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第07話 トリニティー・イズ・スティル・マイネーム

 突然で恐縮だが、困ったことになった。弾が無くなってしまったのである。

 ――と、言ってもコルトやエンフィールドの弾が無くなったわけではない。

 エゼルに渡したペッパーボックスの弾が尽きたのだ。

 互いに尻についた砂と土を払い、気を取り直して練習を再開したほとんど直後である。

 存在そのものを忘れていたのだ。だとすれば予備の弾など持ってきている筈もない。

 エゼルが撃つことが出来たのは僅か四発であった。暴発防止の為に弾倉は一発目は空にしていたので、入っていた弾は五発こっきりだ。そして内一発は私が撃ったのである。彼は明らかに筋が良さそうな感じであるが、この程度では練習にもなっていない。

 幸い、火薬と雷管は多めに持ってきていた。これについては不測の事態に備えていつも多めに持ち歩いているのである。……流石に今度のような事態は完全な想定外だが、まあそれは良い。とにかく、雷管に関してはライフルだろうとコルトだろうとペッパーボックスであろうと使うものは一緒だ。火薬については言うまでもないだろう。

 つまり足りないのは弾だけだ。――ならば「作れば」良いのである。


「さて……ちょうど良い塩梅になったかな」


 果たして私とエゼルは焚き火を囲んでいた。

 別に暖を取っている訳でも無いし、まだ夜が来るには早い時分だ。

 燃える薪の真ん中にはミルクパン(片手鍋)がひとつあるが、別に牛の乳を温めている訳じゃない。鍋の中でぐつぐつと煮えているのは、灰色のドロドロした何物か――「鉛」である。ちょどいい感じに、液状になるまで溶けている。

 頃合い良しと見て、私が手にとったのは「やっとこ」に似た形状の道具である。火の側に置いて、温めておいたやつだ。

 取っ手では無い側、つまり「やっとこ」だとモノを挟んだりする側が大きく膨らんでいる。こいつを閉じると「鋳型」になるようになっている。

 つまるところコイツは銃弾を拵えるための道具なのだ。穴から溶けた鉛を流し込み、鋳型を開いて飛び出した部分などを切り落せば銃弾の出来上がりだ。取り立てて特別な技術など要らない、極めて簡単な作業だ。

 最新式のメタルカートリッジ弾は極めて便利であるが、こういうことが手軽にできなくなった部分は不便に感じてる。私がコルト・ネービーや旧式のエンフィールド・マスケットを愛用するのは、そんな理由もあった。

 取っ手を濡らした布に巻いて掴む。そして鋳型の穴に溢れないように注意しながら注いだ。

 鉛は溶けるのも早いが、固まるのも早い。鋳型に注いだ後、若干待って、飛び出た部分を切り落とし、鋳型を開く。軽く金槌で叩いてやれば、出来上がった47口径弾がポトリと落ちた。

 しかしペッパーボックスに使う弾用の鋳型を持ってきていて良かった。もしも無かったら、また余計なことに煩わされるところであった。


「よーし、これで勝手は分かったな」

『おうよ。こんなのなら、俺でも出来るぜ』

「よし、残りはお前で作れ」


 鍋を焚き火へと戻し、鋳型をエゼルに渡した。ペッパーボックスを使うのはエゼルなのだから、その弾ぐらいは自分で作ってもらわねばなるまい。村人に出させた鉛はそこそこの量があるので、あれならそれなりの数の弾が拵えられるだろう。その間に、私は私で、他にやっておきたいこともあるのだ。

 火元であるエゼルの傍らを離れ、目の届く、しかし火は飛んでこないであろう場所に腰掛ける。

 手にした道具箱を開く。中に入っているのは、紙に太めの紐、木の棒きれ、火薬入れに計量用の木筒、そしてライフル用の銃弾である。

 私がこれから作るのは、エンフィールド用のペーパーカートリッジ(紙薬包)である。要するに一発分の火薬と弾丸を紙に入れて包んだモノで、昔から――それこそ独立戦争の頃から――マスケットで素早く再装填する為に作られているものだ。紙で包んで両側を紐で縛り、撃つときには一方を噛み切って、火薬と弾丸を一度に銃身に注ぎこむのである。

 今度の仕事では私は大勢を相手にするのだ。素早い再装填は私の生命線となるだろう。ならばより沢山の紙薬包を作っておく必要がある。

 まずは棒きれに紙を巻き付ける。これで紙筒を作って棒きれを外し、まず一方を折り曲げて塞ぐ。そして先に銃弾を紙筒に入れる。この時、銃弾の向きを間違えると面倒なので気をつける。ペッパーボックス始め古い銃で使う丸弾と違って、最近の銃で使う「椎の実弾」――中身が空洞なので、実際は教会の鐘なんかに近い構造に近いのだが――は、どちらの向きにで銃身に入れても良いという訳では無い。当たり前だが、穴の開いてない尖った側が銃口の方を向くように銃身に入れねばならないのだ。故に紙薬包を作る時も、装填時のことを考えて弾丸の入れる向きにも工夫が必要なのである。

 銃弾を入れ終わった後は、あとは木筒で火薬の量を測り、紙筒に注ぐ。そして開いたままのもう一方の口を塞ぎ、紐を使って閉じる。これで一発分の紙薬包の出来上がりだ。

 さて、続けて――。


『わちゃちゃちゃ!?』

 

 ――とはいかないらしい。見ればエゼルがわたわたと何やら慌てた様子である。

 やれやれと溜息をつき、私は作業を中断して、エゼルのもとへ向かった。


 幸いエゼルにも大した怪我は無く、それなりの数の銃弾が仕上がり、私の側も当座必要なぶんの紙薬包が出来上がった。

 この後、私達は出来上がったばかりの銃弾を使って射撃練習を再開し、陽が落ちてきたのでそこで切り上げ、共に宿へと向かった。エゼルには自分の家があったが、明朝呼びに行くのも、エゼルに宿まで越させるのも面倒なので、仕事の間は空いているベッドを使わせることにしたのである。

 奴ら、エゼル達の言うところのオーク共はいつ来るのか。村長の言うところによれば明日か明後日か明々後日かのことらしいが、取り敢えず明日は夜明けと共に待ち伏せの為に目星の場所まで出張らねばなるまい。

 となれば、夕食を済ませ、銃の手入れその他の作業を済ませれば、後は寝るだけだ。

 宿に戻れば、夕食は既に出来上がっていた。昼間食べた例のミヨルク豆のシチューに、今度はクラッカー染みた固そうなパンが添えられている。宿兼酒場の主人曰く。


『そのスバーレをスープでふやかしながら食べてくれ』


 だそうだ。今度は隣にビール……じゃなかったオルーとやらが入った杯も添えてあった。飲んでみたが、とにかくビールに似てるような似てないような、なんとも形容に困る味だった、としか言えない。もう一度飲みたくはない味だ。当分酒はお預けだろう。――DUCK YOU SUCKER!

 一階の酒場で夕食を済ませた後、朝飯と、何か昼飯として持っていけるようなモノを二人分用意しておくように主人に言いつけておいて、私はエゼルと寝床に上がった。


『すげぇ!あの野郎~こんな良いベッドを客用に隠してたのか!』


 と、エゼルははしゃいだ様子でベッドの上を飛び跳ねている。藁布団相手に良いベッドもあるまいと思ったが、百姓は地べたに毛布だけ敷いて寝るのも珍しくないから、そう考えればベッドと言うだけで上等な部類だろう。

 コルト二丁にエンフィールドの手入れ具合を確認し、ペッパーボックスの銃身を内部を掃除する。ブラックパウダー(黒色火薬)というやつはどう頑張っても燃えカスが残るのを避けられない。これをそのまま放置しておくと暴発の原因になって非常に危険だ。掃除は絶対に欠かしてはいかんのだ。

 濡らした布を棒切れに巻いて突っ込み、弾倉を兼ねたペッパーボックスの銃身を掃除する。

 掃除を一通り済ませたあとは、装填だ。銃身内に火薬を注ぎ込み、銃弾を入れ、棒で突き固める。基本的な手順はエンフィールドと同じで、違うのはコッチは五発分作業を繰り返す必要がある点だけだ。やはり暴発対策で一発目の弾倉には装填しない。雷管を五発分取り付け、銃口をグリスで塞ぐ。これはチェーンファイアという事故を防ぐための工夫で、こうして置かないと撃った時に隣の弾倉へと次々に飛び火して、連鎖的に全弾倉から銃弾が飛び出してしまうことがあるのだ。単に弾の無駄使いになるだけなら良いが、それだけで済まないことも多い。やはりこの作業も欠かしてはならない。


「良し」


 ひと通り必要な作業は済ませた。

 ドアの前に椅子を置く(エゼルが不思議そうな顔で見ている)。コルトを一丁、枕元に置く。


「もう寝るぞ」

 

 言って灯りを消し、ベッドに身を沈める。靴は脱がない。咄嗟の事態に靴を履いてる暇などないからだ。

 窓の木戸は閉じていないので、外からは月明かり等々が入ってくる。故に部屋の中は青白く明るい。それでも帽子を顔の上にのせ、目を閉じれば辺りは闇だ。眠るにはそれで充分だった。


『……なぁオッサン』


 少しウトウトしてきたら所で、エゼルが話しかけてきた。無視しても良かったが、今度の仕事の事実上の相棒だ。


「何だ」


 故に眠気を払って、話を聞いてやることにした。


『……俺の親父は、あの豚野郎どもに殺されたんだ』

『俺の親父だけじゃない。隣のアズラの所の兄貴も、斜め向かいのエリフ爺さんも、奴らに殺された』


 昼間の快活さは消え失せ、その声色は驚くほど静かで、そして沈んでいた。あるいは、あの明るさは敢えてそう振舞っていたモノなのかも知れない。そうしていないと、心は沈んだまま浮き上がれなくなるのだ。

 私はそのことを良く知っている。身を以て知っている。


『なのに、村の大人たちは連中に怯えているだけだ。頭を低くして、身を縮こまらせて、じっと耐えてるだけなんだ』

『連中に仇討ちをしようなんて気持ちはまるでないんだ』


 おそらく、そんなことはないだろう。ただ村の連中は、彼我の実力についてわきまえているだけなのだろう。逆らって皆殺しにされたり、どこぞに身売りさせられるよりは、頭を垂れて媚びへつらう方がまだ生き延びる可能性が大きい。恐らくは、ただそれだけの話だ。


『オッサンを手伝おうなんて奴も一人もいなかった』

『だから俺がやる。俺がみんなの仇討ちをして、この村をやつらから守るんだ』

『それが……俺は正しいことだと思うんだ』

『なぁオッサン。そうだろ?俺が正しいだろ?』


 私は、少し考えて答えた。


「ああ正しいさ」

「仇討ちの為に、あるいは故郷を守る為に戦うこと」

「それは……やらなきゃならないことだ。男に生まれた者として、な」


 だから私は、少年の私は銃を手にとった。

 南部連合の正しさを疑ってなどいなかった。北からヤンキー(北軍)どもが私達の土地を自由を奪いに攻めてくる。それがあの当時の、私達にとっての真実だった。

 私の父は北軍に殺された。だから私が銃をとった。その仇を討つために。

 ――その果てが、根無し草の殺し屋の私だとしても、私は後悔などしていない。私達は敗れたが、それでも正しかった。正しかった筈だ。その筈なのだ。


「だから今日は寝ろ。明日は早いぞ」


 だから、エゼルの想いも正しい筈だ。

 ならば遂げさせてやらねばなるまい。この私が。


 夜明けの光で目を覚ました。

 夜明けと共にエゼルと出発する。腰の両側にはコルトを、背にはエンフィールドを負って出発する。エゼルの腰には即席のホルスターが下がり、そこにはペッパーボックスが納まっている。

 待ち伏せ地点で一日を費やしたが、結局奴らは来なかった。

 その次の日も奴らは来なかった。またも夜になって宿に戻り、ベッドでぐっすり眠って休みを取る。


 ――そして夜が明けた。

 ――そして、「戦いの朝」がやって来た。



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