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第05話 ライド・ウィズ・ザ・デビル

 私は改めて、名乗りを挙げた少年の姿を仔細に眺めた。

 長耳、黒髪、浅黒い肌。この辺りは他の村人たちと変わらないし、背格好も取り立てて大きいわけでもない。

 だがひとつだけ他の連中と違う部分がある。それは灰色の瞳だ。私はこれに強い興味を覚えた。


 ――灰色の瞳をした相手に気をつけろ。そいつの眼は隼のように鋭くすべてを見通す。

 ――デイヴィー・クロケットもダニエル・ブーンもその瞳は灰色だった。今も昔も優れたガンマンは皆灰色の瞳だ。

 ――俺や、お前と同じように……。

「……」


 思わず思い出すのは、私には師匠と言える一人のガンマンの言葉だ。彼は何度も何度も、彼自身と同じ灰色の瞳をしたガンマンには気をつけろと言っていた。彼が私に目をかけたのも、私の瞳が灰色であったのが切っ掛けだったのだ。

 そして今、こんどの仕事の助手を買って出た少年は灰色の瞳をしている。ガンマンが助手として選ぶのに、灰色の目をした相手以外の誰にすると言うのだ。やや歳は幼いようにも感じるが、なに子どもが銃を執ることなど珍しくもあるまい。私が初めて銃に触れたのも、この少年よりは幾つか上だったが子どもの時分であったことに変わりはないのだ。


「よし。良いだろう。この坊主に手伝ってもらうとしよう」


 まさか私がそんなことを言い出すとは思っていなかったのか、私の言葉にご一同は驚き慌てた。


『お、おい!いくらなんでもこんな子どもに――』

「ならアンタが代わってくれるか?」

『え!?え、あ、う、あ……』


 全く。ここで迷いなく『ああ俺が代わってやる』とも言えるならまだしも、その度胸も根性も無いのならいっそ黙っているほうが余程マシだ。そして、まだ子どもでありながら自ら名乗りでたこの少年は、この中じゃ一番マシだと言うことだろう。


「まぁ、これで条件二つは問題なく果たされた訳だが……今日来た連中は物見と言ってたな?今度連中が来るのはいつごろだ?」


 私のこの問いには、村長が答えた。


『今まで通りなら明日か、明後日か、明々後日か……いずれにせよ、ここ2、3日のうちには……』

「ふむ」


 ならば動き出すのは早いに越したことはない。


「じゃあ早速、仕事を始めるとしよう」


 私は立ち上がり、顎をしゃくって酒場の奥に見える階段を指す。


「まずは、俺の寝床の準備をしてもらおうか」


 この手の酒場は二階は宿屋になっているのが相場だ。果たして、主人は二階へとすっ飛んで行き、手伝うためか何人かがその背中を追う。

 私は少年に付いてくるように手で促し、我が愛馬の元へと向かう。少年は私のすぐ後ろをヒヨコのように付いてきた。私は訊く。


「坊主。名前は?」


 やや間があって少年は答える。


『エ、エゼル!』

「エゼルか。……エゼルね」


 私はその名前を何度か舌の上で転がした後、再び訊く。


「馬はあるか?」

『馬?』

「お前さんの乗る馬だよ。いや……そもそも馬に乗ったことは?」

『う、馬は無いけど。ボルグなら乗れるぜ!いや!俺はこの村で一番のボルグ乗りだ!』

「……ボルグ?」

『そうボルグ!見てろよオッサン!俺の腕前を見せてやるから!』


 言うなり少年、エゼルはどこぞへと駆け出した。


「ボルグ?」


 ボルグとは何だ?また知らない言葉が出てきたが、つい聞きそびれてしまった。しかし私のそんな疑問はすぐに解消される。数分と経たぬ内に、エゼル少年が帰ってきたからだ。

 そして私は、ガンマンにあるまじきことだが、本気で呆然としてしまったのである。


『どうだよオッサン!立派なボルグだろ!』


 そう言いながら笑顔を向けるエゼル少年に私はかろうじて「ああ」とのみ返した。正直驚きの余り返事どころでは無かったからである。

 エゼルが跨ってやってきた、そのボルグとかいう生き物は、一口で表現するなら「狼」である。

 しかしその大きさが尋常でない、ポニー……いや小さな熊を思わせる体躯の持ち主なのだ。毛並みは黒く、瞳は金色。体の造作自体はなるほど確かに狼であるが、あらゆる部分が普通の狼の数倍はあるのだ。これに驚くなという方がどだい無理な話だろう。

エゼルはその巨大な狼の背に鞍代わりなのか絨毯のようなモノを敷いて、そこに座っていた。狼の口には輪が嵌められ、そこからは手綱が伸びているが、それで狼を操っているらしい。

 こんな巨大な狼を見るのは流石に生まれて初めてだし、ましてやそれに人が跨っているのを見るのは、より一層初めてだ。開いた口が塞がらない。


「ん……ああ。立派な……実に立派なボルグだ」

『だろ!コイツは俺の自慢の子なんだぜ!』


 正直、田舎者連中にものを知らない男だと思われるのは癪なので、かろうじて知ったような口をきいておく。エゼルは私へと快活な笑みを浮かべて来た。私はそれに苦笑いを返すしか無かった。――田舎というやつは本当に何が起こるか解らん所だ。


 ともかく、外に繋いでおいた馬のところへと向かった。

 我が愛馬サンダラーも私同様に巨大な狼に魂消た様子だったが、噛み付いてくる様子も無かったためか、あっさりと受け入れて平然と隣り合っている。馬は臆病というのが相場だが、なかなか面の皮の厚いやつである。


「村の外の道案内、頼めるか?」

『任せとけよ!ここいら一帯は俺にとっちゃ庭みたいなもんだぜ』


 エゼルに先導させて、私はひとまず村の外へと出た。賊を迎え撃つ上で何より重要なのは地勢を知ることだ。村に来ていた賊の一味は残らず仕留めた以上、連中は自分たちが狙われているとはまだ知っていまい。せいぜい、物見の連中が帰ってこないことを不審がる程度だろう。あの村人たちがまさか反抗してくるとは考えないであろうし、コッチは殆ど無警戒な相手に先手をとれる公算となる。

 ならば実質一人で戦う私に最適の戦術は、地形を活かした奇襲をおいて他にない。


「連中が普段どの道を通って村に来るか解るか?」

『連中の使う道はいつも同じやつさ。と、言うより他に道が無いんだよ』


 確かにエゼルの言うとおり、道は蛇のように曲がりくねってはいても基本的には一直線だった。低い丘と丘の間を縫うように走る、土が剥き出しの道であった。

 そんな単調な道を、ただ進む。

 今のところ隠れて不意を撃つに適した地形は見つからない。


『なぁ……』

『なぁおっさん』

『なぁおっさん!』

「……ん?」 


 地形を吟味するのに意識をとられていたら、気づけばエゼルが私と隣り合っていた。いかんいかん。相手が小僧っ子とは言え不注意に過ぎる。


『おっさんの名前まだ聞いてなかったよな?何て言うんだ?』

「俺?俺の名か?俺の名は……」


 さて、なんと答えるべきか。無論、わざわざ本当の名前を名乗る道理など無い。

 ――ガンマンには「名前」など必要ない。名前は自ずから父祖を、生まれの地を明らかにする。名前を相手に知られるということは、自分の弱味を相手に晒す以外の何物でもないのだ。

 せいぜい仇名、通り名さえあれば良い。真実の名前なんてのは、私自身だけが知っていれば良いことだ。

 だからこう答えた。


「名前なんてどうでも良いさ。そのままおっさんとでも呼べよ」

『え……?どうでも言い訳ないだろ』

「どうでもいいのさ。俺は所詮余所者だ。仕事が済めば消えるんだ。名前なんて知ったって意味なんざない。だからオッサンで充分なんだよ」


 そう言って私は一方的に話を打ち切った。

 エゼルはこの後もしつこく何度も名前を聞いてきたが、無論無視した。

 そうしている内に、諦めて問うのを止めた。子どもってやつは堪え性がない。


 延々と続くかと思った単調な道だったが、しばらく進むと少し険しくなってきた。

 両側の丘が山や崖の類に変わり始めたのだ。


「……あれは」


 そして遂に見えてきたのは、私の意に適いそうな場所だった。


「橋か」


 私のそんな呟きに、エゼルは頷きながら講釈を聞かせてくれた。


『この辺りだとスケイザル川にかかる唯一の橋がアレだよ。どうだい立派だろ』

「まぁな」


 確かに立派な石造りの橋である。むしろ周囲の原野と見比べると浮いてすらいるほどに、一見して堅牢な石橋だ。少なくとも村の連中の造ったものには見えない。相当に古いもののようだ。


「コイツは誰が造ったんだ?」

『さぁ?俺の爺さんが餓鬼のころにはもうあったとか言ってたけど。占い婆さんは神の……えーと、みつ、みつ……』

「御遣い?」

『それだ!神の御遣いが造ったとか言ってたぜ』


 あの婆さん、口を開きゃ神の御遣いか。……ひょっとすると私は担がれたのか?だが私がアメリカでもメキシコでもない異邦に迷い込んだのは事実なのだ。つまり婆さんの当たらない占いがたまたま当たったとでも言うのか。

 まぁ今この瞬間において、そんなことはどうでもいいのだ。


「……」

『どうしたのさ、おっさん』

「ちょっとここで待ってろ」


 私はサンダラーの尻を叩いて駆けさせると、一人橋を渡ってみる。

 橋は思ったより長く、下を覗けば、眼下の河の流れも思いの外に早い。泳ぎの得意な者でも、飛び込んで無事で済む可能性は低いように見える。


「……」


 渡りきった後に、橋の端から振り返ってみる。少し小さくなったエゼルが見えて、視線を上にやれば左右に丘、と言うには高いが山というほどでもない、まぁ小高い丘が控えている。若干の灌木を除けば、岩と石と砂ばかりの禿山だ。

 ――だが私には実り多き山と映った。


「エゼル!」

 私は大声で叫んだ。

『なんだよオッサン!』

「橋の真ん中まで来て、そこで止まってろ!良いな、動くなよ!」


 言うなり私はサンダラーを駆けさせた。言うまでもなく、件の禿山の片割れに登るためである。


 道らしい道が無いため少しばかり苦労したが、道無き道を進むのが初めてという訳でもない。

 じきに見晴らしのいい場所に私は出た。そこからはエゼルの姿も見える。あちらもこっちの姿に気づいて被っていた帽子をふってきたので、コッチも同じく帽子をふって返す。

 ここから見えるエゼルの大きさから、だいたいの距離が目分量で解る。おおよそで800ヤード(約730メートル)といった所だろう。それは私にとっては充分『間合い』の内だった。

 私はサンダラーから降りると、鞍へ縄で固く結び付けられた革張り木製のスーツケースをやや苦心して取り外した。気合を入れてきつく結びすぎたのだ。

 椅子代わりに手頃な岩を見繕うと、そこに座り、スーツケースは膝の上に載せる。

 傷だらけの古びたケースである。だがかなり頑丈に作ってあるので、もうかなり長い期間愛用しているが壊れる気配はまるでない。そのざらざらな表面を軽くひと撫でし、留め金を外して蓋を開いた。

 横幅のかなりある長方形のケースの中身は、一丁の古いライフル銃だ。連発銃が幅をきかせ、後装式であることなど既に当たり前な当世においては、もはや時代遅れの誹りは免れ得ない、先込め式の古いマスケットライフルである。

 エンフィールドM1853。イギリス製の、その名の通り1853年型モデルである。

 そしてこの古びた銃こそが、今度の仕事における私の切り札なのだ。決して群を抜いた早撃ちの名手とは言えない私が、ガンマンとして生きていけるのはコイツのお陰でもあった。


「SOUTHRONS HEAR YE COUNTRY CALL YE UP LEST WORSE THAN DEATH BEFALL YOU♪」

「TO ARMS♪TO ARMS♪TO ARMS♪IN DIXIE♪」


 今はもう遥か彼方の空の上の故郷の歌を口ずさみながら、私は我が切り札を手に取る。

 撃鉄、引き金、ともに問題なし。私が改造して銃身上に取り付けた金具にも問題はない。

 私がケースから続けて取り出すのは、細長い金属製の筒である。真鍮製のそれは相当に長く、ライフルの銃身とほぼ同程度の長さがある。その筒の両端にはガラス製のレンズが取り付けられている。早い話がテレスコープ(望遠鏡)である。ライフルの金具の位置を調節し、それに合わせテレスコープの長さ、つまり倍率を調節する。

 金具へとテレスコープを取り付け、覗きこむ。よし、問題は無さそうだ。

 次に私がケースから取り出したのは、火薬入れのフラスクと何本もの木筒を束ねたモノである。木筒はそれぞれ長さが異なり、それぞれに数字が書かれている。私は「800」と書かれた木筒に火薬を流し込み、筒を満たした後はその中身を今度は銃身へと流し込んだ。続いてケースから弾丸を入れた小箱を取り出すと、一発取って銃身へと放り込む。そして銃身下に刺してある槊杖かるかを抜き、やはり銃身に突っ込んで何度も突いた。もう充分と言うところで槊杖を抜いて元の位置に戻すと、ケースから雷管入れを取り出し、雷管をひとつ、撃鉄横の点火口へと嵌め込んだ。撃鉄が雷管を叩けば、雷管が小さな火を発し、それが銃身内部へと伝わり、銃身内の火薬に引火する仕組みなのだ。古臭い、昔ながらの仕組みだ。

 この古いライフルは、私の師匠の愛用品であった。金属薬莢を使う最新式のライフルと違い、自由に込められる火薬の量を自分で決められるこの銃を師匠は愛し、私も受け継いだ。

 南軍きっての射手だった師匠は、こいつで何人もの北軍兵士を仕留め、そして北軍のシャープシューター(狙撃手)に撃たれて死んだ。私の師は昔そのままに肉眼で相手を狙っていたが、北軍の狙撃手は皆、テレスコープ付きのライフルを使っていた。師匠よりも素早く正確に、より遠くから狙いをつけることが出来たのだ。私は師匠よりライフルと狙撃の技を受け継いだが、同じ轍を踏むつもりはない。

 その結果が、このスコープ付きのエンフィールドなのである。


「おーい!」


 撃つための用意が済んだ私はライフルを一旦岩に置き、立ち上がってエゼルへと大声で呼びかける。エゼルはこっちを向いて、『なにー?』と大声で答えた。


「帽子を脱いで、上にあげろ!」


 言いつつ、私自身も帽子を脱いで天へと掲げて見せる。手を真っ直ぐに伸ばし、帽子のつばを持って。

 それを見て、エゼルもそれに倣った。よろしい。

 私は帽子をかぶり直すとライフルを手に取り、スコープを覗きこんだ。レンズの向こうにはハッキリと、エゼルの帽子を見ることが出来る。

 私は撃鉄を起こし、引き金に指を掛ける。もしも標的を外せば、下手するとエゼルに当たるかもしれない。

 しかし私は自分が外すなどとは全く考えなかった。このライフルは、もう私の体の一部と言って良いからだ。

 意識を集中させ、風の音すら聞こえぬほどに張り詰めた時、私は引き金を弾いた。


『わぁっ!?』


 帽子は弾けるように宙に舞い、橋の下へと落ちていって、流れに飲まれた。エゼルは驚いた顔で私を見て、私はスコープ越しにその顔を見た。私は笑った。試射は上手くいったのだった。






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