第1話 かわいい子に校舎裏に呼び出されました
その気持ちは綺麗で穢れなどなく、ただそこにあり続ける。
故にそれは何よりも正しくて、疑うことは決して許されない。
もしもその気持ちを信じられないのなら、それは、きっと自分が間違っている。
――だから、俺のこの気持ちは、勘違いなのだ。
*
五月下旬らしからぬ暑さの中、日陰をくぐるように涼やかな一陣の風が吹き抜ける。
そこで俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
(この状況はいったい……?)
早鐘みたく打つ鼓動を落ち着かせるように深呼吸するが、まるで肺に酸素が入らない。
一週間の始まりである月曜の昼休みのちょうど真ん中、俺は校舎裏にある職員の為の駐車場の隅にいた。
理由は一つ。
クラスメートの女子一人に、呼び出されたのだ。
(お、落ち着け……。まだそうだと決まったわけじゃない……)
校舎裏に呼び出されるというシチュエーションから連想される行為に健全な高校二年生の俺が思い当たるのは、暴行か告白かの二種類しかない。
だが、しかし。
目の前にいる彼女――水崎奏は、前者の選択を完全に排除してもいいほど華奢で、そして可憐な少女だった。
背は小さい。元から俺は男子の中でもそれなりに背が高いから、百五十センチ程度しかない水崎の頭は俺の胸くらいの位置にあった。
そんな俺からよく見えるのは、彼女の美しい髪だ。カラスの濡れ羽色、というものはおそらくこんな色をしているのだろうと思わせる黒のロングヘアーで、折れそうに細いその身体と合わさってとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。
だがそれに反して、先程から彼女自身の様子は落ち着いてはいなかったが。
黒い瞳は伏し目がちで泳いでいたし、細く長い指の先をもう片方の手の先でいじってもじもじとしていて、色白の肌でもその頬だけは少し赤く火照っている。
(これはそういうことなのか……?)
男はみな勘違いしやすい生き物だ。
あまり女子との接点のない俺からすれば話しかけられただけでも「もしかして……」とか思ってしまう。もちろん、正解率は完全なゼロ%だ。
だがそれでも、こうして昼休みに校舎裏に呼び出されて、何か不良に恐喝されたりするわけではないのであれば、それはもう勘違いの余地などなくそういうことだと判断していいのではないだろうか。
「あ、あのね、滝川くん……っ」
「ぉう」
水崎が一言発しただけで妙に声が裏返ってしまったのは、仕方ないことだ。こんな状況に立たされたことなど初めてで動揺してしまっているのだ。
ごくり、と思わず咽が鳴った。それをごまかすように、自分の前髪をいじってしまう。
彼女のその小さな唇から紡がれる続きの言葉に、俺の意識が全て注がれる。
「な、何だ水崎さん?」
ちなみに女子との距離が測れない俺は常にさん付けする。心では呼び捨てる場合がほとんどだが、いざ口に出すときはだいたい無意識に敬称が付いている。なんならスクールカースト上位のコワイ女子など表ではさん付け+敬語で話しておきながら心の奥底では“アレ”呼ばわりしたりもする。
などと俺が平静を取り戻そうといつも通りのしょうもない思考を張り廻らせている間も、水崎の緊張した面持ちは変わらない。
「あ、あの……っ」
水崎は必死に何かを言葉にしようと頑張っていた。
彼女のその緊張が俺にも伝播して、俺の指先も微かに震え出していた。
そんな中で、水崎は、ようやく言葉を続けた。
「嘉地くんって、好きな人いるのかな……?」
――……いや、嘉地くんって誰だよ。俺の名前は滝川達也だよ。名前間違えにしても一文字も合ってないよ?
……うん、名前間違いでないことは明白だな……。
――要するに、そういうことだ。
どうせそんなことだろうとは思っていました。いや、強がりじゃなくて。
俺はあくまで凡人だ。天才でもなければスポーツが得意なわけでもないし、別段優しいわけでもなければカッコイイ不良な部分などを持ち合わせてもいない。――言ってて哀しくなるくらいに何もないな……。
背は高いが残念ながらそれ以外に俺の外見的な美点すらない。何なら目つきなど友だちの母親に“邪眼”と言われていたくらいに一重で三白眼で、悪いとしか言いようがない。トータルで言うと若干マイナスだ。
――断っておくが、誰が何と言おうとも俺は若干としか認めない。
そして、ほとんど話したこともない女子に俺の内面など分かるはずもないのだから、要するに皆の評価は総じてマイナスだ。
そんな状態で女子から告白されるとか、そんな上手い話があるわけない。ないって分かっていたのに勘違いしてしまったせいでこみ上げるこの恥ずかしさは何なんだろうか。
「え、えっと、き、聞こえてた?」
顔を真っ赤にしながらの上目づかいという普段ならドキッとさせられるだろう様子で水崎は聞いてくる。だが俺は変な勘違いをしてしまったことへの恥ずかしさと自己嫌悪でそんなことを感じる余裕などない。
「んん。あ、あぁ。ちゃんと」
俺は必死に平静を装おうと、咳払いをしてごまかした。そんな恥ずかしい勘違いをしていたことを知られ、後にクラスの女子の噂で広められでもして挙句にキモイとか言われたら、俺の弱いメンタルなら自殺してしまいかねない。
「えっと、嘉地ってうちのクラスの嘉地陽斗、だよな?」
「そ、そう……」
嘉地陽斗は、俺や水崎と同じクラスの男子生徒だ。
身長は俺と同じくらいで百八十センチくらいあるが、俺と違って外見的な美点はそれだけに留まらない。サッカー部のエースだからか健康的に少し日焼けして体格もいい。顔立ちなど俺に何パーセントか美しさを分けても問題ないくらい整っている。――しかも男臭さの少ない中性的な見た目だ。もはや完全無敵の美少年である。
その上、少し陽気でそれでいて人との付き合いが上手い。クラスの中心にはいないのに、そのすぐ傍にはずっといるようなイメージだ。
目つきが悪くインドア派(正確には引きこもり系)の俺にも普通に話しかけてくれていて、しかもそれがどこにも嫌味がないのだから本当に完璧だ。
「嘉地に好きな人か……。そんな噂は聞かないけど、だからっていないとは断定できないな。まぁ嘉地は男女問わず、すごい人気だからな。少なくともライバルは多いだろうけど」
適当な言葉でごまかそうとする。なにより、俺はそこまで嘉地のことを知らないのだからその程度のことしか言えないのだ。
だからここで水崎がそんなことを聞いてくる方が不思議だったのだが……。
「え? でも、滝川くんって嘉地くんとよく話してるよね?」
水崎が頓狂な声を上げた。
どうやら、そこに誤解が生じているらしい。
「何か思い違いしてるようだから言うけど、別に俺と嘉地は親友じゃないぞ」
「……へ?」
水崎がフリーズした。
「だから、俺と嘉地は親友じゃない」
念を押すようにもう一度。言っていて自分が悲しくなってきたのはどうしてだろう。
「ど、どういうこと……? は! ま、まさか、嘉地くんと滝川くんは親友以上で、じじ実は恋人同士とか――ッ!?」
「おい待て! そんなわけないだろ! 俺はノーマルだ、女の子が好きだよ!」
テンパった上にフリーズして思考がショートしているらしい。――素でこんな勘違いされていたら俺は立ち直れない。
「女の子が好き!? いまここ二人っきりで人気が――っ! 怖いよ、滝川くんの眼が!」
「おい! だからお前はどうしてそこまで思考が飛躍できるの!? あと眼が怖いのは生まれつきだ悪かったなちくしょう!」
小学生ながらに邪眼と呼ばれていたのは割とトラウマだから掘り下げないでほしい。しかも友だちじゃなくてその母親とか、マジでどういうことなの。俺って嫌われていたんだろうか。
「大変だ! わたしいますっごいピンチだ!?」
そして制止も意味がない。勝手に水崎はわたわたと手を振って目を回していた。
人はテンパると他人の言葉になど耳を貸さなくなるらしい。たぶんこうやって痴漢の冤罪とかも増えていくんだ。
こうなると、最終手段――
「俺は二次元にしか興味ないから!!」
会心の一撃。
「…………、」
死んだ魚を見るような眼だった。
「……うん、分かった」
効果てきめん、水崎も平静を取り戻していた。
だからどん引きでリアルでも距離を取るのはやめて。そのすり足で三歩くらい下がられるのは、本当に傷付くから。俺の一世一代の大ウソだと気付いてくれ。
「とにかく、俺は嘉地とはそれほど仲良くはない」
なんならクラスメートの大半と仲良くない。嘉地が話しかけてくれなければ俺は間違いなくぼっちの道を突き進み、いっそ精進して悟りとか開いていた。
「でも、よく話してるよね?」
落ち着いたからか、さっきまでの嫌な警戒心は溶けて普通に水崎も話しかけてくれた。
「出席順で並んだときに隣だったからな。今年、二年になって同じクラスになって初めて話したよ。今は席替えして前後になってるから昼休みも話すけど、でもその程度だ。恋愛について話すくらいに親しいわけじゃない」
「そ、そっか……」
水崎はあからさまに残念そうな、そして恥ずかしそうな顔をしていた。きっと、こんなも恥ずかしい思いをしてまで俺に話を聞こうとしたのに、結局何も得るものがなくて後悔しているのだろう。可哀そうに。もし俺がその立場だったら恥ずかしさのあまり、大人しく尻尾巻きつつ泣いて無様に元の居場所に引き返していることだろう。
「まぁ、別に嘉地って特定の誰かと仲良くしてる節はないから、他の誰に聞いても知らないって言いそうだけどな」
そんな小さくなった姿が見ていられなくて、俺は思わずフォローしていた。
「だから嘉地の知り合いからそういう噂を探るのは難しいと思うぞ。あいつ、そういう距離感とるの上手いから。誰とでも仲良くなるのに、誰とも仲良くしない。ま、だから誰にも嫌われないし誰からも好かれるんだろうけど」
「そ、そうだよね! そういうちょっと大人っぽくて、でも誰にでも優しくて子供みたいな笑顔を向けるのがまた可愛いような格好いいような――」
「落ち着け、水崎さん。そんな惚れた経緯をおいそれと人に話すな。聞いてくこっちも恥ずかしくなる上に、寝る前くらいに尋常ならざる恥ずかしさがこみあげてくるから」
ソースは小学生時代の俺だ。
翌日になってクラスの男子全員からからかわれたときは不登校になるかと思った。
「そ、そうだね……。えっと、それじゃ……」
「あぁ、じゃあ」
それほど親しくもないので会話も終わり、あとくされなく何も聞かなかったことにして帰ろうとした。――のだが。
「滝川くん、わたしのこと手伝って!」
顔を真っ赤にして、目を閉じてまで勢いに任せて、彼女はそんなことを言っていた。
どうやら水崎が言っていた「それじゃ」というのは別れの挨拶ではなくただの接続詞だったらしい。
「……その発想はなかった」
正直、俺としてはここで終わったとばかり思っていたのだ。
「え? え?」
水崎の方はまるで余裕がなくなっているらしく、自分の意志が伝わったかどうかも理解できていないようだ。俺という無関係な人間に打ち明けただけでこのありさまだ。そんなので告白が出来るとはとても思えない。
「えっと、だから……」
「いや二回も言わなくていい」
要するに彼女は、なりゆきで手伝ってくれと言っている。
そして端的に言うと、俺はそれがすごく面倒だった。
まずメリットがない。彼女の告白が成功しようが俺に何か利点があるわけでもないし、何なら知り合いがリア充になるという点ではむしろマイナスだ。ひがみ的な意味で。
そしてデメリットだけが大量にある。先の通りのひがみはもちろん、失敗した場合(おそらく可能性としてはかなり高い)、その責任感やら罪悪感だけを背負うことになる。
彼女がそんな風に人に押し付けるタイプではないのはなんとなく分かるが、それでもナイーブな俺の心は勝手に罪悪感を抱く仕組みになっている。
引き受けた時点で詰みだ。無理ゲーとかいうやつなのだ。
断りたい。そこまで親しくない人間の恋愛相談など聞いているだけでこっちが恥ずかしくなるのに、どうしてデメリットだけで引き受けられよう。
しかし。
問題はどうやって断ろうか、という話になる。
今の思考をそのまま話すとどうなるか。
『告白する前から失敗するとか言わないでよ! 滝川くんサイッテー!』
もし俺が第三者の立場だったら俺もそう思う。そんな男は馬に蹴られて死んでしまうかもしれない。
だからといって断る理由が他に思いつかない。帰宅部の俺は時間を持て余しているし、休日など昼まで寝てネットして深夜に寝るくらいのニートっぷり。しかも嘉地とかにはそんな話をしているので、今さら忙しいとかいう白々しい嘘は言えない。
つまり、断りたいけどそんなことしたら最低の男のレッテルが貼られる。なんならBLで痴漢寸前の二次元好きという最底辺の変態のレッテルも追加されるかもしれない。
しかも今は二年の五月下旬だ。そんなことをすれば後の高校生活半分以上を棒に振るようなものだ。追加されたレッテルはもう一生モノ。
結論。
「……分かったよ。手伝うだけならしてやるよ」
引き受ける前から詰んでいたのだ。勘違いでこの場に足を踏み入れた時点で、俺は投了するべきだった。神の一手の前に千手先を読む力が欲しかった……。
まぁ、ここで深く考えて彼女をこれ以上不安にさせる方が男として駄目な気がするので、そういう男気溢れる判断ということにして自分を慰めておく。
「ほ、ホントに!?」
「お、おう……」
そんな自己中心的な理由だけで引き受けた俺に、夜空に輝く星のごとくキラキラとした瞳を向けて水崎が詰め寄るので、若干たじろいでしまった。
近い。かなり近い。ちょっと火照ってるせいの高めの体温とか、女子特有のどこ由来か分からないけど柑橘系っぽい匂いとか、そういうのをいろいろ感じちゃってドキドキするから本当に離れてほしい。
「……だけど、俺が手伝っても結果は変わらないかもしれないぞ?」
その照れをごまかすようにごほんと咳払いする。
失敗とかいう単語を避けるのは俺の優しさだ。ほとんどニュアンスとして違いがないような気もするが、たぶん水崎の頭はそれを気にしていないぐらいハッピーに満ち満ちていることだろう。
「いいの! 男の子の協力があるだけですごくうれしいよ!」
男子じゃなくて男の子って言われたときにドキッとするのは何なのだろう。逆に男って言われると突き放されたような気分になる。学会で研究したらいいんじゃないだろうか。
「やったぁ……っ。ありがとうね!」
ミラーボールよりも目を輝かせて、水崎は俺の手を取ってブンブンを振って歓喜と感謝を表現していた。
「いや、まだ何にもしてないんだが……」
……何、このコ。すんごく純真無垢な目をしていらっしゃる。
歪んで荒んで打算しか出来ない俺の心が悲鳴を上げている。どうしてこんなにいたたまれないのだろうか……。あれか、これが大人になるっていうことなのか。たぶん違うな。
「それでも、ありがとう!」
眩しすぎる。その恒星のごとき笑顔は俺みたいな日陰の人間に向けるものじゃないとすら思う。もうまるで吸血鬼とか真祖にでもなった気分だ。
「ま、まぁアレだ。とりあえず、具体的にどうしたいんだ?」
「具体的……?」
照れなのか自己嫌悪なのかをごまかすように問いかけた俺だったが、水崎は小首をかしげていた。どこか小動物チックで可愛らしいが、正直ここで首を傾げられるとは思わなかった。
「だから、どうしたいかだよ。嘉地と付き合いたいとか……」
「つつつつ付き合っ――ッ!!」
水崎はイチゴとかの果物みたいに顔を真っ赤にして、壊れたメリーゴーランドのように目を回し始めた。いやそれはそれでおもしろ可愛いけども。
――大丈夫か、これ?
「落ち着け。まだ何も始まってないどころか目の前には嘉地もいない。まずは深呼吸しよう。ひっ、ひっ、ふー」
それはラマーズ法だった。
「ふ、ふぅ……。い、いきなり変なこと言わないでよ!」
……これを変なことと言われたら俺はどうしたらいいの? あと変なことはむしろラマーズ法のくだりだと思う。
「じゃあ、アレか。その前段階で、告白したいからセッティングしてほしいとか――」
「いい、いきなり告白とか無理だよ! まだそんなに仲良くないのにそんなことされたら、向こうだって引くよ!」
水崎は顔を真っ赤にして両手をバタバタと降って目を回して慌てふためいている。
……正直、このコめんどくさい。
純真無垢と言ったら聞こえはいいが、要するに奥手すぎる。何ならここで嘉地の写真を見せただけで卒倒しそうだ。別に持ってないけど。
この調子だと、彼女が望む結果に導くのは骨が折れる。なにせ彼女自身が何を望んでいるのかを明確に出来ていないのだから。
「じゃあ、向こうから告白するように仕向けてほしいとかか?」
「そんなことできるの!?」
水崎はクリスマスプレゼントを前にした子供のように瞳を爛々と輝かせてくれているが、正直なところ――
「……いや、たぶん出来ないな」
それが出来るのは『押してダメなら押してみろ』を実践するような肉食系女子くらいだろう。水崎のようにダメかどうかも分かる前から押すのを躊躇うタイプには出来ない。
「だ、だよね……。わたし、そこまでかわいくないし……」
可愛くないわけではないし、そうやって感情表現豊かで純粋なところは評価できるとは思うのだが……。思うが、客観的に見てそこ止まりな気がする。嘉地は女子に不自由していなさそうだし。
「まずはそうだな……。友だち以上に見てもらうってことでいいか?」
「それが出来たらいいなぁ……。もしかしたら名前も覚えてもらってないかもだし……」
不安そうに彼女は呟いていた。輝くような笑顔には影がかかって、少し苦笑いのようにもなっていた。
何となくだけど、どうてか、このままほっといたらいけない気がした。
「安心しろ。嘉地はマメだからお前の名前くらいは覚えている」
「そ、そうかな」
そう言ったときの水崎は、さっきとは打って変わって花が咲いたように満面の明るい笑みをたたえていた。
嘉地ならクラスメート全員分を覚えているだけで水崎が特別なわけではないだろうが、その事実はわざわざ言ってやる必要もない。
要するに、一番大事なのは彼女にやる気を出させることと、彼女を前向きにさせることだ。
そうでなければ俺に勝利はない。友だちをリア充にすることが勝利なのかはまだ俺の中ではあいまいだが、少なくとも彼女が泣いたら敗北だろう。
「まぁ、何だ。続きは放課後にでも考えるさ。俺はどうせ帰宅部だし」
「あ、わたしもだよ」
「じゃあ放課後に教室に残っててくれ。それからいろいろ考えていく。とりあえず、次の授業が柔道で着替えあるし、俺はもう行くから」
今から教室に戻って柔道着を取りに行って柔道場まで行くのは、結構な時間がかかる。
急がないと体育教師に連帯責任とか言われて無駄な筋トレが加算されて、男子から冷たい目で見られた挙句に、元から狭いクラスでの俺の居場所がなくなる。
「うん、ありがとうね!」
「……見送ってる場合か。女子はダンスの授業だろ」
「あ。ホントだ、急いで着替えないと」
そう言って水崎は俺を追い抜いてさっさと階段を駆け上っていく。
「あっ、たた……」
つまずく要素の見当たらない一段目でつまづいていた。
……この先大丈夫なのだろうか。色々な意味で。