群だった。飛行機のパイロットとかになればいいのに。


「でも動きって何すんだ? あんまり細かい指示が台本に書いてないけど……」


「それを決めるのが達也の仕事だろ?」


「が、がんばってね!」


「失敗したらあんたのせいだしねー」


 さいですか。


 三人が三人とも勝手なことを言いやがって……。まぁそれでも、これが俺の仕事だというのは俺も同意なんだがな……。


「じゃあ、とりあえず最低限の書いてある通りにしようかと思うんだけど……」


 しょっぱなから場面は深海って書いてあるよ。無理だよ、こんな明るい教室でどうイメージしろって言うんだよ。


「海の雰囲気って大事だよな……。一回組み上がってるセットとか見るか?」


 ちらりと三人の様子を窺いながら俺は呟いてみた。


「それはした方がいいかもな。他の班の進行状況とかも気になるし」


「反対する理由はないし、奏もいいわよね?」


「うん、もちろん」


 三人共が首を縦に振ってくれたので、動きの練習&指導を開始する前に俺たちは教室や廊下で作業している他の販路見て回ることにした。

 まずは大道具から。というのも、大道具班は最も人数が多く、作る物も多い。結果として完成品が幾つかあるらしいからだ。


「――と、いうわけで少しだけ見せてくれないか?」


「あぁ、いいぞ」


 見学交渉は嘉地に任せていた俺たちは、了承を得るとじっくり見て回る。

 まずは鋭意制作中のお城の内装セット。値段の都合とセット搬入の都合で、段ボールで作られた折りたたみ式の張りぼてだ。――が、美術部が本気を出しまくっているせいで十二分な仕上がりとなっている。正直、このセットに見合うだけの演技にしなければならないのかとハードルが上がりまくっている。


「すごく絵が上手いんだね」


「そりゃ美術部ですから、これくらいの画はすぐに。それに、これはほら時間なかったからそこまで上手くないし……」


 水崎が感心した様子で呟くと、それを書いたと思われるクラスメートは、鼻高々に自慢したい様子満々で謙遜していた。――もう素直に自慢しとけよ。


「――で、これがいま作ってる船のセットか?」


「そうだよ。嵐で難破しなきゃいけないから、バッキバキに壊れなきゃいけないんだけどさ、段ボールが潰れるだけじゃ面白くないだろ? 船っぽく壊す仕掛けを思案中だ」


 自称根暗の俺が聞いても、その制作者である野球部の坊主男子は快く答えてくれた。明るくて眩しいよ(その頭が)。


 しかし、中々の出来栄えだ。体育館の構造を考えて船首だけだが、それ故に中々作りこまれている。体育館での舞台とはいえ、やはり最前列には結構見えてしまうだろうから、こういう細かなところにも仕事が行き届いているのはありがたい。


「あとはもうちょっと細かい、海っぽいセットとかある?」


「おぉ、これとかかな」


 坊主の野球部員は、ごそごそと無造作に置かれているボロボロの釣竿を取り出した。

 そのテグスの先にあるのは針ではなく、図鑑の画を模写し立体的に少しばかり加工した魚の絵である。


「これをこうしてゆらゆらさせるんだ。テグスには艶消しもするから、結構いい感じに見えると思うぞ」


「あぁ、そうだな。これもいい出来だよ」


 ただ魚の絵を釣竿に吊るすのはどうなんだよ……。なんか小さい魚を餌に大きな魚を釣るみたいな光景を思い出しちゃうんだが……。


「あと海藻なんかは布の中央に一本針金通して、横から扇風機でゆらゆらさせるかな」


「了解した。参考になったよ」


 そう言って俺たちは大道具班を後にする。


 ――で。


「やっぱり大道具は凄いねぇ」


 なぜか水崎はそこに感心していたのだが、当初の目的はそこではない。


「これで海の様子のイメージが湧いた、か……?」


 俺の問いに、三人は苦笑い理ながら首を横に振った。


「当日舞台の上をライトで青く染めたり、青いビニールを横に敷いたりするらしいから、単品で見てもあんまり効果ないんじゃない?」


「だよな……」


 加藤の意見に俺も同意する。

 だが、この舞台上で泳ぐという演技がある。

 実際は舞台の足元十センチほどを青い水面を模した張りぼてで覆い、そこに取っ手を外した台車を忍ばせ、その上に乗っかって泳いでいるふりをするのだ。

 これは、中々に演技力が要求される。下手したらただ子供が台車で遊んでいるようにしか見えないだろう。


 もう嘉地や水崎のイメージにかけてもいいが……。そんなイメージ力があったら加速世界とかで心意とか余裕で使えちゃうだろうし、逆説的に、心意が使えないのだからそんなイメージ力はない。


「明日、用事あるか? 部活とかあるなら仕方ないけど」


 俺はそう意見してみる。


「練習でもするのか?」


「わたしはいいけど……」


「ヤよ。休日は休むから休日って言うんでしょ。いっつもあんたが言ってるんじゃない」


 ものすごく同意見だが、生憎と俺が言っているのはそういうことではないのだ。


「だから、俺も練習はしない。けど、遊んでこその休日とはいえ、やっぱりシーンのイメージは掴んでおくにこしたこともないわけだ」


「要するに何なのよ?」


「水族館、行かないか?」


 正確には海浜水族園だったか。高校の最寄りの駅から数駅で着く上に、近隣の市からも客が来るくらいに大きい水族館だ。その施設としての素晴らしさもさることながら、デートスポットとしても有名。ローカルバラエティ番組で魚関連のニュースがあれば、ほぼここの飼育員の方にインタビューが来ているくらいだ。


「なるほど。確かに、水族館の水槽って深海っぽいよな。演技ってイメージが重要だろうし、見とくにこしたことはないかも」


 嘉地も肯定的だ。まぁ嘉地は俺と違って面倒かどうかということを判断基準にしないから、当然だろう。それを見越しての提案なのだから。


「水族館……。そう言えば遠足以外で行ったことないなぁ」


 水崎も否定する様子はなさそうだ。どうも、彼女はこれが嘉地と自分をくっつける工作だということにも感づいていない様子だったが。


「いいわね。ちょうどいい息抜きにもなるだろうし」


 そして水崎と違って察している加藤はすぐに賛成した。

 よし成功だ。


「じゃ、決定でいいか。詳細は寝るまでに全員にメールする」


 集合時刻とか今この場で決めるには開園時間とか知らないし、仕方のない判断だ。それにあまり綿密な話をしすぎて途中で水崎に感づかれるとマズイ。手伝うように頼んだ張本人でありながら、彼女はその手の話題になると、すぐに顔を真っ赤にしてしまう悪い癖がある。


「じゃ、今日は金曜で奏は塾があるらしいし早めに解散としようか。陽斗と茜はたまに部活に顔出した方が良いぞ」


「朝練と昼練は欠かしてないから大丈夫だって」


「それにうちの学校は、それほど大会に熱心なわけでもないしね」


 そんなことを言い合って、俺たちは変わらずに教室を後にした。

 背中に村阪の「ねぇ、明日用事あるー?」などという言葉を受けながら、俺は変わらず、何も気づかないままに。


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